表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

4. 規格外の代師様


 本で読んで知ってはいたが、やはりこの世界の魔術にも属性がある。

 地水火風に加えて光と闇だ。


 昨日ヴェサリウス魔道塾の寮に着いたばかりの俺は、これからその属性を調べてもらう。


 本来なら弟子の属性を調べ、そしてその属性に合わせた杖を作るのは師匠の役目らしいが、ヴェサリウス二世は塾生を弟子として見れば軽く数百を超える人数がいるし、一人一人に対し杖を作ってたらとてもじゃないが指導どころではない。

 ってことで、師匠の認めた【黒】の偉い人が来て俺を直接見て教えてくれるんだそうだ。杖もその人が用意してくれる。


 杖。魔杖と呼ばれるらしいが、この世界の魔法の杖はタクトじゃなくて錫杖みたいに長い。

 何度か見たトリシアの杖も身長より長かった。

 俺の魔杖はどんなだろう。


 【黒】の偉い人ってことは、宮廷魔術師団の偉い人ってことかな。

 カトリックでいう名付け親みたいに、魔杖を与えてくれる師匠以外の人は「代師」と呼んで第二の師匠として代理的な師弟関係が成立するらしい。良い人だといいな。いざというときに頼りにできる魔術師だと尚いい。


「トリシアの属性は?」

「私は四大属性すべてよ」

「え、地水火風ぜんぶ? すごくない?」

「そんなことないわ。扱えはするけれど、地属性は苦手だし、火属性もあまり強い術は使えない。それに。上には上がいるの。私なんか、あの方の足元にも及ばないわ」


 もうすぐ九歳の子供の台詞とは思えない達観した眼差しがやや苦笑して見せる。

 俺から見ればすでに完璧な公爵令嬢で完璧な【黒】のトリシアにここまで言わしめる相手っていったい? 塾長ではないだろうな。だとしたら普通にお祖父様と言うはずだ。


「あの方?」

「私の代師様よ」

「なるほど。どんな人?」

「あの方は、なんて言うのかしら。規格外?」

「規格外」

「ええ、そう。今のところあの方が魔杖をお作りになったのは私一人なのだけれど」

「うん」

「それが、お祖父様が言うには国宝級の杖だとか」

「なにそれすごい」

「ご自分では魔杖を使わないし初めて作ったから加減が分からなかったとおっしゃっていたわ」


 稀代の【黒】とまで言わしめるようになるトリシアに「規格外」と表現される代師さん。初めて作った魔杖が国宝級って。いったいどんな人なんだ。


「いらっしゃったわね」


 トリシアがドアに目を向ける。足音が近付いて来るのが俺にも聞こえた。

 【黒】の偉い人、つまり俺の代師になる人が到着したらしい。

 どうしよう。薄すぎて何も分からないなんて言われたら。

 俺は七歳の審判のときに見たうっすいバラの花の色を思い出し身震いした。


「入るぞー」


 ノックもなく扉が開かれると同時に声がした。

 すごい。何その入室の仕方。びっくりする。

 え。ていうかすごい美人が来――、


「ジュダル様!」


 俺が感想を抱き終わる前に、トリシアが叫ぶようにその人の名を呼んだ。


 一応だが貴族として生きて来た俺はあんまりにも杜撰なその人物の登場シーンにも、その人が人外の美しさだったことにも、滅多に声を張ったりしないだろうトリシアが勢いよく立ち上がり椅子を倒してしまったことにも驚いて、どれに一番驚けばいいのか分からないままフリーズしていた。


「久しいな、パトリシア」


 成人前後くらい。おそらく十代後半の人外的美少女なお姉様がにっこりと笑ってトリシアの頭をよしよしと撫でる。トリシアは嬉しそうに、けれど取り乱したことを恥じるようにはにかんで軽く膝を折った。

 待って。眼前の美の競演に脳の処理が追い付かない。

 きらきらがきらきらしすぎて視神経が死にそう。


「まさかジュダル様がお運びくださるなんて」

「私は基本的にいつでも暇だ。最近は弟が忙しくしていて私に構ってくれないからな。かわいそうな姉を慰めに来てほしい」

「王太子殿下のご婚約者ともなれば然もありましょう。わたくしでよろしければいつなりと」

「うんうんかわいい。やはり姉妹がほしいな」


 カメラ。

 誰かカメラ、写真機をくれ…!


 美しいお姉様が美しい天使を抱きしめすりすりと頬ずりしている様など、今生に以後見ることがあるだろうか。いやない。だから誰か…っ。


「して。そこの少年は何を悶えている。具合でも悪いのか?」

「ひゃっ、ひゃい?!」


 突如として人外の美しさから視線を向けられた俺は飛び跳ねるように立ち上がった。ガタンと椅子が転んだが気にしていられない。

 緊張と混乱で全身にイヤな汗をかいている。


「だっ、だだだ大丈夫です」

「そうか。パトリシアが連れて来た【黒】は君だな」

「は、はい! スティーブン・ルシェールと申します」

「スティーブン。ふむ。…【黒】、か?」

「水晶バラは黒く染まりましたわ」

「ああ。あれか。では、そうなのだろうな」


 すっと俺の顔の前に、ジュダル様とおっしゃるらしい美しいお姉様が手の平をかざす。特に俺は何も感じないが、お姉様の麗しい眉もどこか困ったようにひそめられた。


「…おそらく、地と火か。微細すぎて私には感知が困難だ。後でもう一度誰かに…いや、待てよ。そうか。地と火で間違いなかろうな。パトリシアが選んだのであれば」

「とおっしゃいますと?」

「人は己に足りぬモノを無意識に補おうとするものだ。君の不得手とする属性を彼は持っている。逆に彼にない属性は君が得意としている。良い伴侶を得たな」


 確か子爵家の子だったか。公爵家から娘を娶るにはいささか格下か。ふむ。まあ、婿に取れば良い。長男ではなさそうだし。

 よしよしとトリシアの頭を撫でながらお姉様は何事かおっしゃっている。俺とトリシアは沈黙したまま、おそらく同じ台詞を脳内で反芻していた。


 “良い伴侶を得たな”。


 ……はい?


「ジュダル様、わたくしたちはそのような関係では!」

「おや。違うのか。ふむ。だが、私がそうだと思うのだから、おそらくそうなるだろう。楽しみよな。パトリシアの花嫁姿はさぞ美しかろう」


 トリシアの花嫁姿?

 そりゃあ美しいに決まっている。

 俺と天使が伴侶となる未来はありえないだろうが、夢を見るくらいはタダだろう。


 どこのどなたかは知らないが、このジュダル様とやらに頭が上がらないらしいトリシアはもどかしそうに口を閉ざした。反論は諦めたらしい。ほんのり赤く染まった頬がまた愛らしいことこの上ない。さすがパトリシア。やはり天使。全てが尊い。


「わ、わたくしのことよりジュダル様こそ、ご自分の縁談を早くお決めになられては? 第二王子殿下がここ数年気もそぞろに、口を開けばジュダル様のことばかりだとか」

「おお。さすがは公爵令嬢。城内の情報は筒抜けよな。それより、スティーブンといったか」

「はいっ!」


 分かり易く話題を転換したジュダル様にトリシアは頬を膨らませる。

 やばい。何それめっちゃ可愛い。


「君の杖はこれがいいだろう」


 これ、と言ってお姉様が空中から取り出したのは白い魔杖だった。

 ふよりと近付いて来たそれを掴むと、なぜだか手にしっくりと馴染む気がする。じわじわ温かいような、ふわふわ柔らかいような。触った感じはただの木の枝なのに、と不思議な感覚に囚われている俺を他所に、ジュダル様は楽しげに口端をゆるめる。


「ヘンドリクセンから代師の話を聞いていくつか用意していたが、よもやこれとはな」


 ヘンドリクセン? あ、ヴェサリウス二世の本名か。

 白い魔杖をしげしげと見詰める俺の横でトリシアが僅かに目を見張って驚いた。


「ジュダル様、これ」

「ああ。君の杖と同じ木から採った。兄弟杖は近くで用いることを忌避する傾向にあるが、魔力が反発し合って危険なのは魔術師らの相性が悪い場合のみだ。君らは問題ないだろう。スティーブンに技量が伴えば相乗効果の方をこそ期待できる」


 ほうほう。

 ん? ということはトリシアの代師さんもジュダル様なのか。

 塾長が孫娘を任せるくらいだ。きっとすごい人に違いない。むしろすごい人である感じしかしない。そんな人に俺の代師を引き受けてもらえたのはありがたい話だ。

 あれ。もしかして。国宝級のトリシアの魔杖と兄弟杖なら俺の魔杖も国宝級?!


「杖がなくとも術の行使は可能だが、杖を持つことによって魔力の操作性が格段に向上する。まあ、極めたいのであれば杖があってもなくても同じ魔術を使えるよう、励むことだな」

「は、はい」

「……ジュダル様。僭越ながらスティーブンに助言をしても?」

「ああ。構わんよ」

「スティーブ。ジュダル様のように魔杖の補助なしで極大魔術を使えてしまう規格外の魔術師の言葉を真に受けては駄目よ。私たちはこの方の域まで到達することはできない。素晴らしい魔杖を作っていただいたのだから、それを完璧に使いこなせるよう努力すべきだわ」

「お、おう。そう、なんだ?」

「ふふ。さっそく代師に歯向かうか。さすがは我が代弟子たち」

「申し訳ありません。ですが……」

「よいよい。私が指導者に向いていないことは百も承知。ヘンドリクセンが期待しているのは有事の際に私が君たちを気にかけ手を差し伸べてやるかもしれないという保険的な立場だけだ。君たちも私に“先生”を期待しないように」


 国内最高位の魔術師が可愛い孫娘のためにかけた保険。

 それなりの魔術師が数人がかりでなければ組み上げ発動させることのできない極大魔術を一人で、しかも魔杖なしで使えちゃう規格外の魔術師。

 見た目は人間離れした美しさの若い女性なのに。

 俺の代師、なんかヤバい人来たっぽい。


「ふむ。杖の方も君を主と認めたようだ。白は騎士の色。騎士とは守る意志の強き者。存分に守るべきものを守るといい」


 騎士の色。守る意志の強き者。

 美しき代師様の言葉に俺は強く頷いた。

 今は何もできないがきっとこの魔杖を使いこなせるようになる。

 そして俺の天使を守る。


「ありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いいたします」

「ああ。引き受けた以上、その他大勢よりは君らを気に留めておこう。さて。なんぞ聞きたいことがあれば今の内だ。暇ではあるが弟も第二王子も私が城外を一人歩きするのを(よし)としない。今日とて人目を盗んで抜け出したようなものだからな」

「まあ、ジュダル様ったら。…でも、スティーブ。ジュダル様に勝る魔術師はこの世には存在しない。何か知りたいことがあるなら尋ねた方がいいわ」


 そんなにすごい人なのか。

 いやむしろ人なのかジュダル様。

 なにやら第二王子とただならぬご関係のようだが。


「えっと、ぱっと思い付くのはひとつだけなんですけど……」

「うむ」

「無色のバラについて、もし分かることがあれば」


 きょとりと紅い目が瞬いた。

 トリシアもやや驚いたように俺を見つめる。

 美女二人の視線に直撃されている俺は今にも倒れそうだ。至福で。


 ふむ。とジュダル様は短く唸る。もしかして聞いちゃいけないことだったかなと心配になった俺は慌てて首を横に振った。「あ、あの。別にどうしてもという訳では」としどろもどろな俺を美しき代師様が片手で制する。


「無色のバラとは、七歳児たちの人生を型に嵌めて強制する例の悪しき伝統のあれか? 水晶バラの色を変えられない者がいるという?」

「え、あ、はい。それです」

「なぜそれを知りたいと?」

「彼らにはちゃんと何かしらの能力があるのに、それで色が変わらないなら、きっと何か理由があるんだろうなって……」

「弟と同じことを言う。おもしろい。それについては既に調べがついている。宮廷魔術師団の禁書庫からレポートを貸し出そう。読んでみるといい」


 ジュダル様が手を振ると、光の粒子が集まって空中に数冊の冊子と分厚い辞書が現れた。ふよ、と俺に近付いて来たそれらは俺が手を差し出すと同時に重力に従って落ちて来る。ずっしりと重い紙の束が俺のか細い両腕を襲った。


 え? 今これ、禁書庫から出て来たの?!

 おそるおそるジュダル様をうかがうと満足気に頷いてらっしゃった。

 トリシアが諦めたように首を横に振る。ああ、うん。なんか俺も色々諦めよう。確かに規格外だ、この人。


「調べがついてるって、もう理由が分かってるんですか?」

「ああ。数年前な。弟が君と同じことを言うので調べた。私が触れるとあれは跡形もなく崩れ去って難儀したが、さほどおもしろい結果では…おっと。ネタバレとやらをするところだった」


 ぱっと口元を抑える様は愛らしいが、言っていることは全然かわいくない。

 砕けたでも壊れたでもなく。跡形もなく崩れ去った…?!

 この人どんな魔力してんだ。


 でも待てよ。

 無色のバラの謎が解けてるんだとしたら、そもそもヒロイン設定が無意味になるんじゃないか? 


 『セイント・クリアローズ』。

 サブタイトルというか、日本語では『透明な薔薇の聖女』と書いてあった気がする。


 【白】と【黒】が花形のこの世界に於いて、ヒロインは【無色】のチートというイレギュラーな存在として登場する。

 水晶バラの色は変わらなかった。

 魔力を持った【黒】ではないはずなのに、彼女の『祈り』はまるで魔術かのように全てを癒す。だからヒロインは「聖女」と呼ばれ、それが王子の気を引き、宰相の息子に興味を持たれ、騎士団長の息子とか異国の王子とかワケあり教師とか、その他諸々のイケメンたちから彼女が構われたおす理由になるのだ。


 その理由が解明されている。

 それはつまりヒロインがヒロインたる前提が覆されるということでは?


「…これって、一般には口外禁止ですか?」

「いいや。今は検証段階だが、一、二年もすれば世間に公表されるだろう。そも、【無色】の絶対数が少なく知らぬ者の方が多い。あまり興味を引く議題ではなかろうな。公表されたところでそう話題にはならないだろうが、誰と語り合ってもらっても構わんよ」

「そうですか。ありがとうございます。頑張って読みます」

「ああ。君は【無色】の誰かを知っているのか?」

「え?! いえ、そういうわけでは」

「ほお。何やらワケありのようだ。ますますおもしろい。まあ、せいぜいパトリシアに愛想を尽かされないよう励むことだ」

「がっ、がんばります!」


 うむうむ。よしよし。とジュダル様は俺とトリシアの頭をわしわし撫でてご機嫌に帰って行った。

 王都に来て初っ端、すごい人に出会ってしまった。


 トリシアが俺の抱えた冊子の表紙をぺろりとめくる。

 「ひ」と短く小さな悲鳴が天使の口の中に消えて行ったと思ったら、ぱしりと冊子が閉ざされた。え、なにごと?


「スティーブ…」

「うん」

「これ全部、禁古語だわ」

「…なんて?」

「使用が禁止されている古代文字よ。文字自体が力を持つんですって。ああ、だから公開されるはずのレポートが禁書庫にあるのね」

「俺、それ大丈夫?」

「あの方が記されたのでしょうし、手渡してくださったから大丈夫だとは思うけれど、念のためお祖父様に確認しましょう。スティーブ、一人では決して開いてはダメよ」

「お、おう」


 なんかえらいものが俺の手の中にあるらしい。

 天使の真剣な眼差しが可愛い。美しい。尊い。


 待ってろよ。禁古語だろうがなんだろうが解読して無色のバラの謎を完全に理解してやる。

 そんでもってヒロインの魔の手から俺の天使を守ってみせる……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ