第39話 竜を見たい!
「竜を見たい! ドラゴン!」
希生は断固として言った。
逗留している宿屋の1階食堂、夕食の円卓を囲みながらのことだ。
ヒューゴは頷き、ベルタとロヴィッサはいきなりの発言に首を傾げている。
「竜だよ! ウショブ遺跡には竜が棲むと言う……。冒険者たちの噂を聞いたんだ」
その日は雨ではなかったが、週に一度は遺跡探索を休もう、ということにしている日だった。
希生はそういう日には、修行として散歩をする。無数の人の流れの中で、上手く間を縫っていけるルートを見切り、誰にも自分を避けさせずに歩くのだ。
今は心眼の修行のため、目隠しと耳栓をしたままなので、奇異の目で見られることもあるが、同じように知覚魔法の修行をする冒険者は稀にいるらしい。
ともあれそうして歩いていると、道行く冒険者たちの様々な噂を聞くものだ。
まして今は心眼によって、数十mの範囲内全ての会話をひとつひとつ同時に拾うことができる。
どこの店が安いとか、どんな武器を持っていくかとか、どんな魔物がいるかとか。
その中に竜の話があった。
「竜って……別にいつも見てるじゃない」
ベルタが困惑気味に言った。
彼女が言っているのは走竜のことだろう。東市門から遺跡近くまで行く車は走竜が引いているし、町中でも同様の竜車を見かけることはある。遺跡にも野生の走竜が生息していて、たまに襲って来たり、かけっこ勝負を挑んできたりする。
「違うんだよ!」
希生はテーブルを強く叩こうとして、冷静に思いとどまり、そっと叩いた。
「そりゃ走竜も分類的には竜なんだろうよ。でも全然違うじゃん……。飛ばないし、小さいし、火も噴かない」
「そうだ! 真の竜とは、空を飛び、大きくて、火とか噴くやつだ!」
ヒューゴが同調する。
希生が重々しく述べた。
「竜を見たい」
別に竜を見てどうこうしたいわけではない。ただ、見たいのだ。
要するにファンタジーへの雑な憧れから来るもので、魔法に対して異様に盛り上がっていた時の気持ちに近い。
せっかく剣と魔法の世界に来ているのだ。本物の竜がいるなら見たいと思うのは、不自然なことではないだろう。
「確かにわたくしも、走竜のような亜竜ばかりで、真竜を見たことはございませんね」
「見たいでしょ?」
「見たくないと言えば嘘になりますが……」
ロヴィッサは困ったように笑っている。やはり女には理解しがたいものなのであろうか。
ベルタも不思議そうな表情だった。疑問を呈する。
「ヒューゴもどうして乗り気なのよ。そんなに竜好きだっけ」
「真竜殺しの誉れは、最強の剣士に必要だろう!」
「あー……」
見るを通り越して狩るところまで考えていた。
冒険者としては正しいだろう。竜の魔石はひと財産のはず。
ただし狩れればの話である。
「どうやって狩るつもりよ。真竜って凄く強いでしょ?」
「わたしは見るだけでもいいんだけどなあ……」
「この剣で! 狩る!」
ただ見たいだけの希生、脳筋のヒューゴ。
ベルタは珍しく呆れていた。
運ばれてきた料理に手をつけていきながら、ロヴィッサは穏やかに提案した。
「では、とりあえず探すだけ探しに行ってみるということで、いかがでございましょう。まず姿を確認して、勝てそうなら挑んでみる、というのは」
何だかんだ理由をつけて、勝てそうにないから逃げようという結論を出す気が満々だ。
希生としては見ることができればいいので、提案を蹴る理由はない。
内臓魔石を得て心眼を身に付けたとは言え、それで戦い方が今までと変わるわけではない。
空を飛ばれればベルタやロヴィッサの魔法攻撃でなければ殆ど手出しができないし、それらも竜鱗を前に通用する保証などない。よしんば下りてきてくれたところで、アイオーンの刃なら貫通できるかもしれないが、サイズが違い過ぎて致命傷を与えるのが難しい。
自分たちでは竜に勝てないだろう、と希生は認識している。
最強の剣士を志すならいずれは竜に挑む必要もあるだろうが、それは今ではない。とりあえず好奇心が満たされればそれでいい。実際に竜がどれくらいの生物なのかを見たい気持ち。
というわけで、希生はヒューゴに水を向ける。
「いいんじゃない? ヒューゴ。冒険者とは言え、行けそうな危険か、絶対にダメな危険かの区別はつける必要あるだろうし」
「うむ! とにかく見てみないことにはな! それで構わん!」
「そういうことならあたしも賛成かな。遺跡に棲んでるってことは、これまではなかったけど、探索中に出くわすこともあるかもしれないし。一度は見ておきたいかも」
明確なリーダーのいないこのパーティーだが、希生はヒューゴと意見が被りやすく、ヒューゴは前向きで猪突猛進で、ベルタはヒューゴの味方をすることが多く、ロヴィッサは希生とベルタに甘い。このため結局、希生とヒューゴの意見で舵を切ることが多い。
今回も結局はそうなった。次の冒険は竜探しだ。
「じゃあ明日早速……」
「その前に情報収集でございますよ、キキさん。どんな竜なのか? 遺跡のどこに住んでいるのか? 調べもせずに探すことはできません」
やんわりと窘められてしまった。
それもそうだ。
「となると、まず市役所の資料室かな。どんな魔物がどの辺りに出るか、分かってる範囲で纏められてるはず」
「それがよろしゅうございましょう」
穏やかに笑んで頷くロヴィッサ。
もともとひとりで冒険者活動をしていたロヴィッサ先輩なら知っている気もするが、自分で調べることも大切だろう。
◆
というわけで、翌日、資料室に赴いた。
資料を手に仲間と議論する冒険者などもおり、図書館のような静けさはない。
希生たちはウショブ遺跡の魔物の分布に関する資料から、竜の情報を探っていく。
「中央宮殿を住処にしていて、大型の獲物が多い遺跡の東区域で主に狩りをする。目撃された例では、槍鹿や剣野牛、小型巨人などを捕食していた、と」
ちなみに小型巨人は、3~4mほどの比較的小さい巨人を指すらしい。矛盾した呼び名だが、そういうものなのだろう。
これまで東区域には行ったことがないため、見たこともない。
方角的に、最短距離で遺跡に入ると西区域に辿り着くため、反対側まで行くのは遠いのだ。
「東区域まで行くより、宮殿の巣に行くので良さそうだな!」
ヒューゴは殴り込みをかける気満々の顔をしている。
普段はヒューゴ派のベルタは、しかし今回ばかりは慎重さを見せていた。
「巣に何体もいたりはしないのかしら」
「1体だけみたい。10年前にどこからか飛来した竜で、ツガイや子供なんかは確認できてないってさ」
「10年もいて……討伐されてないのね」
確かに、無数の冒険者が犇めくこのウショブの地において、それだけ長生きしている魔物がほかにいるのだろうか。
ウショブ遺跡産の魔物ではないようだが、ウショブ遺跡のヌシと言えるだろう。その強さも含めて。
「それだけ強敵ということだ! 燃える!」
「バカなんだから……」
結局嬉しそうに言ってんじゃないよ。
さて、次は、竜についてもう少し詳しい情報を調べることとする。実際にどのくらいの強さなのか、どういう行動原理なのか。
と、物凄くわくわくした気配が近付いてくるのを感じた。
見れば、栗色の癖毛、眼鏡をかけた20歳くらいの女が、にこにこ笑顔で駆け寄ってくる。
「その資料! 竜に興味があるんですね!?」
「あなたは……?」
資料室の職員だろうか。
いや、この筋肉の付き方は戦う者の体だ。
動きやすい服装をしている。
「私は竜マニアの冒険者、ドリスです! よろしくどうぞ~。皆さんは竜を狩りに行くんですか? 無謀な!」
無謀なと言いながら、表情は嬉しそうだ。
馴れ馴れしく距離を詰めてくる。
「うむ! できれば狩りたい!」
「その前に、とりあえず見るだけでしょ」
そして見るだけで終わりたい。
魔石への意識の常時接続が成功してパワーアップしたからか、ヒューゴは自信に満ち過ぎている気配がある。
あのあとベルタとロヴィッサも手取り足取り立ち方を矯正し、常時とは言わないまでも接続度合いが増したため、より魔力を引き出せるようになり、パーティー全体の戦力も底上げされてはいるのだが。
ともあれ、竜を見ると聞いて、ドリスはこくこく頷いていた。
「いいですね! 最強生物、竜の観察! ただ見るだけでも、雄大な自然の光景を目にしたときのような敬虔な気持ちになれますよ。でも安全に観察できますか?」
「問題はそこでございますね」
ロヴィッサが相槌を打つ。
いつどこに現れるか分からない東区域を探すより、宮殿の巣にいるのを観察するのはいいとして、それはどこまでなら近付いても大丈夫なのかを知っておく必要がある。
不用意に近過ぎすぎて、攻撃されては堪らない。だがなるべく近くで見たい。
「そこでこの私! 竜マニアのドリスですよ! ウショブ遺跡の竜は、既に何度か観察しているんです。安全な範囲をバッチリ見切ってます。一緒に行きませんか?」
胸を張って堂々と言うドリス。
願ってもないことだ。プロというわけではないが、対象に詳しい人間が同行してくれるなら、これほど心強いことはないだろう。
心眼で見る限りでも、竜へのやたらと強い好意に紛れてよく分からないが、こちらへの敵意も感じ取れない。
となると希生が気になるのは、
「報酬はどれくらいがお望みですか?」
ということだ。
しかしドリスは、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「いえいえいえ! 一緒に行ってくれるだけでいいんです! 恥ずかしながら、私ひとりじゃ竜のところまで行くのは危険なんですよ。ほら、遺跡のほかの魔物がね。だから、私が案内する、皆さんは護衛してくれる、これで相殺という形で。どうでしょう」
希生たちは顔を見合わせた。
美味い話ではある。美味い話には裏があると言うが、この話に裏があるとしたら、それはどんな裏だろう。案内と言って罠に誘い込み強盗、などだろうか。
しかしドリスから読み取れる感情は、大半が竜への好意だ。それから、竜に興味を抱いていると認識している、希生たちへの好意が少し。
「本当に竜マニアみたいだよ」
だから希生としては、そう言うのが当然の流れだ。
「では問題なしでございましょうか」
「うむ! 渡りに船というやつだな!」
「お金はあるけど、節約できるなら助かるわね」
ピッカライネンの壺を売った分で、希生たちは金持ちなのだ。あれから装備も高級品に一新したが、ここで報酬を払おうと思えば払える。だが必要ないと言うなら、それもいいだろう。
もし心の奥に何か隠していて、企みがあるとしても、実行に移す際には思念が漏れる。心眼で感知することができるはずだ。
「じゃあドリスさん、よろしくお願いします」
希生が代表して頭を下げた。
10代前半の子供にしか見えない希生が代表ヅラをすることに、ドリスは首を傾げた。
目隠しをして不自由なく動いている変人である事実は、知覚魔法の修行で稀にそうする者もいるらしいから、そうと分かってもらえているらしく、最初にチラッと見てきただけで言及はなかったが。
「えっ、こんな女の子がリーダーなんですか!?」
「リーダーというわけじゃないですが……」
「まあでもだいたいヒューゴかキキの意見で動くわよね」
「わたくしはキキさんの愛のしもべでございますよ」
ロヴィッサ、ややこしくなるようなことを言わない。肘で小突いた。嬉しそうな声を上げられた。
「ここはどうやら俺が締めた方が良さそうだな! ドリス、よろしく頼む!」
「はい! 一緒に竜を観察しましょう」
ヒューゴとドリスが握手を交わした。
「うむ! そしてあわよくば竜を斃そう!」
「英雄の礎になる竜! それも観察したいですね……!」
竜なら何でもいいらしい。




