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艶街(いろまち) 後編

  夜の城内、本来なら動く者は少ない時間。しかし今は忠園が徘徊するという事があり、警備の者が増やされ、動く影が普段よりも多い。そんな城内の様子とは別に、忠園の寝室は静まり返っていた。

 「溜めておるかえ」

熟睡している忠園の枕元で艶めかしい声がした。熟睡していたはずの忠園の目が素早く開く。

 「我慢できておるかえ」

 「で、出来ている」

艶街で出会った少女が、忠園の顔を覗き込むように妖艶な顔を近づけている。

少女と呼ぶには相応しくない、豊満な身体と色気。しかし何処か幼さを感じさせ、少女と呼んでしまう。

美しい顔から吐かれる甘い吐息が、忠園の顔に絡みつく。

 「今すぐ其方を抱きたい」

 「フフフフ・・・  まだじゃ」

 「何故?」

 「わらわを抱きたければ、清吉と一緒にわらわの所へ来い」

 「清吉?」

 「めのう細工師の清吉じゃ」

 「清吉を連れて行けば、直ぐに抱かしてくれるのか?」

 「一番に抱かせてやろう。 フフフ」

少女が妖艶な笑みで、甘い吐息を絡ませてくる。もう忠園はその場で逝ってしまいそうなのをこらえた。

 「待っておるぞえ」

少女の姿が消えていた。忠園は夢でも見ていたかのように茫然とし、ゆっくりと身体を起こした。

甘い吐息の香りが余韻となり、忠園の心を縛る。

 「早く抱きたい・・・     せ、清吉、清吉だ」

余韻に浸っていた忠園は少女の言葉を思い出し、夜が明けきれぬ内に側近を呼び出した。

忠園の寝室には、まだ甘い香りがほのかに漂っていた。



 「清吉さんは何処へ連れていかれたのですかな?」

城内に連れて来られた光圀達は、清吉と離され違う所へと案内されていた。

 「清吉は病人故に別室に寝かしておる」

 「病人ですから私達がついていかねばならないのでは?」

城内に入り、役人が増えたせいか、角の睨みに怯えていた役人の態度が押柄な物になってきていた。

 「お前達の部屋はこっちだ」

役人は地下へつづく階段を指さした。

 「この城には地下に部屋があるのですかな?」

 「あるぞ、貴様たちに似合いの牢獄という部屋がな」

 「私達は罪を犯していませんが?」

役人が暗に光圀達を捕らえて、牢に入れると言っているのに、光圀はとぼけたような口調で応える。

 「お前達のような医者等、この城下で見たことも聞いたこともないわ! 者ども、こ奴らを捕らえよ!よ」

わらわらと役人達が出てきて、光圀達を取り囲む。その背後に家老の山江康之右の姿もあった。 

 「ご家老!」

 「うむ、清吉について来た怪しい輩だな」

 「はい」

 「我が藩の内情を探りに来た間者かもしれぬ、早く捕らえよ」

山江は、殿の様子がおかしい事を聞きつけた幕府の者が、探りに来たものと思い、わざわざ出向いて来たようだ。

 「いきなりな態度ですね。助さん、角さん、懲らしめてあげなさい」

 「何を言っておる、懲らしめられるのはお主らの方だ!」

役人が周りの役人達に捕らえるよう号令を出した。次々と光圀達に襲いかかる。

最初に長棒で捕らえようとしていた役人達は、角と助に倒されてていく。それを見ていた他の者が、強敵と悟り、刀を抜き身にし襲いかかってきた。その真剣を掻い潜り、次々と当身を食らわす角、峰内で相手を倒していく助。自分の所に来た役人を杖で翻弄する光圀。誰も光圀達に傷一つつけられない。

 「もう良いでしょう。助さん、角さん」

光圀の合図で、角が大きい身体で周りを威嚇する。

 「静まれ!  静まれ!」

角の威嚇で怯んだ役人達が、助の声を聞いて攻撃の手を辞めた。

 「この紋所が目にはいらぬか!」

角と助が光圀の左右に立ち、周りに睨みを利かす。

 「ここにおあすお方を何方と心得る。さきの副将軍、水戸光圀公にあらせらるぞ!」

 「皆の者、、ご老公の御前である、頭が高い。控えおろう!」

役人達が顔色を変え、その場でひざまずく。山江も慌てて光圀の前に飛び出し、その場で跪いた。

 「其方が家老か」

 「はっ 山江康之右と申しまする。ご老公様とは存ぜず、無礼の数々、誠に申し訳ございません」

地面に顔を伏したままだが、冷や汗で一杯な状況にいるのは誰にでも分かる感じだ。

 「山江よ、行き成りの拘束は良くないのう」

 「申し訳ありませぬ」

更に頭を地面に擦り付けるように謝罪する山江。

 「もう良い、山江よ顔を挙げよ。私は忍びの旅じゃ」

 「はっ」

 「それよりも、忠園殿の容態じゃ」

 「やはり気付かれておられましたか」

 「この一件、水戸藩の領分じゃ」

 「・・・・ と言われますと」

 「妖が絡んでおる」

青ざめていた山江の顔色が更に青くなった。



 「ご老公様、妖とは?」

城の一室の設けられた部屋で、光圀達は待機することになった。

清吉を連れて来るように命じた忠園は、そのまま眠りに就いてしまい、まだ目覚める気配がない。

眠り続ける清吉も、忠園の隣の部屋に寝かされている。

山江から、忠園の様子を聞く光圀。正妻はもちろん、側室も抱こうとせず、夜に「もうすぐ」と徘徊する忠園。清吉とよく似た症状だ。

 「妖とは、恐らくは妖狐」

 「妖狐! 何故妖狐が殿を?」

 「恐らく、狐のよみ入りです」

 「狐の嫁入り?」

 「いえ、嫁ではなく、黄泉です」

光圀は狐の黄泉入りについて説明する前に、狐について説明する。

 「狐だけが、お稲荷様のように神の域に達しています」

 「はい」

狐と同じように人を騙すと言われる狸は、妖怪化しても化け狸と称され、崇められる対称になっても小さな範囲。犬神様も確かに存在するが、お稲荷様のような全国的な信仰はない。しかし狐はお稲荷様は勿論、大陸にまで名が轟く九尾狐と言われる神獣まで存在する。

 「それは、狐が黄泉入りするからと言われております」

 「黄泉入り・・・」

皆、神妙な面持ちで顔を見合せる。

 「妖狐化している狐は、黄泉入りして、また現世に帰ってくると言われているのです」

光圀も古文書からの知識で、確かめた事がない。遭遇するのも今回が初めてかもしれない。

 「妖狐が黄泉に行き、現世に戻る為に大量の精が必要とされるらしいです」

 「何故、黄泉に行くのですか?」

 「定かではありませんが、霊力、妖力を高める為」

輪廻転生で現世に蘇っても、前の記憶はなく生前の霊力があるかどうか分からない。もしかしたら霊力は消えているかもしれない。狐の黄泉入りで現世に帰ってくると、記憶はそのままで、霊力はかなり増強されている。いわゆる、あの世で修行して、現世に蘇るという事だ。

 「妖狐は艶街に罠をはり、精を集めているのでしょう」

 「その対称に殿が・・・」

戻りかけていた山江の顔色が、また青ざめていく。そんな山江に部下がさらに青ざめる事を言い出した。

 「ご家老、最近艶街付近で発見される遺体ですが、全て睾丸が無くなっておりました」 

 「睾丸が・・・   殿の睾丸が無くなれば、後継ぎの問題が・・・」

青ざめ項垂れる山江。そんな山江に光圀は笑みを見せる。安心できる笑みだ。

 「山江よ、今回のような事の為に水戸家があるのじゃ」

 「はっ!」

山江は縋るように光圀を見た。

 「睾丸の無い遺体は、今まで何件ですか?」

 「はっ、十は下らないかと」

 「そうですか、そろそろですかね」

 「何が、そろそろですか?」

 「狐の黄泉入りです」

光圀の顔から笑みが消え、これからの思案を巡らせる。

小濱藩の後継ぎ問題を起こさない為、腕の良いめのう細工職人を救う為。いや、それ以前に、この世に害を及ぼす妖狐に、さらに力をつけるであろう黄泉入りをさせてはならない。

光圀は立ち上がり廊下に出て、窓の外を見る。

夕日が沈みかけ、雲が少ない事が確認できる。しかし光圀の思いを嘲笑うかのように、雨の雫が老人の頬を打ちつけた。



 月が夜の城を照らす。月からの光を受けた星々も、煌めくように夜空を覆う。

清吉が捕らえられた日から、夜の城内を見回る者の数を、光圀の指示で減らしている。眠りに就いている忠園の指示で、清吉が捕らえられたと聞いた光圀は、二人の精を同時に奪う為に妖狐が忠園に清吉をとらえるように指示をしたものと推測した。だとすると、事が動くのは近いはずだ。

光圀は昼間の内に、近くにあるお稲荷様を祀る神社に参拝していた。稲荷神社はなくとも、本尊とは別に境内の一角にお稲荷様の祠を設けている神社は少なくない。それだけ日本中に信仰されている神なのだ。

 「お稲荷様に退治をお願いするのですか?」

と山江は不思議そうな顔をしたが、光圀は違うと返事をした。

 「神には本来、願い事を言うのではなく、誓い事を言うのですよ。誓いをたてると言うやつです」

 「はぁ・・?」

 「妖狐を倒すと誓ってきました」

山江は光圀が自分を鼓舞するために誓いをたてたのだと考えた。それだけ妖狐は強いのだろう。いや、強さが測れないのかもしれない。今回の妖狐が何度の黄泉入りを果たしてきたかで、妖狐のランクが変わってくる。一説では増えている尾の数だけ、黄泉入りを行っていると言われている。九尾の狐は九回黄泉入りをを果たしている事になる。これに近い数の黄泉入りを果たした狐だったら、神獣の域に達する。人間では歯が立たないだろう。

 「殿が外へと向かっております」

夜の闇が深くなる頃、見張りに立っていた部下から連絡が入った。

 「清吉も部屋を出ました」

続いて連絡が入る。使いの狐を倒され、用心していた妖狐が動きだしたのだ。光圀はいつの間にか鎮座していた黒猫に頷いた。

 「山江よ、二人をこのまま妖狐の所へ行かせます」

 「へっ!  それは危険では?」

城へ忠園を攫いに来た妖狐を、退治するものと思っていた山江は慌てて光圀を見た。

 「妖狐は賢いあやかしです。大狐を倒した我々に用心しています。恐らく自分の結界内で勝負しようとするでしょう」

 「だったら尚更、殿をそのような場所に行かすのは」

 「忠園殿と清吉が入った屋敷は妖狐の結界内にあります。普通では場所もわからない。二人に案内してもらうのです」

 「案内ですか?」

 「案内というよりも、誘い込まれると言うほうが適切かもしれませんね」

山江は光圀の言葉に不安を覚えた。




 小さな雨粒が月夜に映る。そんな中を忠園と清吉が少しの間隔を開けて夜道を歩いく。その先に提灯を持った老婆がいる。

二人が老婆に追いつくと、老婆は誘導するようにゆっくりと歩きだした。その後を光圀と助三郎、そして山江が続く。角之進は町で見張りに出ているので、此処にはいない。

 「どこへ向かうのでしょう。艶街とは方向が違いますが」

 「妖狐の所か、あるいは・・」

山江の問いに助が応える。光圀は黙々と二人の後を追う。

町から離れた山に続く道で老婆が足を止めた。老婆は忠園達の後方、光圀達を遠目で見て嫌らしい笑みを浮かべ、火のついている提灯を放り出した

    ギャワーーーーン!!!

吠えた老婆の口が裂け、鼻がせり出してくる。老婆の顔が獣へと変貌していく。地べたで燃える提灯に照らされながら、老婆が大狐へと変貌していった。

雨粒が提灯の火を消し、月明かりだけが地上を照らす。

助が忠園達の前に出て、妖刀暁宗を抜いた。 大狐は助を威嚇しながら距離を取る。光圀は山江を庇うように立っている。

月が出ているが、先程よりも大きな雨粒が助の顔を濡した。

    グォーーーー

大狐が助に飛び掛かった。雨粒で視界が良くないと察しての攻撃だ。しかし助は雨粒が顔を叩こうとも目を閉じる事はない。向かってくる大狐に上段から暁宗を振り下ろした。

    ギャオーーーーン!!!          ビシューーーー  

大狐の雄たけびと共に鮮血と雨粒が地上を濡らす。

      ブス!

助は瀕死の大狐の頭に暁宗を突き刺した。

霧のような靄が暁宗の鍔に吸い込まれてていく。

 「す、助三郎殿。終わったのですか?」

 「いや、こいつは使いの狐ですよ」

鞘に暁宗を入れながら、助は雨に溶けるように消えていく大狐を見た。

 「えっ これが妖狐ではないのですか」

 「ええ。こちらはご老公が睨んだ通り囮でしたね」

助の言葉に山江が光圀を見た。光圀は何も言わず雨の中に立っている。

 「御老公様?」

光圀の身体がぼやけ、幻影のように消えていく。

    ヒィッ!

山江が消えゆく光圀から離れ、腰を抜かしそうになった。

 「ハハ、大丈夫ですよ」

助が白い歯を見せ、山江の方を向いた。

 「これは式です。本物の御老公は艶街で黄泉入りをを阻止しているでしょう」

助三郎は、止まない雨を受けながら、鋭い視線を町の方に向けた。




 「ご隠居の睨んだ通りです」

月光の下、角之進の大きな影を雨粒が叩く。彼は光圀の命で艶街付近を見張っていた。

艶街へと続く道を、老婆に導かれながら三人の男がフラフラと、艶街から外れた川へと向かっている。

遠く河川側に、霧のようなものが漂い、時折月光を反射させ幻想的な様を魅せている。

 「このまま後に続いて行きますか?」

 「いや、ここは弥晴に任せましょう」

普通に後から続いても、妖狐の張った結界には入れないだろ。光圀はそう考え、弥晴に任せる案を出す。

霊的な式なら結界に入れるだろう。そこで妖狐に察知されても、弥晴なら結界の入り口をあけられると光圀は考えている。

三人の男達がフラフラと、提灯の灯りに導かれるように、霧の中へと姿を消していく。その後ろを、黒猫が躊躇なくついていき姿を消した。

霧が風に攫われながら薄くなる。光圀は霧が晴れる前に河川に立ち印を結ぶ。

 「オン・アミりティ・ウン・パッタ!」

煩悩をも役にたつものに変えると言われる軍荼利明王のマントラを唱え、霧を利用して結界内へと侵入する。薄い霧が、光圀と角之進を包んでいく。やがて霧が晴れ、光圀達の前に屋敷が見えた。

屋敷の庭に数体の黒猫の死骸が横たわっている。

    グニャー!!!      ギャオーーーン!!!

大狐と数匹の黒猫が対峙して、お互いを威嚇し合っていた。

弥晴が数体の式を操り、光圀達が結界内に入りやすいように大狐と闘っていたのだ。

大狐の背後に黒い靄が数体浮かび、大狐へと変化していく。どうやら大狐は、妖狐に召喚される眷属のようなもので、次々と召喚が可能のようだ。今は全部で三体の大狐が光圀達の前にいる。

角が大狐と黒猫の間に入り、黒猫へと視線を向け頷いた。恐らく屋敷にいる妖狐とは呪術での闘いになるだろう。そしたら角はその闘いには不向き、大狐となら物理攻撃で戦える。角はそう判断したのだ。

光圀も角の意図を理解し、黒猫達を率いて屋敷の方へと進んで行った。

一匹の大狐が光圀の背後に向かい、跳躍しようと動きだす。角はその大狐の胴に両腕をまわし、ブレーンバスターの技で脳天を地面に叩きつけた。残った二匹の大狐が、角を挟むように対峙する。

角は前後の大狐に睨みをきかせ、口角が上げた。



 光圀が屋敷の門をくぐると、突然大狐が襲いかかってきた。

予期していた事態なのだろう、白髪の老人は用意していた葵退魔銃を放ち、大狐を打ち抜く。

撃たれた大狐は霧化するように、黒い靄になり霧散していく。

屋敷の庭に半獣人化している五人の老婆達が現れる。一人の老婆に黒猫が三匹襲い掛かり、黒い靄に変えていく。光圀も葵退魔銃を放ち、次々と老婆達を始末していく。

屋敷に入ると同時に、大狐が襲ってきた。これも予測できたのだろう、慌てずに葵退魔銃で打ち抜いていく。しかし光圀の表情が徐々に険しくなっていく。

これだけ、次々と大狐を召喚できる妖狐とは、どれだけの妖力を持っているのか。どれだけの黄泉入りを果たした妖狐なのか。今の自分の術で倒せるのか。不安が頭をぎる。

しかし、絶対に倒さねばならない相手、この歳になっても対峙した事のない妖は沢山いる。退魔業は新しい妖、文献でしか知らない妖と対峙する事が多い。その都度その都度、会得した術で対処していくしかないのだ。

廊下の奥、最奥の部屋の前に光圀は辿りついた。足元には四匹の黒猫がいる。

ここに辿りつくまで、何匹の黒猫が倒され、何発の葵退魔銃の弾を消費したか分からない。呪詛を込めた弾は呪術者しか作れないので限りがある。弾の消費を減らすため、庭の大狐を角に任せたのだが、屋敷内でもかなりの弾を消化してしまった。妖狐と対峙した時の対応が絞られてしまう。

光圀は自分が持つ呪術を頭に浮かべながら、最奥の間の襖を一気に開けた。

      ダン・・・

本来なら襖の開く音が部屋の中に響くはずだが、音は部屋の中に吸い込まれるように消えていく。

部屋の中は暗く、青白い蝋燭の火が部屋の中を薄く灯していた。

三人の男が裸で仰向けに寝かされ、一人の男の上に裸の少女が乗っている。少女は腰を振りながら男の顔を撫でていた。少女は腰の動きを止める事なく、ゆっくりと光圀の方へと振り返り、妖艶な笑みを魅せた。

光圀の背に戦慄が走る。少女が魅せた笑みではなく、あれだけの眷属を放ちながら、黄泉入りの儀式を行っている妖力の強さにだ。 

     シュッ!

光圀が間髪を入れずに、葵退魔銃を放った。妖狐は男の上から跳びのくと、綺麗な顔には似合わない四つん這いとなり光圀を睨んだ。

少女の左右から黒猫が攻撃を仕掛ける。

      ギュコーーーーーーン!!

少女が少女らしからぬ声で叫んだ。黒猫は少女の手前で見えない壁に当たったかのようにはじき飛ばされ、畳の上へと降り立つ。残りの二匹が頭上から攻撃を仕掛けたが、同じようにはじかれた。

少女が光圀へと飛び掛かる、光圀は素早く横へと逃げた。光圀が態勢を直す隙に、少女が寝ている男の股間に顔を埋め、陰嚢から睾丸を一瞬で吸い出した。他の男達を見ると、すでに睾丸が無くなっている男が一人、もう一人はまだ吸われていないようだ。恐らく、最後の一人の睾丸を吸えば、黄泉入りを果たすだけの精を得られるのだろう。なんとしても阻止しなければならない。

 「オン・バサラダト・バン」

光圀が智拳印を結び、少女の動きを塞ぎにかかる。

      グゥ   グゥ   グゥ

少女が苦しそうに唸り、動きを止めた。

以前、宇迦之御魂大神に挑んだ時の術だが、その時は密法がお稲荷様の守護にあったため術は効かなかった、だが妖狐に対しては効果がありそうだ。

少女の顔が苦痛に歪み、鼻が前にせり出し、口が裂けていく。

    ギュ ギュ  コーーーーーーン!!!

呻きながら少女が叫んだ。しかし、もう少女と呼べる姿ではない。銀色に毛を纏う大きな狐へと変貌していく。狐の尾の数は四つあり、銀の毛が淡く光に包まれている。妖狐というよりも神獣に近いかもしれない。

 「オン・バサラダト・バン」

光圀が再び智拳印を強く結び、妖狐の動きを止めようと近づいていく。その額に汗が浮かんでいる。息づかいも荒くなり、かなりの体力を消耗しているのがわかる。

     ガゴーーーーーーン!!

妖狐吠えた。

強い向かい風を受けたように光圀の身体が後方に下げられる。白い曲げも乱れ、着物が裂けた。

智拳印を結んでいなかったら、後方の壁に強く打ちつけられていただろう。

 「オン・バサラダト・ダン   オン・バサラダト・ダン  オン・バサラダト・ダン」

マントラを繰り返し、智拳印を結びながら、光圀が再び妖狐に挑む。

 「オン・マユラ・キランディ・ソワカ」

光圀が智拳印を解き、孔雀明王呪を唱えた。妖狐が一瞬だけ金縛りのように動けなくなる。しかし妖狐のの妖力なら、直ぐに孔雀明王の束縛からも逃れられるだろう。

       ザッ!    ガシッ

大きな影が突然部屋へと入って来て、妖狐を背後から捕まえた   角之進だ!

角は妖狐の大きな身体を、自分の太い腕で抱きかかえた。渾身の力を込めているのだろう、腕の筋肉が膨れ微かに震えている。 

角の着物はボロボロで、身体のあちこちに傷が見える。倒しても、倒しても、次々と現れる大狐を死闘を繰り広げていたのだろう。

光圀は素早く懐から呪符を取り出し、四方へと放った。呪符が舞うその先に、黒猫がいる。

それぞれの黒猫の頭に呪符が舞い降り貼り付いた。

 「オン・ソンバ・二ソンバ・ウン・バサラ・ウン・バッタ」

 「オン・アミりティ・ウン・バッタ」

 「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ」

 「オン・バサラヤキシャ・ウン」

四方の猫から、降三世明王呪、軍荼利明王呪、大威徳明王呪、金剛夜叉明王呪が唱えられた。

角の腕に縛られながら、妖狐が身体をくねらせ暴れる。角は歯を食いしばり、妖狐を抱く腕の力を強め、自分も動かないように、脚にも力をこめた。

 「ナウマク・サマンダバザラダン・カン」

光圀が不動明王呪を唱え、刀を上段に構えるよな姿勢で、妖狐の前に立った。しかし刀を実際に掴んでいるわけではない。  

 「ナウマク・サマンダバサラダン・カン」

もう一度、不動明王呪を唱え、一気に振り下ろした。刀は無いが、刀身の部分に青とオレンジ色の光が見え、光圀の動きと共に振り下ろされた。光圀が会得している退魔術、五大明王豪炎呪だ。不動明王が持つ宝剣が妖狐を切った。

白髪の老人は、身体を起こすと大きく息を吐いた。




角が腕の力を抜き、妖狐を地面に放り投げる。

    グゥーーー

妖狐はまだ唸り声をあげ、二人を威嚇している。しかし身体は動かないようだ。立つ事なく、光圀を睨みつけていた。その目から精気が消える事はない。

風が光圀の髭を揺らす。屋敷が消え、河川敷に光圀と角之進、そして妖狐がいた。

妖力で作られていた幻影が解けたのだろう。川の音が月明かりの中で静かに流れている。しかし、雨粒が老人の頬を濡らす事は無い。

光圀は懐から葵退魔銃を取り出し、妖狐へと向けた。

不動明王の宝剣でも殺せない妖だ、この銃でとどめをさせるか確証はない。しかし今殺さなければ必ず妖力を取り戻し、黄泉入りを果たした後、この世に災いを振りまくだろう。

    キーーーーーーン!

突然川の音が消え、月明かりも無くなり、真の闇に包まれた。 

  ボッ   ボッ    ボッ

青白い炎が次々と闇に浮かぶ。

    カーーーーーーン!   カーーーーーン!

闇の中で異音が響く。

天から等間隔で、螺旋を描くように、小さな赤い鳥居が次々と降りてきた。

鳥居は天から続くように、妖狐の元へと連なっていく。 

 「迎えに来てくれたようですね」

光圀はホットしたように呟いた。

 「迎えにですか?」

角は現れた鳥居が、妖狐の仕業と思い、身構えていた。

   カーーーン   カーーーーン   カーーーーン

       キーーーーーーーーーーーーン!

青白い炎の中、耳鳴りのような音が響いた後、川の音が耳に入り、炎が消え再び闇が支配していた。 

月明りの河川敷、老人と大男が立っている。しかし妖狐の姿は消えている。

 「神獣を扱えるのは神のみです・・・」

誰に言うではなく呟いた光圀の言葉を、川の流れる音が静かに運んでいった。




























 






   
























































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