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第45話 噂ってどこまで本当なんだ?

「そのメンバー構成……。あんたらが真竜殺しだって言うパーティーかい?」


 希生たちが滞在している宿屋の1階は食堂になっていて、宿泊客以外に食事だけの客もいる。

 雑多な賑わいの中、こうして不意に話しかけられることもある。

 その3人の冒険者パーティーに、ヒューゴが力強く頷いた。


「うむ! 中央宮殿にいた竜を狩ったのは俺たちだ!」


 すると3人パーティーは、やっぱりか、と嬉しそうに顔を見合わせ、隣のテーブルをずりずりと近付けて席についた。


「なあ、噂ってどこまで本当なんだ? 空を飛んでる竜の翼を剣で斬り裂いたってのは?」

「竜の突進を真正面から止めたって聞いたぞ!」

「ブレスをものともしなかったんだって? 凄まじいわね」


 希生たちは苦笑した。だいぶ尾鰭がついている。

 竜の翼は剣で斬り裂いたのではなく、氷の刃を剣で打ち飛ばして貫いたのだ。止めたのは突進ではなく平手打ちだし、ブレスも辛うじて防いだのであって、ものともしなかったとは言いがたい。

 そんな内容でも、実際に話してやると喜ばれるものだった。

 特に、竜を射落とし、質量攻撃を防ぎ、鱗にも傷をつけたヒューゴは、ちょっとした英雄扱いだ。


「はあー……。いくら身体強化したって、そこまでやれるか?」

「俺らじゃ絶対無理だな」

「ね。中でもやっぱり、翼を破ったのが凄まじいと思うわ。威力もそうだけど、遠くに飛んでる竜を正確に狙い撃つなんて……。翼なんて羽ばたいて動いて、一瞬も同じところにないのに」


 弓を背負った狩人風のネコ科獣人の女は、そういう得物を使うだけあって、狙いには一家言あるようだ。

 単なる力任せではない達人剣士を前にしたように、ヒューゴに尊敬の目を向ける。

 ベルタは若干不機嫌になりながらも、ヒューゴが褒められて悪い気分でもない、複雑な顔をしていた。

 一方でヒューゴはかぶりを振る。


「いや、そこは俺の力じゃないんだ! 狙いに関しては、こっちのキキがつけてくれてな!」


 円卓で隣に座っていた希生に座ったまま寄り、ぐっと肩を組んできた。暑苦しい。

 あとベルタ睨まないで。違うから。そういうんじゃないから。


「キキちゃんって言うの? 魔術師?」

「でも剣持ってるぜ」

「魔術師でも護身用に剣くらい持つだろ」


 いくら身体強化の魔法があるとは言え、子供が戦うとなれば、やはり白兵戦よりも魔術戦がイメージされるらしい。

 そして竜を斃したことが噂になっている現状においても、希生の知名度は低い。

 ベルタとロヴィッサがブレスを防ぎ、ヒューゴが前衛を務めたことは広まっているのだが、最後に逆鱗を攻めたのもヒューゴがやったことになっている向きがある。


「わたしは剣士ですよ。ただ知覚系の魔法があって、それで狙いをつけてヒューゴを誘導したんです」

「へえ……。隠れた功労者ってところね」

「俺も知覚魔法覚えようかなー」


 希生は苦笑した。別に名声を求めているわけでもない。実際、竜との戦いでの希生の貢献度は、そう大きくはなかった。

 もちろん、自分を欠いた3人で勝てたとは思わない。ブレスの属性を吐かれる前に看破して的確な防御を促し、ヒューゴの観測手を務め、竜の回避行動を凌駕して逆鱗の弱点を切り裂いたのは希生だ。

 しかしその殆どは補助的な役割であり、実際に攻防の大半を担ったヒューゴ、ベルタ、ロヴィッサの方が主役だったと言えるだろう。剣も一度しか振るっていない。


 肉体を合理的に使い切り、単なる力任せよりも高速高威力で剣を振る鞭身も、竜の飛行と鱗と巨体の前には無力だ。当たっても斬れないし、斬れる剣を持って来ても届かず、届いたところで急所以外では生命力を削り切れない。

 いくら高度な知覚と読みで機と間合いを見切ろうにも、ひとりでできるのは逃げ回るくらいが精々だろう。『逃げ切る』ことも不可能だ。

 どれだけ技量を高めても、人体という道具が理論上発揮し得る100%の性能を以てしても、竜には勝てまい。


 ヒューゴが一通り持て囃されると、今度は冷気と炎熱のふたつの魔法を使うベルタが、同様に二種類のブレスを持つ竜と渡り合った話題に移っていく。


「2属性持ちって珍しいよな。羨ましい」

「ああ、違うのよ、あたしは熱属性だから、低温も高温も使えるの」

「だからって両方がブレスを防げるレベルって……凄まじいわ」

「ロヴィッサがいてくれたから……」

「確かにわたくしの風も微力ながらお力添えをさせていただきましたが、やはり主力はベルタさんでございましたよ」


 そんな様子を眺めながら、希生は改めて自分の戦果を思い出し、気分が沈んでいた。

 純粋な剣士では竜に勝てない、という現実に。

 逆鱗という弱点(正確には逆鱗と通常鱗との境目の露出した肌)があってさえ、まず純粋な剣士では高くてそこに攻撃が届かないので意味がない。実際に希生も、結界を階段にして駆け上がることで解決した。

 或いは跳躍一回でそこに辿り着けるだけの身体強化か、斬撃を飛ばすような魔法や投射武器などが必要になるだろう。


 それを剣士と呼べるのだろうか?

 ただ肉体性能を上げてゴリ押しするのも、魔法に頼るのも、それを剣士と呼んでいいのだろうか。

 剣士とは、剣とは、技ではないのか。


(イオさんや)

(はいですよう?)

(わたしの心は常に読んでるわけでしょ。で、そういう風に思ってるわけ。悩める主に助言など。て言うか最強の剣士って、それ自体が矛盾じゃない? 剣士である限り、剣士としての限界があって、それを超えたらもう剣士じゃないんだから)


 アイオーンはいつだって、間髪入れずに答えてくれる。


(心技体って言葉があるんですよう。心も技も体も、剣士はぜんぶ鍛えなきゃいけないって意味ですう。技だけを極めて最強になったつもりでも、それじゃ片手落ちで、体を極めた生物に勝てなかったりする。心の作用である魔法に手も足も出なかったりする。それは余計なコダワリで自分の限界を下げてる行為に過ぎなくて、ただ滑稽なだけ)

(キッツくない!? て言うか心の意味それなの?)

(心はそういう意味もあるってだけですう。ともかくね、剣さえ使ってれば最低限剣士ですもん。食わず嫌いしないで。単に技がいちばん教えやすいからそこから始めてるだけで、最終的にはぜんぶ極めてもらうですから)

(あっ、はい)


 全部極めなくてはならないらしい。

 とは言え確かに、食わず嫌いではあったかもしれない。ずっと身体強化を使わずに戦ってきているから、それがアレルギーになっているのかも。思えば、逆に何度か使っている結界は、使用に抵抗がなくなってきた。

 つまり慣れの問題だろう。

 自分だけが剣士ではないのだ。今の自分が技に偏っているからと言って、それが剣士のあるべき姿というわけでもない。追々慣れていこう。


(まあアイオーンも、使われるなら技量のある剣士がいいですけどねー。剣『術』ってくらいですから、やっぱり技が本分なところはあるですし。ほかも大事なだけで)


 それもそれで納得はできるところだ。剣をただ鉄の棒めいて振り回すような剣士が主では、道具としていい気分はしないだろう。もっと正しく使ってほしいと思うはずだ。

 同様に魔法やほかの武器に頼るような剣士の場合でも、それこそ「もっと自分を使ってほしい」というところだろう。

 技以外をないがしろにしないように、しかし技を極めていきたい。


 さて、思考しアイオーンと念話する間も、ずっと会話は聞いていた。

 常に自分の姿勢に気を遣う修行をしているせいか、魔石のおかげなのか、希生の集中力は、複数の会話を同時に聞けるレベルにあった。


「でさ、あんまり品のいい話じゃないんだが……実際、どれくらい儲けたんだ? 竜を狩ってよー!」

「本当に品がないな……。でも俺も気になる」

「100万ルタ? それとも200万とか行っちゃうの?」


 なるほど、それは気になるだろう。

 何しろ魔物を狩り、魔石を摘出して売るのが冒険者だ。竜という大物中の大物がどれだけの額になったのか、気にならないはずがない。


 ここで秘密にするのは簡単だ。

 だが希生たちが竜を狩ったという話は、既に広く知れ渡っている。儲けだけを秘密にしたところで、大した意味はないだろう。

 既に狙われるときは狙われるのだ。

 だいたい、噂を聞いて直接話を聞きに来た野次馬は、彼らが初めてではない。


「300万ルタだ!」

「300万……!」


 ヒューゴは堂々と答えた。

 いくつかあったピッカライネンの壺が、合計で120万だったことを考えると――高いのか安いのか、いまいちよく分からないが。芸術作品は物差しに向かない。しかしその壺の時点で、10年は遊んで暮らせると言われた額ではある。

 野次馬3人パーティーは呆然と口を開けていたし、食堂内のほかの客や従業員も、既に知っていた者も多いが、改めてざわついていた。


「凄まじいわね……」

「それだけあれば、欲しかったあの店の剣が何百本買えるんだ……」


 実際に見ていない竜との戦いよりも、金という明確な尺度の方が、彼らも実感が湧くのだろうか。その目に映る衝撃の色は、今までで一番濃い気がする。


 ちなみに本来は400万Gと査定されたが、解体作業を任せる代わりに値下げを受け容れたのは秘密だ。

 400万を貰ってから100万を払って解体させるより、最初から300万だけ貰った方が税金が安いのである。税金は冒険者の売上にかかるので。


 ともあれ、解体である。

 あの頑丈な巨体を自ら解体して魔石を摘出するのは非常に骨なので、竜の遺骸を丸ごと売り払い、その相手の商会に解体してもらうことにしたのだ。

 しかも魔石のある頭部だけでなく、全身を解体して、血肉や内臓や骨は食料や薬に、再び骨や鱗は装備に、と余すところなく利用する算段である。


 通常の魔物であれば、基本的にそこまでせず、魔石を取って終わりだ。それだけでも充分な資源、充分な収入であり、運ぼうとすれば嵩張ってしまう。

 従属異界は大抵は出入口が小さいため、魔物の遺骸をそのまま持ち運ぶことはできない。となると狩った現地で解体するしかないが、そんなことをしているうちに、魔石だけ取って次の魔物をどんどん狩っていった方が儲かるのだ。従属異界を使わずに素で持ち運ぶなら、金銭効率はもっと悪い。

 希生たちの場合は実戦経験のために冒険者をしているから、尚更に。


 しかし竜は別格だ。巨体過ぎてその場で解体するしかなく、加えてあまりにも頑丈なために、解体完了までの期間も目処が立っていないが、それでも全解体が選ばれた。

 肉の一片、血の一滴まで、非常に高く売れるからだ。

 今、竜の遺骸は宮殿の外庭に横たわったまま、大量の冒険者が雇われて周囲の魔物を掃討し、熟練の狩人や工夫、魔術師たちが竜の解体を行っているのだ。あれから何日か経ったが、生物として強過ぎるあまりにか、未だに腐る気配もないらしい。


 希生たちも、解体でき次第、竜の肉で作った料理を振る舞われる約束になっているし、更に一部は保存食にして譲ってもらうことになっている。

 鱗などで装備も優先的に作ってくれるそうだ。

 ピッカライネンの壺を売った商会なのだが、その経験があったせいか、最初に竜を売りたいと申し出たときにもトントン拍子で話が進んで助かったものである。

 何せ竜の遺骸の所有権を確かに主張するため、かと言って持ち運ぶこともできないため、希生とロヴィッサがそこに残り、ヒューゴとベルタが商会に出向いて担当者を連れてくるまで帰れなかったのだから。


 といったような辺りまで説明してやると、野次馬パーティーも神妙にしていた。

 竜を狩ってそれで終い、ではないのだ。


「俺らも受けるか? 竜の護衛の仕事」

「竜の解体の護衛だろ。まあ見てみたいしな、やっぱり、本物の竜」

「死体でも凄まじいんでしょうね……」


「あそこは生き甲冑が住んでるし、スライムも遺骸を食べようとして来るから、なかなか作業が進まないらしいのよね」

「ええ。皆さんが護衛を引き受けてくだされば、わたくしたちも戦利品を早く得られて助かりますね」


 ベルタとロヴィッサが仕事を勧めると、野次馬パーティーの男たちはやる気を出し、女はそれを見て呆れつつも笑っていた。


 ピッカライネンの壺の時点で既に黄金級への昇格条件を満たしていた希生たちだが、今回の竜でその立場は更に盤石なものとなった。税金の比率は減るし、例の商会はますます懇意にしてくれるだろう。

 金もある、名声もある、何より竜を狩れるだけの強さがある。

 冒険者としての成功を確実に掴み、さて、次はどうしようかと考えていた。

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