第10話 お見事です
天気は晴れ。やや涼しい。
元の世界と季節が一致しているのだろうか、希生は秋を感じていた。
和ゴス自体はどの季節にも当て嵌まらないような季節感のない服装だが、別段快適な体感温度だ。
アイオーン曰く、薄手で通気性のあるものから厚手で温かいものまで、季節ごとに用意してあるらしい。更に厳しい環境向けの、魔法がかかっている和ゴスさえも。そこまでこだわることなのか。
ヤメ村の外には自然が広がっていた。
北西から北東、更に東にかけては雄大なフィーユ山脈。東や南には森が広がり、魔物のいない小高い山もある。西側は草原だ。
この村周辺の領域を警邏し、魔物を警戒するのが、戦士衆の主な仕事のひとつである。
特に材木を取るための森にゴブリンが営巣しないよう、こうして毎日見回り、発見すれば駆除している。
ゴブリンたち自身にとっても、主にフィーユ山脈を縄張りと認識しているらしく、そうしょっちゅう森にゴブリンが出るわけではないのだが、念には念を入れてだ。
そんな警邏に、希生は同行していた。
ほかのメンバーは戦士衆が6人。
それぞれ剣と盾、弓矢、革鎧で武装している。森の中では木々が遮蔽物となり扱いづらいため、槍はなし。
周辺では最もゴブリンの出る可能性が高い森の中を、警戒しつつゆっくりと進んでいく。
ゴブリンが出るとすれば、フィーユ山脈に近い森の奥の方であり、浅い領域では木こりたちが仕事をしていた。彼らも腕に覚えはあるらしい。
木こりらと別れて数時間、森の中をぐるりと周り、そろそろ折り返しとなる地点において、希生は音を聞いた。
――さくり、と。落ち葉を踏む足音。
足音、複数、リズムからして二本足、獣ではない、ひとつひとつの体重は軽い。
雑兵ゴブリンの群れだ。距離はまだある。
「左前方。ゴブリンです」
「なに!?」
希生がいるのは一行の最後尾、固まって動く戦士衆から数歩引いた位置だったが、それに気付いたのは希生が最初だった。
視界の悪い森の中、いつどこから何が出てくるか分からない。緩やかな恐怖が希生の感覚を研ぎ澄ましていた。
戦士衆がいったん希生を振り返り、それから希生の指し示す方角を見ると、木々の向こうに確かにゴブリンの陰がちらりと見えた。
「山から下りてきてやがったか。おい、ホブゴブリンがいたら頼むぞ」
「いないみたいですよ」
「何でこの距離で分かるんだよ……。まあいい、狩りだ!」
隊長格の戦士が率先してゴブリンに向かっていくと、残りの戦士と希生も続いた。
数十mはあるだろうか、10匹に満たない程度のゴブリンの姿が窺える。向こうもこちらに気付いたようだ、武器を手に唸りを上げている。
敵の武装は、やはり石槍や石斧だ。ゴブリン本人が子供サイズであるため、武器も相応の大きさとなっている。長物であっても、森の中で特別使いづらいということはないのだろう。
ぐんぐん距離を縮めていくうちに、互いに武器を用意していく。ゴブリンらは落ちている石を拾い、戦士衆は弓を取り、矢筒から矢を引き抜いた。
単なる投石と弓矢とでは、後者の方が射程で勝るのは当然だ。先に相手を間合いに捉えたのは戦士衆だった。十数m。
一斉に矢が放たれる。
ゴブリンは散開し木々を盾にしたが、逃げ遅れた個体が矢に射抜かれた。2匹が胸に受けて倒れ、1匹は腿を貫かれて転んだ。
広がる足音。ゴブリンらは散開したまま戦士衆を取り囲む気のようだ。
「囲んでくるぞ!」
「盾用意しろ!」
木々の合間から投石が飛んできた。
戦士衆の半分が前に出て盾を構え、投石を食い止めた。革張りの木製で、長方形をした大きめの盾だ。攻撃の来る大まかな方向さえ分かれば、投石を防ぐくらいはわけもない。
ゴブリンも相手を見なければ狙うことはできないのだ、投げる瞬間には木々の遮蔽から顔を出す。
そこに、盾に守られた戦士の残り半分が矢を打ち込んだ。
固まっていない相手に対して命中率は低いが、牽制にはなる。今また1匹が射抜かれ倒れた。
遠距離戦を嫌ったか、ゴブリンたちが包囲しながら突っ込んでくる。
「仕留めるぞ!」
隊長が叫ぶと、弓を背に掛けて、全員が剣と盾を構えた。
ゴブリンたちは槍で突き斧で切りかかってくるが、戦士衆はある者は盾を前面に出して体ごとぶつかっていき、ある者は盾で薙ぎ払うシールドバッシュを繰り出す。
人間の子供サイズの雑兵ゴブリンでは、盾を避けて攻撃することは難しい。
武器ごと盾に押し潰されるようにゴブリンたちは蹴散らされ、体勢を崩したところで剣でトドメを刺されていった。
希生はそれを眺めながら、1匹だけ自分に向かってきたゴブリンを避けて、その首を刎ねていた。
遠距離戦から始まって白兵戦に移行し、あとは残敵掃討だ。
周囲を探って伏兵のいないことを確認しながら、弓を受けて倒れた個体にもしっかりと胸を刺してトドメをくれていく。
一通り終わると、戦士衆は一息をついた。
希生は小さく拍手した。
「お見事です」
「ホブゴブリンがいなかったからな。普通のゴブリンならこんなもんだ」
実際にゴブリンから村を守っている戦士衆なのだ。当然の結果なのだろう。
彼らは剣の血を拭いて鞘へしまい、再利用できそうな矢を回収すると、ゴブリンの魔石の採取を始めていった。
金槌と鑿のようなものを取り出して、頭蓋骨を割り砕き、脳を開いて魔石を取り出す。
「あ、嬢ちゃんお前、首刎ねたな。頭押さえるの面倒だから自分でやってな」
頭が胴体と繋がっていれば、胴体を踏んで押さえながら割れるが、頭だけだと転がってしまい、割るのが大変らしい。
「あっ、はい」
希生はゴブリンの生首を見下ろした。
周囲も見渡す。ゴブリンの死骸が転がっている。
これがいかにも非人間的な容姿をしていればいいのだが、実際には肌が緑色で額に二本角が生えている以外は、殆ど人間の幼女と変わらない。
おかげで物凄く凄惨な光景に思える。溜息をついた。
もちろん戦士衆には、気にした様子はまるでない。これはこういうもの、なのだろう。
できるだけ生首の目を見ないようにしながら、魔剣の切れ味で一刀両断にし、魔石を掘り出した。
魔石はホブゴブリンのものより小さく、薄い緑色をしていた。
「死骸はどうするんですか?」
「放っておけば獣のエサになる」
どうもしなくていいようだ。
全員が魔石の回収を終えると、一行は再び固まって森を行った。
獣の気配は感じるものの、人間を警戒してか近付いてこない。近付いてくるのはゴブリンだけだ。
結局村に帰るまで、その後2度の交戦があった。初戦と同じような過程と結果。
帰り道、希生が問う。
「これ、ゴブリンは多いんですか? 普通?」
「多い」
隊長が答える。
「フィーユ山脈だけじゃ賄えなくなって、麓の森まで溢れてきてるって感じだ。嬢ちゃんが来てくれたのは、いいタイミングなのかもしれんな……。今のうちに先制攻撃で間引かないと、村が戦場になるかもしれん」
「村に籠城した方が戦いやすくはないんですか?」
城攻めは相手の3倍の兵力が必要、などと聞いたことがある。城ではないが。
「部隊として統率されたゴブリンの軍団より、今日みたいな小規模な群れを探しては殺していく方が安全なんだよ。非戦闘員も巻き込まれないしな」
「なるほど」
別に山のゴブリンに攻勢をかけることを躊躇ったわけではない。
守る戦いより殺す戦いの方が得意なのだし。
ただ純粋に疑問に思っただけだ。この世界のことを、希生はまだまだ知らない。
今のところ、そう突飛な世界でもないように思えるが。
(ゴブリンの外見が外見だからなー。なーんか殺人みたいで、あんまり慣れたくないんだけどなー)
(害獣駆除ですよう?)
(害獣駆除だからやるけどさ。いちいち気分が悪くなるのもめんどくさいじゃん? 戦い自体は気持ちいいのに)
(いっそ殺人に慣れたら楽なんですけどねー)
(えぇ……)
冗談でも、滅多なことを言うもんじゃないよ。
希生はアイオーンの柄尻を軽く叩いた。
いや、尻じゃなくて。
(イオの尻か……)
(欲しいんですよう?)
(はい)
はい。
柄尻を、今度は撫でた。




