第18話 強い
希生とマイニオはそれぞれ踏み込んで、剣と剣をぶつけ合った。
両手持ちのアイオーン、片手持ちのサーベル。全身の力を集中する鞭身と、ただの腕力。
それで拮抗するのだから、身体強化魔法とは厄介なものだ。縮地の素早さで先の先を取ろうにも、マイニオは見てから反応して間に合うだけの身体能力を得ている。
「我が手の内に火炎在れ!」
あまつさえ、空いた左手に魔法で火炎を生じた。
肌を焼く熱気。
「火炎よ、槍となり敵を滅ぼせ!」
更に二度、三度と剣戟を交差しながら、呪文が続く。
火炎が呪文の通りに槍の形状へと変ずる。炎が炎であるまま、形を与えられてそれを維持する奇怪。
左手にある炎が槍に変わるということは、それを投げたり振るったりするまでもなく、既に希生は間合いの内にいる。
槍と化す勢いで伸びてくる火炎を、希生はマイニオの右手側へと回り込んでかわした。
そこに右手のサーベルが伸びてくる、鍔元で受け防ぐ。
「ちょっとー! おいー! 人質! 人質がいるんですけどー! なあ聞いてるー? 殺しちゃうぞ。本当だぞ~。おーい」
上半身裸の男がアンヌの首を剣で撫でているが、無視する。
マイニオがバックステップして間合いを取った。
2mにもなる火炎槍を投げつけてくる。縮地で横にズレてかわす。
再び踏み込んできたマイニオのサーベルを払う、胴体が開いた、隙――
(避けてですよう!)
アイオーンが念話で叫んだ。
同時に希生にも見えていた。鏡のように磨き抜かれたアイオーンの刀身が、それこそ鏡のように周囲の光景を映し込んでいる。背後がチラリと見えたのだ。
投げられた火炎槍が、同じ勢いで飛んで戻ってきている。
希生はマイニオの左手側へと斜めに踏み込み、左手へと斬りつけながら火炎槍を回避した。が、剣戟はサーベルに払われて傷を作るには至らない。
火炎槍も目標を誤って術者を貫くということはなく、マイニオの左手に再び握られる。
「ヌフフッ。俺の火炎は体温の形で標的を捕捉追尾する……。逃がさないぜ」
手に持ったままの火炎槍を振るってきた。
それを剣で受け止めることを試し――剣がすり抜けた、止められない、縮地で下がる。掠めた前髪がちりちりと焦げた。
「人質刺すぞー。刺すからなー。ほれっ」
「あっ……ぐっ……!」
上半身裸の男がアンヌの肩を切先で刺し、ぐりぐりと抉っているが、無視する。
「マジで効かねえのかよ人質……」
興味がないのは本当だが、そう思わせるためでもある。
人質は相手にとって価値があって初めて成立するのだ。価値がないなら、効力もない。効力がないなら、人質をそれ以上傷付ける意味もないのだ。
男はアンヌを拘束したままではあるが、剣を下ろしていた。
ひとまず、アンヌはこれでいい。肩を刺されたのは必要経費だ。
「俺の火炎槍をこうまでかわすとは……。強い! 強いなキキ!」
心底から嬉しそうに叫ぶマイニオ。
右手側、槍の間合いの内側に踏み込んだ希生を、サーベルで迎撃しながらのこと。
「俺はなあ~、傭兵だった……。だがある時、とんでもねえ敵に当たっちまってな。逃げ出した……」
更に右手側から後ろの方へと回り込もうとして、槍から逃れながら、サーベルと打ち合っていく。
攻撃線が見えない。いや、挙動線とでも言うべきか、サーベルでの防御に徹する挙動の気配が見える。
下段、彼の視界外を低く狙っても、しっかりと合わせて防御してくる。
「契約違反で追手がかかっちまって、仕方なく盗賊になったんだけどよ。なあ、俺は弱いか? どうだ!」
希生が後ろに回ろうとする動き。
マイニオはそれを正面で捉えようとするのではなく、回転して逆に背中を向けた。火炎槍の石突側による薙ぎ払いが来る。
姿勢低く転がり、辛うじて潜り抜けた。
「お前は強い……。俺も強い。そうだろッ! キキッ!」
立ち上がり、振り返るより先に縮地で斜めに距離を取る。
脇を火炎槍の投擲が通り過ぎて、壁に当たる前に反転して再び希生を狙ってくる。
マイニオが一対一で戦いたがっているからか、巻き添えを恐れてか、手下どもは加勢して来ない。
そしてマイニオも、『そこらじゅうを燃やす』という最も簡単かつ強力な攻撃を使って来ない。
村で聞いた話からは、どうやら自他問わず人に火炎への耐性を付けることができるようだったが、それはあくまでも燃えないというだけで、煙や酸欠はどうしようもないのだろう。
山小屋を燃やせば自滅の危険がある。
それを気にせずに済むよう、マイニオは外で戦いたいはずだ。外に戦場を移したがっている。
右脚を狙って飛んでくる火炎槍を、左側に縮地して辛うじて避ける。
自然なことだが、それはつまり、左側に移動させられたのだ。
戦いの中で目まぐるしく変わる立ち位置と向き、今そうやって移動させられた先は、外への扉に近付く方向だった。
誘導されている。
「ああ……。強いよ!」
戦場が外に移れば、風によって煙は流れ、酸素は運ばれてくる。
そこらじゅうを燃やすという最終手段を、躊躇なく行使してくるだろう。
そうなれば希生に勝ち目はない。死ぬのだ。
焼け死ぬのは非常に苦しいと聞く。怖い。恐ろしい。
だから今生きているのだと、実感する。
だから本気を出して戦えているのだと、歓喜する。
「強い」
いつの間にか、希生は笑っていた。
火炎槍の払いを避けてまた一歩外に近付きながら、また一歩追い詰められながら、震えそうなほど笑っていた。
これが生きているということだ。
ただ心臓が動いて呼吸しているだけではない。
本気を出して、全身全霊で困難に立ち向かっている。
元の世界で空虚に生きていた希生にはなかった感覚だ。
この体になって、剣士になって、今、生きている。
「ヌフフッ! だがそろそろ……終わりが近いようだなあー! 名残惜しいぜッ!」
マイニオが火炎槍での刺突を繰り出してきた。
右に避ければ、サーベルで追撃される。
左に避ければ、刺突を薙ぎ払いに転じて追撃される。
見える攻撃線。下がるよりほかにない。
下がって、扉の開いた玄関を背にして、そこにマイニオが踏み込んでくる。
もう外に逃れるしかない――
マイニオが、つんのめるように大きく体勢を崩した。
「なッ、……!」
人が急に生首を踏んだら、転がるそれの上で踏ん張ることなどできず、転ぶだろう。
山小屋に入って最初に刎ねた男の首は、当然、出入口の近くに落ちていた。
それをさり気なく蹴り転がし、マイニオの踏み込みに合わせて踏ませたのだ。
誘導していたのは希生も同じだ。
希生が外へと追い詰められれば、マイニオは勝利を確信し油断する。気が逸って大振りに踏み込み、慎重でいれば避けられたかもしれない生首を踏む。
そういう挙動線の持ち主だ。これだけ切り結べば、そのくらいの性格は苦もなく見切れる。
それに踏み出した足が下りるまでの間、人は自由には動けない。その機にさえ合わせれば。
マイニオは咄嗟にもう片脚を出して転ぶのは回避したが、その瞬間、どうしようもなく隙だらけだった。
それでも彼には、希生の剣戟を見てから反応して防げる、強化された反射神経がある。
希生は一転して踏み込み、火炎槍とすれ違うように接近、その間合いの内側に潜り込んでいた。
心臓を狙う刺突の所作。
当然、サーベルでそれを払おうとする。
だがアイオーンの刃は突如として弾けるように方向を変え、マイニオの左手を斬り落とした。
腕力での刺突動作を、鞭身による本気の振りで上書きしたのだ。
想定外の動きに、防御も回避も間に合わない。
「ぬぐあッ!」
虚実。
虚の攻撃線で動きを誘導し、生じた隙を実の攻撃で突く。
マイニオの見切りは希生ほど高度ではないため、虚を分かりやすく提示してやる必要があった。そして反射神経を凌駕するために、余裕を奪ってやる必要があった。
そのためにここまで誘導して、流れを作ったのだ。ギリギリだったが。
そして、ここで一気にトドメまで持っていく、と欲張りもしなかった。
人は手足に向けられる攻撃よりも、顔や胴体に向けられる攻撃をこそ強く警戒する。そちらの方が致命になりやすいからだ。顔を狙われて手で庇う、という行為はその典型だろう。
心臓に虚を向け、実で頭部を狙っていたら、それも辛うじて避けられていた可能性がある。相対的に警戒心の低い左腕だからこそ成功したのだ。
(上手くいくもんだね)
(希生とアイオーンですもん。負けないですよう)
もちろん、希生だけでそれを全て考えたわけではない。
戦いながらもアイオーンと念話し、検討した作戦だった。
マイニオの左腕、前腕部分の半ばから先が、握る火炎槍ごと落ちた。
炎が手下の死体や床へと燃え広がる。
「げえーッ! 頭!」
「バカなァ!」
まだ生きている手下たちが驚愕する。
マイニオも愕然としていた。が、こちらは流石に復帰が早い。
続けて胴体に放った薙ぎ払いは、下がって避けられてしまった。浅く掠めてはいたが。
「我が手の上に火炎在れ!」
焦ったように呪文を唱えるマイニオ。
サーベルを握る右手、その手の甲の上に浮くように火炎が生じた。
右手でも魔法は使えるらしい。
「弾けて――ぐッ、」
斬られた左腕が痛むのだろう、今も小さな滝のように血は流れている。
あまつさえ、希生は畳みかけるようにサーベル目掛けて剣を振るった。サーベルを手からもぎ取って跳ね飛ばそうとする衝撃。
サーベルで受けた右手が押されてブレ、その度に火炎も不安定に揺れ、大気に溶けるように薄れて消えていく。
剣を持った手で同時に魔法も十全に使えるのなら、最初から二刀流でもしているはずだ。
右手で剣、左手で魔法、と分担していたのは、そうしないとどちらにも集中し切れず、特に魔法が不安定になるからだ。
最早火炎魔法は封じた。
身体強化魔法はそれでも使えているようだが、片手を失って体重のバランスが崩れ、流血でダメージを受け続けているマイニオの方が不利だ。
火炎槍から引火して、床を炎が燃え広がっていく。
「頭を援護しろーッ!」
手下たちが人質のアンヌを捨て、乱入してきた。
「バカッ、邪魔を……!」
だが割って入ってきた彼らの体が、マイニオの攻撃線を阻害する。
手傷を負ってなお、盗賊団の最強はマイニオなのに、その未だ鋭いサーベルの一撃が希生に届かない。
マイニオは強かった。彼を頼る、或いは彼の存在を笠に着るばかりで、連携の修行などしなかったのだろう。
そもそも盗賊団が修行などするのだろうか。マイニオは元傭兵だそうだが、手下らに同じ雰囲気は感じない。
今さら手下ごときは鎧袖一触だ。
何人でかかって来ようと、それぞれが邪魔になって攻撃線が限定される。攻撃線の空白に身を置くことは容易だった。
そうすれば、あとはひとりにつき一瞬で斬り伏せていくのみだ。斬った。
マイニオが呪文を紡ぐにも足りない時間。
「我が身に火炎の加護ぞ在れ!」
いや、二文の火炎槍ではなく、別の一文の呪文なら足りるのか。
彼から受けるプレッシャーが増大するのを、希生は感じていた。
(身体強化の重ねがけですよう。猛々しく燃え広がる火炎のような力と速さ、僅かな風にもそよぐような鋭敏さ。放出系の技が封じられたから、余った魔力をそっちにぜんぶ回したんですねー)
マイニオは歯を食い縛り、目を血走らせ、サーベルを力強く握り、鬼のように立っていた。
「迷ったぜ……。剣でやるか……剣を仕舞って火炎槍一本で行くか、な。剣で行くよ」
左腕を背に回し、サーベルを縦に構えた。
「オメーが剣士だからだッ! キキィッ!」




