第9章 焦燥する米軍
米軍の反撃と新戦術
沖縄沖での壊滅的な敗北は、米太平洋艦隊司令官レイモンド・スプルーアンス大将を深い衝撃の淵へと突き落とした。彼の脳裏には、数時間で壊滅した上陸部隊と、まるで幻影のように現れた謎の日本艦隊の姿が焼き付いていた。これは、通常の戦術や情報収集では決して説明のつかない「異常事態」だった。
スプルーアンスは、この**「奇妙な敵」**を日本の新型秘密兵器と認識せざるを得ず、太平洋艦隊全体に厳戒態勢を敷くよう命令を下した。全将兵に対し、日本の軍事技術が想像を絶する進化を遂げた可能性、そして新たな脅威の出現を警戒するよう通達された。米軍情報部は、あらゆる可能性を検証し、ドイツからの技術供与、あるいは日本独自の「超兵器」開発の情報を必死に探った。
しかし、その答えはどこにもなかった。存在しないはずの艦艇、認識不能なレーダー波形、そして空中で消滅する航空機。理解不能な現象の前に、米軍は焦燥感を募らせた。
止まらぬ空襲、歴史の抵抗
沖縄での予期せぬ敗北を受け、米軍上層部は焦りから来る新たな戦略を展開した。その一つが、長距離戦略爆撃機B-29の増援部隊を前倒しで投入し、日本本土への空襲を激化させることだった。史実では沖縄戦後にさらに本格化するはずだった爆撃が、この「沖縄の異変」によって前倒しされたのだ。グアム、サイパン、テニアンの各基地から、銀色の巨体が次々と日本の空へと飛び立った。
東京大空襲や主要都市への焼夷弾攻撃は、海自が沖縄でどれほど活躍しても、止まることはなかった。炎の雨が夜空を焦がし、木造家屋の密集する都市は次々と廃墟と化していく。それは、歴史の大きな流れは小さな介入では変わらないという、冷厳な現実を海自の面々に突きつける光景だった。「いずも」の作戦室で本土からの通信記録を見つめる片倉大佐の表情は、硬いままだった。
彼は、沖縄での勝利が、本土の悲劇を完全に食い止めるものではないことを痛感していた。彼らが過去に介入したことで救われた命は確かにあったが、それは巨大な時代の流れの中の、小さな泡に過ぎないのかもしれない。
新たな技術的対抗策の模索
米軍は、この謎の敵が持つステルス能力や精密なミサイル技術に対応するため、この時代には存在しないはずの対抗策を模索し始めた。彼らは、戦闘機のレーダーを強化し、低高度を飛行する機体を探知する能力を高めようとした。また、海自が発射するミサイルの軌道を解析し、対抗するための対電磁波妨害(ECM)能力を強化した新型の偵察機を急遽投入する。これは、本来であればもっと後の時代に開発されるはずの、未熟ながらも萌芽的な電子戦機だった。
さらに、艦載機に搭載される航空魚雷の改良型の開発が急がれた。既存の魚雷では、海自艦艇の機動性に対応できないと考えたのだ。これらの対抗策は、米軍の必死の努力と、未来からの介入によってもたらされた「技術の刺激」によって、歴史が予期せぬ形で加速していくことを示していた。彼らは、見えない敵への対抗策を、自らの技術力で生み出そうとしていたのである。
「ダウンフォール作戦」の加速
沖縄での予期せぬ抵抗と壊滅的な損害は、米軍の戦略に大きな変更を迫った。当初、沖縄を完全に制圧した後に行われるはずだった**日本本土への上陸作戦「ダウンフォール作戦」**の準備が、この「奇妙な敵」への警戒から、前例のない速さで加速された。米軍は、日本の沿岸部に大規模な事前砲撃と航空攻撃を開始し、上陸地点となるであろう九州や本州の沿岸部を徹底的に叩き潰す準備を進めた。
無数の爆撃機が日本の沿岸を絨毯爆撃し、艦隊による艦砲射撃が沿岸部の防御陣地を粉砕した。これは、海自艦隊の存在によって沖縄での消耗を強いられた米軍が、早期に戦争を終わらせるために、さらに苛烈な手段を講じ始めたことを示していた。片倉大佐たちは、自分たちの介入が、別の形で悲劇を加速させている可能性に気づき始めていた。それは、歴史の大きなうねりの中で、個々の波を抑えても、全体としての方向性は変わらないという、無力感にも似た感覚だった。彼らの戦いは、単なる戦闘の勝利だけでなく、歴史の抵抗、そしてその先にある選択の重さを、改めて突きつけることになった。