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第40話 何度見てもいいものです

 竜を安全に観察できる場所へ、ドリスは希生たちを案内し、希生たちは道中の危険を排除する。利害の一致による5人パーティーとなって、遺跡を行く。

 ドリスはよく喋った。


「魚の鱗ってあれは骨のようなものなんですけど、竜の鱗は蛇なんかと一緒で皮膚なんですよ。皮膚のいちばん外側をだるんだるんにして、折り畳んだ形で硬質化して重ねてあるんですね。隙間なく重ねてるから防御力は高いし、それでいて根元の方は柔軟性があるから、自在に伸縮して可動を妨げないわけです。しかし瓦のように整然と敷き詰められた鱗の中で、一か所だけ鱗が逆向きに生えてる部分があります。逆鱗ってやつ。知ってます? 全ての竜にあるわけじゃなく、場所も顎の下から首元までまちまちなんですけど、これ竜の弱点になってます。鱗がそこだけ逆向きってことは、普通に生えてる部分との境目は硬質な鱗に守られずに、根元の柔らかい皮が露出してるってことなんですよ。まさに天然の鎧な竜の鱗の隙間、そこだけは剣が刺さるんです。そうして刺してやると、どうも太い血管がそこを走ってるようで、血がドバドバ出ます、致命傷です、失血死です。まあ刺して即座に死ぬわけじゃなくて、死ぬまでにめちゃくちゃ暴れるから危険でもあるんですけど。とは言え痛みも物凄くあるらしくて、その暴れる動きは精彩を欠くことが多いようです。刺したあとは距離を取ればだいぶ安全かもですね。鱗を貫けない程度の武器で竜を殺そうと思ったら、この弱点を突く以外にはないでしょう。しかしどうして竜にこんな弱点があるのかはよく分かっていません。一説によれば、鱗を逆向きにして敏感な肌を露出することで、そこを高精度の感覚器として使ってるとも言われます。巨体で足元が死角になっているのを、この下向きの逆鱗で、正確には逆鱗と通常鱗との境目で補っているんだというわけですね。実際、逆鱗の付近に神経がたくさん集まっていた、という解剖例もあるようで。首の下に潜り込んだのに、見もせずに正確に前脚で攻撃された、なんて事例もあります。感じているのが空気の流れなのか、蛇のように体温なのかは不明で、まあたぶん種類によるんでしょうけど。というわけで私はこの感覚器派なんですが、逆鱗はそこだけ色が違って模様みたいになっていることも多くて、この模様の美しさで異性にアピールしてるんだ、なんていう求愛用説もあったりします。動物のわけの分からない生態はとりあえず求愛用に思っとけって感じで、あんまり好きではないんですけどね。でも調べてみるといろいろ仮説があって面白いですよ! 竜は謎だらけの神秘的な存在なんです! そうそう、神秘と言えばブレスはまさに神秘の塊で、いくら魔物だからっていったい何がどうなればこんな機能を獲得できるのか――」


 ドリスはよく喋った。それはもう喋りまくった。

 ひたすら竜に関して喋り続け、呪文を唱える暇がないせいか、最初に身体強化した以外には魔法を使わず、ずっと剣で戦っている。戦いながら喋っている。


 希生たちも最初は相槌を打ったり質問したりしていたものの、途中からBGMを流しているような気分になってきて、放置に移行していた。

 放置されても一切止まらずに喋るため、これはこれでいいのだろう。

 あまり真面目に聞いてもらえていないことは分かっているのか、同じ話を何度も繰り返したりもしているが。


 遺跡に巣食うゴブリンを蹴散らし、角狼を追い散らし、槍鹿の角を斬り裂く。死体を漁るスライムは刺激せずに避ける。走竜に挑発されると、ドリスは嬉々としてかけっこに応じ、無駄に疲れてはいい笑顔で汗を拭っていた。亜竜でもいいらしい。


「そもそも真竜と亜竜との違いは何なのか? これは実は通俗的な分類に過ぎないもので、専門家の間ではもっと現実に即した分類を――」

「ドリス、ストップ。ストップ。そこまでにして」


 希生は既に敬語を使うことをやめていた。

 進行方向を指さすと、宮殿の城壁が近い。かつてこの遺跡が生きていたころ、都市の王が住んでいた場所だ。都市のちょうど中央にあることから、中央宮殿とも呼ばれる。

 そのところどころ崩れて穴の開いた城壁の手前に、騎士の甲冑がうろついていた。甲冑の騎士ではない。騎士の甲冑である。


「ああ、はい。生き甲冑ですね。流石にそろそろちゃんと戦わないといけませんか」


 生き甲冑。中央宮殿に生息する魔物である。中身が空っぽの鎧と兜だけで動いている存在で、各パーツが物理的に接続されていないのにも関わらず、全体として人型を保ち自在に運動する様子は、スケルトンにも近い。

 生物の脳内に魔石が形成され、それが制御されずに暴走することで生物が魔物化するはずなのだが、生き甲冑は元が無生物という、よく分からない魔物である。何かが甲冑に擬態しているのではなく、正真正銘の甲冑に内臓魔石が宿っているのだ。


(実際どういうことなの、イオさんや)

(魔境は莫大な魔力が噴き出してる場所ですからねー。それはもう魔力が霧になって実体化するほどに)


 確かに、今日も遺跡は虹色の霧に煙っている。


(それが更に凝り固まって、生物の脳内じゃなくても魔石ができる場合があるんですよう。そもそも魔石が生物の中にできるのは魂に魔力が引かれるからで、人が気持ちを込めて使ったものや、人型のものなんかには不完全ながら魂が宿ることがあって。甲冑はそのどっちも満たしやすいから、自然魔石ができやすいんですよう)


 一応理屈はあるらしい。

 魂か。それ自体が理屈から外れたものにも思えるが。


 ともあれ城壁に近付いていくと、生きた板金鎧兜たちが剣や槍を手に駆け寄ってくる。

 元は宮殿に詰める兵士や騎士たちの装備だったのだろう、意匠が統一されている。

 鎧と言えば重いイメージがあるが、生き甲冑は中身がない分むしろ軽く、動きも素早いのが特徴だ。それでいて、鋼の体は生半可な攻撃を受け付けない。

 あっと言う間に距離を詰めてきた生き甲冑の群れに対し、ロヴィッサとドリスが呪文を唱えた。


「風よ在れ! 掬い上げよ!」

「上向き突風吹いてくださーい」


 文言は異なるが、いずれにせよ上昇気流の魔法だ。生き甲冑たちの体が一瞬浮き、足が地面から離れる。

 自由に動けないその間に、ヒューゴがツヴァイヘンダーを一閃。薄い板金を充分に加速の乗った大剣が食い破り、鎧を纏めて両断していく。


 掬い上げるような風に対し、どれだけ踏ん張ったところで抵抗にはならない。

 頑丈な鎧兜に対して風でダメージを与えることはできないが、動きを止めるには充分ということだ。

 そして魔石は兜にあるため、斬られて繋がりを断たれた鎧は動かなくなる。その後に兜に手を突っ込み、魔石を握り締め摘出してやればいい。伸ばしたあとに冷えて固まった飴のような、硬質な糸によって、魔石は兜の内側中央に固定されていた。


 ベルタも魔石の指輪から呼び出した水を浴びせ、冷気で凍結させて動きを封じていく。

 一瞬しか持たない風と違い、こちらは継続して動きを止められる点で非常に有効だ。いつかのスケルトンのように、強引に打ち破るほどの力は生き甲冑にはない。


 希生に至っては風も氷も足止めを要さず、生き甲冑の群れの真ん中に飛び込んで、全ての攻撃線を避けて常に安全地帯に身を置きながら、和ゴスの袖を振り乱しながら華麗なまでに斬り刻んでいく。

 手足を落とし、兜を割って、切先で魔石を抉り出す。


 アメーバが元になっているスライムもそうだが、魔石が核になっている魔物は、魔石を抉り出すか破壊するかによって殺害できる。

 破壊できる攻撃力があるなら破壊した方が楽なのだが、この人数と戦力であれば摘出によって斃しても問題はない。収入にもなる。

 今日はあくまでも狩りではなく竜の観察に来ているとは言え、落ちている金を捨て置く必要もないだろう。


「やあ、皆さんやっぱり強いですね! 生き甲冑の群れがこんなにあっさり……。ひとりだとダメージを与える手段がないもので、ここから先に進めないんですよ。助かります~」


 戦闘が一通り終わる頃、ドリスはそう言って拍手した。


「これまではどうやって観察に?」

「今日みたいに、ほかのパーティーにお邪魔させてもらって、って感じです。誰も私と固定パーティー組んでくれないので……。不思議ですね」


 ひたすら竜の話をし続けるのがウザいからではあるまいか。

 希生は思ったが、面倒なので口には出さなかった。


 ともあれ付近の生き甲冑は片付けたので、これで宮殿の敷地に入ることができる。

 希生たちは城壁の崩れた穴を越えていった。

 庭園は往時の美しさを保つことなく、植物は生え放題繁り放題だ。石畳が割れ、緑が侵蝕するように伸びている。元は整然と並んでいたのだろう木々も、てんでに好き勝手に立っていた。

 生き甲冑たちが巡回しているのが見える。その向こうに、宮殿の建物が。


「竜の巣は宮殿の中庭です。しかし実際そこまで入ると危ないので、建物から中庭を覗くという形を取りますよ。いいポイントがあるんです」


 となると、次は建物に入ることだろう。

 巡回する生き甲冑はある程度近付くと襲ってきて、更に仲間を呼ぶとのことだったが、心眼で彼らが注意している方向を見切って死角を通っていくと、存外戦闘にならずに移動することができた。

 無秩序に生える木々があり、遮蔽物には事欠かないのも有利だ。別に戦っても勝てるのは既に分かっているが、戦うのが目的ではない。


 廃墟と化した宮殿の正面玄関は生き甲冑が歩哨に立って監視しているため、壁の穴から中へ侵入。

 ドリスの道案内に従い、かつては豪奢だったのだろう廊下を渡り、崩落した通路を迂回して、階段を上り2階へ、3階へ。

 途中で遭遇した生き甲冑は、数が少なかったので、仲間を呼ばれる前に瞬殺して事なきを得た。


 やがて辿り着いたのは、天井のない場所だった。屋根もなく、見上げればすぐ青空だ。壁も大半が崩れている。階段を見るともうひとつ上の4階が最上階だったはずが、丸ごと吹き飛んだようにそれがなくなっている。

 辛うじて木枠の残っているガラスのない大きな窓の向こう側に、中庭が窺えた。


「窓から身を乗り出さないでくださいね。巣に入ったと見做されて襲われます」


 大きな窓の前に集まり、木枠に手をつかずに注意して見る。

 希生は目隠しと耳栓を外した。目当ての竜がそこにいるのだ、やはり肉眼で見てこそだろう。


 ――竜。

 長い尾の先を口元に持ってくる形で丸まり、目を閉じて眠っているように見える。100m四方はある中庭の中央にいて、比較物が少なく分かりづらいが、全長は30mほどだろうか。その半分の長さを尾が占める。

 鱗は光の加減で赤や黄色、或いは白に煌めき、まるで炎が静かに揺れているよう。

 四足だが、前足の指の付き方は手のように使うこともできそうだ。指が長く、鉤爪は鋭い。

 畳んで背に沿わせてなお巨大な皮膜の翼は、しかしだからと言って、本当に羽ばたきでその巨体を飛ばせるのだろうか。飛行には魔法を併用するのかもしれない。

 顔は厳つく、肉食の獰猛さを感じさせる。


 息を呑んだ。

 まず何よりも大きい。全長30m、尾を除いた体長で15mと、数字で言えばそんなものかとも感じるが、地上最大の動物である象が体長で6mや7mといったところだ。その2倍を超えるというのは、数字以上に巨大である。

 そして眠っているにも関わらずの、その存在感、威圧感。炎が生物の形を取っているかのような威容。


 まさに最強生物だと、見ただけで納得できる。

 最強の剣士になるということは、いずれはこれも超えねばならないのか、それとも剣士の中で最強になればいいのか? と弱腰にもなる。


(前者ですよう)


 なんてこった。

 ヒューゴもごくりと喉を鳴らし、圧倒されている雰囲気だった。

 ベルタは薄く恐怖の色を浮かべ、ロヴィッサは竜を見ながらちらちらと希生を見ていた。感動顔に感動するのはやめろ。

 そしてドリスは、そんな4人の様子に満足げに頷き、竜に熱視線を送る。熱い吐息。


「何度見てもいいものです……。はあ……」

「ああ! 凄いな! 戦ってみたい!」


 言葉を返せたのはヒューゴだけだ。


 中庭に面した壁は、焼き固められた粘土のようなもので殆ど塞がれ、普通に建物を通っては侵入できないようになっていた。この部屋の窓は数少ない例外のようだ。

 こうして何度もこの場所に通っているのだろう。


 動きもしない竜をただ眺めているだけでも、時間を忘れられる感覚があった。

 4人が4人とも竜に集中していた。いや、ロヴィッサは竜と希生にだが。

 ドリスがふと窓を離れ、一行の後方に回ったことも、3人は認識していなかった。

 希生だけが心眼でそれを見ていた。


 ドリスの心中は、竜への好意と興味ばかりで埋まっていた。

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