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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第118章 ロシアの兵役制度


第一幕:ファミレス「ジョリーズ」・ランチタイム

~店内は主婦層で賑わっている。野本と富山がシルバー(フォークやスプーン)を拭いている~


富山「あー、今日も混んでるねえ。そういえばさ、昨日のニュースで見たんだけど、ロシアってまだ戦争してるじゃない? ニュース見てて思ったんだけど、あそこの兵隊さんって、みんな行きたくて行ってるのかな。それとも無理やり?」


野本「(手を止めずに眼鏡を光らせる)富山さん。その問いは、ロシアという国家の根幹、あるいは『ロシアのドゥシャー』の闇に触れる深遠なテーマです。結論から言えば、現在のロシア軍は『徴兵制(義務)』と『契約制(志願)』が複雑怪奇に絡み合った、ツギハギだらけの怪物のようなシステムなのです。」


亀山「(横から割り込んで)ツギハギってあんた、制服の修繕じゃないんだから。でも無理やり連れて行かれるのは嫌だねえ。時給出るの?」


野本「亀山さん、ロシアの徴兵兵士、通称『スロチニキ』の月給は、地域にもよりますが日本円で数千円程度、要はタバコ代程度です。」


亀山「数千円!? ブラック企業も真っ青だよ! うちの店長だって残業代は出すよ!」


野本「ロシアには、ソ連時代から続く『国民皆兵』の建前があります。現在、18歳から30歳(2024年から上限引き上げ)の男性は、原則として『1年間』の兵役義務があります。春と秋、年に2回、大々的な『召集令状』が赤紙のように届くのです。」


富山「へぇ、1年なんだ。韓国とかよりは短い気がするけど。」


野本「期間の短さは問題ではありません。最大の問題は、ロシア軍特有の『二重構造』にあります。ロシア軍には、無理やり徴兵された素人の『徴集兵スロチニキ』と、給料をもらってプロとして働く『契約軍人コントラクトニキ』の二種類が存在します。」


富山「バイトと正社員みたいなもん?」


野本「当たらずとも遠からずです。プーチン大統領はこれまで『徴集兵は戦場(最前線)には送らない、国内の警備や後方支援だけだ』と公言してきました。しかし、ウクライナ侵攻でその建前は崩壊しました。」


亀山「どういうことだい?」


野本「現地の指揮官たちは、戦死者が増えて兵隊が足りなくなると、まだ右も左も分からない18歳の徴集兵を部屋に呼び出し、恫喝したり、あるいは甘い言葉で騙したりして、無理やり『契約書』にサインをさせるのです。」


富山「えっ、詐欺じゃん!」


野本「サインをした瞬間に、彼は『守られるべき徴集兵』から『どこへでも派遣できるプロの契約軍人』に法的なステータスが変わります。こうして、多くの若者が、実質的な訓練も受けないまま最前線の『肉挽きミート・グラインダー』へと放り込まれていった……というのが、開戦初期に起きた悲劇です。」


亀山「肉挽き器って……あんた、ランチタイムに言う言葉じゃないよ。食欲なくなるわ。」


野本「失礼しました。しかし、ドストエフスキーが描いたような不条理が、現代でもシステムとして稼働しているのがロシアという国なのです。」



第二幕:大学・「暇つぶしサークル」部室

~外は曇り空。小宮部長が窓ガラスに指で謎の図形を描いている~


小宮部長「野本、今日の空の色、まるでシベリアの永久凍土みたいね。……そういえば、ロシアの軍隊って、昔からすごくイジメが酷いって聞いたことあるわ。映画の『フルメタル・ジャケット』みたいな感じ?」


野本「部長、鋭いですね。しかし、ロシア軍のそれはアメリカ映画のような『教育的指導』の範疇を超えています。ロシア語で『デドフシナ(Dedovshchina)』と呼ばれる、伝統的かつ陰惨な組織的虐待文化が存在します。」


橋本副部長「デドフシナ? 噛みそうな名前だな。」


野本「直訳すると『祖父の支配』です。ロシア軍では、入隊してからの期間で厳格なカースト制度が決まります。新兵は『ドゥーフ(精霊)』と呼ばれ、人間扱いされません。半年経つと『象』、1年経つと『チェルパック(頭蓋骨)』、そして除隊間近の古参兵が『デド(祖父)』です。」


小宮部長「精霊から祖父へ……。なんだか民話的で耽美ね。」


野本「現実は耽美ではありません。『デド(祖父)』は絶対的な権力を持ち、『ドゥーフ(新兵)』に対して金銭の要求、過酷な労働の強要、そして日常的な暴力を振るいます。ソ連末期や90年代には、このデドフシナによる死者や自殺者が年間数千人規模で発生し、社会問題になりました。」


橋本副部長「年間数千人!? 戦争してないのに?」


野本「はい。将校たちも、兵士を管理するためにこの『恐怖による支配』を黙認してきました。この悪名高いデドフシナがあるからこそ、ロシアの母親たちは息子が徴兵されることを極端に恐れ、『兵士の母の委員会』という強力なNGO団体が結成されたのです。」


小宮部長「母は強し、ね。でも、最近はどうなの? プーチンになって少しはマシになったんじゃないの?」

野本「2008年の軍改革で兵役期間が2年から1年に短縮されたことで、かつてほどの陰惨さは薄れたと言われています。しかし、『伝統』は消えません。ウクライナの前線でも、古参兵が新兵を弾除けにしたり、装備を奪ったりする事例が報告されています。」


橋本副部長「結局、場所が変わってもやることは変わらないんだな……。」


野本「ロシア文学には『苦悩こそが魂を浄化する』という考え方がありますが、軍隊における苦悩は、魂を浄化するどころか、ただひたすらに摩耗させるだけのシステムなのです。」



第三幕:大学構内・ベンチ

~重子と山田がスマホを見ている。野本が通りかかる~


重子「あ、野本っちー! ねえ見てこれ、TikTokで流れてきたんだけど、ロシアの囚人が戦争に行くと自由になれるってマジ? まるで漫画の世界なんだけど。」


野本「(立ち止まり、重子のスマホを覗き込む)……ああ、それは『ストームZ(Storm-Z)』部隊、あるいは民間軍事会社ワグネルの囚人兵に関する記述ですね。重子さん、これは漫画ではなく、現代の『罪と罰』のリアルな変奏曲です。」


山田「罪と罰って……殺人犯とかが兵隊になってるってこと?」


野本「そうです。2022年の秋以降、兵力不足に悩むロシア軍は、刑務所で受刑者をリクルートし始めました。『半年間、前線で戦えば、残りの刑期を帳消しにして恩赦を与える。給料も払う』という条件です。」


山田「え、マジで? お得じゃん。」


野本「山田君、甘いです。ロシアの刑務所は結核やHIVが蔓延する劣悪な環境です。そこから出られるなら、と多くの囚人が志願しましたが、彼らを待っていたのは『特攻に近い突撃任務』でした。」


重子「特攻……?」


野本「彼らは十分な装備も与えられず、地雷原を歩かされたり、敵の居場所を探るための『人間の囮』として使われました。生存率は極めて低く、半年生き残って恩赦を勝ち取れるのはごく一握りです。これを軍事用語で『人海戦術』、もっと俗な言葉では『肉の壁』と呼びます。」


山田「うわぁ……。なんか、命の値段が安すぎない?」


野本「おっしゃる通りです。さらに恐ろしいのは、2022年9月に発令された『部分的動員令』です。これは囚人だけでなく、一般の予備役(かつて兵役を終えた市民)30万人を強制的に招集したものです。」


重子「あー、ニュースで見た! みんな空港に逃げてたやつ!」


野本「はい。ジョージアやカザフスタンとの国境に、脱出を試みるロシア人の車が数十キロの列を作りました。彼らは知っていたのです。一度招集されれば、いつ家に帰れるか分からない片道切符であることを。」


野本「プーチン大統領は当初『動員は一度きりだ』と言っていましたが、大統領令には『動員の終了時期』が明記されていません。つまり、法的にはまだ動員状態は続いており、一度捕まったら、戦争が終わるか、重傷を負うか、死ぬまで帰れないのです。」


山田「ブラック企業どころか、死ぬまで退職できない会社かよ……。」



第四幕:ファミレス「ジョリーズ」・閉店作業中

~深夜。客はいない。野本がレジを閉めている~


亀山「ねえ野本さん、さっきの話の続きだけどさ。そんなに嫌なら、逃げちゃえばいいじゃない。住所変えるとかしてさ。」


野本「亀山さん、かつてはそれも可能でした。親戚の家に隠れたり、医者に賄賂を渡して『扁平足』や『心臓病』の診断書を偽造したりするのが、ロシア男性の処世術でした。しかし、テクノロジーの進化が逃げ道を塞ぎました。」


富山「テクノロジー?」


野本「2024年に導入された『電子召集令状』システムです。これまでは紙の令状を直接手渡されない限り『受け取っていない』と言い逃れができましたが、今は『ゴスウスルギ』という政府の行政ポータルサイトに通知が届いた時点で、法的に『召集完了』とみなされます。」


富山「えっ、LINEの既読スルーみたいに無視できないの?」


野本「できません。通知が来てから出頭しないと、自動的に『出国禁止』になり、さらに運転免許の停止、不動産の売買禁止、ローンの借り入れ禁止など、市民生活のすべてをデジタル的にロックされます。」


亀山「ひええ〜! デジタル赤紙じゃないか! 逃げ場なしだね。」


野本「はい。『1984年』のような監視社会と、19世紀のような泥臭い塹壕戦が同居しているのが今のロシアです。モスクワやサンクトペテルブルクのような都会の若者は、IT技術を駆使してなんとか逃れようとしていますが、地方の貧しい若者や少数民族は、逃げる術もなく、高額な契約金(一時金として数百万円が提示されることもあります)に釣られて、あるいは強制的に戦場へ送られています。」


富山「なんか……聞いてるだけで息が苦しくなってきた。日本に生まれてよかったー。」


野本「(眼鏡を拭きながら)ロシアの詩人チュッチェフは言いました。『ロシアは頭では理解できない、ただ信じるのみ』と。広大な国土と、命の安さ、そして国家というシステムの圧倒的な重圧。兵役制度一つとっても、そこには個人の尊厳を押しつぶすような歴史の重みがのしかかっています。」


小宮部長「(いつの間にか店に来ていた)……野本、その話、次のサークルの活動テーマにしましょう。『全体主義と個人の実存における不条理な闘争』について。」


橋本副部長「(隣でコーヒーを飲みながら)いや部長、それただの『おしゃべり』ですよね? 活動じゃないですよね?」


野本「私は構いませんが、ロシアについて語るには、ボルシチ一杯分の時間では足りませんよ。ウォッカ……いえ、ドリンクバーのメロンソーダで朝まで語り明かしましょう。」


亀山「はいはい、語るのは勝手だけど、店は閉めるよ! 残業代出ないんだから!」


野本「了解しました。撤収オトホートします。……ちなみに『撤収』も軍事用語としては非常に難易度の高い作戦行動でして……」


富山「もういいから! 帰ろ帰ろ!」

(完)


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