第17話 アンヌ
見張りは気付かれることなく始末した。山小屋へ向かう。
小屋の傍ら、表には荷物の積載された荷車が置かれていた。
作物や干し肉など食料が多く、武器や薬もあり、中身の分からない袋もある。村から奪った財物だろう。
山小屋に近付くにつれ、中から声が聞こえてくる。
男たちの野卑な笑い声、それから、女の悲痛な声。後者は奥の部屋にいるのか、くぐもっていたが、それでも確かに聞こえてきた。
まあ、そういうことをしているのだろう。盗賊団が人を攫ったのだ、売るか、自分たちで『使う』かだ。
死体を見るより、よほど気持ち悪かった。
人を道具にするなど、人のような道具を持っていると、余計にそのおぞましさを感じる。
今は自分も女の身だ、負ければ他人事ではない。それでも死ぬよりはマシだと思うのは恐らく、その二者のうち、自分が死しか経験していないからなのだろう。
窓から見えないように、音を立てないように、慎重に近付く。
思い出す。内部は大部屋がひとつ、小部屋がふたつ。
漏れ聞こえてくる声や音の感じでは、大部屋で大勢が酒盛りをしていて、残りが小部屋の片方で攫われた女たちを組み敷いている。
アイオーンの切れ味ならば、壁を切り取って玄関や窓以外からでも侵入できる。が、壁を切り抜くには最低3回剣を振らねばならない。そこから壁を蹴り抜いて、よっこらせと潜り抜けるのに更に数秒かかる。
その間に異常に気付かれたら奇襲にならない。
結局は玄関から入るのが最も素早く攻撃に移れる。
女たちには悪いが、助けるのは後回しだ。
玄関前に立つ。
扉に鍵はかかっていない。壊れていて鍵がかからないのだ。希生がこの山小屋を使っていたときからそうだった。
かつてこの山が人間の土地だった頃に山小屋は建てられ、後に住み着いたゴブリンが鍵を壊してしまったのだろう。
そういえば初めてこの山小屋で目覚めたとき、空気が血生臭かった記憶がある。
住み着いたゴブリンをアイオーンが斃して、死体を外に捨て、それから結界を張って魂の定着を施術してくれたのだろうか。
たった3日間とは言えアイオーンとふたりで過ごした、想い出のある場所だ。あまり汚いことに使ってほしくはない。
ドアノブに手をかけた。最低限だけを開き、するりと滑り込むように侵入する。
「あ……?」
「んだ?」
一瞬の見切り。
大部屋は縦横が6mずつほど。中央に囲炉裏のような設備があり、鍋に料理が煮えている。
それを囲むように、薄汚い服を着た粗野な男たちが車座となり、手に手に木杯を持ち、口元に傾けていた。9人。
突然入ってきた希生に、呆けたような視線を向けている。
その首を刎ねた。最も近場にいたひとり。
くるくると宙を舞う生首が床に落ちるより早く、縮地の素早さで更にふたり、3人、
「てめえ!」
「殺せ!」
剣を手に立ち上がった男を袈裟に斬り、その体を奥にいた男へ押しやってそいつの動きを止め、死体ごと胸を貫く。
鍋を蹴り飛ばしながら横合いから襲い掛かってきた男を後退してかわし、その動きで刺突から抜いた剣を振るって胸を上下に切り裂く。
「我が身に火炎の加護ぞ在れ」
そこに割って入るように、そう呟きながら振り下ろされたサーベルの一閃を、
(!)
アイオーンを片手持ちにし、左手で刀身の峰を押さえて受け止めた。鞭身の力を左手に誘導し、腕力ではなく全身の力で。重い。
直後、するりと下がって敵の間合いを出る。
生まれて初めて、敵の攻撃を防御した。
「やってくれたじゃねえか」
サーベルの男は、一際体格が大きく、服装が小奇麗で、顎髭も長さを整えてあるように見えた。声は野太い。
彼を中心として、生き残ったあとふたりが左右に散開し、3人で希生を囲む形になる。
奥に続く扉が開き、裸の男が顔を覗かせた。
そいつが叫ぶ。
「げえーッ! どうなってやがんだッ!」
「敵だよ敵」
サーベルの男が、希生から視線を切らずに答えた。
「見りゃ分かんだろ。この強さ……いるって言ってたよなあ~。凄腕の旅の剣士が滞在してるって……今は薬草採取に出てていねえけど、ってな。ヌフフッ、眉唾……苦し紛れの口から出任せだと思ってたが……マジにいたんだな。和ゴスも着てる」
確かに和ゴスを着ているが、『妙な服』だとかではなく、名前がついているらしい。
さて、村を襲撃したときに戦士衆から聞いたのか、攫った女たち――アンヌから聞いたのか。
死屍累々。大部屋にいた9人のうち6人を殺した。残りはサーベルの男と、ショートソードがふたり(チビとデブ)、奥の小部屋には何人がいるのか。
小部屋の男はいったん引っ込んでいった。服を着る音がする。
サーベルの男は、いっそ上機嫌そうに続けた。
「見張りはどうした? いや殺したんだよな、そりゃそうだ。そして奇襲とは言え一気に6人……。俺の剣も防ぐとは。女の、それもガキの身で! 気に入ったぜ」
ショートソードのチビとデブが囲んだまま動かないのは、希生を警戒して近付けずにいるからだ。
ではなぜ希生が、正眼に構えたまま動かず、攻撃を中断しているのか。
サーベルの男だ。
攻撃線は見えている。どう踏み込んで、右手のサーベルをどう振りたいのかは分かる。
分かった上で、その攻撃線の密度が『濃い』。どう動いても捕捉される気配がある。
強い。
「キキっつーんだってな。おい! 俺の仲間になれよ。オメーが殺した人数を補って余りあるぜ」
そしてサーベルの男が追撃しないのは、それを言うためだったようだ。
希生はごくりと喉を鳴らした。
ここで頷けば、自分は殺されずに済む。そういう攻撃線が見える。
断れば分からない。
殺されるかもしれない。死ぬかもしれない。
「それも……ありかもしれない。あんたは強い」
「おお! 強いぜ。このマイニオさまはな。そしてオメーも強い。強者は強者を感じ取れる。だから分かるはずだ。何が賢い選択なのか……」
「ああ……」
死ぬのは恐ろしい。
戦士衆を破ったとは言え、所詮盗賊団だと思っていた。
魔術師だと言うから、かわして懐に飛び込めば片付くと思っていた。
このサーベルの男、マイニオが頭目だ。
剣も魔法も使える人間だったのだ。
死にたくない。
「だから断る」
死んだように生きたくない。
「ほお?」
「本気で立ち向かって、乗り越えたい。それだけの価値がある」
声は震えなかった。
マイニオは顔いっぱいに笑った。
「ますます気に入ったぜえ~。なら! やることはひとつだなァ!?」
マイニオが踏み込み、顔面に刺突を放ってきた。
速い。達人の立ち方でも歩き方でもないのに、人体がこうまでの速度を出せるのか。
縮地、左側にブレるように立ち位置を変え回避、
「おら!」
刺突がすぐさま横薙ぎに変化して追撃してきた。咄嗟に脱力、頭を下げこれも回避する。
掠めた髪が散った。
(身体強化してるですねー。こっちも強化するです?)
(奥の手はまだ取っておきたい……!)
そこにショートソードのデブが斬りかかってくる。
下がりながら互いの剣を交差、敵の剣を押しやり、マイニオの攻撃線に重ねて遮蔽物にする。
マイニオもそれを察したか、太刀筋を変化。剣を上段から下段に変え、切先で掬い上げるように斬りつけてくる。が、構えの変更の分だけ攻撃が遅れ、かわす猶予ができた。
転がる死体に足を取られないように注意しながら、横合いへと回避。
ショートソードの男はもうひとりいる。
反対側にいたそのチビを袈裟に斬りつける――いや、マイニオがアイオーンを払って阻害した。
その隙に迫るショートソード、から逃れて後退。
するとデブが突っ込んできていた。
(ここだ!)
デブの体が邪魔になって、この一瞬、マイニオとチビからの攻撃線が途絶える。
ここで数を減らす。
アイオーンを唐竹に振り下ろすと、デブはショートソードで受け止めようとした。が、腕力のみによるガードでは、鞭身により全身の力を込められた一刀を防ぐには力が不足し過ぎている。
防御の構えを取ったショートソードを相手にめり込ませるようにして、強引に押し切った。自らの剣を額に埋めたデブが、白目を剥いて倒れ込んだ。
「あちゃー。おい、オメーも下がってな。タイマンの方がいい」
マイニオがチビを下がらせた。
チビは不服そうでもあったが、同時に安堵もしている様子だった。
希生ひとりで既に7人を殺したのだ、当然だろう。
それでも自信を崩さないマイニオが強いだけで、部下は普通の人間のようだ。
「さあ、ここからが本番――」
「そこまでだ!」
奥の小部屋から上半身裸の男が出てきた。下だけ服を着たらしい。
彼はもうひとり、少女を連れていた。腕で抱え込み、無理やり引き摺る形で。
着衣は乱れ、体は汚れ、少しそばかすのある顔は暗く淀んでいた。
アンヌだった。
「こいつを殺されたくなきゃ、剣を置きな!」
上半身裸の男は、アンヌの首に剣を突きつけてきた。
更に小部屋からふたりの男が出てきて、ニヤニヤと笑いながらアンヌを剣先でつつく。
「オメーらなあ……これからってところで……」
マイニオはつまらなそうだ。
「そうは言うがよ、頭。何事も慎重にやるべきだぜ。頭はまあ戦っても勝つだろうが、怪我はするかもしれねえ。そりゃ困る。じゃあ人質だろ。俺たちゃルール無用の盗賊団だぜ」
「こんなガキに、このマイニオさまが傷を受けると思うのか?」
「既に、1、2、3――7人もやられてんじゃねえか! アホみたいにつえーガキだよ! 俺は怖いね。慎重にやりたい。おら! 早く剣を捨てんだよ!」
上半身裸が、アンヌに突きつけた剣をこれ見よがしに揺らした。
剣身の腹がひたひたと首に触れる度、アンヌは虚ろな目で涙を流して震えた。
「アンヌ」
「……キキさん」
か細い声だった。
「喋ってねーで、だから早く剣を捨てろって! こいつがどうなってもいいのか? アンヌっつったっけか、お前もほら、あいつに命乞いをしろよ。ヘヘヘッ」
「キキさん……」
アンヌと目が合った。
底のない暗黒の孔のような目だ。
こんな目をする子ではなかった。
「――キキさんのせいだ」
「あん……?」
「キキさんが、ゴブリンをやっつけたから……! こいつらが……! ママだって呪われて! 薬草も戦士衆に任せてれば、村が襲われたときも……!」
「おい、そうじゃない、命乞いを……」
アンヌに上半身裸の男の声は、ろくに届いていないようだった。
「キキさんのせいで、あたし、こんな……! こんな……!」
血を吐くような声だった。
マイニオが頭を掻きながら言う。
「まあ、確かにな。俺たちはこの山をもともと迂回する予定だった。ゴブリンが出てめんどくせえからな……。だが試しにと来てみりゃあ、生きてるゴブリンがいねえじゃねえか! キキ、オメーが中心になって間引いたんだってな。おかげで山越えが楽だったし、麓の村でちょうど補給もできたぜ。代わりに手下クッソ死んだけど今」
「そうだよ……。キキさんさえ……あんたさえ……!」
希生さえいなければ、と、それを本気で言っているのだろうか。
わざと嫌われるような言葉を放つことで、自分のことはいいから盗賊団を斃してほしい、そういう意図ではないのか?
違う。本気だ。分かる。
アンヌの攻撃線が見える。重心の傾き、正中線の歪み、呼吸、目線、手足の挙動。
今もし自由になれば、彼女は希生に掴みかかって噛み付いてくる。
アンヌは希生の戦いを一度も見たことがない。
希生が戦っているという実感がないのだ。
誰を助けようと戦い、何を為してきたのかという実感が。
希生は正義の味方でも救世主でも何でもない。それでも、できる範囲で人助けをしてきた。
戦士長に依頼され、ゴブリンの間引きを手伝った。ホブゴブリンを余裕を持って抱えられる希生がいたから、この山域のゴブリンを一掃できた。つまらない戦いだった。
アンヌの母のために薬草だって採りに行った。間の悪いことに、迷い込んだ槍鹿が薬草を守っていた。戦士衆ではあれを突破して薬草を採るのは無理だったろう。楽しくない殺しだった。
今も、村人を巻き込まないために単身で戦いに来ていた。ひとりで戦いたいからでもあった。アンヌが人質にされるまでは、緊張感があって楽しかった。
ほかに楽しかった戦いは、アンヌを助けたときのホブゴブリン戦くらいだ。あれは10秒足らずで終わったから――あまりにも濃密な10秒足らずだった――人質に取られる暇もなかった。
希生にとって望ましい戦いは、自分がひとりで戦うことなのだ。いや、アイオーンとふたりでと言うべきか?
『自分たち』と『敵』以外の第三者が絡むと、途端につまらなくなる。
それを今、アンヌが、重く実感させてくれた。
盗賊団に攫われ、慰み者にされて、とても可哀想だと思う。
希生のせいだと、そう思いたくなるのも仕方ない。
だが悪いのは確実に盗賊団だし、曲りなりにも村を、アンヌらを助けようとしている希生に、そう言うのか。
「アンヌ」
「……」
「薬草は呪医に渡したよ」
アンヌは希生に憧れていると、ハリーは言っていた。事実だろう。
その憧れに応える義務はないし、まず彼女にそこまでの興味がない。
アイオーンと敵。それだけがいれば、わたしには充分だ。
「マイニオ」
「おう」
ここからが本番だ。
剣を捨てる理由なし。




