第47話 騎士って?
その日はウショブ遺跡の東区域に出向き、小型巨人(3~4mほどの、比較的小さい巨人種)と戦ってみたが、あまり歯応えはなかった。もともと竜にエサとして扱われていた魔物だ、その竜を斃した今となっては仕方あるまい。
それでも竜と違って数がいるため、継続してそれなりの経験を積むことはできる。もう少しは小型巨人狩りでもいいだろう。
ただ、そのあとはどうしたものか。ウショブ最強の存在を斃してしまったため、強くなるために戦いたい希生たちとしては、もうこの土地にこだわる必要はないのだ。
グラジオラス領内にはまだ他にも魔境はあるし、或いは別の領地に移ってもいい。
かと言って急ぐわけでもない。懇意になったウフレニウス商会から各地の情報を教えてもらいつつ、次の目的地をのんびり決めてもいいだろう。商会の支部がある町にしてほしい、とは言われているが。
そんなことを考えながら、滞在している宿『踊らない鷲亭』に帰りつくと、手紙が届いていることを従業員から告げられた。
封筒はやけに豪奢なデザインで、送り主の名は『グラジオラス辺境伯領騎士エサイアス・ライトレフト』とある。
希生とロヴィッサの部屋に集まり、4人で手紙を開封することにした。
「で、知ってる人?」
「田舎者の俺に、騎士の知り合いはいないな!」
「右に同じよ」
ヒューゴとベルタには心当たりがないようだ。
一方のロヴィッサは、その知識を引っ張り出す。
「グラジオラス領において特に優れた騎士である『七騎士』のひとりが、このようなお名前だったと記憶しておりますが……。実はキキさんのお知り合いだったりいたしませんか?」
希生は記憶喪失ということになっている。その失われた記憶の中で会ったことがあるかもしれない、と考えたのだろう。
「ないない」
実際には記憶のある異世界人だ。あり得ない発想に、苦笑しながら手を振った。
ともかく、読んでみれば分かることだ。
このパーティーに明確なリーダーはいないが、書類上は、冒険者歴の最も長いロヴィッサがリーダーということになっている。
そのためか手紙の宛名はロヴィッサ、ヒューゴ、ベルタ、希生の順で書かれていて、開封した手紙を読むのも、何となくロヴィッサの役目となった。
内容は時候の挨拶から始まり、自分がこの領地の騎士であること、領主の名代としてこの手紙を書いていること、そして希生たちを騎士に勧誘したい旨へと続いた。
10年間もウショブ遺跡に棲み続けた竜をたった4人で討伐した功績を称え、実力を高く評価して、騎士に迎えたいのだと言う。
騎士となれば土地を与えられ、安定した収入が約束される。そして戦場において、悪しきオーガから領地と国を守る名誉、そして戦場での武勲を得るだろう、と。
最後に、ついては直接出向いて詳しい話をしたいため、その日は予定を空けておいてほしい、とまで。
4人は顔を見合わせた。
「……騎士って?」
希生は静かな声で問うた。
騎士とは騎兵に起源を持つ階級だ。昔は徴兵される側が自腹で装備を整えなければならなかったため、金持ちだけが騎兵になれた。そこから、強力な騎兵として働く代わりに高い身分を与えられるようになった存在が騎士である。
と、それは地球での話。この世界のこの土地ではどういう存在なのか。時代によっても、騎士の様相は大きく変わるものだ。
「領主に忠誠を誓った強力な戦士、というところでございますね。領主の兵団を取り纏め、指揮を取る立場であり、一騎当千のその強さから、戦の最前線に立つことも多々あります。領主に土地を与えられた小領主でありつつ、多くは統治を代官に任せ、収入だけを得ると聞いたことがございます。準貴族とも称されます」
戦場における主人公であり、土地を与えられた準貴族。地球の騎士とそう変わりはないようだ。
そんな騎士になるように勧誘しに来ると言う。まだ実感が湧かないが、竜殺しはそれだけの大事だったらしい。
とりあえず、希生はもうひとつ気になった単語も聞くことにした。
「オーガって?」
「それなら俺も答えられるぞ! 人喰い鬼とも呼ばれる亜人系の魔物だ! ゴブリンを強力にしたようなものだが、人間ばかりを好んで食べる人類の宿敵! このグラジオラス領のすぐ隣がオーガどもの土地で、ずっと戦争をしているんだ!」
「って言っても、ここ十数年は小競り合いばかりでそうキツい状況でもないらしいのよね。じゃなかったら、今頃ヒューゴも徴兵されて冒険者どころじゃなかったかも」
「それは困るな! 兵士は戦争の駒! 最強の剣士とは対極の戦い方だ!」
そう、ヒューゴはそういう理由で冒険者になったのだっけ。
確か絵本の主人公に憧れたのだったか。子供向けの絵本であれば、現実的な戦争の話ではなく、夢溢れる英雄の冒険譚だったのだろう。主人公と、せいぜい少数の仲間が共に戦う程度か。
つまり、ヒューゴの今がそういう感じである。強さはまだまだ上を目指すだろうが、現状の環境には満足しているだろう。
騎士になれと言われて、なるものだろうか。
「もし騎士になったら、じゃあ、オーガとばっかり戦うことになるのかなー。人間同士の戦争ってないの? いや、求めてるわけじゃなく」
「この近辺ではございませんね。グラジオラス領が接しているのは、同じリュオルフ王国のほかの領土と、オーガの土地だけでございますから」
敵のオーガのほかは、周りに味方しかいないのか。
「ただ場所によっては、冒険者だけでは魔物の駆除が追い付かない場合がございます。そういった場合には、騎士が出向くこともございますよ。或いは盗賊団などの犯罪者相手にも。大半はオーガ相手の国境警備でございましょうが……」
「そっか。そっかー……」
希生はベッドに腰掛けたまま、ごろんと仰向けに寝そべった。隣に座るロヴィッサの尻尾をさわさわとフェザータッチで撫でる。
ロヴィッサはくすぐったげに身をよじりながら続けた。
「わふん……。わん。……総じて、今ほどの自由はなくなると思ってよいでしょう。それは『戦う相手』という意味でも、でございます。その点、キキさんやヒューゴさんには重大でございましょう」
「サラッとイチャつくのやめないかしら?」
「それはともかくだ! そう! 戦う相手が狭まる! これが問題だ!」
ヒューゴは断固とした様子で言った。
「最強の剣士となるには、あらゆる相手と戦い勝てなければならない! 俺は別の魔境で、もっといろいろな魔物と戦いたい!」
「まあヒューゴはそうだろうね。ベルタは?」
立っているヒューゴの傍へと椅子を寄せながら、ベルタは答える。
首を捻り、眉根を寄せていた。
「名誉な話ではあるんだけどね。部下の兵団を持つってことは、その人たちに責任を持つことになるじゃない? 代官に任せるとしても、土地の方もそうだし。ちょっと……重いわ。ヒューゴの冒険を支えるってことを差し引いても、遠慮したいかも」
ベルタの言うことも尤もだ。土地から税による安定収入を得るという権利は、職務の責任と表裏一体となっている。
人の上に立ち慣れていないと、その重荷はツラいだろう。
「ヒューゴさんもベルタさんもご遠慮、と。わたくしはキキさんについていきたい所存でございますが、当のキキさんはいかがお考えですか?」
ロヴィッサが水を向けてきた。
うーん。希生は唸る。
別に悪い話ではないと思う。今更ながら、何の後ろ盾もないこの世界で、高い身分を得られると言うのだから。
いや、後ろ盾はウフレニウス商会がなってくれるか? ピッカライネンの壺を売り、竜を売り、随分と儲けさせてやっているのだ。こちとら今やウショブ市でも屈指の黄金級冒険者である。
それでも、領主が自ら叙勲してくれる方が、立場として遥かに強力なのは事実だ。
盤石な立場を得て、何か特別なことをやりたいわけではない。ただ土地を得るということは、その分は何もしなくても金が入ってくるということである。生活が保障されるのだ。
もちろん騎士としての義務はこなさなければならないが、それは戦闘なのだから、望むところである。
むしろ魔石収入のことを考えず、より純粋に戦闘をこなせるとも言える。
騎士仲間は強者揃いのはずだから、戦場に駆り出されるとき以外は、彼らと切磋琢磨の試合や鍛錬に明け暮れてもいい。
そう考えると、騎士になる選択は『あり』だ。
だが希生にはコミュ障の気がある。実際に地球でも、仕事後の飲みを断っているうちに排斥され、退職に追い込まれたものだ。
ヒューゴ、ベルタ、ロヴィッサ。気心の知れた仲間たちとならともかく、単なる仕事上の関係で人と付き合うのは苦痛である。
この辺り、大人になれていないな、と思う。が、この世界では、冒険者として生きるなら、そこまで大人になる必要はないのだ。
強くなるために騎士になることが必須ならともかく、そうでない以上、わざわざ窮屈な世界に行くこともあるまい。
「考えたけど、うん。やっぱりないなー」
よって結論は、お断りである。
ふと念話回線を通じて、アイオーンから安堵の感情が流れてきて首を傾げたが、ともかくそういうことだ。
上体を起こし、柄尻を撫で、念話で言葉を返した。
(なーに? イオも固いところは苦手?)
(そーゆーわけじゃないんですけど。ううん、やっぱりそうかなー。この口調もお母さまに設定されたまま、崩せないですもん)
(ちゃんとした敬語を使えないのか……)
ヒノコ・アダマンティオスは、何のためにこういうキャラ付けを……?
最強の剣士は権力に屈さない、自由であるべきという信念だろうか?
「では全員ご遠慮するということで……。わたくしたちを買ってくださった領主さまには申し訳ないことでございますが、お断りいたしましょう」
ロヴィッサは穏やかに笑んだ。
「ただ、今からお返事のお手紙を出しても入れ違いになってしまうでしょう。直接勧誘にお越しになるというエサイアスさんにお断りのお返事をする、という形で」
それが妥当だろう。手ぶらで追い返すのも可哀想だが、そもそも先方が勝手に来るのだから仕方ない。
「あーでも、断れなかったらどうする? めっちゃ圧力かけてきたら?」
個人的な推薦ではなく、領主の名代で来るのだ。そういう可能性もあると気付いた。
冒険者は市役所で管理されている。そこから優秀な冒険者の情報が、領主にまで届くシステムになっているのだろう。人材発掘のために。或いは、徴用のために。
手紙の文面からは、断れるものなのかどうかは読み取れない。
4人は急に不安になってきた。
「戦う!」
真っ先に答えたのは、やはりヒューゴだ。
ベルタが軽く叩く。
「バカなこと言ってんじゃないの。最強の剣士だって、無法を働いていいわけじゃないでしょ? そのときは大人しくお役目に就きましょうよ」
「そうでございますね。そのときには……。なるべく有利な条件を引き出したいところでございますが」
「まあそうなるよね」
まさか国家権力に歯向かうわけにもいくまい。国ではなく辺境伯領だが、この際は似たようなものだ。
希生は最強の剣士になりたいが、同時に文明的な生活もしたいのだ。支配者相手に逃亡生活など御免である。
そのときには、むしろ生活のランクを上げることができる、と前向きに考えるしかないだろうか。
いや――
(イオ)
(はいですよう)
(嘘だよね? さっきの)
……。
(いや口調が変えられないのは本当だろうけどさ。そうじゃなくて。そういう理由じゃあないでしょう?)
アイオーンは、自分はこちらの心を常に把握しているくせに、自分の心は見せたがらない面がある。心眼でアイオーンの心は読めないのだ。防御しているらしい。
しかし契約による念話回線は心の一部の共有だ。しかもこの回線は常時接続されている。これを完璧に誤魔化すのは流石に難しい。
先ほど希生が騎士にならないと言ったとき、明らかに安堵した。その理由を彼女は口調のせいだと述べたが、違うはずだ。その程度の懸念なら、思わず回線から漏れてしまうほどの強い安堵にはなるまい。
思えば手紙の送り主の名を見たときにも、微かに心の揺れがあった気がする。
(教えて。イオのこと)
知らねばならない。アイオーンのことを。
彼女を武器として使う、それはいい。彼女の望む最強の剣士を志す、それもいい。
だがそれだけでは、きっと片手落ちなのだ。
彼女の心には不安がある。それを解きほぐさずして、何が主か。
(何があっても、絶対にイオの味方だから)
(……)
しばらくの沈黙があった。
ヒューゴたち3人は、次にどこの魔境に行くかの話題で盛り上がっていた。
(前に捨てられたことがあるって話したですよね)
ヤメ村でのことだ。確かそのあとすぐにアンヌ母が倒れ、その話どころではなくなってしまい、詳細を聞きそびれていた。
いや、その後いくらでも聞く機会はあった。聞かなかったのは希生の怠慢だし、アイオーンが話さなかったのは、話したくなかったからだろう。
(グラジオラス領主、イリスティーナ・レン・グラジオラス辺境伯。それがいっこ前の持ち主で――アイオーンを捨てた人なんですよう)
なるほど、騎士になってほしくないわけだ。




