第119章 韓国の兵役制度
第一幕:ファミレス「ジョリーズ」・夕方のピーク前
~重子が客として来店し、ドリンクバーで粘っている。野本がホールを巡回中~
重子「はぁ……(スマホを見ながら深いため息)。ねえ野本っち、聞いてよ。私の推しがさ、ついに『行ってくる』ってWeverseに投稿したの。髪の毛、坊主になっちゃってさ……尊いけど、辛い。マジ無理。」
野本「(ダスターでテーブルを拭きながら)重子さん。それは韓国の成人男性に課せられた逃れられない宿命、すなわち兵役(Military Service)ですね。K-POPアイドルといえども、大韓民国憲法第39条『すべての国民は、法律の定めるところにより、国防の義務を負う』からは逃れられません。」
重子「憲法とかいいからさぁ。なんでアイドルまで行かなきゃなんないの? 国の宝じゃん。外貨稼いでんじゃん。」
亀山「(お冷を注ぎに来て)あら、また誰か入隊するの? 冬のソナタの頃から見てるけど、韓国の男の人は大変だよねえ。人気絶頂の時に消えちゃうんだから。」
野本「亀山さん、消えるのではありません。『国防』という名の新たなステージに立つのです。韓国の兵役制度は、世界的に見ても非常に厳格で、かつ国民生活に深く根ざしたシステムです。期間は所属する軍によって異なりますが、現在の陸軍で言えば『18ヶ月(1年半)』です。」
富山「(オーダー票を整理しながら)1年半かあ。長いような短いような。留学に行くみたいなもん?」
野本「富山さん、語学留学とはわけが違います。北緯38度線を挟んで、北朝鮮という『休戦中(戦争が終わっていない)』の敵対勢力と対峙するための訓練です。彼らは、入隊と同時に社会から隔離され、徹底的な集団生活と軍事訓練を叩き込まれます。」
重子「でもさ、BTSのお兄さんたちは『社会服務要員』ってやつだったりしたじゃん? あれは何なの?」
野本「鋭いですね。韓国の兵役判定検査では、身体や精神の状態によって1級から7級までの等級が付けられます。1級から3級は『現役兵』としてバリバリの軍隊に行きますが、4級判定を受けると『補充役(社会服務要員)』となります。」
重子「補充役?」
野本「はい。持病や怪我(例えば過去の交通事故や手術歴)がある場合、軍隊での激しい訓練には耐えられないと判断されます。その代わり、市役所や地下鉄の駅、福祉施設などで公務員のアシスタントとして働くのです。自宅から通勤できますが、期間は現役兵より長い21ヶ月です。K-POPアイドルの場合、過去の練習生時代の怪我などでこれになるケースも多いですね。」
亀山「へぇ〜、自宅から通えるなら安心だねえ。お母さんもお弁当作ってあげられるし。」
野本「ただし、世間の目は厳しいですよ。『あいつは楽をしている』『公益(社会服務要員の旧称)かよ』というレッテルを貼られることもあり、肩身の狭い思いをすることもあるそうです。韓国社会において『現役で軍隊に行ってきた』というのは、一種の『男としての証明書』のような意味合いを持つのです。」
第二幕:大学・「暇つぶしサークル」部室
~小宮部長が窓の外の枯れ木をスケッチしている。橋本副部長がスマホゲームをしている~
小宮部長「野本……。韓国の軍服って、独特の迷彩柄よね。デジタル迷彩っていうのかしら。風景に溶け込むようでいて、個性を主張するパラドックス……。」
野本「(部室に入りながら)部長、現在の韓国軍の戦闘服は『花崗岩パターン』と呼ばれるデジタル迷彩ですね。韓国の山岳地帯の岩肌に溶け込むように設計されています。」
橋本副部長「お前、なんでそんなことまで知ってんだよ。……でもさ、最近ネットフリックスで『D.P. -脱走兵追跡官-』ってドラマ見たんだけど、あれマジ? 軍隊の中、イジメとか酷すぎない?」
野本「橋本副部長、あれは2014年頃までの少し前の軍隊を描いたリアリズムの傑作ですね。韓国軍には根深い『兵営不条理』が存在していました。閉鎖的な空間、絶対的な上下関係。先輩の言うことは絶対です。」
小宮部長「絶対的な関係……。なんだか背徳的ね。」
野本「具体的には言葉の暴力、理不尽な命令、そして私的制裁です。しかし、ここ数年で劇的な変化が起きました。それは『スマートフォンの解禁』です。」
橋本副部長「えっ、軍隊でスマホ使えんの?」
野本「はい。2020年7月から、全部隊で兵士のスマホ使用が正式に許可されました。平日は訓練が終わった夕方6時から9時まで、休日は朝から晩まで使えます。」
橋本副部長「うわ、めっちゃ現代的じゃん。じゃあLINEとかもできるの?」
野本「カカオトークですね。これによって、閉鎖的だった兵営内の風通しが劇的に良くなりました。もし先輩に殴られたら、すぐに親や外部に連絡できますからね。今の軍隊は、かつてのような『暴力の温床』から、スマホでYouTubeを見ながらカップラーメンを食べる『少し不自由な合宿所』へと変貌しつつあるのです。」
小宮部長「スマホの光に照らされた兵士の顔……。それはそれで、現代の孤独を象徴する絵画的モチーフになりそうね。」
野本「とはいえ、訓練の厳しさが消えたわけではありません。最近の若者は『Z世代』ですから、理不尽な命令には従いません。『なぜこの訓練が必要なんですか?』と上官に詰め寄る兵士も増えており、幹部たちはそのマネジメントに頭を抱えているそうです。」
第三幕:大学のカフェテリア
~山田と重子が就職活動の話をしている。野本が横の席で分厚い専門書を読んでいる~
山田「あー、就活だりぃ。なんかアピールできることねーかな。……そういや韓国って、就活の履歴書に『兵役終わりました』って書くと有利になるって本当?」
野本「(本から顔を上げずに)山田君。それは『軍加算点制度』の話ですね。かつては公務員試験などで、兵役終了者に点数を上乗せする制度がありましたが、1999年に憲法裁判所で『女性や障害者への差別である』として違憲判決が出て廃止されました。」
山田「えっ、廃止されたの? じゃあ今はメリットないの?」
野本「制度的な加点はありませんが、企業の採用担当者の多くは男性で、兵役経験者です。面接で『軍隊で〇〇部隊にいました。忍耐力には自信があります』と言えば、暗黙の共感が生まれることは否定できません。これを『軍ピル(軍畢=兵役終了)』のスペックと呼びます。」
重子「スペックって(笑)。でもさ、女の子は行かなくていいんでしょ? ズルくない? っていう議論にならないの?」
野本「重子さん、そこが現在、韓国社会を分断する最大の『ジェンダー・ウォー(性別対立)』の火種なのです。」
重子「ジェンダー・ウォー?」
野本「20代の男性たちは言います。『僕たちが青春の貴重な2年間を犠牲にして国を守っている間に、女性は留学したり就職の準備をして、社会的に有利になっている』と。これを『逆差別』だと感じる若い男性が増えているのです。」
山田「まあ、言いたいことは分からんでもないな。2年はデカいよ。」
野本「一方で女性たちは、『出産や育児の負担、社会的な賃金格差がある中で、兵役だけを取り上げて平等にしろというのはおかしい』と反論します。しかし、最近の少子化による兵員不足を受けて、『女性徴兵制』の導入を真剣に議論すべきだという声が、政治家の一部からも上がり始めています。」
重子「えー! マジで? 女子も軍隊行くの?」
野本「まだ現実的ではありませんが、韓国の出生率は0.7台。世界最低水準です。20歳になる男性の人口が激減しており、このままでは現在の軍の規模(約50万人)を維持することは物理的に不可能です。AI兵器やドローンを導入しても、最後は『人』が必要です。いずれは、女性も何らかの形で国防に関わらざるを得ない時代が来るかもしれません。」
山田「うわぁ……。K-POPアイドルと付き合いたいとか言ってる場合じゃないな、韓国の女子も。」
第四幕:ファミレス「ジョリーズ」・夜
~野本、富山、亀山が閉店後の片付けをしている~
亀山「ねえ野本さん。さっきの話だけどさ、お給料はどうなの? 1年半も拘束されて、タダ働きってことはないでしょ?」
野本「亀山さん、そこも近年、劇的に改善されたポイントです。かつて、私が小学生くらいの頃は、兵士の月給はわずか数千円〜1万円程度でした。まさに『愛国心』による搾取でした。」
富山「やっす! バイトした方がマシじゃん。」
野本「しかし、尹錫悦政権などの公約により、給与は急激に引き上げられました。2025年時点の目標では、兵長クラスで月給200万ウォン(約22万円)程度まで引き上げようという動きがあります(積立金含む)。」
富山「えっ、22万!? 私のバイト代より高いじゃん! 行こうかな、韓国軍。」
野本「富山さん、お金のために軍隊に行くのはお勧めしません。自由のない24時間集団生活、冬はマイナス20度になる最前線での歩哨任務。その対価としての20万円です。それに、この給与引き上げは、国家予算を強烈に圧迫しており、職業軍人(幹部)との給与逆転現象などの新たな問題も引き起こしています。」
亀山「あちらを立てればこちらが立たず、だねえ。」
野本「その通りです。韓国の兵役制度は、今まさに歴史的な転換点にあります。人口減少、ジェンダー対立、北朝鮮の核の脅威、そして若者の価値観の変化。これらすべてが絡み合った『複雑骨折』のような状態なのです。」
野本「それでも、彼らは行きます。髪を切り、友人や恋人と別れ、訓練所への門をくぐるのです。重子さんの推しのアイドルも、今頃は論山にある陸軍訓練所で、泥まみれになって匍匐前進をしていることでしょう。」
富山「うーん、なんか切ないね。推しが匍匐前進してると思うと。」
野本「しかし、除隊してきたアイドルは、一回り体が大きくなり、顔つきも精悍になって帰ってきます。ファンはそれを『男になった』と喜び、新たな魅力を発見する。兵役すらもエンターテインメントの物語の一部として消化してしまう、その韓国社会のダイナミズムこそが、ある意味で最強の『ソフトパワー』なのかもしれません。」
富山「なるほどねぇ……。あ、野本さん、語ってるけど手が止まってるよ。ソースの補充終わってない。」
野本「! 了解しました。直ちに任務を遂行します。……ちなみに、韓国軍の食事、通称『チャンパプ』についても語りたいのですが、それはまたの機会に。」
亀山「もういいよ! 早く帰って韓流ドラマ見るんだから!」
(完)




