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第9話 もう気付いてるでしょう?

 フィーユ山脈に生息するゴブリンの間引き作戦。

 ゴブリンは生活を脅かす害獣だが、同時に魔石資源の供給源でもあるため、根絶やしではなく間引きが目的となる。

 どの道、根絶できるほどの戦力はない。

 そして準備に時間を要するため、数日間は待ってもらうように言われた。

 思えば昨日にゴブリンの襲撃を受けたばかりの村だ、怪我の治療や装備の修繕などいろいろあるのだろう。被害はそう大きくはなかったようだが。


 ともあれ、その後、普段通りの訓練を始める戦士衆を見学させてもらった。

 統一された訓練メニューのようなものはないらしく、それぞれが思い思いに筋トレをしたり、走り込みをしたり、ダミー人形に武器を打ち込んだり、組手をしたり、連携の確認をしたりしていた。

 組手においては先輩が後輩に教えるという形を取っているらしく、武器の構え方や振り方を指導する場面もあった。


 漂う熱気、木剣がぶつかり合う迫力、飛び交う気合の声。サボりの様子には戦士長の怒号が上がる。

 この戦士衆に入団したり、町で兵士に就職したりすれば、こうやって自分も訓練することになるのだろうか。町ならもっと整然とした訓練になるとは思うが。

 希生は少し憂鬱になった。


 希生にはアイオーンがいる。魔剣と主だが、師匠と弟子だ。師匠の課す修行こそがその流派において必要とされるものであり、それ以外の訓練は逆に技量を落とすことになりかねない。

 事実アイオーンは、希生の才能のひとつとして、自分が教える以外の戦闘技術を全く習得していないことを挙げていた。


 ただの筋トレ程度ならば、別段、並行して立ち方の修行はできる。それは体のパーツをどう配置するか、そして維持するかという世界で、立ちながら別のこともできなければ、そもそも意味はないからだ。

 だが武器の構え方や振り方まで指導されると困る。従わなければ当然、反抗的だの意欲が低いだのとして評価が下がるだろう。しかし永劫流のやり方と違うものを覚えても、どっちつかずになるだけなのだ。


 ちなみに『永劫流』とは、アイオーンの教える剣術に仮につけた名である。

 由来はもちろん永劫の魔剣という称号だが、相変わらずどこが永劫なのかは分からない。「まだその時ではないんですよう」と教えてくれなかった。


 ともかく、希生は余計な修行をしたくはなかった。自分の修行だけしたいのだ。

 その意味では、この村で暮らすのも選択肢なのかもしれない。

 事実、今、希生が独自の修行をしていても、誰も文句を言って来ない。


(立ち方ができれば、歩き方ができる。歩き方ができれば、剣も正しく振れるんですよう。それはなぜなのか?)


 訓練所の片隅で、希生は静かにひとり剣を振っていた。素振りだ。

 アイオーンの解説に心を傾けながらも、一回一回、自分の振りを精査しては修正していく作業。


(歩くときは、重心から歩くから。重心の乗ってる骨盤が動けば、腰椎がそれに引っ張られる。更に腰椎に胸椎が、頸椎が。つまり重心移動の力が、背骨を波打つように伝わっていく。この運動エネルギーの波を腕から剣に誘導するんですよう。体幹という『人体で最も柔軟かつ巨大な部位』を使って波を増幅することで、腕力で振るより遥かに大きな力を出せるんですう。まるで鞭を振るように)


 腕の関節数は、肩、肘、手首でたった3つ。一方で背骨――脊椎は、腰の部分である腰椎が5個、その上の胸椎が12個(ついでに首の部分である頸椎が5個)という多数の骨で構成されており、それだけの数の関節がある。

 重心移動を起点にしてこの脊椎という鞭を振るえば、鞭が先端に向けて波打ち加速していくのと同じく、運動エネルギーを大きく増幅できる。

 当然、まず踏み込みによって足腰の力や体重もそこには乗る。


 ここまで来れば、腕はその力を剣に伝えるケーブルだ。戦士衆の誰よりも細い腕でありながら、希生が剣を自在かつ高速に操れるのは、そうして全身の力を使っているからだ。

 脊椎の一個一個を意識して、それを別々に動かせるとき、その作用を合算して大きな力を生み出せる。力んで固まってしまえばできないことだ。そのための脱力のヒントは、立ち方の感覚の中にある。


 またそれは力を加速する助走を体内で済ませることでもある。剣自体は動き出しから最高速に至り、剣を振るコース次第だが振り被りや溜めを必要としない。

 正中線を立てて立つその姿勢が既に溜めなのだ。


(脊椎という鞭を振る。運動エネルギーの波を体に起こし、剣に伝える。『鞭身』ですよう)


 技名のある行動が、縮地からもうひとつ増えた。

 歩けばそれが縮地だし、剣を振ればそれが鞭身なので、必殺技のようにその名を叫ぶ機会はどの道ないのだが。


 奥義とは基本が極まったものである。

 基本であるなら、それはいちいち技名を叫んで決まった動作を繰り出す技であるはずがない。

 全ての動きの根底にそれはあるのだから。

 技を使うのではない。動けばそれが技になるのだ。

 これが達人の境地である。


(剣士歴4日なのに……。なんかちょっと申し訳なくなってくるな……)

(『普通の修行』と『達人になるための修行』って、最初っから別物ですもん。普通の修行をどれだけ続けたって、普通に強くなるだけで、達人にはなれないんですよう。ただ特に初期の伸びがいいのは普通の修行ですから、それが普及してるんですけど。この世界だと魔術もあるですし)

(初期にこの強さなんだけど?)

(そこはアイオーンがちょちょいと加速! もう気付いてるでしょう?)


 主の肉体を操作して、正しい動きを直接教え込む『補助輪』だ。

 正しい姿勢と動きを知れば、自分の姿勢や動きの状態も正しく把握できるようになる。

 明らかに自分以外の力が働いていることに、希生はようやく気付いていた。


(何で最初から言わなかったの?)

(操られるなんて怖いとか、気持ち悪いとか思われたらヤですもん)


 確かに今の希生は、既に結果を出したアイオーンの存在を、『補助輪』を含めて受け容れている。

 しかし山小屋にいたころの希生では、果たしてそれができただろうか。

 結界が切れるまでにゴブリンを突破できる実力を身に付ける、という必要に迫られて、渋々承諾はしたかもしれない。逆にこうしてあとで気付いたとき、騙されたと思ってアイオーンを見限るかもしれない。

 そこはアイオーンにとっても賭けだったのだろう。或いはどうでもよかったのか。

 どちらにせよ、結果は上手くいった。希生はそういう性格だった。


(相性が良くてラッキーだったね)

(ですよう)


 希生は素振りを数回繰り返して動きを修正すると、訓練所内を歩き回り始めた。時々立ち止まって、立ち方も修正する。

 立ち、歩くことが基本だ。歩きが洗練されれば、振りも洗練される。

 戦士衆はそれのいったいどこが訓練なのかと、不思議そうに希生を見ていた。





 昼になると訓練は切り上げられ、三々五々、戦士衆は自宅へ帰っていく。

 昼食と休憩を取り、また午後から訓練に励むか、当番を交代して警邏に当たるのだそうだ。


 希生はアンヌの父と共にアンヌの家に戻った。

 そういえばアンヌの家とは言うが、実際の家長は父なのだろうから、アンヌの父の家と呼ぶべきだろうか。父の名がディックであることは、訓練中の会話から判明しているし。

 というわけでディックの家に戻ってきた。

 畑仕事に一段落をつけたアンヌとその母も揃い、4人で昼食となる。


「ちょっとそれ本当なの!? みんな伸してきたって!? えー見たかったー!」


 アンヌが騒ぐ。

 確かに驚くような展開だろう。道場破りに行ったわけでもないのに、気付いたらそういう流れになっていた。

 どうしてああなってしまったのか。と、希生は半ば他人事のように思った。

 だいたい戦士長の強すぎる自尊心のせいだ。


「考えてみたらさ、あたし、キキさんの戦ってるトコ見たことないじゃん。あたしの英雄なのに。ねえ、午後はついてってもいい?」

「いや、午後は外の警邏に同行する予定だから」

「外って行っても近くでしょ? たまにはぐれゴブリンが出るくらいだって……」

「ダメだ」


 ついてきたそうなアンヌを、父のディックが止めた。

 当然の判断だろう。


「山菜取りに山だって行くのに! 警邏についてくくらい!」

「山はゴブリンが出ない方面だろう」

「出てもキキさんが守ってくれるし!」

「余計な迷惑をかけるな」


 そう言いながらも、ディックは「でもアンヌひとりくらい……」と思っているようでもあった。そういう顔をしている。

 希生の強さを目の当たりにしたため、その程度は重荷にもならないと考えてしまったらしい。

 希生はディックに質問する。


「はぐれゴブリンとは?」

「ああ、たまに1匹から数匹程度のゴブリンが、群れからはぐれて行動していることがあるんだよ。村近辺に出るのは大抵それだ。でなくば、部隊を率いて村に襲ってくるかだな」

「ホブゴブリンではない?」

「そうだな、普通の雑兵ゴブリンだ。ホブゴブリンはいつも雑兵を率いて、単独ってのはないからな」


 それくらいなら……。いや、過信は禁物だ。

 訓練所で戦士衆を一蹴したとは言え、彼らは戦士長以外は士気が低かったし、近接武器しか持っていなかった。


 はぐれゴブリンの士気や武装がどの程度かは分からない。飛び道具を使われると、自分が回避して生き延びるのはともかく、同行者を守りきることはまだ難しいかもしれない。

 希生の戦い方はどっしりと構えるパワー型ではなく、常に最適な位置取りを行うために動き続けるスピード型に近いものだ。敵を殺すには向いているが、人を守るにはあまり向いているとは言えない。

 そもそも軽々しく他人の命の責任までは持てない。


「まあ、ダメですね」

「えー!」


 相変わらず無口でにこにこ笑いながらお代わりを用意しているアンヌ母を背景に、アンヌの警邏同行は却下された。

 彼女自身にも仕事はあることだし、当然の結果だった。


「じゃあ試合見たい! 試合! 明日の訓練のときにさ! それならいいでしょ?」

「受けてくれる人がいたらね……」


 午前の警邏当番で訓練所にいなかった戦士なら、まさかと思って受けてくれるかもしれない。

 逆に今日伸した戦士たちは無理だろう。

 誰もがほぼ何もできないまま負けているのだ。しかも取り囲んでさえ。

 そんな相手と試合をしても、差がありすぎて得るものはないだろうし、面白くもないだろう。当然、人に見られたいものでもあるまい。

 それに希生自身、アンヌに進んで戦闘を見せようという気持ちもあまりなかった。


 ホブゴブリンとの命を懸けた戦いは、思い出すだに楽しい会話だった。戦士衆との戦いは、いい練習にはなったが、特に楽しくはなかった。

 そんな試合をもう一度やるのは、何とも気が進まないのだ。

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