第21話 これからは俺たちが味方だぞ! 同志よ!
あれからいくつかの村に立ち寄って、ホブゴブリンの魔石を代償に、食料を分けてもらったり宿泊させてもらったりしながら旅をすること数日。希生は冒険者の町に辿り着いた。
正式にはウショブ市というその都市は、高い城壁に囲まれ、中はさぞ発展した都会なのだろうと思われた。
城壁は石や煉瓦ではなく、コンクリートでできているらしく、遠目ながらに継ぎ目が見当たらない。
地球でも古代ローマの時代――1500年以上昔に、現代のそれとは成分が異なるとは言えコンクリートは使われていた。地球の歴史に当て嵌めるなら、この国は古代ローマに当たるのか。それともそういった大帝国が滅んだあともコンクリートが使われ続けた、暗黒ではない中世に当たるのか。
益体のないことを考えながら、市門へと連なる人の列に希生は並んでいた。
入市審査待ちである。
グラジオラス辺境伯領において、このウショブ市は割と大きい方の都市であるらしく、また一攫千金を求めて冒険者になりに来る者、冒険者相手に商売をしようという者が多く集まるため、人の出入りが激しい。
そういったわけで、入市審査待ちの列は長蛇だが、審査する側の仕事が速いのか雑なのか、列の進みも速かった。
さて並び始めたスタート地点はどの辺だったかな、と希生が後ろを振り向くと、列の長さより先に、ちょうど希生の後ろに並んでいた若者のはしゃぐ姿が目に入った。
「うおー! あと少しだ! あと少しで遂にウショブに着くんだなー!」
「さっきからそれ何回目よ……。暑苦しいんだから」
どうやらふたり連れのようだ。
暑苦しい方は、上背のある金髪の男。いや、顔立ちからすると10代後半程度の少年だろうか。動きやすそうな旅装は旅塵に汚れ、身の丈ほどもある大剣を背負っている。安定した立ち姿だ。
もうひとりは少年と同年代らしい少女で、やや小柄な希生よりもいくらか背が高い。燃えるような赤毛と、いかにも魔法使いめいたローブ姿に長い杖を持っているのが特徴的だ。
気にしていなかったが、そういえば並んでいる間じゅうずっと、こうして騒いでいた。
「何回でも喜ぶぞ! 俺の冒険がここから始まるんだからなー!」
「もう分かったって……。あ、ごめんなさいね、うるさくして」
希生が振り向いたのを、少年がうるさいせいだと思ったらしい。
困ったように苦笑しながら謝意を示してきた。
希生自身は10代前半程度の容貌をしているので、丁寧な言葉遣いを心掛ける。
「いえ。賑やかでいいなと思います」
「いいのよ、お世辞なんて。こいつバカなだけだから。ほらあんたも謝って静かにする!」
少女が少年の後頭部に手をやり、無理やり頭を下げさせようとする。
が、少年は巌のようにビクともしない。
「うるさくてすまんなー! 許してくれ! 時にずっと気になっていたんだが、君のような女の子がどうしてひとりで!? もしかしてその若さで冒険者志望なのか!? 危険だぞ!」
謝ってはいるが、静かにする気配が全くない。声の大きい少年だ。
緩やかに進んでいく列の流れに乗りながら、面倒な相手に捕まってしまったな、と希生は思った。
人付き合いは苦手だと、ヤメ村の一件で実感したばかりなのだ。溜息をつきたい。
(希生、ここは逆に考えるんですよう。コミュ力を鍛える機会なのだと! 何事も修行ですよう)
師匠にそう言われては仕方ない。
希生は穏やかに微笑んで友好的な態度を示しながら、静かな声で言った。
「こう見えて、そこそこは腕に自信がありましてね。冒険者の町なら、剣を振るう機会も多くあるでしょう。腕を磨くには持って来いかな、と」
「なるほどそいつはいいなー! 俺も最強の剣士を目指してウショブに来た男! 同じ頂を目指す同志というわけだ! 自己紹介しよう! 俺はヒューゴ! ヒューゴ・ウーシタロだ! イシェイヤーから来た!」
イシェイヤーは確か、この近隣にあるという林業の町の名だ。
近隣とは言え、都市と都市の間には確かな距離が横たわっている。そこを徒歩で来たのなら、旅装の汚れも頷ける。
ヒューゴはぐっと勢いよく握手を求めてきた。
暑苦しい。
が、握手を返さないのは失礼だろう。当たり障りのない対応を心掛けていきたい。
希生は小さな手で、彼の大きな手を軽く握った。剣ダコの感触が心地よい。
「武藤希生です。希生が名前ですので、そちらでお呼びください」
「よろしくなキキー!」
「本当にごめんね、強引で……。あ、あたしはベルタ・オルパナね。このバカとは幼馴染ってところ」
社交辞令としてか、少女――ベルタとも握手する流れになった。
どうせ握るなら女の子の手を握りたいところだ。柔らかさが心地よい。
「にしても、名と姓が逆なのね。外国人なの? 顔立ちや服装もなんかエキゾチックだし。靴も……」
西洋と極東のハーフ顔だからね、この体。
服も和洋折衷の和ゴスだし、天狗下駄だし。
ちなみにマイニオ戦での服のダメージは道中で修繕した。相応の時間はかかるが、自動的に直る魔法の服らしい。
「それが分からないんですよ。いわゆる記憶喪失というやつです。名前は覚えていたんですが……おかげでアテもなく彷徨っています」
異世界だのなんだの正確に説明するのも面倒くさいので、例のカバーストーリーを述べる。
「へえー……そんな物語みたいなこと本当にあるんだ」
「うおー! 苦労してるんだなー! これからは俺たちが味方だぞ! 同志よ!」
完全に同志認定されてしまった。
適当に雑談だけしてさようならするつもりだったのに、このままでは町に入っても同行することになりかねない。
とりあえず感極まって抱き締めようとしてきたヒューゴは、するりと避けておいた。
ベルタが杖でヒューゴをどつく。
「女の子にいきなり襲いかかってんじゃないの! まったく……」
「すまんなー! 許してくれ!」
許してくれと言いながら、ヒューゴは上機嫌そうに笑っていた。
このまま入市するまで、下手をするとその後もこのテンションで話しかけられ続けるのか……と戦々恐々とする希生だったが、ふと見切りの感覚に引っかかるものがあった。
男だ。
審査待ちの列の脇を後方から歩いてきた、チンピラ風のガラの悪い男が、希生の前に割り込もうとしていた。
希生はその瞬間、男の移動先にすっと回り込み、機先を制して男の割り込みを阻止した。
「うおっ!」
男はびっくりして後ずさった。
「何だお前! いきなり人の前に出てくるな!」
「それはこっちの台詞でしょ。列に割り込もうとしてんじゃないよ。ちゃんと後ろに並べ」
列の遥か後方を指さしてやる。
当然、見ていたヒューゴとベルタも頷いていた。
「そうだぞー! みんな並んでるんだからなー!」
「うるせえぞガキどもッ! 舐めてんのかッ!」
むしろ男の方が、こちらを子供だと思って舐めてかかってきたのだろう。
強面の自分が割り込んだとして、泣き寝入りするだろうと高を括って。
それが実際には毅然と割り込みを糾弾されて、男がどう思うかが問題だ。そのまま大人しく引っ込むような人間なら、最初から割り込みなどしないのかもしれない。
男は剣を抜き、
「テメエら舐めてっ――あ?」
セリフを言い終える前に、希生の抜き打ちで剣身を根元から斬り落とされた。
希生は一瞬だけアイオーンを閃かせ、すぐに納刀。周囲で見ていた人間たちの中には、果たしていつの間に剣が抜かれたのか、まるで見えなかった者も多いだろう。
柄と鍔だけになった剣を握った男もそのひとりだ。唖然とした目で、手の中の柄と足元に落ちた剣身とを見比べていた。
「えっ?」
「すごいなキキー!」
「何今の……ぜんぜん見えなかったんだけど……」
ただ、希生にも誤算があった。
男がこれで戦意を喪失することを期待していたのだが、そうはならなかったのだ。
希生は目線や表情、仕草などからある程度の性格を見切れる境地に達しているが、この男を完全に見切るにはあまりにも時間が不足していた。
「う、う、うわあああああ!」
男は半狂乱となり、希生に殴りかかってきた。
とは言え、別段、これを制圧することは容易い。こんなところでこんなつまらない人間を斬るわけにはいかないが、鞭身の術理は無手にも通じる。軽く張り倒してやればよいだろう。
一瞬でそこまで思考して、しかし実行する前に、希生と男の間に割り込んできたものがあった。
「そこまでだ!」
ヒューゴが瞬間的に滑るように踏み込み、男の両肩を掴んで、ぐっと押しやって尻餅をつかせた。
(今の動き……)
(未熟ながらに縮地ですねー)
「並べ! 後ろに!」
「ぐっ……わ、分かった……」
流石に男も観念したらしい。立ち上がって尻を叩き、少し迷ったあと落ちた剣身を拾って、列の後ろにすごすごと歩いていった。
希生は改めてヒューゴを見上げた。確かに安定した立ち姿だとは思っていたが、達人の技術の心得があるとは。
「やりますね、ヒューゴさん」
「おっ流石に分かるかー! 俺の瞬動術が! しかしキキの方が腕前は上にも見えたがな! 悔しい!」
拳を握り地団駄を踏むヒューゴ。
子供みたいな奴だ。
ベルタが呆れた目で見ている。
「恥ずかしいからやめてよ……。にしても、キキって本当に凄いのね。ずっと見てたはずなのに、いつの間にか斬れてたって感じで。て言うかそもそも剣を斬るって……。こりゃひとりで旅するのも納得だわ」
ヒューゴには冷たいが、希生のことは素直に褒めてくれる。
しかし冷たさの裏に親しみがあるのだと、接していて感じられる。
「いや、俺は納得しないぞー! キキ! 俺たちは最強の剣士を目指す同志! 切磋琢磨できるはずだ! そこで! 俺たちとパーティーを組まないか!?」
ヒューゴは、どん、と胸を叩いて自信満々に言った。
断られることを一切想定していない笑顔だった。
「ちょっと……何いきなり勧誘してんのよ」
「人間、ひとりよりふたり! ふたりより3人だろー! いくらキキが強くても、魔境じゃほんのちょっとの油断が命取りと聞く! そんなときに俺たちがいれば!? 俺たちからしたってそうだ! キキがいてくれれば心強い! そうは思わないか!? ベルタ! キキ!」
「それは……そうかもしれないけど」
ベルタは不満そうだ。
仲のいい幼馴染とふたりで冒険者になりに来たら、初っ端から初対面の女と3人パーティーになろうとしているのだ。不満に決まっている。
希生としても、このテンションと四六時中一緒にいるハメになるのは避けたい。
そもそも、自分とアイオーンと敵以外の第三者が絡むと戦いがつまらなくなる、などと、先日に孤高を気取ったばかりである。
しかし思えば、ヤメ村の人々は希生に比べて弱かった。どうあっても守る対象でしかなかった。それが問題だったのだ。
曲りなりにも縮地を使えるヒューゴならば、肩を並べて戦う『仲間』になれるかもしれない。一緒に楽しい戦いができるのかもしれない。
試してみる価値はある。ベルタには悪いが。
「いい考えですね。ヒューゴさん」
「だろー!?」
「いや、えー……いきなり過ぎてついていけないわ……。そりゃキキは頼りになると思うけど……」
ベルタには本当に申し訳ないが、しばらく行動を共にしてみることにした。
人付き合いの苦手さも、これで鍛えられて緩和されるかもしれないし。
「よし! それじゃあキキ! 仲間となったらもう敬語は不要だぞー! ヒューゴ! と力強く呼んでみろ!」
「分かった。よろしく、ヒューゴ」
「力強くはないなー!?」
改めて握手をしながら、彼のテンションの暑苦しさに、やっぱり早まったかなあ、と思う。
「すみません、ベルタさん」
そちらには手刀を切って謝罪のジェスチャー。
「ベルタでいいわよ。あたしだけ仲間外れみたいじゃない! はあ、昔っから言い出したら聞かないんだからこいつ……。仲間になった以上は遠慮なく行くわよ! よろしく、キキ」
「よろしく、ベルタ」
こうしてあまりにもその場の勢いのままに、パーティーは結成されたのだった。




