第1章:時空の裂け目にて
1945年4月6日、午前5時。東シナ海。戦艦大和は、最後の特攻作戦に向けて静かに進撃していた。
空は鉛色に沈み、波間には硝煙の匂いが混じる。艦橋には緊張が漂い、帝国海軍の誇りを乗せた艦は、もはや帰る場所のない旅に向かっていた。
そのときだった――。
空間が、裂けた。
閃光と雷鳴が重なり、海面に巨大なうねりが生まれる。波の向こう、まるで夜を裂くように出現したのは、見慣れぬ艦影だった。白とグレーのハルナンバー、艦尾に翻る日の丸は、現代の海上自衛隊のものだった。
護衛艦「いずも」、イージス艦「まや」、護衛艦「むらさめ」、そして潜水艦「そうりゅう」。平成の海を守るべく生まれた艦艇が、昭和20年の海に現れた。
最初に事態を察知したのは、「まや」艦橋の電子戦士官・三条律であった。
「艦長、時空座標に異常です。自艦位置、1945年……ありえません!」
「……嘘だろ、これが……。」
「いずも」艦内の作戦室でも混乱が広がっていた。統合艦隊司令・片倉大佐は、強張った表情のままモニターを見つめた。旧式の大型艦が、煙を吐いて接近してくる。
「……戦艦大和だ。」
その言葉が、全艦の緊張を一気に支配した。
***
接触から6時間後、「いずも」艦上で初の接触会合が開かれた。
大和の艦長・有賀幸作と司令部幕僚たちは、戸惑いを隠せないまま、ヘリで輸送されてきた。
「この艦は……空を飛ぶのか? 我々は何者と会っているのだ?」
片倉は沈黙の後、静かに語りかける。
「我々は、未来から来ました。あなた方の、76年後の日本の防衛組織に属する者です。」
会議室に沈黙が落ちる。有賀はまっすぐ片倉を見据え、低く答えた。
「……冗談にしては手が込みすぎているな。」
戦艦大和の副砲長である真田徹中佐は、古びた革手袋を握りしめた。
「我々はこれより沖縄へ突入する。それを止めに来たのか?」
「違います。」片倉は即座に答えた。「我々は――共に戦いに来たのです。」
***
「むらさめ」艦橋。20歳の女性航海士・伊藤さやかは、遠くに見える大和の艦影を目にしながら呟いた。
「まるで……時空の亡霊みたい。」
「違うさ。」レーダー士官の柴崎は、無線機越しの古い交信音を聞きながら言った。「彼らはまだ、終わっていない。」
護衛艦群と大和の艦載機器は互換性がなく、無線通信も中継器を介してしか通じない。作戦共有のため、緊急に旧式無線に対応したアナログ信号変換モジュールが開発される。現代の技術者が、かつての周波数に手探りでアクセスする作業が続く。
夜、艦橋で一人、戦術幕僚の神谷一佐は思案していた。
「……いかにして、彼らに未来の技術を伝えるか。いや、それ以前に、彼らがそれを使う倫理的正当性は?」
すでに戦争は終結している未来から来た彼らが、過去の戦闘に加担する。それは歴史の修正であり、倫理の逸脱であった。
だが同時に、片倉たちは確信していた。ここで動かなければ、彼らは沈む。ただの記録となって、海に消える。
「この時代の日本人と、共に海を守る。」
それが、未来から来た彼らの唯一の「選択」だった。