12. “騎士団長の息子”
師匠から手紙が届いた。
手紙と言っても、小鳥の運んで来る一言メモだ。
“今日 放課後 応接室”
とだけ書いてあった。相変わらず師匠の文字はクセが強くて読みにくい。
今日、授業が終わったら塾の応接室に来いという意味だろう。たぶん。
何の用かなあ。たいていこういう感じのとき無茶振りされんだよなー。
カメラができたよ、なら今すぐ飛んで行くんだが。
「ま。カメラはないな」
放課後。
応接室の扉の前でぼそりと呟く。
アカデミーへの転移魔術は禁じられているが、アカデミーからの転移は可能なので、授業が終わってトリシアを寮まで送って速攻、塾の中庭に転移した。少しでも遅くなると師匠はネチネチうるさい。
「失礼しまー…す?」
ノックして返事を待って扉を押し開けた先で見たのは、思い描いていた黒いローブ姿の老人ではなく、白い騎士服の偉丈夫であった。
俺より背が高くガタイも良く筋肉質。腰に佩かれた剣はきっと俺には振り上げることもできないだろう大きさだ。
明るい金の短髪が良く似合うそのおじさんは俺を見るなりニカッと笑った。
「おう。スティーブンだな。聞いた話よりずいぶん大人びている」
「は、はあ。えーと、どちら様で?」
「色々考えたんだがな。こう呼んでもらおうと決めた。――パパだ」
数瞬の間があった。
正騎士なんて間近で見るの初めてだなーなんて思っていたら、とんでもない。なんとこのおじさん、俺のパパらしい。
「レリウス侯爵?!」
「スティーブ。俺は堅苦しいのも小難しいのも苦手でな。格式ばった挨拶は不要だ。楽にしてくれ」
「ありがとうございます。すみません。ご挨拶に伺う間もなく」
「時間が取れないのは俺の方だ。気にするこたぁない。ジュダルとギュゼフには会ったな。上の三人ともその内に機会を設ける。家族が増えた祝いをせにゃな。ウチの子になった以上、俺は全力でおまえの味方をする。遠慮なく頼っていい。これからよろしく頼む」
溌剌とした笑顔で右手を差し出され、反射的に俺も右手を出す。
ぎゅ、と握手されちょっと痛かった。大きな手だ。剣ダコだろうか。ごつごつと固い。
「突然ご迷惑をおかけしました。俺たちを助けていただいたこと、パトリシア共々、心より感謝しています。これからお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
どれだけ感謝してもしきれない。この人が俺を息子にしてくれなければ、トリシアは未だに例の好色ジジイに嫁がねばならない恐怖に怯えていたことだろう。パパ様様である。いや、ジュダル姉様様?
「おうおう。これまでウチにいなかったタイプの子だな。スティーブ、さっそくで悪いが、今日ここに来たのはおまえの顔を見に来ただけじゃないんだ」
まあ座れ、と言われてパパの正面に腰を下ろす。
なんか、圧が半端ない。身体の大きさだけではないだろう。圧倒される何かを感じる。さすがパパ。騎士団長の名は伊達ではない。
「レガート殿下に校内護衛騎士がいないのは知っているな?」
「ええ、はい」
「今は騎士団から出向している騎士科の教師陣が交代で殿下の周辺を警備してはいるが、やはり校内護衛がいないというのは俺たちも少々不安でな」
「何か理由が?」
「殿下がカーライルの四男坊以外を傍に置きたがらないというのもあるが、同い年に優秀な騎士候補がいないというのが一番の理由だ」
「はあ、なるほど?」
「そこで、毎年入学式から約三ヶ月後に行われる【白】の二、三年生による模擬試合会の優勝者に以降一年間の護衛を任せることに決まったんだが、それまでの三ヶ月弱、護衛を頼まれてくれないかと思ってな」
「……俺がっ?!」
「ちなみにこれの発案者はおまえの姉だ。“護衛? スティーブンがいるではないか。あの子の傍にはパトリシアもいる。私の代弟子が二人も揃っていれば、レガートはケガをしたくともできまいよ”だそうだ」
パパ渾身のジュダル姉上の声マネはまったく似ていない。なんとなく口調や話し方を寄せてはいるが、ちょっとキモいと思ってしまったことは黙っておこう。
っていうか何を言ってくれやがったんですか姉上?!
「む、無理です。護衛なんて訓練された騎士がやることでしょう。魔獣の討伐とはワケが違う。日常生活中の護衛なんて魔術師の仕事じゃありません。っていうか、トリシアを護衛につけるってなんですか。公爵令嬢ですよ? 本来ならトリシアに護衛がいてもおかしくないくらいなのに!」
「いや、パトリシア嬢を護衛にはできない。するとしたらおまえ一人だ」
「もっと無理です。戦闘能力で言えば俺はトリシアの足元にも及びません。王子殿下の護衛なんて荷が重すぎます!」
「受けるかどうかはおまえに任せる。が、スティーブ。ふたつ覚えておいてくれ。おまえの名を挙げたのはおまえの代師で、今のおまえの父親は騎士団の長だってことをな」
「脅しじゃないですかそれ!」
「格上の家から嫁を取ろうってんだ。名声と人脈はいくらあっても困らんぞー」
「……っっ?!」
「ま。決めるのはスティーブだ。好きにしていい。たが返事は早めにくれ。おまえがひよって断るなら他を当たらんとならんからな」
このおっさん。さすがに国王の一番傍にいる近衛だ。ただの脳筋じゃないらしい。朗らかな顔で笑って「じゃあな」と立ち上がるパパの背を恨めし気に睨み、俺は深々と溜息を吐いた。
俺は忙しい。トリシアを守らねばならない。なんで王子の護衛なんぞ…。
“騎士団長の息子”だから、ですよねー。
「パパ」
「おう」
「もしものときは助けてくれるんでしょうね」
「もちろんだ。ウチの可愛い末息子だからな」
「はあ……」
これ見よがしに溜息を吐いて立ち上がる。
左胸に手の平を当て、諦めと降参の一言を口にした。
「レガート殿下の校内護衛の任、謹んで拝命いたします」
「そうか! やってくれるか! さすが俺の息子!」
ばんばんと大きな力強い手が俺の肩を叩く。
痛い。骨折れる。加減して!
不肖スティーブン・レリウス。
第三王子レガート殿下の護衛に就任。
アカデミー入学直後、王子と密な関係になっちゃったのは悪役令嬢ではなくまさかの俺。どういうことなの。
***
「ごめんね、スティーブン。護衛なんて要らないって言ったんだけど、近衛はそれじゃ納得してくれなくて」
「不届き者の襲撃だけではありませんよ、殿下。ある日ひょっこり魔獣が目の前に飛び出してくるかもしれませんし、下手くその打ったゴルフボールが殿下を目掛けて窓を割って来るかもしれません。ありとあらゆる危険から王族をお守りするという観点に於いて、校内護衛を置かないという選択肢は近衛騎士団にはないものと思われます」
「…すっかりレリウス侯爵の息子だね。君は嫌がると思ったのに」
「ぶっちゃけ荷が重すぎて今すぐ辞退したいところですが、そんなことをすれば後が怖いのでどうか三ヶ月はお傍に置いてください」
「うん。君ならいいかな。よろしくね、スティーブン卿」
騎士を呼ぶがごとく「卿」と呼ばれ内心できょどった俺だが、それでも頑張って魔杖を取り出しひざまずく。そのまま左胸に手の平を当て、叩頭した。
俺の魔杖は俺とトリシアと代師様以外は触れられないので、騎士の叙任式のように殿下が俺の得物で肩を叩くことはできないが、礼儀的にはたぶんこれで良いはずだ。たぶん。
「君は騎士じゃないからなあ。特に誓約は必要ないけど、体裁的に一つだけ戒めようかな」
殿下がそっと俺の肩に手を置く。
「スティーブン・レリウス卿。いついかなる時も君は君らしくいてほしい。妻となる女性を愛し、友人を愛し、そして国を愛するレリウスの名に相応しい働きを期待する」
さすが殿下。
困ってる人がいたら絶対助けろとか、女性のお願いは絶対断るなとか、そんな騎士の誓いにありがちなこと言われたらどうしようかと思った。
俺は俺らしく。なんともありがたい約束事だ。
「――御意に。スティーブン・レリウスはいつ何時も己らしくあることをここに誓います」
「うん。さっそくだけど、敬語やめてくれる? 名前で呼んでほしいな」
「…レ、レガート?」
「そう。護衛は必要ないけど、友達なら歓迎だよ。よろしくね、スティーブン」
それから三ヶ月。
あっと言う間だった。
第三王子の周辺では特に何事もなく、臨時の校内護衛任務は平穏無事に終わりそうである。
護衛というよりただ一緒に移動したり食事したりするだけの学友みたいな関係だったと思う。
レガートは入学式のときのイメージ通り穏やかな人だし、ジュリアスは相変わらずツンツンしているが、なんとなく扱い方が分かって来たところだ。
今日は【白】の先輩方の模擬試合会。
他科の生徒に日々鍛錬した剣術を披露し、新入生である【白】たちに先輩は一年でここまでできるようになったんだぞ、おまえらも頑張れよという目標を示す、【白】オンリーの体育祭みたいな日である。
新入生は全員観覧せよとのお達しに【黒】一同はブーイングの嵐だった。
曰く、戦闘能力“しか”ない【白】なんて見てたって時間の無駄だ、そうだ。
俺的には剣道の試合を観戦する感覚で「楽しみだなー」なんて思っていたんだが、一番見晴らしの良い貴賓席に着いたレガートが「読書してたらバレるかな」とかなんとか言ってたので、文系には不評な試合なのだろう。
優勝者が殿下の護衛になる日。
そして俺の任務の最終日だ。
中央屋根付きの貴賓席にはレガート王子様と宰相の息子ジュリアス。それに公爵令嬢パトリシアと俺の四人。
侯爵家の養子になった俺は新入生の中じゃ上から四番目の身分になってしまったらしい。恐ろしい話だ。
国家を護り忠誠を尽くす騎士候補たちの試合に興味ない素振りを見せてしまったレガートは「僕は兄様たちが【白】で、スゴイの見慣れちゃってるから」と言い訳していたが、今回はみんな王子様のために頑張るんだからちゃんと見ててあげなよと思いつつ、俺は周辺をそれとなく観察する。特に危険そうなものはない。
中々護衛が板についてきたんじゃなかろうかと自画自賛するが、それも今日でお終いだ。早くこの微妙な重さの責任から解放されたい。
「…なんだあれ」
ごお、と眼下にほとばしる炎の柱に驚いて目をしばたかせる。
どう見ても振るわれる剣から発せられている。
あっちで渦巻くのは風だろうか。
え。なに。魔力のない【白】にも属性があんの?
「魔剣を見るのは初めてかスティーブン。騎士団長の養子でありながら勉強不足なんじゃないか」
「……さーせん」
「属性付与済み魔石装着型武器・形状“剣”。略して魔剣」
ジュリアスがツンツンしながらも詳しく教えてくれる。
こいつは間違いなくツンデレだ。
言い過ぎちゃったかなーと後で一人反省会をするタイプだ。
「その言い方だと魔斧とか魔弓とか魔槍とかもありそうね」
「もちろんある。【白】の得物が剣だけとは限らないし、全員が騎士になれるわけではないからな。貴様らの魔杖も同類だろうに。田舎から出て来てずっと塾にこもっているから見識が狭いんだ。少しは他科の生徒とも交流を持て」
「……え? 四六時中レガートにくっついてるジュリーがそれ言う?」
「私はそれでいいんだ!」
ふんす。と鼻息荒く言い切ったジュリアスの向こうで王子様が苦笑している。
ツンツンし過ぎの上に一言多い。友達いないなこいつ。ジュリアスにしてみれば純粋に心配しての発言なんだろうが、何せ棘が刺さり過ぎる。
ああ、そうだ。こいつの攻略方法は「はじめての友達になる」だった。
しかしなるほど。魔石を装着した剣なのか。
あれなら攻撃がここまで届く可能性があるな。
それなら――。
椅子の影で魔杖を取り出し、頭の中に教科書を開く。
えーと。あれをああして、こうして……。
ぶつくさと術式を組み立てる俺を横目に、トリシアがやや首を傾いでいる。
「スティーブ? あなたさっきから何を――」
ぴんと背筋を伸ばして真面目に試合を見ていたトリシアが俺に向き直った瞬間。
場内から悲鳴が上がる。
トリシアが驚いて振り返るのと、俺が立ち上がって魔杖を振りかざすのと、俺たちを目掛けて炎が迫り来るのはほぼ同時だった。
「地属性防御魔術『ダイヤモンド・ウォール』!」
その名の通りダイヤモンドの壁が俺たちのいる貴賓席を塞ぐ。
業火と呼んで差支えなさそうな強い炎が壁の外側を舐めて空へと溶けて行った。
しんと静寂が下りる。
陽光に反射してきらきらと美しいこの壁は俺の創作魔術である。
地属性魔術で鉱石も扱えると知った俺は、地属性防御本来の壁である土よりも、俺の知識的に最硬度の鉱石であるダイヤモンドを壁にするという発想に至った。
見栄えが良く何より硬いが、術の発動に土壁の三倍くらいの魔力と時間がかかる。「実用性はないな」と師匠には鼻で笑われたが、余力と時間があればご覧の通り、王子様と公爵令嬢を守るに相応しいきらびやかな壁が出来上がるというワケだ。
飛んで来たのが炎で良かった。氷とか鉄とかだったら競り負けたてた可能性もある。ダイヤモンドは硬いけど意外と割れ易いからな。うんうん、中々のデキ。と自画自賛して術を解く。
ちなみにこのダイヤモンドの壁は宙に霧散して消えるので、さながらダイヤモンドダストのごとくきらきらと去って行く。散り際も美しく。これぞ日本人の心。…いや、今の俺はヴァルエハーツァ人だけども。
「トリシア、無事か」
「え、ええ」
まだちょっとびっくりの治まらない様子のトリシアを抱きしめ側頭部にキスをする。
よかった。トリシアの髪の毛ひとすじでも焦がしていたら、あの炎を放った【白】は俺がぎったぎたにしてやらねばならないところだった。
「スティーブン。貴様まずはレガートの無事を確認しろ!」
トリシアしか目に入っていない俺にオッドアイが噛み付いて来る。
ああ、そういえば。
「…レガート、無事か」
「ふふ。うん。ありがとう、スティーブン。きれいな壁だったね」
まだ何か言いたげなジュリアスを制してレガートがにこりと微笑んでくれた。きれいで硬いだけの壁が初めて役に立ったことを実感し、俺もなんだかほわほわと嬉しくなる。
「殿下。ひとまずお姿を皆に」
「ああ、そうだね」
眼下では【白】の皆さんがあたふたとおおわらわだ。
トリシアに促された王子様が欄干に近付いて演習場へ向かい手を振る。
無事だよ、のパフォーマンスだ。
にこやかに、おおらかに。王位継承権の順位は低くとも、やはり王族の気品が垣間見える。その仕草に感心していると脇腹を青い肘に小突かれた。ジュリアスだ。いや、痛いんですけど。
「よくやった。褒めてやる」
「そりゃどーも」
「…スティーブン」
「なに」
「…ありがとう。レガートを守ってくれたこと、心から感謝する」
ツンデレ猫科な宰相の息子さんの目元がほんのわずかに赤い。
相変わらずの不機嫌顔だが、どうやら照れているようだ。
お礼を言い慣れてないそのぎこちなさに思わず噴き出す。
「貴様! なにも笑うことはないだろう!」
今度こそ本当に耳まで真っ赤に染めたジュリアスが殴りかかって来た。
殴ると言ってもポカポカと子供が駄々をこねるような様に、俺は尚も笑ってしまう。
本気で怒り出すんじゃないかというそのとき、ばたばたと足音が複数近付いて来てジュリアスの意識はそちらへ持って行かれた。近付く全てに警戒心を向ける。本当に猫っぽいなこいつ。
「ご無事ですか、殿下!」
「殿下、申し訳ございません!」
と、真っ青な顔をして駆け込んで来たのは【白】の先生たちだった。
まあ、王子にもしもがあれば首が飛んでただろうね。
「大丈夫ですよ。今回はスティーブン・レリウスの機転に助けられました。僕たちも建物も無事なようですし、先輩方も同じ過ちは繰り返さないでしょうから、どうぞ試合を続けてください」
あ。この人、本当に王子様なんだな。と思った。
にこりと微笑む目元がなんだかちょっと怖い。トリシアが怒るとこんな感じだ。「二度目はないぞ」と暗に告げるその圧力は、やはり人の上に立つ者のそれである。
「防御術の準備をしていたのね」
「ああ。魔剣の威力がどんなもんか分からなかったからね。一応」
「美しい術だったわ」
「トリシア以上にきれいなものなんてこの世に存在しないよ」
「まあ、スティーブったら」
頬を染めてはにかむ俺の天使を再度ぎゅっと抱きしめる。ああ可愛い。
「ゴホン」とわざとらしい咳払いに視線をやると、なぜだかジュリアスも赤い顔をして俺を睨んでいた。
いつの間にか先生たちはいなくなっている。
「貴様ら、いくら婚約者だからってな! 人目ははばかれよ! 破廉恥だぞ!」
「…破廉恥て。ハグくらい友達とだってするでしょ」
「しない!」
「ええ? したことないの? じゃあ、はい」
トリシアを離して、ジュリアスに両腕を広げて見せる。
一瞬、俺の意図を図りかねたツンデレは、理解したと同時に赤い顔を更に赤く染めた。
「ばっ、バカか貴様! どうして私がっ」
「ハグしたことないって言うから」
「っ?! ~~~っっ?! もう知らん!!」
混乱して泣きそうになりながらジュリアスが走って貴賓席から出て行ってしまった。ばたばたと足音が遠ざかる。大丈夫だろうか。転ばなければいいけど。
「…スティーブ。あまりジュリアス様をからかっては駄目よ」
「ごめん。絵に描いたようなツンデレなもんだから、つい」
「ふっふふ。君はおもしろいね、スティーブン」
「いやいや、ジュリーのが断然おもしろいでしょ」
「うん。そうやってね、ジュリアスを怖がらずに会話してくれる同世代ってほとんどいないんだ。言葉も目付きも鋭いだろう? 冷たい印象を持たれがちでね。本当は優しい人なんだ。君がジュリーと呼んでくれるの、実はとても喜んでいるんだよ。これからも仲良くしてやってほしい」
微笑む王子様に俺も微笑みを返す。
これは悪役令嬢に濡れ衣着せて断罪するようなアホ王子じゃないなと確信した。
俺にもトリシアがいるから分かる。
レガートは心底ジュリアスを大事に思っている。
残念だな、ヒロインちゃん。
アンタ聖女になれたとしても、王子様とのハッピーエンドは絶対ないわ。
ちなみに模擬試合会は延期となった。
先ほどの一件で萎縮してしまった【白】の先輩方は本気の試合ができる状況ではなくなってしまったらしい。「王子にケガをさせてしまったら…」という心の声が聞こえて来そうなくらい及び腰だった。
見かねたレガートが「少し疲れてしまったから、あとはよろしく」と気を遣って席を立つ始末だ。
「ねえ、スティーブン」
「はい?」
「君、今日の模擬試合見ててどう思った?」
「さすが騎士候補の先輩方だな?」
「正直に」
「…トリシアと俺がいれば全員まとめてかかってこられても余裕で勝てそうだな」
「だよね。僕もそう思う」
寮の部屋の前でレガートが一つ頷いた。
一瞬だけ何事か含む笑みを見せた気がしたが「今日もありがとう、お疲れ様」とねぎらいの言葉を最後に扉の向こうへと去って行かれる。
「…スティーブ、あなた」
「うん?」
「覚悟しておいたほうがいいわ」
どうやら王子様のロイヤルスマイルの意味を俺の天使は正確に読み取ったらしい。
何を覚悟しろと? と首を傾ぐ俺に天使は答えを教えてはくれなかった。
後日。
レガート殿下の“正式な”校内護衛に任命する、という書状が届いて俺は絶句した。
つまり卒業までレガートの傍から離れられないということだ。
ヒロインが編入して来る頃には攻略対象者たちに極力近寄らず、トリシアを遠ざけ続けるという算段が実行不可能に陥ってしまった。
原作では確かに騎士団長の息子が王子の護衛を務めていた。だが彼は【白】だった。【黒】が単独で王族の護衛をするなんて前代未聞だ。
頭を抱えた俺をよしよしと天使が慰めてくれる。
俺の人生、どんどん難易度が上がるんだが?!




