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第32話 空間が捻じ曲がってる

 雨の降らない日には、希生たちは毎日のように魔境ウショブ遺跡へと挑んだ。

 あの落とし穴の先の地下道にはスライムが大量に生息していて、同時に上から銃使いに撃たれでもしない限り、安定してスライムを狩り続けることができた。

 強酸の体液で武器が傷むことに備え、魔石エキスの耐酸コーティング液(高い)を武器に塗り、その経費を差し引いてもなお儲かる。よい穴場を教えてくれたものだ。


 希生やヒューゴとしては『強くなるために戦いたい』のであって、金稼ぎは本来二の次なのだが、金があって損をするわけではない。

 月々の宿代や食事代など生活費をまず確保し、充分な黒字を得て、然る後に採算度外視で強敵を求めに行く、という方針である。


 それにスライムとの戦闘経験は積めている。

 粘液の体は打撃威力を分散し、斬撃も生半可な威力では食い込んで止まってしまう。核となっている魔石以外に急所も存在しない。

 剣で相手取るのが厳しいその生態を剣で殺すことは、必ず糧になる。


 今も4人は、スライムに囲まれながら戦っていた。

 希生のアイオーンは、まるでスライムの粘性などないかのようにスッと刃を入れ、粘液の体を切断する。それだけ鋭い斬撃を繰り出せている証左。


 ただ斬ってもまた繋がって回復してしまうスライムだが、上手く斬り『飛ばして』遠くへと分離してやれば、すぐに繋がれずにその分だけ体積が減る。

 単純そうな外見に反して、スライムの異なる個体同士で安直に合体するということもなく、斬り飛ばしたスライム片は酸の水溜りとなって広がるのみ。エサにはなるようだが。


 高さ2mにもなるスライムの巨体が仮足を伸ばし、突進してくるのをかわしてもう一撃。スライムの体の一部を斬り飛ばして、体積を減らす。

 スライムは半透明の青い体をしていて、向こうの風景が透けて見えるが、その見え方がふと歪んだ。内圧の変化から来る屈折率の変化。酸を飛ばしてくる攻撃の前兆だ。中型以上のスライムが行うことがある。

 希生はかわしても仲間に当たらない位置へと移動し、引き付けてから撃たせながら回避した。またもう一撃。


 繰り返して体積を奪っていき、充分に小さくなったところで、剣を突き入れて切先で魔石を抉り出す。

 核を失ったスライムは、肉体の統制をも失い、水溜りへと溶け果てた。


 そんな希生の後方では、ヒューゴもまた同様に大剣でスライムを減らしてから魔石を抉り出しトドメを刺しているが、そのペースは希生より速い。

 大剣のサイズ分だけ、一撃でより多くの体積を減らせるからだが、そもそも剣を振るペース自体が希生にやや劣る程度にまで高まっているからだ。

 それは最小限の的確な回避で、剣を振る機をより多く確保できているからでもある。


 ヒューゴはやはり天才だった。希生を見本に立ち方を修正させてみれば、みるみるうちに技術を吸収して上達し、今では前衛のエースとなっていた。


 スライムを1匹屠ったばかりのヒューゴに、また新たなスライムが襲い掛かるが、大剣のフルスイングで迎えられた。

 スライムの体はゼリーのような弾力と緩やかな結合力を持っていて、それを無駄に飛び散らせて浴びてしまうこともなく、鋭いキレで綺麗に切り離す一閃。

 ろくに反撃も許すことなく、次々と処理していく。


 それでも希生とヒューゴはやはり剣士であって、一撃で斃せるスライムは最初から小さいものだけ。中型以上は削っていく過程が必要で、数秒から十数秒ほどとは言え、相応に時間がかかる。

 その間に囲まれ群がられれば、溶かされて終いだ。それでも希生ひとりなら、次々と包囲の薄い場所へ移動し続けて助かるだろうが。


 しかし現実にその必要はない。ベルタがいる。


「我が手の内に冷気在れ。広がり飲み込み自由を奪え! 凍てつけ!」


 青白い霧のような冷気が具現され、スライムたちを飲み込み凍りつかせていく。

 凍ったスライムは解凍されれば活動を再開するが、もちろん解凍する猶予があるはずもない。剣士たちによって凍ったままかち割られ、魔石を抉り出されるのを待つばかりだ。


 最後にロヴィッサは、せっせと中和剤の粉を撒いていた。

 スライムの強酸体液は、生きていれば制御されているが、死ぬと漏れ出して水溜りとなり、床を溶かす。踏めば靴も溶かされる。蒸気を吸うのも良くない。

 危険なので、アルカリで中和して無害化しているのだ。

 剣士ふたりが強力な上、ベルタの冷気魔法がよく刺さるため、余ったロヴィッサがこの役目となっている。

 風の魔法で広範囲に迅速にばら撒けるから、ということもあるが。


 そうして狩るうちに、やがて生きたスライムはその場にいなくなった。

 希生と、それからベルタとロヴィッサも従属異界を使えるため、この3人で魔石を回収していく。濃い青の、気泡の入った丸い魔石。

 回収を終えると、希生が言った。


「少なくない?」

「そうでございますね……」

「確かに」

「うむ!」


 そう、少ない。

 既にこうして1週間近くスライム狩りをしているが、明らかに最初の頃よりスライムの数は減っていた。


「狩り過ぎたかな……」

「それでもこれだけ出てくるんだから、充分多いと思うわよ」


 それもそれで一理あるが。

 石畳の地面は、スライムの体液を何度も何度も浴び、既にボロボロになっていた。


 さて、時間としてはまだ狩りを続けてもいいのだが、スライムは途切れてしまった。

 希生はふと、地下道の奥に視線をやった。地上の通りが崩壊した落とし穴の底がここだが、そうして陽光が届いている範囲は、穴のすぐ下だけ。東西に暗い道が伸びている。

 思いついた。


「行ってみない?」

「奥にか!?」


 ヒューゴがわくわくした顔で食いついてきた。

 スライムも厄介な敵なのだが、まだ見ぬ強敵に飢えているのだろう。

 するとヒューゴを肯定したいベルタも乗り気になる。


「スライムにも飽きてきたしね」

「未知の区域に進むことは危険を伴いますが……冒険者であれば、危険は当然のことでしょう。新たな穴場が見付かる可能性もございます」


 そして女の子の味方でありたいロヴィッサも、だ。

 こうして4人は、地下道を進んでみることにした。東西のどちらにするかは、ベルタの杖を立てて手を離し、倒れた方向を選ぶ。別にものは何でも良かったのだが、ベルタの杖が最も手頃だったので。

 杖が地面にまで倒れると、スライムの死骸体液で濡れるので、空中で傾いているうちにキャッチ。西。


 従属異界から照明器具を取り出し、それぞれ装備する。従属異界を持たないヒューゴにはベルタが渡していた。

 一言で言って『ヘッドライト』だ。鉢巻の額部分に、鉢金のように板状の魔石が縫い付けてあり、これが発光して前方広範囲を照らし出す。


 ちなみに大抵の魔石は、大きくても手の中に握り込める程度のサイズで、形は丸っこい場合が多いが、これをさまざまに加工して自由に成形する技術があり、そういった魔石を人工魔石と呼ぶ。

 ヘッドライトの魔石は額を覆うような板状で、天然には存在しない人工魔石である。


 ともあれ4人はヘッドライトをつけ、闇の中に踏み入っていった。

 ウショブ遺跡を薄らと包むような虹色の霧――霧として具現化するほどの濃い魔力はここにもあって、ヘッドライトがあっても視界はよいとは言えない。

 石造りの地下道は道幅が5mほど。天井も高く、分岐や扉の見当たらないトンネルのような構造だ。


 隊列はいつも通り、前衛のエースとなったヒューゴと盾持ちのロヴィッサが前、次がベルタ、シンガリを希生の布陣。


「足元ばかりでなく、天井にもご注意くださいませ。スライムが落ちてくるかもしれません」


 スライムの体表は強い粘着力を発揮し、壁を上ったり、天井に貼りついたりすることもできる。そうして上から降ってくる形で奇襲されるのが最も厄介だ。

 覆い被されれば全身が一度に溶かされるし、振り払おうにも呼吸ができず力を出しにくい。

 人員は4人もいるので、常に誰かしらが天井を照らして進んでいく。後方の確認も忘れない。


 時折現れるスライムを斃しながら暗所を行く。ずっと一本道のまま、何度か角を曲がると、やがて行き止まりに突き当たった。

 本来なら道が続いているようなのだが、天井が崩れて瓦礫で埋まっているのだ。ちょっとやそっとではない瓦礫の山は、除去するのに相当の苦労を要するだろう。

 しかも瓦礫の隙間から湧き出るようにして、スライムが瓦礫の壁の向こうからこちらへと通ってくる。

 スライムを駆除しながら瓦礫をどかすのは、これはますます無理だ。


「ヒューゴが全力で斬りつけたらまとめて吹っ飛ばせない? あと魔法とか」

「流石に無理だ!」

「あたしも無理ねー。そういう派手なのは……。ロヴィッサの風は?」

「申し訳ないことでございますが……。風に特化して修練していれば、或いは可能だったのかもしれませんが、わたくしには不可能でございます」


 もちろん、希生にも無理である。

 これだけの瓦礫を斬ってどうにかできるものではないし、アイオーンの魔法も生活や旅用の細々としたものが多く、単純に大質量を動かすようなものはない。


「残念だけどここまでだね」

「でございますね。戻りましょう」

「じゃあ次は反対側だな!」


 落とし穴から東西に伸びる地下道のうち、西へ行ったのがこの道だ。

 次は東を確かめてみようということになった。

 瓦礫の隙間から染み出てくるスライムを適当に駆除し、一行は転進する。


 行きと同様に、天井も照らして注意する。反対側の道から来たのか、実際に天井に貼りついているスライムを発見することもあった。

 こういった個体は、ロヴィッサの風魔法で天井から引き剥がし、然る後に斃す手順を取る。


 来た道を大した苦労もなく戻っていく一行だったが、ふと異変に気付いた。

 一本道を進んでいるのに、元の場所に辿り着かない。

 もうそろそろ、天井の抜けたあの場所に差す光が見えるはずなのだ。はずなのだが、一向に暗い道のまま。

 更に明らかに行きより長い距離を歩いても、あの場所が見えて来ない。


 ベルタが後ろからヒューゴに寄り添い、その腕を抱えるように抱きついた。

 足音がやけに響いて聞こえる。仲間の息遣いが、やけに重く聞こえる。

 いつからか道幅は少し広くなり、天井もより高くなっていた。


「これさあ……」


 希生が抑え気味の声を出したが、静寂の中では目立って聞こえた。


「前にロヴィッサが言ってたよね。このウショブ遺跡は、昔この場所にあった都市遺跡を莫大な魔力が再現してるものだって。でもところどころ、再現される時間や空間が捻じ曲がってるって」

「はい。どうやら空間が捻じ曲がり、場所と場所の繋がりがおかしくなっている――そんな場所に踏み込んでしまったようでございますね」

「落とし穴のところから西に進んだ時点でもう別の場所になっていたのか、戻る道の途中で別の道に迷い込まされたのか……」


 それは分からないし、どうでもいいことだ。

 問題なのは、地上に戻れるかどうかである。西側の道が瓦礫で埋まっていたように、もしこの一本道のままで反対側まで埋まっていたら、にっちもさっちも行かなくなってしまう。


 しかしその心配は杞憂のようだった。少なくとも、一本道ではなくなった。

 突き当りの壁が崩れて穴が開いている箇所を潜ると、恐らくはかつて下水道だったらしい場所に出た。

 道の中央に幅と深さのある窪みがあり、そこを今も水が流れている。実際のところどれだけ深いのかは、水が淀んでいて見通せない。

 その左右の脇に、人の歩くための道があった。


 悪臭はそれほどでもない。魔境の掃除屋であるスライムが、どんな汚れも食べて片付けてしまうのだろう。

 角の生えた中型犬ほどもあるネズミが、一向の気配に逃げ去っていく。

 魔物なのか通常生物なのか、名前も分からない蟲たちも、ヘッドライトの光から離れようと動く。

 遠くで羽音がするのはコウモリだろうか。音の大きさからして、その体も大きそうだ。


 ――ウショブ遺跡、地下、下水道。

 迷宮である。

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