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第22話 お困りではございませんか?

 入市審査は時間がかかった。

 何しろ出身地を聞かれて、記憶喪失だから不明と答えてしまったからだ。

 嘘発見器のような魔法はないらしく、口頭で何度も同じことを聞かれては反応を見られたし、これまでの旅路のことも当然聞かれたが、適度に淀みなく答えるうちに態度は軟化していった。

 最終的に、近隣で手配中の犯罪者に当て嵌まる人物もいないし、外見が子供であることから、先方も信じてくれたようだ。仮の身分証をもらって町に入ることになった。

 仮の身分証で都市に滞在できるのは1週間が限度で、何かしら職業に就けば無期限に延長されるそうだ。またこれまで通った村で話の裏を取る調査を行い、あとからその費用を請求してくるらしい。


 ほかにもうひとつ印象深いのは、従属異界について聞かれたことだ。その媒体としてアイオーンに何らかの魔石のようなものを当てられ、中身を探査された。危険な魔道具や禁制品などが入っていると反応するらしい。

 もちろん中は食料や着替えなど生活用品ばかりなので、引っかかることはなかったのだが。しかし確かにこんな密輸しやすい魔法を見逃すわけないよな、と感心したものだ。


 そして最後に市門の通行税を払うことになったが、希生に現金の持ち合わせはないので、ヒューゴに立て替えてもらった。パーティーを組んでいて早速助かってしまった。

 別にホブゴブリンの魔石で支払えないこともないようだが、審査官に渋い顔をされたのだ。現金の方が手間がないらしい。


 ともかくも希生たち3人は、遂にウショブ市へと足を踏み入れた。

 城壁がコンクリート製なら町並もまたコンクリート製で、2階建てや3階建て、或いはそれ以上の建物が並ぶさまは、建築技術の高さを思わせる。地面も舗装されている。

 お約束の中世ヨーロッパという雰囲気には乏しい。丸い柱の多用や見事なアーチを描く門など、やはり古代ローマのような面影が窺える。しかし魔法によるものなのか、街灯らしきものが立ち並ぶ。


 市門を入ってすぐは市場になっていて、買い物客でごった返している。町に入ってきた人々も客として捕まえてしまおうという作りなのか。ほかに食事処や宿屋と思われる店もあった。

 ただ人は道路いっぱいに満ち溢れているわけではなく、道の中央は馬車や竜車(翼ないけど竜だよねあれ……?)が通り、端の方を人が通る作りのようだ。車道と歩道だ。

 信号機や横断歩道らしきものまである。


 道ゆく人々はやはり冒険者が多いのか、帯剣は当たり前、鎧を着ている者もいるし、汚れに強い旅装姿もやはり目立つ。

 希生の目を特に引いたのは、獣人と呼べるような人々だった。市外で並んでいたときには、ちょうど自分の周りが普通の人間ばかりで気付かなかった。数は少ないものの、獣の耳や尻尾の生えた人や、二足歩行する獣そのもののような人までがいた。


(ああいうのって魔物の一種なんじゃ……)

(学術的にはそうですねー。人間が魔石で変容したのが大元の魔人種ですよう。でも知性や理性の程度、言葉が通じ相互理解が可能なことから、人類の一種として扱われているんですう。魔人、亜人は差別用語ですよう。注意! 獣人って呼んでね)


 そういった変わった人種もいるが、そもそも人の数自体がとてつもなく多い。人の流れもうねるように大規模かつ乱雑で、希生たち3人は咄嗟に手に手を繋いではぐれるのを防ぎながら、道の端に追いやられていった。


「どうしよう! めっちゃ人多い!」

「ここまでとはちょっと想像してなかったわね……」

「とりあえず魔石換金して、立て替えてもらった分を返したいんだけど……。店どこ」


 途方に暮れる。

 金髪で上背のあるヒューゴ、燃えるような赤毛にローブ姿のベルタ、そして黒髪姫カットボブに和ゴスと天狗下駄の希生。

 三者三様、3人もいて、しかし全員がこの町が初めてなのだ。何とも身動きが取れない。

 雁首を揃えて阿呆のように口を半開きにし、人の流れを眺めていた。


「もし、お三方。お困りではございませんか?」


 と、そこに話しかけてくる者があった。

 20代前半と見える女性。黒いキャソックは脚を露出するスリットが入り、タイツとガーターベルトが見える。腰に剣を下げ盾を背負い、峻厳な山と裾野を戯画化した文様のペンダントを首元に揺らし、明るい灰色髪の頭の上には――犬耳? もともとやや長身だが、犬耳が立っているため更に高く見える。腰の後ろで、同色の尻尾が左右に揺れていた。

 彼女は警戒心を解くようにか、穏やかに笑んでいた。


「わたくしはアギア司祭のロヴィッサ・ユリラウリと申します。お三方はどうやら、ウショブ市は初めてのご様子。どうかわたくしに、この都市をご案内させてはいただけませんか?」

「本当かー! 助かる!」


 猪突猛進のヒューゴがいの一番に食いついた。


「ちょっと、少しは考えなさいよ! あの、嬉しいんですけど、幾らくらい寄付をすれば……」


 ベルタは料金の心配をし、


(アギア司祭ってなに?)


 希生は無思考でアイオーン先生に解説を求めていた。


(大地母神アギアに仕える僧侶ですよう。この辺でいちばん栄えてる信仰ですねー。アギアさまが見てるからみんないい子にしよう! 悪いことしても、ちゃんと謝ればこの大地に生きることを赦してもらえるよ! っていう。ちなみにこの辺で広く使われてる言語がアギア語ってゆーんですけど、これもアギア神に由来するものですう。この大地に生きる者たちの言語って意味で)

(めちゃくちゃ大御所じゃねーか)


 しかしそれだけの勢力なら、なるほど、いろいろな司祭がいるのだろう。

 困っているお上りさんを格安で助けてくれるボランティア精神に満ちた司祭、教義からも違和感はない。


 アイオーンと念話しているうちに、会話は進んでいた。

 ロヴィッサは変わらず穏やかな笑みを浮かべている。


「いえいえ、本当にお金は必要ないのでございますよ。困っている人に親切にする。そうした善行を、アギアさまは評価してくださいます。それに個人的に可愛い女の子とお近付きになれます」


 ん?


「特にそちらの和ゴスのお方。小さいながらもキリリとしていらして、たいそうお可愛らしい。攫いたくなってしまいます」

「アギアさまが見てるんじゃないのかよ! 誘拐は犯罪だよ!?」


 思わず素でツッコミを入れた。


「あとでごめんなさいすれば赦してもらえますから問題ございません」

「問題しかねーよ! ガバガバじゃねーか!」


 身の危険を感じ、ベルタを盾にする。

 すると今度はベルタを標的にして、その手を両手で握ってきた。


「ちょっと!?」

「あら、こちらのお嬢さまもお美しい。情熱的な炎のようなその赤髪。わたくしの恋の炎も燃え上がります!」

「むしろ濃いの炎だよ!」


 とんでもない奴に捕まってしまった。

 唯一被害を受けていないヒューゴは、しかし人込みに疲れているところにある種自分より濃い相手に出会ってしまい、どう対抗すればいいのか分かっていない様子だ。腕を組んでしきりに首を捻っている。

 いや、何か思いついたらしい。アギア司祭ロヴィッサへと、勢いをつけて向き直った。


「そうだ! 質問なんだが!」

「はい、何でございましょう?」

「魔石を買い取ってくれる店を教えてくれ!」

「普通に案内させるのかよ!」


 もう疲れた。

 ロヴィッサはベルタの手を握ったまま、にこやかに応対する。


「それでしたら、こちらでございます。どうぞ。どうぞどうぞ」


 そして手を放さずに案内を始めた。

 ベルタは半ば引き摺られるようだ。

 せっかくなので、ベルタの腰を押して、ロヴィッサに体を密着させておいた。標的はそっちで頼む。


「ちょっとキキ!?」

「わふー!」


 テンションが上がっているらしい。尻尾は千切れんばかりに振られていた。

 しかしこの人込みだ、やはりはぐれないように全員で手を繋いでおくのがいいだろう。

 ベルタの右手はロヴィッサに捕まっているから、せめて左手はヒューゴと繋がせてあげた。希生はヒューゴのもう片手だ。

 どうせ手を繋ぐなら女の子が良かったが、仕方ない。ロヴィッサは子という歳ではないし、なんか怖い。


 人込みをかき分けるコツは、文字通り力ずくで人込みをかき分けることらしい。ロヴィッサは遠慮せずにグイグイ進んでいく。獣人は力が強いのだろうか、当たり負けしない。

 それでいて足が速過ぎることはなく、希生たち3人は無事についていくことができた。

 そうこうしているうちに人の流れが緩やかになり、人の密度も減ってくる。

 市場を出たようだ。


「ウショブ市で魔石を取り扱える店は、市の認可を受けた大きな商会のみでございます。ああいった市場はそれよりも中小規模の商人のための場という色が濃く、魔石取扱い店はそこから少し外れたところに……。はい、こちらでございます」


 と言ってロヴィッサが指し示したのは、2階建てでこぢんまりとした店舗だった。


「大きな商会じゃないのかよ」

「大きな商会の小さな店舗でございます。ウショブ魔境産以外の魔石は、需要も供給も大きくございませんので」


 なるほど。

 確か魔境はウショブの東に存在している。希生たちは南門から入ってきた。魔境産の魔石を扱う大きな店は、都市の東区域に多いのだろう。

 それ以外は小さな店舗で充分ということか。


 先導するロヴィッサ、人込みから抜けたせいか手を解放されたベルタ、よく考えたら上背のあるヒューゴの後ろにいると前が見えないので彼を追い越した希生、ヒューゴ、の順で店に入っていく。


 店内には魔石をすり潰したらしいきらきら輝く粉末や、怪しげな色の液体の瓶詰などが陳列されている。魔石の加工品なのだろうか。そのままの魔石は置かれていなかった。

 愛想のいい顔をした中年の男がにこやかに迎えてくれる。


「おや、いらっしゃい。ロヴィッサさんに案内されるとは災難でしたな」


 やっぱり災難扱いなのか……。

 そしてロヴィッサはよくこういうことをしているようだ。ナンパ目的でのボランティア道案内。この店にもこうしてよく来るのだろう。


「魔石の買い取りをお願いします」


 希生は前に出て、従属異界から魔石を出してカウンターに並べていく。

 緑色で歪な楕円形をしたホブゴブリンの魔石が17個、一回り小さな雑兵ゴブリンの魔石が3つ、赤くてトゲの密度が低いウニか毬栗のような槍鹿の魔石が1個。

 ホブゴブリンのうち山小屋で初めて斃した分、それとマイニオの魔石は想い出に取っておくことにした。いやホブはともかく、人の魔石など出して引かれたら困るからでもあるが。


 店員はルーペを使い鑑定を始めた。


「3人でホブゴブリンをよくこれだけ狩りましたな」

「いえ、ひとりで」

「ほほう……。こちらは槍鹿ですかな。だいぶ成長した個体のような……。こちらもおひとりで?」

「はい」

「……凄いですな」


 凄いらしい。

 ベルタやロヴィッサも感心した声を出しているし、ヒューゴに至っては「流石は同志!」とテンションを上げていた。

 希生の容貌は10代前半の子供だ、歳の割に凄いと思われてしまうのは当然だろう。

 それを差し引いても、槍鹿は普通の戦士が相手にするのはツラいとは思うが。例えばマイニオなら、火炎槍か二段強化か、どちらにせよ魔法の使用は免れまい。


 やがて店員は算盤を使って、鑑定額を弾き出した。


「下級ゴブリンがひとつ10、ホブゴブリンがひとつ50、槍鹿が120。締めて1000ルタでいかがでしょう」


 ロヴィッサを窺うと、穏やかに笑っていた。心配ないと言っているらしい。

 ベルタを振り向いてもこくこくと頷いている。相場通りと見て良さそうだ。

 ヒューゴはまだ同志の戦果を喜んでいた。役に立たない。


 希生としては、とりあえず市門の通行税100ルタをヒューゴに返せればそれでいい。これからの生活費も必要だが、いざとなればまたヒューゴにタカろう。そのときは追々返していけばいいだろう。

 店員は1000ルタとして、500円玉くらいの銀貨を10枚くれた。見知らぬ男の横顔と、何かの花が片面ずつに刻印されている。1枚をヒューゴに渡す。

 手元に残った900ルタが、さてどれくらいの価値なのか。


「はい、これで貸し借りなし」

「確かに返してもらったぞー! しかしキキは凄いな! ホブゴブリンの魔石がどさどさ出てきて驚いたぞ!」

「それはもういいから」


 と、そこでロヴィッサが疑問を呈した。


「お三方は共に旅をしてきたのではないのですか?」

「市門の外で並んでる時に会ったのよ。それをこのバカが強引に仲間にして」

「最強の剣士を目指す同志だ! 運命の出会い!」


 希生はうんうんと頷いた。

 ヒューゴには通行税を立て替えてもらったし、ベルタにはロヴィッサへの盾となってもらった。

 仲間って素晴らしいな!


「そうでしたか。ところで、この後のご予定は?」


 3人は顔を見合わせた。

 宿を取り、魔境の情報を集め、挑む。くらいの大雑把な予定しかない。

 ロヴィッサはそれを察したか、胸の前で手を合わせて穏やかに笑んだ。


「では、まずはご一緒にお食事などいかがでしょう? 美味しいお店をご紹介いたしますよ。親睦を深めましょう」


 名案だ。

 こうしてお金も入ったことだし、この町の物価も学べる。


「わたくしの奢りで」

「!?」

「!?」

「そうかー! 悪いな! よし行こう!」


 なぜこいつはこんなに前向きなんだ。


 ヒューゴとかいう面倒くさい男と仲間になったと思ったら、ロヴィッサとかいう更に面倒くさい女と食事までするハメになってしまった。

 いや、助かるけど。助かってるけど。

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