空襲の鉄環――残弾を削る防空戦
昭和二十年四月十六日、午前七時。
沖縄本島中南部、シュガーローフ(安沢高地)の谷あいに立ち込めていた湿った朝霧を吹き飛ばしたのは、けたたましい航空エンジンの爆音と、プロペラが空気を切り裂く鋭い風切り音だった。
地上部隊の前進頓挫を即座に通報された米第5艦隊司令部は、慶良間沖に展開する正規空母群の各艦へ向け、緊迫した緊急発進を命じていた。洋上から飛来したのは、第58任務部隊所属のF4Uコルセア戦闘爆撃機三十二機、ならびに五百ポンド航空爆弾を抱えたSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機十六機からなる、総計四十八機の大編隊であった。
近代戦における航空支援(CAS)と対地制圧のドクトリンにおいて、敵陣地の正確な位置が判明している場合、戦闘爆撃機による反復攻撃は地上部隊の膠着状態を打破する最も強力な手段である。米軍はすでに、内陸部の日本軍を陰で支えている強力な砲撃が、海岸線に放棄されたはずの「動かぬ日本艦」から放たれていることを、前日までの観測と無線方向探知によって突き止めていた。彼らの狙いは明白かつ冷徹だった。動けない鉄塊となった座礁艦を、急降下爆撃と五インチロケット弾(HVAR)の集中運用によって徹底的に叩き潰し、内陸で進撃を阻まれている歩兵部隊に対する砲撃の傘を根こそぎ奪い取ることだ。
那覇港北方、安謝川河口の砂州。
浅瀬の泥土に深く艦底を埋め込んだ護衛艦「むらさめ」の艦橋で、対空戦闘を告げる甲高いラッパの音がけたたましく鳴り響いた。
「対空戦闘、右舷頭上! 射撃指揮装置FCS-2、光学およびレーダーの複合追尾開始!」
艦長・渡会二佐の張り詰めた号令とともに、艦首に据えられた62口径76mm単装速射砲が素早く旋回し、高仰角を取って空へと砲口を向けた。
GPS衛星を完全に失っているとはいえ、艦載の自立型レーダーとデジタル射撃計算機は依然として健在である。射撃指揮装置の照準スコープには、急降下を始めた先頭のコルセアの機影がミリ秒単位でロックオンされていた。
「撃ち方、始めッ!」
パパパパパッ!
毎分八十発の猛烈な連射音が、砂浜の陣地を激しく揺らした。
放たれた76mm通常砲弾には、海自が備蓄していた数少ない近接信管(VT信管)が組み込まれていた。砲弾は目標の手前わずか数メートルで電波反射により精確に炸裂し、周囲の空中に猛烈な鋼鉄破片の雲を形成する。
先頭で急降下してきたコルセアの一機が、その目に見えぬ破片の雲に突っ込んだ。主翼が根元からへし折れ、操縦席を粉砕された機体が黒煙を引く火球となって海面へと激突する。
同時に、その隣の浅瀬に座礁している軽巡洋艦「矢矧」と駆逐艦「霞」の甲板からも、旧式艦とは思えない凄まじい対空砲火の弾幕が吹き上がった。
ドバババババッ!
九六式二十五ミリ三連装機銃十数基が一斉に火を噴き、蒼空を真紅の曳光弾の軌跡で埋め尽くす。
通常、洋上の艦艇から対空射撃を行う場合、波の動揺によって弾道が大きく乱れるため、命中精度を維持することは極めて困難である。しかし、砂州に座礁して完全に固定されている座礁艦隊は、陸上の固定砲台と同等の優れた射撃プラットフォームと化しており、水兵たちは動揺のない足場から歯を食いしばって弾幕を維持していた。
だが、米海軍航空隊の攻撃はあまりにも執拗であり、その物量は圧倒的だった。
一機が撃墜されても、後続の機体が少しも怯むことなく、太陽を背にした死角から次々と突入してくる。
シュバババッ!
急降下したコルセアの主翼下から放たれた五インチロケット弾の束が砂浜を耕し、「矢矧」の右舷水線部に命中した。強固な装甲板が歪み、爆風で甲板上に積まれていた土嚢が四散する。
さらに、高高度から垂直に近い角度でダイブしてきたSB2Cヘルダイバーが、致命的な投弾点へと達した。
「爆弾投下! 衝撃に備えろッ!」
ヒュルルルル……という、神経を逆撫でする不気味な風切り音とともに、五百ポンド航空爆弾二発が「むらさめ」のわずか三十メートル沖合の水面へと着弾した。
ドォォォォンッ!
数百メートルの巨大な水柱が立ち昇り、数千トンの海水と泥砂が「むらさめ」の飛行甲板と艦橋を容赦なく叩きつけた。至近弾による激しい水圧の衝撃が、砂州に着底していた船体のキール(竜骨)を軋ませる。
「左舷電路遮断! 補助発電機トリップ!」
「応急班、非常用電源への切り替えを急げ!」
艦内通路に白煙が充満し、自動消火システムの警報が鳴り響く。
戦闘は四十分間に及び、米軍機八機を撃墜、六機を大破撃退したところで、敵編隊は燃料限界と弾薬の消耗により母艦へと引き上げていった。
浅瀬に漂う油煙の向こうで、座礁艦隊は辛うじてその形を保っていた。
しかし、その代償はあまりにも重く、残されたリソースの枯渇を告げるものだった。
「むらさめ」の砲雷長が、油煙で真っ黒に汚れた顔で渡会艦長に報告を上げる。
「……艦長。76mm通常砲弾、残弾百二十発。VT信管弾はすべて撃ち尽くしました。この残弾では、次の空襲を持ちこたえることは不可能です」
さらに、「矢矧」の機銃弾も半数以上を消費し、陸上から引いていた冷却水パイプラインの一部がロケット弾の破片で破断していた。
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正午。首里城地下の第32軍司令部。
シュガーローフの観測壕から戻った山名三尉は、泥にまみれた装備を解く間もなく、牛島満中将と八原博通高級参謀の前に立っていた。
「座礁艦隊は敵の空襲を撃退しましたが、弾薬の残量は完全に底を突きました」
山名はタフブック端末の残弾データを冷徹な事実として八原に示した。
「これ以上の艦砲射撃による内陸支援は期待できません。米軍の次の攻勢が始まれば、座礁艦隊は単なる固定トーチカとして、自艦の防衛だけで手一杯になります」
八原は静かに腕を組み、壁に掛けられた大判の作戦地図を見つめた。
「……十分だ、山名三尉。貴官らの座礁艦隊が敵の前衛を叩き、米軍の注意を海岸線へ引きつけてくれたおかげで、我が第32軍は首里周辺の主陣地帯の偽装と補強を完全に完了することができた」
八原の冷徹な軍事的知性は、すでに次の局面を見据えていた。
「米軍は必ず、座礁艦隊を完全に破壊したと判断したのち、首里中枢への総攻撃を仕掛けてくる。その時こそ、沖合に控える戦艦大和の四十六センチ砲と、貴隊のイージス艦『まや』による最終砲火が必要となる」
「大和の主砲射撃も、残されたチャンスは限られています」山名は言った。「マリアナ基地のB-29が沖縄空域に張り付いている以上、大和が洋上で無警戒に主砲を撃ち続ければ、高高度からの爆撃の餌食となります」
「分かっている」牛島中将が重々しく頷いた。
「これより我が軍は、首里を死守するための第二防衛ラインへ移行する。山名三尉、沖合の片倉司令へ打電してほしい。『我が陸軍は首里の地下に踏み止まり、最後の一兵まで敵を引きつける。大和とまやの力を、決戦のその瞬間に集中されたし』と」
陸と海、過去と未来。
残された弾薬と燃料がゼロへと向かって冷酷にカウントダウンを刻む中、沖縄の地盤を揺るがす最終決戦の幕が、静かに上がろうとしていた。




