09 伝説
留守の間、宇宙船の間取り調査は進んでいたが、やはり解析には至っていない。
ドアのロックの様に、簡単に解体しても代わりがきく物とは限らないからだ。
現地の映像と解体した扉のサンプルを元に、本国ではネジ回しやスパナの様な道具を試作させている。
『壊す』ではなく『分解』する為だ。
扉を次々と開いて行き、居住区の様な場所を見つけては、やっと解体してみるが、重要区画と思われる場所との共通点が少なかった。
唯一の発見は、証明のスイッチが判った事だが、現状のエネルギー事情が不明な為に、無闇に点灯できないでいる。
長期間、使用してきたであろうエネルギー源に、急に負荷を増やして停止されては、目もあてられない。
データが消えたり、カプセルの生命維持に支障がでては困る。
ベネディクトが、今回持ち込んだのは、主に充電式の照明と、測定器だ。
システムに手が出せないお陰も有って、宇宙船内の見取り図は捗り、半径五百メートルの円型で、およそ七層から成るらしい事が解っている。
解析が進まない理由の一つに、構造材などに使われている、素材があった。
エイリアンから供給されたセンサーでも、この宇宙船の壁は調査出来ず、扉を閉めると通信すら出来ない。
謎の金属で、多くが作られていた。
「地下深くにも、同じ金属の反応がある。地質探索の結果から判断すると、この大陸が出来た原因となる隕石を加工して、この船は出来ている様だ。」
ディの調査による、この報告を聞いた地球人の一人が、ある伝説の金属の名を呼んだ。
「オリハルコンか?」
アトランティスの都市を彩ったとされる、この大陸だけの素材。
エイリアンであるディ達ですら知らない、この金属の出所は、別の銀河か?別の宇宙か?
ベネディクトは、最悪の状況を想定してみる。
「場合によっては、物理法則か科学技術が、この銀河の常識から逸脱している可能性も有る。当然、文化様式も異なるだろう。」
「ベネディクト隊長。これは下手にいじるより、使用者の蘇生を優先した方が、安全じゃないでしょうか?」
ディの判断に、皆が同意する。
カプセルから発見されたエイリアンは、地球人に似たヒューマノイドだが、身長が高い。
カプセルを開けなくては分からないが、三メートルクラスの者も居そうだった。
「今、出来るのは、各部屋の状況を把握する事だけだろう。」
ベネディクト達は、見取り図の完成を急いだ。
何度かの休憩や交代を挟み、画像データを集めたり、問題の無さそうなサンプル回収を進めていく。
そうやって、いつもの様にポイント1で進行状況を監督していたベネディクトだが、ある事に気が付く。
「扉の解体した残骸が、減ってるな。」
「・・・・・・」
無線で流れた彼の声に、無言の反応が返ってくる。
「因みに、オリハルコンと言っても、現状では少し硬いだけで、魔物を倒せたり、エネルギーを発したり出来ないからな。」
「金属だから重くて、邪魔になるだけで、ろくに加工も出来ないですからね。」
無線で流したベネディクトの忠告に、副官が加える。
「そもそも、出所を聞かれても、信じてもらえないでしょう?」
「あぁ、ベネディクト隊長。ディですが、我々はサンプルを少し貰っていますよ。」
「了解です。あなた方くらいしか、持ち帰るメリットは無いでしょうからね。」
一時帰国の時に、ベネディクトも資料として研究所へ持ち込んでいるが、それにしても現場では減りすぎていた。
ベネディクトは少し思案して、無線を飛ばす。
「現場を整理するのは感心だが、どこにでも投棄されても困る。ベースキャンプに廃棄箱を用意するから、邪魔なゴミは、そこに廃棄する様に。」
出来心を叱るのではなく、波風立てない様に処理するのも、現場監督の重要なスキルである。
休憩中の隊員達は、話し合っていた。
「これが伝説のオリハルコンかぁ。」
「オリハルコンったって、ただの金属だろ?」
「いや、これで勇者の剣が作れるだろう?」
「確かに硬いけど、それ以前に、加工が出来ないんじゃないのか?」
「・・・・・お前は、夢が無いなぁ。」
「必死に隠して持ち帰って、倉庫で眠っていたり、結局は燃えないゴミで出すのが、夢なのか?」
「でも、アトランティスって、オリハルコンのお陰で、栄華を極めたんだろう?アフリカ大陸にまで勢力を広げたとか?」
「いや、オリハルコンの記述は、建物にしかなかったはずだし、アトランティスの強さは、むしろ、地理的な防御力にあるんだろう。」
「防御力?」
「アフリカ方面から、船で攻めて行くとして、お前も体験した、あの南緯50度付近の大海流を乗り越えた先に、大船団が待っていたら、お前は闘えるか?」
「無理だな。ゲロや胃液を吐いた上に、弱音しか吐けない。」
渡航中の隊員が、『24時間ジェットコースター』と呼んだ、荒海の揺れは、天地が引っくり返る程の物だった。
「アトランティスが攻めに行っても、慣れた荒海だし、乗り越えてから敵船団に遭遇するまでに、立ち直る余裕があるからな。」
「そう言えば、お前は、あの50度を越えた後も、元気だったな?」
「隊長に申告して、特殊スーツを着込み、慣性制御を使っていたから、無重力状態で安眠出来たよ。」
「ズッコイなお前は!」
「でも、そのせいで、南極に着いてから皆が寝ている間に、引継ぎやら説明やら担当させられたがな。」
「ノーリスク、ノーリターンだな。」
「個人でオリハルコンを持ち帰るのって、リスクしか無い様に思うのだが?」
「隊長の言う様に、廃棄箱に入れるのが、妥当か・・・・・」
◆◆◆◆◆
内部の探索が、ある程度終わったので、宇宙船の周辺部を探索する事になった。
エアロックを見付ける為に、あからさまに壊した石壁なども有ったが、これからは、可能な限り、当時の状況を保存して、宇宙船解明のヒントになる物を探す。
壁と思われる物を薬剤で堅め、氷と土砂を取り除いていく。
地下1キロメートル近いので、氷の天井や壁面が壊れない様に、鉄製の柱や壁で強化する。
一番の問題は、狭い坑道と、人手不足だ。
機密性を高める為にも、人員の増加は望めない。
重力制御などを使い、大量の資材をマンパワーだけで運び、組み立てていく。
重機などを持ち込むと、直ぐに沈むし、酸欠でエンジンはかからない。
エイリアン技術を使った建設重機と言うものは、今のところ無いし、今までは必要も無かった。
諜報部員や科学者である彼等は、畑違いの作業ばかりをやっていた。
そんなある朝のミーティングで、ベネディクトが中間発表を行った。
「途中経過を述べよう。遺跡についてだが、正直に言って、よくわからない。」
「・・・・・」
隊員達の顔には、あからさまに『はぁ?』という感情が現れている。
「遺跡だと思っていたら、エアロックや、コールドスリープカプセルが有って、宇宙船の様に思えた。」
隊員達が、一様に頷く。
「しかし、周囲を発掘していくと、原始的な住居や施設があり、それが宇宙船を飲み込む様な形で、存在している。」
そう。宇宙船は、街が邪魔をして、飛び立てないのだ。
「宇宙船が、完全なオーパーツやモニュメントとして使われたなら兎も角、複数あるエアロックは通路として使われ、内外に共通の日用品も存在した。」
「客観的には、宇宙船を城として流用していたとしか思えないが・・・・この状況に、他の見解を持つ者は居るか?」
ここまで、ベネディクトの独壇場だが、実際には、何人かの部下の意見を纏めたに過ぎない。
一度、少人数での検討会を経ての報告だ。
「隊長!」
皆の意見を聞こうとしていた彼の背後から、呼び掛ける声がした。
ここの外壁は、電波を通さないので、ベネディクトか誰かが、このポイント2で外部のベースキャンプとの、中継を行っているのだが、無線では足りない報告の様だ。
「どうした?」
「たった今、コンテナ基地から届いた報告です。」
コンテナ基地からと言う事は、12時間以上前の報告だ。
ベネディクトは、部下から情報パッドを受け取ると、目を見開いた。
「隊長?特別な指令ですか?」
様子の変化を感じた部下が、彼に問いかけるが、ベネディクトは、少し考えて情報を整理している様だった。
「あぁ、済まない。研究所からの報告で、コールドスリープのシステムが判明た。基本システムの特長と、蘇生の目処がついて、準備をしているそうだ。近々、専用の工具も届く。」
「おぉ!これで、やっと解析がすすむ。」
特に喜んだのは、ディだった。
「それから、運び出した遺体だか、通路に有ったのは地球人で、カプセルに入っていたのは、地球人の亜種か、別種とのハーフであると判明した。」
物のサイズや使い方は、同型の生物であれば類似する。
隊員の間にも、納得な表情が流れる。
「本国からの報告は、こんな所だ。皆、無理をしないで、安全な作業に心かけてくれ。」
「「「はい!」」」
一斉に作業に入った配下達を横目に、ベネディクトはエイリアン二人組を呼び止めた。
「お二人には、別にお話しが有ります。有線通信に切り替えて下さい。」
ベネディクトは、ヘルメットからコードを伸ばす。
傍受される無線通話で話せない事は、有線で繋いで秘匿性を保つのだ。
「カプセルから発見された、地球人の亜種なのですが、特別な遺伝子をしておりまして・・・」
「特別?」
「標準的な地球人は、23本の遺伝子を二組で、46本の遺伝子を持っているのですが、あの遺体は、24本の遺伝子を三組持っていたのです。」
「それは、別種ではないのか?形状は酷似していたが。」
ベネディクトは首を横に振る。
「地球人の中にも時おり、遺伝子の数が多かったり、部分的に組数が多いトリソミーと呼ばれる者が居ます。身体の巨大さは、トリソミーに有りがちな特長です。それに、遺伝子配列も、現存人類と酷似し過ぎています。」
「そう言った地球人の一種だと?」
「いいえ。ここまで酷いと、誕生すら有り得ないのです。」
地球人の生態に詳しくないエイリアン二人は、更に首を捻る。
「ベネディクト隊長。君の所見を聞かせてくれ。」
「地球の宗教上の存在に、人間と交配可能な巨大人類の記録があります。更に、彼等の名前は72文字とも言われているのです。」
「合計72本の染色体。君は、あれが地球の『神』だと言うのか?」
「アトランティスを支配していたのは、ポセイドン神と、その子孫です。あながち、的外れとも言いがたい。」
ギルガメッシュ叙事詩でも、ギルガメッシュは三分の一が神だとかかれている。
一般には、肉体、霊、命の内の一つと思われているが、遺伝子がトリソミーならば、頷ける。
「宇宙人が地球に飛来し、環境や人類を作って、支配していたと?確かに、それならば、この遺跡の形態も理解出来るが・・・・神父である君が、そんな見解を持っていて、大丈夫なのかい?」
「だから、お二人だけにお話ししているのです。今は宗教関係の仕事をしていますが、大学では生物学を専攻していたので。」
ディ達は頷いて、有線を解除した。
「ディさん。エルさん。この件はプライベートな相談なので、御内密に。」
「確かに。了解した。」
「作業員各位。研究所から届いた、システム概要のデータを転送する。充分に理解してから着手する様に。」
ベネディクトは、無線を終えると、情報パッドのデータファイルを、皆に転送した。