第38話 一眼二足三胆四力
心眼を使えるようになったのはいいが、使いこなせなければ意味がない。
修行として常に心眼状態でいることを課せられ、更に鉢巻のようなもので目隠しをし、耳栓も入れることになった。
闇の中、しかし、心眼はそれを補い過ぎるほどに補う。前どころか後ろすら同時に見えるし、何なら壁の向こう側の隣の部屋まで見える。
一方で、声を『見る』にはコツが必要だ。空気の振動自体は見えるのだが、それをただの振動ではなく音として認識するために、脳内で少々アクロバットが要る。慣れるまでは、筆談でもしているような気分になりそうだ。
しかし空間に感覚を広げているのが心眼だから、その範囲内であれば『耳に届かない音』でも拾えるし、音の来る方向などもよく分かる。
匂いや味、感触などですら、今は少し集中が要るが感じ取れる。
あまつさえ人の感情まで読み取れる。表情や仕草などから類推しているのではなく、気持ちそのものが伝わってくる。いわゆる『心を読む』に近い。意外とヒューゴからの好意がロヴィッサ並かそれ以上に感じられたりして驚く。
恐ろしい力だ。
心眼の前では隠し事などできない。極端な話、裸を隠すことすら不可能である。衣服を透視してしまえるからだ。
ただ他人の体内までは透視できないようだ。相手の何かに妨害されて、魔力が浸透できない感触がある。
(それは魂ですねー。肉体に重なって存在してる魂が、無意識に希生の魔力の侵入を防いでるんですよう。免疫みたいな。慣れれば突破できるですよう。違和感を与えて侵入には気付かれるですけど。気付かれないようにするには更なる修行が……)
修行に終わりが見えない。
しかし体内まで透視できなくても、全身を包み込むように見て、心まで読めるとなれば、見切りには充分すぎる材料だろう。
はて、体内を、つまり脳を透視できないのに、なぜ心は読めるのだろう?
(心には深度があって、浅い部分は外に向けて開かれてるからですよう。いちいち言葉で気持ちを伝えなくたって、表情を見れば分かることのように。これもより深い部分を見るには、修行が必要ですねー)
修行すればそこまでできてしまうのか……。やはり恐ろしい力だ。
常識的に考えておいそれとは使いたくないが、常時使用を師匠に義務付けられてしまっている。危ない部分は、知覚するとしてもあまり意識を向けないように気を付けたい。人の裸とか。
とは言え別段必ず常に全てが見えているわけでもなく、空間に親和させる魔力の密度次第で見え方は変わる。通常視覚において焦点付近以外はよく見えていないことにも似て、意識を向けていない部分は朧であったりもする。
いや、全体に均一に意識を向けて、常に全てをはっきりと認識する状態が理想的なのだろうが。これから、そうなっていかざるを得ないのだろうが。
(具体的にはどういう修行を?)
(基本的に今まで通りなんですよう。常に自分の総身を感じて、正しい立ち方歩き方を維持する。そうすれば魔力の性質も影響を受けて、常に範囲内の全てを感じられるようになっていくですから)
結局はそこに帰結するのか。立ち方と歩き方。徹底して、それが全ての基本になっている。
武術も魔術も人の行いなら、人の動きの基本が根底にあるのは変わらないのだろう。
といったような思考や念話のやり取りをしている間も、3人は傍らにいた。
ふとヒューゴとベルタが言う。
「しかしちょっと想像できんな! いったいキキの心眼にはどう見えているのか! 前と後ろが同時に見えるなんて、頭が混乱しないのか!?」
「あー確かに。情報量も多いみたいだし、疲れたりはしないの?」
言われてみると、さもありなん、不思議なことだ。
人間の脳はふたつの眼球による視覚映像を認識することに特化しているし、そのために脳を巨大に発達させた面がある。いったい自分の脳内で、どういう情報処理が為されているのか?
希生は首を捻った。
「いや……それが全然混乱しないし疲れもしないんだよね。どういうことなの? イオ」
「魔石のおかげですねー。魔石が脳にできるのって、脳の強化パーツだからなんですよう。脳だけじゃ処理が追いつかないところを、魔石が引き受けてるんですう。普通の魔術師だって、そうやって魔法を使ってるんですよう」
「あー言われてみれば……」
「わたくしもそうでございますね」
ヒューゴは身体強化しか魔法を使えないから仕方ないが、温度感知を使うベルタや、空気の触覚を使うロヴィッサには、思い当たる節があるらしい。
考えてみればその辺りの魔法も、心眼ほどではないにせよ、通常の人間にはない感覚情報を受けることになるのだ。しかしどちらも、特に負担がある様子はなく、探索中は常時発動していた。
ふとヒューゴが悔しげに拳を握っていた。
「くっ! 俺も知覚系の魔法が欲しい!」
「4人中ひとりだけ、何もないことになるからね……」
なんだか仲間外れみたいである。
身体強化魔法は、単に筋力を引き上げるばかりでなく、上昇するスピードに応じて動体視力なども増すから、知覚の要素もあるにはあるのだが。
「ヒューゴさん、仲間同士補い合うのがパーティーでございますよ」
「それはそうだが! キキはこうして知覚魔法を得た! 最強の剣士に必要なことだからじゃないのか!?」
アイオーンは最強の剣士に振るわれたい。そのために希生を最強へと育て上げようとしている。アイオーンは希生の魔石を無属性として形成させ、心眼を与えた。
となると確かに、それが最強の条件だからという理屈は成り立つ。
「って言ってるけど。どうなの? イオ」
「お察しの通り、知覚はめちゃくちゃ重要ですよう。どんな強い攻撃も、当たらなかったら意味はない。攻撃を的確に回避防御するためには、いつどこにどんな攻撃が来るか知覚することが必須ですう。これは自分が攻撃するときも同じで、いつどこにどんな攻撃をすれば当たるのか、相手の動きを把握しなきゃ、当たるものも当たらない」
実際アイオーンの修行は、これまでもそういう面はあった。
自分がどう動けばどうなるかを知るからこそ他人の動きをも読み取れる――見切りの感覚がまさにそれで、希生は何度も機と間合を見切って有効な動きを選択してきた。
死の明鏡止水によって高い集中力と鋭敏な感覚を発揮できる、希生だからこその強力な見切りの感覚ではあるが、もしアイオーンがそういった資質を持たない者を育てるなら、別の手法でやはり見切りを強化するだろう。
「一眼二足三胆四力って言ってですねー。強さのために何がどれだけ重要かってゆー指標で、第一に動きを見切る目、次に足捌き、精神力、最後に力量。どれも必要なんですけど、どれがいちばん重要かって言えば目だ、ってゆー教えがあるんですよう」
「確かにどれだけ力強く素早かったところで、どう動けばよいか分からないのでは戦えませんね。それを決めるのが知覚だ、と」
ロヴィッサが相槌を打った。
全くその通りだ。
逆に知覚がずば抜けていれば、パワーやスピードで劣っても、機や間合いを見切って最適な行動を取り逆転することができる。
あまりにパワーやスピードの差が大きいと、それも難しくなるから、知覚だけで勝てるわけではないが。正しい立ち方や歩き方も、合理的により大きなパワーやスピードを出す技でもあるし。
「やはりそうか!」ヒューゴが膝を打つ。「俺も身体強化以外の魔法は苦手だとか言ってる場合ではないんだな! 知覚魔法を……できればアイオーンに教えてほしいが!」
「えー、それはヤなんですようー。アイオーンは希生のですもん」
「わたしが教えてあげてって言っても?」
「ヤ」
アイオーンがこう頑ななのは珍しい。
契約した所有者の意向に沿うとは言っても、限度はあるということか。
認めた主にだけ使われたい、道具としての矜持なのかもしれない。
「アイオーンに教わった希生が教えるんならいいですけど。アイオーンが教えるのは希生にだけですよう」
「残念だ……!」
ヒューゴは最強の剣士を目指す身だ。なのに最強の魔剣に主として認められているのは、彼ではなく希生である。悔しい想いは幾らもあるだろう。
何か教えてはあげたいところだが。
希生は腕を組み思案した。
「うーん。ああそうだ、立ち方だ。魔石が頭部の重心にあるから、そこを意識したらわたし上手くいったんだけどさ。それなんか使えたりしない?」
「立ち方か! それなら希生から教わっている!」
ヒューゴが立ち上がった。あの訓練場で試合をして以来、ヒューゴはずっと希生を観察して立ち方を学び続けている。
真っ直ぐに立ち、魔石を意識しているのだろうヒューゴを心眼で眺めながら、希生はベルタとロヴィッサに聞いた。
「そもそも普通に魔法使うときって、どんな感じなの?」
「そうねー。自分の内側に意識を向ける、みたいな?」
「最初は瞑想して魔力を感じるところから始めるのでございますよ。そこから魔力の源泉である魔石に意識を伸ばして。魔法を使うときは、一瞬だけ瞑想するようなイメージでございますね」
「ああ、そんな感じ。一瞬で繋いで、必要なら魔力を引き出して、途切れる前に呪文で魔力に形を与えるのよ」
「持続型の補助魔法は? あれは魔石とずっと繋がってるわけじゃないの?」
「魔石から魔力を引き出す必要のある大型の魔法の場合は、繋ぎ直してかけ直しでございますね。わたくしの普段使っている空気の触覚でしたら、循環魔力だけで使えますので、繋ぐのは発動する最初のみでございます。医術はもう少し複雑でございますが」
魔石への意識接続は、常に行っているものではないらしい。それでも魔石の情報処理能力を使える以上、無意識では繋がっているのだろうが……。
それを意識した上での常時接続にできれば、何が変わるのだろう。更に聞いてみたところ、より多くの魔力を引き出すことができ、難度の高い呪文も接続が切れる前に完成できるので、より高度な魔術師になれるかもしれないとのことだった。
さて、ヒューゴの様子はどうだろう。
目隠しをしているので顔を向ける意味もないのだが、何となく気分で顔を向ける。
目を閉じて集中しようとしたり、考え直して目を開けたり、立ったりしゃがんだり歩いたり、身体強化をオンにしたりオフにしたり、試行錯誤していた。
どうも身体強化の出力自体は、だんだん上がっているようだが。発散される余剰魔力の量で分かる。
顔は苦しげだった。
「俺自身は土属性なのだが……! 土属性の知覚魔法ってどんなだ!?」
そこか。
「ベルタは冷気使いで温度感知だったよね。ロヴィッサは風使いで、空気に触覚を通すんだっけ?」
「はい、空気の動きや、空気に触れているものを察知できます」
「じゃあヒューゴも似た感じでいいんじゃないかしら。地面に触覚を通して……」
「よく分からんな!」
分からないものは分からないと素直に言う。ヒューゴらしい。
となると、代替案が必要だ。希生は適当な思いつきを口にした。
「地面を伝わる振動を拾うのは?」
「振動……振動……。音か。それなら分かるぞ! それに昔師匠から聞いたことがある! 異国の地には、足の裏で地面の音を聞く象という動物がいると! そうやって何kmも離れた場所の音も捉えるんだそうだ!」
象か……。
希生が想像していたのは蛇だったのだが。
ベルタの温度感知の呪文が『我が身に開け、蛇の異なる目よ』で、蛇のピット器官を元にしているのだろうところから連想したのだ。蛇は耳は聞こえないが、地面の振動には敏感であるらしい。
「ならば呪文は……こうか! 我が身に象の聞こえ在れ!」
見た目に変化はない。だが希生の心眼には、ヒューゴの足裏から靴底にまで魔力が満ちたのが窺えた。
「うおお……! 聞こえる! 聞こえるぞ! 宿屋内を立ち働く従業員たちの足音! 1階食堂で席を選ぶ客の足音! 外の雑踏の無数の足音すら……!」
「立ち方? で、魔石への意識接続が上手くいってるからかしら。身体強化しか使えなかったヒューゴが……」
「物質に触覚を通すのと違い、振動感知は通常の身体感覚の延長線上にあるからではないでしょうか? つまり身体強化の一環だから、という考え方でございますが」
嬉しそうに騒ぐヒューゴを、ベルタもロヴィッサも微笑ましげに見ていた。
しかし希生が気になるのは、
「だとしても、こうあっさり新しい呪文って習得できるものなの?」
ということだ。
「普通はなかなか……」
「キキの教え方が良かったのかしらねー。よく分からないけど」
ベルタはそう言うが、希生の考えは違った。
ヒューゴはまともな師匠なしで、剣術を高度に練達できる天才性を持っている。
だからきっと、これも彼の天才性によるものなのだと。
身体強化にしか適性はないのかもしれないが、その範疇でなら素早く正解を見付け出せる資質があるのだと。これまでは剣術を高めるのがメインで、魔法に本気を出したことがなかったから、今ようやく開花しただけで。
「ありがとうみんな! 俺にも知覚魔法が! これで最強の剣士に一歩近付いたぞー!」
「おめでと、ヒューゴ」
素直に祝福するには、何とも恐ろしい相手だ。




