第15章 現代の二重影(2020–2025)
——記念碑と亡霊
2020年代。観光都市ホノルルのパンフレットには、今も《大和》の姿が載っていた。アリゾナ記念館の白い廟堂と並んで写るその巨艦は、すでに「敵艦」ではなく「平和教育の教材」と説明されていた。修学旅行の日本人生徒たちは甲板で黙祷し、観光客は巨大砲塔を背景に記念写真を撮った。
だが、艦橋深部に残る異様な配線痕や追加溶接の跡が「未来からの残滓」であることを知る者は誰もいない。
日本国内では、時折「返還要求」が再燃した。とりわけ米中対立が激化し、台湾海峡の危機が現実味を帯びると、保守層の政治家はこう囁いた。
「もし大和が日本に返れば、それは国民を鼓舞する象徴になる」
一方で平和団体は「過去の軍国主義を復活させる危険」と警告した。議論は国内で対立を生み、外交交渉の場でも持ち出された。
しかし米国の態度は一貫していた。
ホワイトハウスでの協議。国防総省の将官はきっぱりと告げる。
「返還は外交問題ではない。艦には依然として機密指定された改装痕が存在する。日本に渡れば、未来の断片が露見する危険がある」
同じ頃、太平洋の僻地では《ロナルド・レーガン》が老朽化した姿を晒していた。炉心は永久に冷却され、艦体は潮風に蝕まれつつあった。だが艦内から持ち出されたサーバ、電子戦モジュール、通信系統の設計図は、依然として研究対象として扱われていた。
21世紀の米軍が誇るイージスBMD、無人機制御システム、宇宙監視ネットワーク。その一部の概念は、この幽霊のような艦から流れ出た「未来の断片」に根ざしていた。
2022年、ウクライナで戦火が広がると、米軍内部ではある分析が交わされた。
「我々が過去八十年維持してきた優位は、実は“未来からの借り物”に依存しているのではないか?」
しかし議事録には記されなかった。答えは常に秘匿される。
そして2025年。台湾有事の緊張が極限に達したとき、日本国内で再び「大和返還論」が取り沙汰された。ある議員はテレビ番組でこう主張した。
「返還されれば、平和の象徴にも、防衛の象徴にもなる」
だが司会者が問う。「それは観光艦にすぎないのでは?」
議員は答えられなかった。観光艦の奥に眠る「未来の残滓」について、公式には誰も触れてはならないからだ。
真珠湾。夕暮れ時、観光客が去った甲板に、風が吹き抜ける。手すりの錆を撫でるその風は、遠く外洋の、今も秘匿されたロナルド・レーガンの錆びた鋼体にも届いていた。
——一隻は表の世界で「平和の記念碑」として。
——もう一隻は裏の世界で「未来の亡霊」として。
二つの巨艦は再び時を飛ぶことなく、八十年を同じ時代に生き続けていた。
そして誰も気づかない。世界の技術と戦略の奥底で、彼らが今もなお「時空の証人」であることを。