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13. 例の訳アリ教師


 ――ご覧になって。スティーブン・レリウス様だわ。

 ――レガート王子殿下の護衛になられた【黒】の方ね。

 ――まあ。上背があって精悍なお顔立ちという噂は本当ですのね。

 ――お隣のご令嬢がパトリシア様というのは本当かしら。


 ひそひそと囁く声が聞こえる。

 聞こえてますよ、ご令嬢方。


 俺はできるだけスンと澄まして一般棟の廊下を闊歩していた。

 無論、隣のご令嬢はトリシアだ。俺は顔を見せているが、トリシアにはフードをかぶってもらっている。


 【白】と【黒】はその特殊性から他の色の生徒たちとは別の棟で日々学んでいる。

 三年間をその別棟で引きこもってやり過ごすつもりでいたのだが、王子様のナイトを拝命せざるを得なかった俺は、魔術科棟から一番遠い【青】の教室まで毎日レガートを送り迎えすることと相成った。


 【黒】は普段、一般棟には全く用事がない。

 ゆえに黒いローブをひるがえして歩く俺たちは物珍しさから注目の的なワケである。


 トリシアには同期たちと一緒に行動するよう言うつもりだったんだが、色々な観点から俺に同行してもらうことにした。結局トリシアもレガートの護衛をしているようなものだ。離れているよりは隣にいてもらったほうが安心は安心だけども。これってどうなの。


「ちゃんと仕事をしているようだな、スティーブン」

「ジュリー。出て来れたのか。風邪ひいたんだって? もう平気なの」


 教室に着くなりジュリアスが仁王立ちで出迎えてくれた。

 ここ数日、熱があるとかで休んでいたが見たところ元気そうだ。

 生まれつき虚弱体質らしい。まあ、確かに強そうには見えない。


「問題ない。護衛の任を渋っていたわりに、おまえたちはやはり二人一緒なんだな。まったくそんなことで、」

「ジュリアス。スティーブンが婚約者殿とご一緒なのは君のためだよ」

「……??」


 王子様の微笑みにオッドアイは心底不思議そうに首をひねった。

 行こうか、とレガートが歩き出す。

 謎を残されたジュリアスも腕をこまねいて難しい顔をしたまま付き従う。

 そんな二人の後を俺とトリシアも追う。

 これがここ最近のフォーメーションだ。まあ上位貴族のグループというか、仲良し四人組が集まってるだけのように見えなくもない。


 向かう先はアカデミーの裏庭。

 庭というより歩道のある雑木林に近い。奥まで行くと泉があり、そのほとりのガゼボでティータイムを静かにお過ごしになりたい殿下のご意向により、ほぼ毎日そこへ向かう。


 婚約者の決まっていない第三王子殿下の周囲には“王族入りしたい”という熱意にあふれた女子生徒が常に誰かしら侍っている。ジュリアスがある程度牽制しているが、全部を追い払うのは困難だ。婚約者候補筆頭だったトリシアがその役目を辞退したというのも大きい。バートン公爵令嬢には敵わないと遠慮していた令嬢たちが一斉に目の色を変えたことだろう。

 花に集う蝶と言えば美しいが、外灯に群がる蛾のようにも見えて複雑な心境である。レガートも笑顔の下で辟易しているのではなかろうか。


 そんなワケで、レガートの心の平和のため、俺たちは可能な限り人目を避けて過ごすようにしている。


 名前は知らないが白い花を咲かせる見慣れた木を通り過ぎた辺りで、進路妨害の魔術を展開する。これで俺たちのいるガゼボに到達できる者は【黒】に限られるし、俺の魔力だと分かるやつらならあえて突破して来ようとはしない。

 こんな所でお茶をしているなどとバレれば「ご一緒に」などと言って来る令嬢が必ず現れるだろうからな。王子様も大変だ。


 風に乗って漂って来た花の良い香りにトリシアがどことなく嬉しそうに微笑む。その横顔が可愛い。やっぱり女の子はお花が好きだよね。トリシアの美しさは花も恥じらうレベルだけども。


「さて、二人とも。お湯をくれ!」


 ガゼボに着くなりジュリアスが腕輪からティーポットを取り出す。

 あの腕輪は冒険者たちの間で流行っている魔道具の一つで、生物以外ならなんでも収納できるアイテムボックスである。荷物を誰かに持たせるのがあたりまえな上位貴族の間では、話題作りのための手品の仕掛けみたいにしか使われていないが、どうやらジュリアスは荷物を持ち運ぶために好んで用いているらしい。


「ジュリー。俺たちを湯沸かし器だと思ってないか?」

「多少便利だとは思っているが、湯沸ししか能がないのであれば護衛の任は辞退しろ」

「…こいつ泣かしていいかな」


 片眉を跳ね上げた俺の横で、苦笑したトリシアが魔杖を取り出して水の球を出現させる。天使に視線で促されしぶしぶと俺も魔杖を取り出し炎で水を沸騰させた。

 あっつ熱のお湯が注がれたティーポットに満足したらしいジュリアスが珍しく笑顔を見せる。

 ツンツンしてないこいつは意外と可愛い。


「これも便利だがもう少し収納スペースがほしいな。三種類だけだと砂糖やミルクが持って来れない」

「魔石の質を上げることで、増やすことができますわよ」

「そうなのか。しかし質の良い魔石はそうそう手に入らないからな……」


 むむ、とジュリアスが唸る。

 ティータイムに使う程度なら三アイテムだけで十分じゃなかろうかと俺は思う。魔石の質と収納力は比例するがお値段もばっちり比例する。アイテム数二十を超すと城が買えると聞いたことがあるが本当だろうか。


「まあいい、検討しよう。ところでレガート」

「なあに?」

「先ほどの“君のため”とはどういう意味だ」

「そのままだけど?」

「それが分からないから訊いている!」

「だそうだよ、スティーブン」

「レガートが話したほうがうるさくな……納得してくれると思うけど?」

「貴様今何か言いかけたか?」

「いいえ、ジュリアス様。俺はあなたを何をしても小言を言う小姑のようだなんて思ってませんよ?」

「…貴っ様、誰が小姑か!!」


 猫が毛を逆立てるが如く俺を威嚇するジュリアスを笑って、レガートがゆったりと長い足を組む。

 あまり血圧を上げさせるのも良くないかと、俺もそれ以上の戯言は控えた。俺が本気でないことなど分かっているだろうが、ジュリアスの反応は一々が本気だ。


「魔術的な話はやっぱり本職から聞いた方がいいだろう?」

「魔術的と言うほどでは」

「…ジュリアス様は少しも思い当りませんの?」

「一人なら剣と盾を同時に持たなければならないが二人いれば役割分担ができる。だがそれでは“私のため”の意味が分からない。そもそもおまえたちはレガートの安全だけを守ればいいんだ。私のことなど考える必要はない」

「まあ。それは悲しいわ、ジュリアス様」

「なっ?!」

「スティーブが本当は任務中に連れ歩きたくないのをぐっと堪えて私にも同行を頼んでくれましたのよ? 少しはその忍耐と優しさを酌んでいただきたいですわ」

「だっ、だから、意味が…っ?!」

「お茶、もういいんじゃない?」

「だねー」

「わたくしがどんな想いでスティーブの覚悟を受け止めたと? わたくしにも相応の覚悟が必要でしたのよ?」

「ま、待てパトリシア嬢。なぜ私が貴女に叱られなければならないんだ?!」

「今日はギュゼフ義兄様(にいさま)が焼き菓子を持たせてくれたんだ」

「おお、美味そう。すげーなゼフ兄上」

「ジュリアス様がスティーブの真心を蔑ろになさるようなことをおっしゃるからですわ」

「? …?? スティーブン! 分かるように説明しろ!!」


 ばらばらに話してるのに台詞が全然かぶらないのがすごい。貴族の会話力のたまものだろうか。おもしろいなあと思っていた俺にジュリアスがヘルプを求める。根を上げるのが早いぞ。

 「わたし」が「わたくし」になった辺りから本格的なお怒りモードのトリシアはまだ言い足りなさそうだ。ま、美人が怒ると怖いからな。トリシアの説教なら何時間でも聴いてられるが、たぶんこれは俺だけの特技だろう。

 おかしそうに笑うレガートに視線で許可を得て、俺は端的に答えを述べた。


「俺たちが魔術師だからだよ」

「そんなことは知っている」

「守る。攻撃する。魔術はどれを取っても間近に迫った剣にはスピードで劣る。だから俺は有事の際は逃げることを優先するとレガートに伝えた」

「それでいいんじゃないか。レガートが無事であることが第一だ」

「逃げるにあたって用いる可能性のある術は二つ。転移と飛行。そのどちらも俺は自分以外は一人しか連れて行けない。俺が護衛の任務中はジュリーも一緒にいる可能性が高いだろ。俺一人だったらジュリーをその場に残して逃げることになる」

「構わない。私のことなど気にせず逃げろ」

「バーカ」

「なっ?!」

「だからトリシアがいるんだよ。トリシアがレガートを連れて転移する。それを確認してから俺がジュリーを連れて跳ぶ。トリシアに任せるのはトリシアの方が術の発動が早いからだ。まあもっとも、これは最悪の状況設定での話だ。俺とトリシアがいれば大概のゴミは撃退できる」

「そうね。この辺りに現れる可能性のある魔獣なら二人で余裕ね」

「武装した野盗程度なら二十人くらいは問題ないな」

「アカデミーの【白】なら何人いても負ける気がしないわ」

「【黒】に徒党を組まれたら面倒だな。ま、それもなんとかなるか」

「なるんじゃないかしら」

「…ジュダル義姉様(ねえさま)が君らを推した理由が分かったよ」


 王子様がちょっと引いている。

 まあ、魔術師ってそんなに物理的に強いイメージないからなあ。


「というワケだよジュリアス」

「…べっ、別に、私のことなど放っておいてもいいんだぞ。殿下の侍従を命じられているわけでもないし、カーライル家にとっても私などいなくともなんら問題は、痛っ?!」


 デコピンしてやった。結構痛めのやつ。

 ジュリアスは額を両手で押さえて目を白黒させている。デコピン初めてだったんだろうか。


「なっ、なにする」

「ほんとバカだねジュリー」

「貴様はさっきから人をバカバカと!」

「おバカさんにバカって言って何が悪いの」

「私のどこがバカなんだ! 間違ったことは何も言ってないぞ!」

「バーカ」

「まだ言うか!」

「ダチ見殺しにするなんざ、男のすることじゃないんだよ」

「……っ?!」


 ジュリアスが固まってしまった。

 頬を染めて何か言いたげに口を開くが声にならずに消えて行く。

 俺、おまえみたいに読唇術は極めてないんだよ。音にしてくれないと分からないんだけど?


「ふっ」


 あっはははは、と突然王子様が笑い声を上げた。

 トリシアは優雅に紅茶を一口。俺も飲もう。あ、美味しい。


「…スティーブの人誑しは男女問わないのね。厄介だわ」

「なんて?」

「こっちの話」


 あはははと尚も哄笑する王子様は実に楽しそうだ。

 ジュリアスは首まで真っ赤に染めて両手で顔を覆ってしまった。

 俺なんかおもしろいこと言った?



***



「その絵がどうかしたのか」


 不意に知らない声に話しかけられた。

 振り返るとやはり知らない男が立っている。

 黒と紫のツートンカラーな長い前髪。シルバーのフープピアス。ビジュアル系のバンドマンみたいな雰囲気の男の手には教員用の教科書。若いがどうやら先生らしい。


「キレーなとこだなって。どこだか知ってます?」


 壁にかけられた絵を指差す。

 その絵には山や森に囲まれた湖のほとりに、見慣れない建物が描かれていた。俺にはそれがどこなのか見当もつかないが、雰囲気のある素敵な街に見える。国内ならトリシアと観光にでも、と考えていた俺の思考を読んでか、先生は軽く首を横に振った。

 

「それは予想図に過ぎない。現実はこうだ」


 と、先生が自分の後ろの壁を指した。

 確かに似ている…というか、同じ場所を描いたのだろう絵がかかっている。

 山や湖の配置はほぼ同じだけど、大きな岩が点在しているだけで、建物は一切ない。

 「予想図」ってことは、これ遺跡なの? これ見てなんであの街が予想できるんだろう。不思議。


「ま、絵を褒めてくれたことには、礼を言っておく」

「これ先生が描いたんですか? 美術の先生?」

「いいや。俺の専攻は遺跡考古学だ。古代史を教えている」

「古代史なんて科目があるんだ」

「まあ、そんなレベルだろうな。【黒】の連中にゃ用のない一般課程の更に選択科目だからな」

「あ、いや。でも考古学ってロマンの宝庫ですよね。それは分かります」

「ほお? 滅びた文明になんぞ興味はなさそうだが」

「発掘自体に興味はありませんけど、でも、大昔のことを研究してくれている人がいるから、新しいことを発見できたりするわけでしょう? こないだなんか光属性魔術の新理論が解読されたって、けっこう【黒】界隈じゃ騒ぎになりましたし。必要だし、夢のある分野だと思ってますよ」


 ちょっと驚いた顔で先生が黙る。

 この国では学者や研究者の地位はお世辞にも高いとは言えない。

 薬の開発や魔石の研究など、国益に直接つながる分野への予算は組まれているが、それ以外は「ご自由にどうぞ」状態である。つまり学者さんたちは理解あるパトロンを自力で見つけるか、副業によって自力で稼ぐかでしか、その道を究めることができないのだ。

 たぶんこの先生もそうなんだろう。


「…【黒】が王族の護衛なんかやってるから、どんな野心的な男かと思えば、ただの変人か」

「この先生、口悪っ」


 面白そうにニヤリと笑った先生が「ちょっと待ってろ」と言い置いてどこかへ消える。

 大人しく待機中の俺は内心でちょっと首を傾いでいた。

 ビジュアル系のキレーなあの顔。

 どっかで見た気がするんだけどなあ…。


「スティーブン・レリウス」

「はい?」

「読んでみろ」


 と、戻って来た先生が手渡してくれたのは、結構な分厚さの本だった。

 どことなく手作り感のあるそのハードカバーの表紙には、『ダン・ギルフォード著 “魔術によって栄え滅びたケルネルス王朝”』とある。ほお。なんだか面白そうな題名だ。

 ぺらりとめくって香ったインクの匂いにやや驚く。

 え。手書き? ってことは。


「…ギルフォード先生?」

「なんだ」

「えぇー。ビジュアル系のくせに考古学専攻って時点で既にギャップ値マックスなのに、絵も描けて本も書くとか、どんだけ詰め込むつもりですか」

「食うために多才にならざるをえなかったんだよ。土いじりは金がかかるが、収入はほぼないからな」

「先生、人物画は得意?」

「いいや。俺は風景画しか描けない」

「なんだ、そっか…」

「あからさまに残念そうな顔しやがって。おまえの麗しの婚約者殿の絵なら掃いて捨てるほど持ってんだろうが」

「トリシアの絵ならどんなに似てなくても掃いて捨てたりしませんよ」

「ガキが惚気てんな」

「惚気てないし。婚約者とか言い出したの先生だし。つーかほんと口悪い」

「平民の学者かぶれなんざこんなもんだ。侯爵令息のおまえこそそんなんで大丈夫か」

「俺はやればできる子なんで」

「そうか。なら、それの感想文、期待してるぞ」

「え」


 卒業までに返してくれりゃいいからなーと手を振りながら先生は去って行く。

 俺、読書感想文って苦手なんだけど。

 まあ、卒業までなら二年以上あるし、ぼちぼち読むかな。


 何ページくらいあるんだろうかと、裏表紙をめくる。

 ギルフォード先生の自画像と共に簡単なプロフィールが書いてあった。

 あの顔で三十超えてんのか、若作りしてんなーとぼやく俺の脳裏にパチンと何かが弾ける音が鳴る。


 この自画像の先生。

 やつれて不健康そうなこの顔。

 思い出した。例の訳アリ教師だ。

 遺跡調査かなんかのときに現代では解明されていない呪いにかかってしまい、死への恐怖で情緒不安定になってた、ヤンデレ枠の攻略対象者。

 今は元気みたいだけど、これから呪いにかかってしまうのだろうか。


「…新種の呪いとか、姉上が嬉々といじりたおしそうだな」


 白魚の如き手指をわきわきさせている人外レベルの美少女の姿を思い起こす。たぶん間違ってない。いじりたおして、満足したら、助けてくれるだろう。…たぶん。


 さてと、と俺は当初の目的を思い出して歩き出す。

 体調不良で早退したジュリアスに図書館に本を返すよう頼まれたのだ。

 早く済ませて麗しの婚約者殿の元に帰ろう。

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