第30話 お前は凄い奴だよ
翌日は生憎の雨だった。
雨の日は魔境に行かない、という冒険者は多い。冷えるし、視界は悪く、音も聞こえづらく、危険性が高い。
同業者が少ないから魔物を狩り放題かと思いきや、だからこそ魔物がどれだけ狩っても途切れず、囲まれて休憩できないまま戦い続けて死ぬこともある。そこを戦い抜いて稼ぐ猛者も中にはいるとは言え。
魔力の濃い土地――主に魔境で活動することで、生物の体内には魔石が生成されやすくなる。才能があると、別にどこで何をしていても生成されたりするようだが。
ともかく、これを内臓魔石と呼ぶ。内臓のように体内に存在する魔石、という意味合いのようだ。
自分の内臓魔石を手に入れたい希生としては、雨の日でも魔境に行きたかったのだが、仲間たちに却下された。もちろん、ひとりで行くことも含めて。
ヤメ村では村人を騙してまでひとりで戦いに行った希生だが、今回は大人しく休むことにした。
スライムのように、剣術だけでは渡り合うのが難しい敵もいる。そういった敵に対抗するために、内臓魔石を持ち魔法を使えるようになることが必要だが、それを焦ってはいなかった。
仲間がいる。頼ることも指示を受けることも、希生に否やはなかった。
雨の中、傘を差して、ベルタとロヴィッサは買い物に行った。
ベルタは戦闘用の魔道具を買いに。冷気魔術が効かない場合のための手札を増やしたいのだそうだ。
ロヴィッサはそれに付き合うのと、自分自身も剣の修繕に。中型以上のスライムには風の魔法剣を使った彼女だが、小型スライムには魔力の節約からか剣でそのまま攻撃していた。強酸の体液で剣にもダメージはあったのだ。
ちなみに同じく剣でスライムの魔石を抉り出していた希生だが、アイオーンには傷はない。本来の力を封じられているとは言え、伝説の魔剣の一振りである。
希生としても武器屋はともかく魔道具屋には興味があったので、一緒に行こうかとも思ったのだが、ヒューゴに修行に誘われたので、そちらについていくことにした。
買い物に行くとヒューゴをひとりだけにすることになる。可哀想だ。
同時に、彼がどんな修行をするのか気になったからでもある。
ウショブ市には公共の訓練場がいくつかあり、冒険者たちに日々利用されている。
有料でさまざまなトレーニング器具を使うことができるほか、追加料金で指導員から教えを受けることもできる。引退した元冒険者の就職先のひとつだ。
町中で剣を振り回すわけにもいかないので、そのスペースを得るだけの使い方もある。
スポーツジムのようなものらしい。
宿屋の従業員から最寄の訓練場の所在を聞いた希生とヒューゴは、連れ立ってその場に向かった。
質実剛健な箱型の建物に辿り着き、入口で利用料を支払い、武器を預けて入場。アイオーンはあまり預けたくなかったが仕方ない。白兵戦の訓練に使われる大部屋へと赴き、訓練用の安全武器を借りる。
安全武器は、訓練場を包む結界の範囲内において、攻撃力がゼロ近くにまで落とされる武器型魔道具だ。人体に向けて思い切り振り抜いても、クッションで殴ったかのように衝撃が吸収されるし、刃に手を当てて引いてもまるで斬れない。
それでいて当たった感触はしっかりとあり、本物と同じ重さで、つまり本物と同じ感覚で訓練することができる。
この訓練場の人気を支えている、便利なトレーニング器具らしい。
希生とヒューゴは、それぞれ日本刀型はなかったのでサーベル型、そしてツヴァイヘンダー型の安全武器を手に持ち、約4mの距離を置いて向かい合った。
何もない、試合用のスペースだ。試合も訓練のうちであり、そういう使い方もされる施設である。
「……修行は?」
「実戦形式に勝る修行なし!」
実戦形式らしい。
ヒューゴは真剣な顔つきで、半ば睨むように希生を見ていた。
悪意、敵意、害意、そういったものは感じない。
ただ真っ直ぐな、清々しいほど真っ直ぐな攻撃線が見える。大剣を肩に担いだ状態から、柄を下ろし、梃子の原理で切先を加速させ袈裟懸けに振り下ろそうという線。
上背のある立派な体躯、金髪が魔法照明に輝いた。
「ひとりで修行するときはどうしてるの?」
「木剣で立木にひたすら打ちかかる! すり減って折れたら替える!」
真っ直ぐすぎる。
(決してガムシャラなだけの修行じゃないですよう? どうすればより良く剣を振れるのか、一回一回、体の使い方を精査して反省して試行錯誤していくんならね。無心で振ったらただの根性試しの筋トレですけど)
突然アイオーンの声が魂に響いた。
いや、感動したという意味でなく。手元にないのに声が聞けて嬉しいのは事実だが。
(受付で預けたはずだよね、イオさんや)
(別に契約は繋がったままですもん。念話は届くですし、望むなら今すぐその手にワープも可ですよう)
(嬉しいけどやめて)
安全上の問題だとかで、武器は預けることになっているのだ。
ともあれ、ヒューゴである。
彼はツヴァイヘンダーを構え、希生を真っ直ぐに見据えていた。その目線の一瞬のブレからして、身体強化も発動している。一瞬、自己の内側に意識を向けた目だ。
一方の希生は、サーベルをだらりと垂れ下げて持っている。これを『構えていない』と言うならその通りで、だからヒューゴはまだ打ちかかって来ないのだろう。
しかしアイオーンの教える剣術、仮名『永劫流』に、構えという概念は乏しい。
立ち方と歩き方、そこから発展して振り方、そして剣の握り方は教わったが、構え方は教わっていない。
剣を両手で握ると、自然と正眼になるだけだ。
今はサーベルで片手持ちだから、自然と垂れ下げて持っている。
「構えてくれ! キキ!」
案の定、ヒューゴはそう言ってきた。
「お前と戦いたい! この場所なら事故も起きない!」
嫌なわけではない。
それとも嫌なのか? 仲間と戦うことが。
「お前は強力な剣士だ! 俺では足元にも及ばないかもしれない! だがその強さを! だからその強さを! 俺に感じさせてくれ!」
「足元にもって……そんなことないでしょ」
困惑する。
そこまで評価されるようなことをしただろうか?
彼の前で剣を振ったのは、出会ったときにチンピラの剣を斬ったのと、昨日のウショブ魔境での戦いだけだ。
前者は一瞬だったし、後者は結局魔剣の魔法に頼った戦いになってしまった。
「そんなことあるんだ! 俺には分かる! さあ……早く構えてくれ!」
それだけの戦いで分かってしまう程度には、ヒューゴの『見切りの感覚』は育っているのか。
だがそれなら、構える必要がないことまで見切ってほしいものだ。
希生は縮地した。
重心を傾け、重力に引かれて気配なく滑り出す。地を蹴る反動ではなく、骨盤の回転によって更に体を前に送り出す。
重力を使うために動作の起こりは見えず、出が素早く、筋力と体遣いのキレを加えるから移動自体も迅速。
何気ない所作で、瞬く間に、するすると距離を詰める。眼前。
ヒューゴの真正面、大剣を握る彼の腕を断つ太刀筋。
安全武器のサーベルは、その衝撃をゼロ近くにまで緩和しながら、しかしヒューゴに『斬られた』と一瞬錯覚させる凄みがあった。
ツヴァイヘンダーは殆ど振られず、構えたまま固まっていた。先の先。
彼はやがて、搾り出すように呻き声をこぼした。
「構える必要がない……のか!」
「そういうこと。正しい立ち方ができているとき、立っていることそのものが構えになる。あとは斬りたいところに剣を振るだけ」
剣を引き、身を引く。約4m、元通り。
「何だ!? 正しい立ち方とは!?」
「あっ」
うっかりどや顔で解説してしまった。
これは教えてもいいことだったのだろうか……?
自分も修行中の身なのに、師匠の許しもなく。
(別に構わないんですよう。自分が理解してないことは教えることもできない。人に教えるということは、自分のための復習にもなるんですから。世の中の達人はみんなやってることで、隠してるわけじゃないですし)
良かった。また自分の迂闊さで余計なことを引き起こしてしまうところだった。
本当に気を付けよう……。希生は猛省した。
と、沈黙する希生に、ヒューゴは不安を感じたか、慌てて弁明する。
「あ、いや、すまん! 剣士にとって、剣術のコツを軽々しく語ることはすべきではないな! 知りたいのは俺の我儘に過ぎん!」
が、沈黙はアイオーンと念話していただけだ。
「ああ、大丈夫、別に教えてもいいことだから。体の各部の重心を、真っ直ぐに積み上げる形で立つんだよ。それが最も無駄がないし、重心の傾きがないから、逆にちょっとでも重心を傾ければそれで動けるわけ。て言うか、ヒューゴもある程度できてるんだけどね」
「できてるのか!?」
できている。
希生は頷き、打ちかかって来い、と手招きした。
「分かった! 行くぞ!」
行くと決めたら、ヒューゴに躊躇いはない。
希生が一見構えていない無形の構えでいても、もう遠慮することなく打ちかかってくる。
ヒューゴは数歩を普通に近付いてから、スッと滑るような急速な接近に移行する。縮地だ。そしてその勢いを剣に込め、希生の左肩から右脇腹までを狙って振り下ろした。
機に合わせて立ち位置をズラして回避しながら、希生は告げた。
「ほら、今の、スッと素早く動くやつ」
「瞬動術だ! これを覚えてからは、故郷じゃ殆ど負けなくなった! しかしキキにはやっぱり当たらんのだな!」
「わたしは縮地って呼んでるんだけど、それが、正しい立ち方から導き出される正しい歩き方なんだよ」
「正しい歩き方!?」
またなんか新しいのが出て来たぞ、という顔をする。
大剣を引きながら。
「縮地、瞬動術か、瞬動術から剣を繰り出すと、そうじゃない場合よりキレがいい気がしない?」
「する!」
「正しい立ち方ができると、歩き方も正しくなる。歩き方が正しければ、剣の振り方も正しくなるんだよ。それが体を動かすことの基本だから」
何事も基本がしっかりしていることが必要だ。
人体というものは思いのほか高性能で、いい加減な動かし方でも最低限動くことはできてしまう。日常生活ではそれで不便はないし、戦闘でも筋肉を鍛え上げて力でゴリ押すこともできる。この世界なら魔法もある。
だから逆に、基本の立ち方ができている人間は滅多にいないし、それができるだけで達人になるのだ。
そんな中、ヒューゴは基本がある程度できていた。
「瞬動するときにさ、『構えを取る』ような感覚はある?」
「あるぞ! どういう構えか上手く説明はできないが、こう、シュッと立つ! シュッと!」
シュッと、というジェスチャーをするヒューゴ。
「それが正しい立ち方なわけ。いつもその立ち方でいるようにしてみて。で、その立ち方を、もっと洗練してみて」
「洗練ってどうやるんだ!?」
……どうやるんだろう。
希生の場合は、体のどこにどう力を入れ、どう力を抜き、部位をどう配置するのか、正解となる身体感覚をアイオーンが直接教えてくれている。手取り足取りの究極だ。
そんなチートで促成栽培された達人である希生が、これをどう教えればいいのか。
いや、そうだ、達人と言えば!
「見て覚えて。わたしを見ればいいよ。わたしがそういう立ち方してるから」
「なるほど!」
見て覚えろ! まさに達人キャラが言いそうなことである。
希生は自分の発想に脳内で拍手していた。
これで威厳は保てるし、ヒューゴに教えてやることもできる。彼の観察力と努力次第ではあるが。
「て言うか、ヒューゴの師匠はその辺教えてくれなかったの? 立ち方の大切さとか」
「うむ! 師匠は俺の持ってた木剣を指さしてな、それでその辺の硬い立木をひたすら叩け、と修行方法を教えてくれたんだ! それだけだ!」
それは師匠と呼べるのだろうか……?
いや、見て覚えるをさせたのなら呼べるだろう。
「で、師匠が隣で同じ修行をしてみせたわけか」
「いや、師匠はその後すぐに旅立ったぞ! それ以来会ってない! 7年前、町にたまたま立ち寄った旅の剣士だったんだ!」
それは師匠と呼べるのだろうか……?
しかし、ということは、ヒューゴは自力で正しい立ち方に辿り着いたのだ。
ひとりで立木打ちをひたすら続けるだけで。
一回一回、斬り方を精査し反省し試行錯誤していったのだろう。気の遠くなるような回数、それを繰り返す中で、自然と立ち方が洗練されていった。
立ち方が斬り方に通じるなら、斬り方も立ち方に通じる。
合理的な斬り方を追求するうち、副次的に合理的な立ち方を会得した。
「瞬動は……もしかして、ある日突然できるようになった感じだったり……?」
「よく分かったな! 立木を5000回くらい打って、今日はもう帰ろうかと歩き出したら、急に自分が素早くなっていた! あのときは感動したよ!」
間違いない。
ヒューゴ・ウーシタロは天才だ。
ろくな師匠もなく、自力でそこに達するとは。ひとりで努力を続ける根性、ひとりで正しい努力に至る思考力、ひとりで正解を探し当てるセンス。
彼が更に立ち方を洗練したなら、そのとき、どれだけ。どれほど。
「ヒューゴ」
「何だ!?」
希生は踵を浮かせて背伸びして、彼の肩を後ろから叩いた。
「お前は凄い奴だよ。頑張ろうな」
「そうか!? ハハハ!」
自分も負けていられない。
死の明鏡止水と、アイオーンに対する素直さ。
それしかないとしても、ならば、それを伸ばしていこう。
仲間と並び立つために。




