第46話 やっぱり冒険者だから装備は重要でしょう
竜の解体は、最初が最も大変だ。
その頑丈な体を切り裂ける道具などそうそうない。そこでまず竜の手を持ち上げて動かし、竜自身の爪をもう片手の爪にぶつけ、小さく割り砕く。この爪の破片を手頃な大きさと形状になるよう削り、磨き、尖らせ、石器のように多数のナイフへと加工する。
そうして完成した竜爪のナイフが、そこから先の作業を勧める刃となる。竜を切り裂けるのは、同じ竜なのだ。
竜爪のナイフは竜の鱗も容易くはないが切り裂き、皮を剥げる。そこまで来れば、あとは普通の道具でも肉を外し、骨を外していける。
強力な真竜が狩られることは珍しいが、絶対にないわけではない。歴史ある大きな商会であれば、こうしたノウハウを持っていることもある。
竜の爪は硬度ばかりでなく展延性にも優れる、金属に近い性質を持つ。そのため爪同士をぶつけて、拉げるでなく砕けるという結果を得るには、相応の手間や技術が要るらしい。例えば魔法で爪の温度を下げる、など。
そうして竜爪のナイフが作られるまで、およそ1週間がかかった。ここからようやく本格的な解体が始まる。
といったようなことを、ウフレニウス商会の建物の一室で、希生たちは解説を受けていた。
魔法空調の利いた暖かい部屋だ。嫌味にならない程度に美術品が飾られている。なんだか見覚えのある壺も置いてあるが……。
相手は商会長の孫でこの支店の店長だと言う30歳程度の恰幅のいい男で、竜の解体という自分にとっては初めての事業に喜んでいる様子だった。
「ともかく竜爪のナイフ、これさえ出来上がればあとはトントン拍子って具合でね。まあ巨体だから時間はかかりますが、皆さんの取り分は優先的に回しますんでね。それでこの取り分について、今日はお呼びしたわけでしてね」
ソファに座って向き合う、希生たちと店長。そしてその隣に、店長よりも年上と見える男女。
「と言うのも、解体したのをただそのまま貰っても困るでしょう。こっちで加工まで済ませてからお渡しするって感じでね、やっていこうと思ってるわけです。このふたりは、うちのお抱え職人」
と言って男女を手で示す。
「鍛冶師の夫と、皮革職人の妻の夫婦ですよ。やっぱり冒険者だから装備は重要でしょう。武器や防具。ね、ここでどんな装備にするか、摺り合わせしたり採寸したりね」
つまり、竜素材の装備を作ってくれるというわけだ。
代金は無料。竜の遺骸の査定額400万ルタを300万で売った分の差額に、既に含まれていると言う。
「竜の武器か! 盛り上がるぜ! 最強の剣士に相応しい武器を作ってもらおう!」
真っ先にヒューゴが拳を握った。
何よりも強さを欲している彼だ。300万ルタより、こちらの方がよほど嬉しいのだろう。
「武器だけじゃないでしょ! この際だから防具も作ってもらいましょうよ」
「わたくしたちは、なかなか防具とは縁がございませんでしたからね」
ベルタがヒューゴを窘め、ロヴィッサが苦笑する。
確かにそうだ、言われてみれば防具とは縁がなかった。
希生は和ゴス衣装、ヒューゴは麻の旅装、ベルタは魔法使いめいたローブ、ロヴィッサはキャソック。いずれも平服と戦闘服の区別がなく、町でも遺跡でも同じ格好をしている。
誰も鎧を着ていないし、大事な頭を守る兜もない。ロヴィッサが鋼の盾を持っているのが唯一だ。
「今更ながら、よくもまあ生き延びてるよね。わたしたち」
「防具がなくても強ければいい!」
「いやあ、流石は真竜殺しのパーティー。勇ましいですね!」
店長が持ち上げてくれるが、果たして本当にこれは勇ましさだろうか。
希生は聞いてみることにした。
「実際、みんな何で防具つけてないんだっけ?」
「俺は最強の剣士になる男! 頼るのは自分自身と剣、あとは仲間だけだ! それ以外は……なんか不純だ!」
ヒューゴは曖昧なことを言い出した。
しかし気持ちは分からないでもない。鎧に頼るのは、剣術で凌ぐことを諦めたような気分になる。
装備も心技体の体の一部と考えるなら、それは余計なコダワリに過ぎないのだが。
「あたしは身体強化が使えないから、重たいものは装備できないのよね。それなら動きやすい方が、走って逃げられるじゃない? まあ革鎧くらいは着た方がいいのかもしれないけど、これで慣れちゃって……」
それは慣れてはいけない点だと思う。
「わたくしも似たようなものでございますね。鎧を着ようと思えば着られますが、それよりも機動力や動きやすさを重視しております。キャソックの方がアギア司祭だと見て分かりやすく、信用されやすい、というのもございますが」
その信用されやすさで、これまで何人の女の子を毒牙にかけてきたのだろうか。
「そう言うキキはどうなんだ!?」
……どうなんだろう? 希生は腕を組み、首を捻った。
最初は、そもそも突発的な戦闘で、防具をつけるという発想すら出てこなかった。山小屋でアンヌを助けた時だ。
仮に思いついたところで、従属異界に防具は――
(特に入ってないんですよう)
――入っていないらしいから、思いついても意味はなかったようだが。
そして最初の戦闘がそのありさまで、防具なしに無傷で切り抜けたせいか、その後も防具をつけるという発想はなかった。
攻撃は基本的に避けるものであり、防ぐものではなかったのだ。防ぐにしても剣で受ける。縮地と見切りのおかげで、それで不便はなかった。
そのまま防具がないという状況に慣れた。
ベルタのことは言えない。
仮に防具があった場合、どうなっていただろうか。
この世界で傷を受けた最初はマイニオ戦だ。奴の懐に踏み込み、サーベルの裏刃で背を浅く斬られた。背中まで覆う胸当てでもあれば、あれは防げたかもしれない。
同時に彼の上半身をバッサリやっていたから、勝敗に影響するダメージではなかったが、しかし今思えば、もし剣に毒でも塗られていれば事であった。
下水道での魔術師スケルトン戦では、雷撃の魔法は鎧では防げない――いや、防げるだろうか? 金属鎧という人体より電気を通しやすい物体を纏っていれば、電流の大半は鎧を通って流れ去り、無事に済んだかもしれない。
竜との戦いでは、投擲された樹木の枝葉が掠め、額や頬から出血した。兜があれば防げただろう。ただこれは勝敗には影響しなかった。
そしてブレスにせよ肉弾攻撃にせよ、防具があったところで、それ以外の攻撃は防げなかっただろう。
ともあれ結論。防具はあってもいい。
そこまで考えて、ヒューゴに答えた。
「わたしも防具がない状態に慣れちゃってたみたい。なまじ回避できるもんだから……。うん、これからは防具を、」
(ダメですよう)
ん?
(防具は、ダメ)
いや、ダメって。
確かに防具をつけず、剣だけで戦うのは『剣術っぽい』。
しかしそれは、余計なコダワリで強さの限界値を自ら下げる愚行ではあるまいか。心技体、いずれも重要だと言ったのはアイオーンだ。
(それでもダメなの! アイオーン以外の道具を使うなんてヤですもん)
(そこかよ!)
嫉妬だった。
(あれ? でもスリングはOKだったよね!? 武器は良くて防具はダメって逆じゃない? あの時も確か、状況に応じて適切な装備を使うことは重要、みたいに言ってた気がするけど)
(あれは即席スリングで、石もその辺にあるのを使い捨てだからおっけーだったんですよう。もともと戦闘外の道具を利用したものだから、辛うじて。だから衣服もおっけーなんですし)
アイオーンの嫉妬心の深さ次第では、裸で生きるハメになっていたかもしれないらしい。
希生は慄いた。
やはりアイオーンは道具なのだ。道具なりの心を持っている。
ならばその心を汲んでやらねばなるまい。これからも共に生きていくのだから。彼女のために最強の剣士になるのだから。手放すなど考えられない。
防具なし。これまで成功してきたことを、これからも成功させ続ければいいだけだ。
(それで死なないようにはしてくれるんだよね?)
(もちろんですよう。ちゃーんと強くなってもらうですう。マイニオの時だって、剣に毒がないことは心眼で分かってたですし)
そうか、アイオーン自身も心眼は使えるのか。
そして今は自分が使える。敵が毒を使うなら、相応に慎重になればいい。
「おーい、キキ! キキー!?」
「どうしたの? 急に黙り込んじゃって」
そういえば会話の途中だった。
「いや、うん。わたしはこれからも防具なしで行くよ。その方が剣士として純粋って言うか……」
「うおー! まったくだな! 俺も防具なしで――」
ベルタがヒューゴの頭にチョップを落とした。
「いや、あんたは鎧着なさいよ。パーティーの前衛なんだから。キキみたいに全部避けるってわけにも行かないでしょ? 仲間を守るのも最強の剣士の役目!」
「なるほど! 一理ある!」
アイオーンに嫉妬されるわけでもないのだから、ヒューゴは防具をつけるのが正しいだろう。希生はうんうんと頷いた。
ロヴィッサは穏やかに笑んでいた。
「わたくしは、できればキキさんにも防具をつけてほしいですが……。キキさんなら、それでも切り抜けてしまうのかもしれませんね」
「剣術に関しては桁が違う感じだもんねー。あたしにはよく分からないけど」
ヒューゴも天才だが、未だ希生には追いついていない。
ただ身体強化の魔法があるから、実際に戦えばどうだろうか。
「鎧をつけると決まった以上は、とことん強い鎧にしよう! 最強の剣士に相応しい鎧にな!」
「任せな! あたしがとびっきりのを作ってやるよ! 具体的に構想はあるかい?」
「そうだな……」
ヒューゴは、皮革職人の女と打ち合わせに入っていった。
一方でベルタとロヴィッサも考える。
「あたしはどうしようかしら。ああ言った手前、慣れなくても自分だって防具はつけるべきよね」
「ベルタさんは、肉体的には脆弱でございますからね。キキさんほどの技量があれば別なのですが、そういうわけでもございません」
「あたしも鎧かなー。竜革が軽いんならね」
「わたくしは盾と……鎧は悩みますね」
鎧の重さそのものは全身に分散するため、意外と大したことはないのだが、可動域の狭まりはどうしても存在するだろう。それが動きやすさに関わってくる。
しかし竜素材ならば、通常の素材と比べ、動きやすさと防御力の費用対効果は高いはずだ。
なまじの防具をつけるより、いい機会と言えるだろう。
「防具もいいが、武器も忘れてもらっちゃ困るぜ! 竜の爪は、竜の魔石を用いた炎を使えば、金属素材として加工できるって話だ。それよりランクは落ちるだろうが、骨を削るってのもある」
鍛冶師の男が話しかけてきた。
実際に竜素材を扱った経験はないようだが、商会がこうして連れてくるのだから、腕はいいのだろう。多少の素材を研究用として消費するとしても、最終的にはいいものを仕上げてくれそうな貫禄はある。
「竜爪鋼はもちろん防具にも使えるから、まあウチの奴と相談しつつ……だ。とびっきりの剣は俺に任せな」
竜の剣があれば、竜の鱗も切り裂ける。もし再び竜と戦う機会があっても、逆鱗の弱点を狙う以外の手が取れるようになるということだ。
希生はそっとアイオーンに念話を向けた。
(イオさんや)
(ダメに決まってるんですよう)
まだ何も言ってない!
(せっかくファンタジーな世界で戦ってるのに、装備の更新を楽しめないって、これ結構ガックリ来るよ!?)
(それでもヤですもん。アイオーンは剣ですもん。それならまだ防具の方がマシなんですよう)
まあそう言うだろう。アイオーンならそう言う。
分かっている。言ってみただけだ、いや、言ってすらいないが。
左手を魔剣の柄に這わせ、そっと撫でた。
(冗談だよ。ほかの剣なんか使わないよ)
(って言ってもらって嬉しいんですけど、実は剣一振りならおっけーですう)
なにィ?
(どういうことなの)
(そろそろ二刀流を始めてもいいかな、って。これも修行ですよう。流石のアイオーンも自分が増えることはできないですから。いい機会だと思って、ここで剣を作ってもらおうですう)
二刀流。
実際に剣を振ってきた中で分かったのだが、剣を両手持ちすると、柄尻に近い左手の方により負荷がかかるため、剣ダコはそちらにだけできるのが正しいのだ。
しかし元々がアイオーンの化身体であるこの体には、両手に剣ダコがあった。それは二刀流に練達している証だ。
永劫流は、一刀も二刀も両方行う技術体系なのだろう。
(そういうことなら作ってもらうか。もちろん、メインに使うのはイオだけど)
(当然ですよう。希生のアイオーンですからねー)
満足そうな感情の色が伝わってくる。
刀身にキスしたくなってしまう。流石にこの場でやる気はないが。
さて、問題は鍛冶師が日本刀を作れるかどうかだ。
希生はアイオーンを男に見せた。少し鞘から抜く。
「こういうのって作れます?」
「菊花刀か。珍しいの持ってるな。だが大丈夫、作れるぞ」
菊花刀と呼ぶらしい。
こうして希生たちは装備を一新することとなった。
ヒューゴは竜爪鋼の大剣と、竜爪鋼に竜革を用いた全身甲冑を。
ベルタはローブの下に着る竜革鎧と、骨を削った杖を。
ロヴィッサは竜爪鋼の長剣と竜革鎧、両方を使った盾を。
希生は竜爪鋼の日本刀――菊花刀を。
装備に驕らぬよう、精進していかねばなるまい。




