第7章 アニメ風
1945年4月7日。沖縄沖での前代未聞の海戦は、日本海軍の中枢を震撼させていた。
大本営に届く報告は、信じがたいものばかりだった。
「戦艦大和、健在!」「敵上陸部隊に甚大な損害!」「見慣れぬ艦影、多数確認!新兵器か?」
断片的な通信が飛び交い、沖縄方面の通信網は混乱の極みにあった。
会議室では、もはや大和の轟沈を既定路線と覚悟していた軍令部員たちが、突如舞い込んだ「大和による大戦果」という報せに揺さぶられていた。
「誤報ではないのか? 米軍の欺瞞では……」
最初こそ懐疑の声が支配した。だが、複数の情報源と、大和から直接入った通信が、否応なしに“真実”を突きつけてきた。
「これは……我々が決して負けてはならぬという、神の啓示だ!」
憔悴しきっていた幕僚の一人が叫んだ。
その言葉は火種となり、絶望に沈んでいた会議室を一気に熱狂へと変えた。
「神風が吹いたのだ!」
「大和は生きている! 我らの誇りだ!」
未確認の艦艇群は「新鋭の特殊艦」と解釈され、その存在は“天祐”として喧伝されることになる。軍部は即座に、この勝利を戦意高揚の材料として利用する方針を固めた。
だが、一部の冷静な幹部は顔を曇らせた。
軍令部次長は、簡素なスケッチと無線傍受記録を前に、深い皺を刻む。
「この艦影……我が国はおろか、欧州のどの国でも建造できまい。空母のようでありながら、ミサイル……とやらを放つのか」
一方、陸軍では「海軍の誇大報告だ」と訝る声が絶えなかった。
陸海軍の確執は根深く、突如現れた“謎の艦隊”に純粋な不信感を抱く将校もいた。
だが、沖縄における米軍の動きが実際に鈍っているという事実が、彼らを黙らせた。
***
同じ頃。東シナ海の作戦海域。
護衛艦「いずも」の作戦室では、司令官・片倉大佐が戦果報告を聞きながらも、険しい表情を崩さなかった。
ディスプレイには、沈んだ米艦艇のマークが次々と増えていく。
想定を超えた戦果だった。
「律……未来への影響はどうだ?」
片倉が低く問いかける。
「これほどの逸脱、史実との乖離は避けられん。介入を続ければ……我々の未来そのものが消えてなくなる可能性は?」
隣に立つ電子戦士官・三条律は、口を引き結び、やがて言った。
「確率は上昇しています。タイムパラドックス……歴史の歪みが大きすぎる。
我々が残した痕跡が、未来の技術を加速させるか、あるいは全く違う方向へと歪めるか。最悪の場合……」
律は一瞬、言葉を切った。
「我々の知る“日本”そのものが存在しない未来に、変わるかもしれません」
片倉は黙したまま、画面を見つめた。
沈んでいくアイコンの数々は、勝利を示すはずのもの。だがそれは同時に、彼ら自身の存在をも危うくしていた。
歴史を変えることは、過去を救うことではない。
それは、自らの未来をも賭けること――。
選択肢は二つ。
歴史を傍観するか、あるいは介入し、その代償を引き受けるか。
彼らは、いまその岐路に立たされていた。