序章
文明の必然と人類の選択
人類の未来は、もはや「やるかやらないか」の選択ではない。科学技術の慣性は止められず、進むべき道は三位一体として迫っている。
第一にゲノム編集。出発点は遺伝病の治療にすぎなかったが、修復と強化の境界は曖昧だ。やがて「中央値以下を底上げする」試みは「中央値そのものを上方へ移動させる」方向へと必然的に進むだろう。全人類が段階的に現在のエリート水準に近づき、能力と幸福度の下限が消えていく。
第二にAI補完。文明を動かしてきたのは外れ値的な才能や異端者だったが、彼らは同時に不幸や不適応、破壊衝動の源でもあった。人間の裾野を削り、中央値に収束させても、AIは外れ値的な創造性をシミュレーションし、代替することができる。人類が「安定と幸福」を担い、AIが「変化と創造」を担う。ここに新たな役割分担が生まれる。
第三に文明的パラダイムシフト。かつて地動説が「地球中心」を打ち砕いたように、AIの登場は「人間中心の知性観」を崩す。人間は「唯一の知性」ではなく、多様な知的存在のひとつにすぎないと再定義されるだろう。この価値観の転換を受け入れることができなければ、ゲノム編集もAI補完も持続的に機能しない。
三位一体がもたらす未来において、人類に残された選択肢はただ一つ——「適応」か「滅亡」か。抗うことはできない。文明の歩みを止めず、登攀者のように確実に一歩を刻むしかない。
そしてもし、異星知性と遭遇することがあれば、それは人類史上最大の試金石となる。AIとの共存に慣れた文明だけが、この事態に耐えられる。畏怖ではなく希望として、他の知性を迎えられるかどうか。それが人類の成熟の証となる。
眼下には深い谷底、頭上には神々しい頂。その間に広がる絶壁をよじ登る人類というクライマー。恐怖を抱えたまま、希望を抱いたまま、それでも登ることを選ぶ。これこそが人類の宣誓であり、未来の旗印となるのだ。




