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案山子

 城の庭で炎が揺らぐ。

煙が上がり、三人の僧が奏でるお経が城中にも響く。

真ん中で読経するする僧が、文字が書かれた木札を護摩壇にくべる。

周りには、数人の侍達が、神妙な面持ちで祈祷を見守っている。

昨年末から、城内の重役たちが病に臥したり、害に見舞われたりと災難が続いていた。

中でも藩主とその嫡子と認められていた、正妻の子供が原因不明の病で、床に臥せたきりとなってしまった。

このままでは世継ぎの争いが起こる懸念もあり、年末に向けての行事を取りやめ、城を挙げての祈祷、厄払いに至ったのだ。

僧が再び、木札を護摩壇へと投げ入れた。炎が舞い、火の粉が上がる。

読経の声が大きくなり、僅かに吹く北風の中、僧達の額に玉のような汗が浮かぶ。

    ぐわっ!

脇で読経を唱えていた僧が、胸を押さえながら、突然倒れた。

     うっ!

もう一人の僧も、口から泡を吹き、悶絶しながら倒れ込んだ。

真ん中にいた僧は、異変を感じながらも経を読む声を強め、木札を火の中へ入れ印を結ぶ。

印に呼応するかのように、護摩壇の火が高く昇る。

     喝!

僧は険しい表情で、炎を見上げた。

炎が更に勢いを増す中、僧の表情も険しさを増す。

そう、これは呪術での闘いが始まっているのだ。

僧の印を紡ぐ指が早くなる。それに伴い、火柱が上がる。

    ゴォーーー

火柱が更に大きくなり、柱から人型へと変貌していく。

    ギャーーー

人型となった炎が、剣を振るうかのように僧侶の頭上へと腕をふりおろした。

炎は螺旋を描きながら、僧を包み込むように燃え上がる。

火の粉が上がり、僧の姿が一瞬で見えなくなった。

護摩壇の火が、くすぶるように風に揺れる。

事態を見ていた侍達は、声を出す事も出来ず、かつて僧であった燃えカスを見つめていた。




 「ご隠居、この村を抜ければ町までは直ぐのようです」

村人と言葉を交わしていた粋な男、佐々木助三郎が白髪の老人へと歩み寄って行く。

 「予定よりも早く着きそうですね」

大きな男、渥美角之進が曇りがちな空を見て、白い歯を見せた。

 「雨に降られる前に宿をとれそうですね」

白髪の老人、水戸光圀が田んぼを見ながら、少し訝しい顔をした。

 「ご隠居、どうかされましたか?」

 「いえいえ、ここの田んぼに男衆の姿が見えませんな」

光圀の言葉に二人が、収穫の終わった田畑を見回す。確かに男の姿が見えない。女と子供達が追われるように田畑の片付けをしている。

 「言われてみれば、そうですね」

 「それに、案山子かかしの数が多いようにおもわれます」

 「確かに・・・・ 野鳥の類が多いのかもしれませんね」

助と角の言葉に、光圀は顎鬚を撫で頷いた。

 「そうですね、男衆の少ない田畑ですから、増やしているのかもしれませんね」

村人に男衆の少ない事の話を聞きたかったが、忙しそうにしている人たちを気遣い、聞くのをやめた。

 「降り出す前に町まで出ましょう」

三人は脚を早め、村を後にする。

 「そういえばここいらに銀山がありましたね」

 「生野銀山ですね。但馬金銀山奉行が治めているはずです。幕府の資金に貢献してくれていますが、産出量が落ちてきていると聞いています」

 「それは残念ですね」

 「永遠に金銀が出てくる山などありませんからね」

 「新しく鉱脈が見つかれば良いですね」

光圀は背後の畑を振り返り、怪訝な表情を見せた時、頬に水が当たりだした。

 「ご隠居、降ってきました。とりあえずあの小屋を借りましょう」

助が指刺す方に、農作業の休憩小屋だろうか、みすぼらしい小屋が見えた。

三人が小屋に駆け込むと、作業途中の村人の親子連れがいた。よく見ると、子供の方が具合が悪そうで、青い顔で横になっている。

 「どうされましたかな?」

穏和な表情で光圀が、母親に声を掛けた。

 「はあ、作業中に息子が突然ふらついたので、ここに運んできたのです」

母親は息子のお腹を手でさすりながら、顔を撫でた。母親はまだ若く、息子も十には満たない歳のようだ。

光圀は家紋が見えないように印籠を握り、中から薬をとりだした。

 「これを飲ませなさい。」

 「いえ、薬のような高価なもの、お金が払えません」

母親は光圀の顔を見て、首を左右に振った。

 「お金は要りませんよ。さあ、飲ませてあげなさい。助さん水を」

助が薬を受け取り、子供の口に入れ、水を飲ませる。傍らで母親が心配気に息子を見ていた。

母親は明希と名乗り、息子をは栄太と告げた。

小一時間が過ぎると、雨が止み、栄太の顔色に赤身がさしてきた。

 「ありがとうございます」

明希は息子の容態が良くなってきているのを見て、光圀達に頭を下げた。

 「薬が効いて良かったですな。息子さんはまだ歩けないでしょう、我々がお送りしましょう」

角が子供を抱き上げ、小屋を出る。母親は恐縮しながら前を歩き、村へと案内する。

茜色の光が照らす村の入り口で、他の村人から聞いたのだろう、老人が心配気に立っていた。

 「明希さん、大丈夫かね?」

老人は光圀達を見て、怪訝な表情を浮かべた。

 「はい、栄太が腹痛を起こしたのですが、この方達のおかげで助かりました」

明希は薬を頂いた事を告げ、改めて光圀に礼を述べた。

 「娘と孫がお世話になりました。私はこの村の長をしている嘉平と申します」

事情を聞いた嘉平は、怪訝な表情を消し、頭を下げた。

 「もう日が暮れます、良かったら泊まっていかれては?」

嘉平は茜色に染まる畑を見た。光圀も同じように、畑に目を向けた。

 「よろしいののですかな」

 「もてなしはできませんが、良ければ」

 「ありがとうございましす。お言葉に甘えさせていただきましょう」

光圀は角と助を見た後、微笑んで礼を述べた。




 「祈祷が失敗とは」

 「何かの祟りか」

 「これからどうなる事か」

城中に集まった重鎮達が口口くちぐちに、不安をつのらせる。

 「殿と若様の容態も悪くなる一方だと」

 「京から高僧を呼び寄せては」

 「いや、呪術がらみなら、陰陽網に連絡を」 

 「皆、静まれよ」

陰陽網という言葉を聞いて、家老の山本楷玄やまもとかいげんが口を開いた。

 「陰陽網に報告すれば、幕府が出てきますぞ」

 「それは仕方ない事では」

 「いや、殿が病で伏せている時に、跡取りの件で幕府に口を出されるのは心外じゃ」

楷玄は、跡取りの問題ありと知れたら、幕府より藩の入れ替え等の口入くちいれがあるやもしれぬと皆に説いた。

 「我らとゆかりの無い者を養子とし、跡取りに据える可能性がある」

重鎮達は楷玄の意見に黙り込んだ。

 「では、山本殿には何か案があるのですかな?」

 「要は幕府に知られずに、呪術に勝てば良いのです」

 「と言うと?」

 「外の者を使いましょう」

 「外! 忍の者ですかな?」

 「忍術では術者に勝てないでしょう」

皆の視線が楷玄に集まる。その中で彼は傲慢な笑みを浮かべた。

 「いんの者、陰者いんじゃを雇いましょう」

楷玄は陰者について説明する。元は高野衆や、比叡山等で僧をしていた者達が、集団の規律に合わず辞めていった者達で、呪術の技量、知識では高野衆に引けをとらない者達だという。

 「その者共を雇えるのか?」

 「ああ、つてはある」

楷玄は立ち上がると、足早に城を出て、自分の屋敷へと向かう。その表情は、先程の傲慢な笑みではない、したたかな笑みに見える。

 「堯仁ぎょうじんは居るか!」

屋敷に戻ると、陽が暮れかけている庭に出て、一人の男を呼びつけた。

空気が揺らぎ、薄い陽の中、黒い影が現れる。

 「こちらに」

人の形をとる黒い影が、低い声を発した。

 「堯仁よ、また其方の力を借りたい」

 「どういった件でございますか」

 「城に呪術を仕掛けている者を始末して欲しい」

 「ほう、呪術ですか」

影が初めて関心を持ったように応えた。

 「先日、祈祷中の高僧が殺された。呪術でな」

 「呪術合戦で負けたと」

 「そうじゃ。其方なら勝てるか」

 「やってみましょう」

影が笑っているように感じられる。いや、恐らく笑っているのだろう。

楷玄は影の真の姿を見た事がない。ふらりと彼の前に現れ、色々と利益になる事を教えてくれた。今、楷玄は幕府に内密な事業を興している。新しい銀鉱脈の発掘だ。堯仁からのアドバイスで新たな鉱脈を見つけたのだ。

庭から堯仁の気配が消えた。

 「流れ者は使いやすい」

楷玄は独り言ちた後、紅葉が進む庭の木々を見ながら笑みを浮かべた。



 「どうも、娘と孫がお世話になりました」

食事を終えた後、嘉平は再び頭を下げた。

 「いえいえ、薬が効いて何よりです。少しお尋ねしてもよろしいかな?」

光圀は村に来てからの印象を尋ねる事にした。

 「男手が少ないように思われますが、どうされました?」

 「はぁ、その事ですか」

嘉平は答えたくないのか、少し俯きながら湯呑に手を伸ばした。

湯呑を手で包みながら、覚悟を決めたように茶を飲み干した。恐らく城から口止めをされているのだろう。しかし孫の恩人に嘘はつけないと口を開く。

 「実は、新しい鉱脈が見つかったらしく、男衆は働き手として連れていかれました」

 「新しい鉱脈?」

光圀は助と角を交互に見た。二人とも小さく首を横に振る。

 「但馬金銀山奉行がそんな強引な事をしているのですか?」

 「いえいえ、城から役人が来て、いきなり連れていかれました」

 「城から・・  銀山奉行ではなく?」

 「はい。山での仕事に人でがいると。働き手の男衆は殆ど連れていかれました」

 「それは何時いつ頃ですか」

 「かれこれ半年は過ぎてます」

 「そんな前から、それは大変だったでしょう」

半年の間、男手無しでの田畑作業。老人と女子供だけではかなりの重労働だったと思われる。しかも連れて行かれた男衆と連絡が取れず、生存も怪しまれているらしい。

 「嘉平さん、新しい銀山は何処にあるのですかな」

 「ここから西の方、一つ山を越えた所ですが」

嘉平は何故そんな事を聞くのかという表情で答える。そんな嘉平に笑みを見せ、光圀は角に目を向ける。

角は光圀の意図を読み取り頷いた。

 「嘉平さん、暫くの間お世話になってもかまいませんかな」

 「それは結構ですが」

 「では、私達も明日から畑仕事を手伝わせていただきます」

 「いや、孫の恩人に畑仕事なんて」

 「いやいや、宿代代わりに手伝わせて下さいな」

光圀の押しに、嘉平は申し訳なさそうな笑みで承諾した。

翌日、角だけが村を出た。山を一つ越えた辺りに脇道があり、役人が立ち入りを塞ぐように立ってる。

角は「麓の村で、ここに住み込みの仕事がある」と教えてもらったと役人に訴え、役人も角の体付きをみて、直ぐに採掘場へと案内した。




 就寝中、虫の音が聞こえる中、光圀はある気配で目を覚ました。

村の民家から離れた畑の方で、僅かだが呪術の気配が感じられる。

厠へ行くふりをして寝床から出、家の入り口を見た。棒でのかんぬきがされ、誰かが家を出た様子はない。

 「どうかされましたか?」

部屋へ戻った光圀に、助三郎が声をかける。角之進も布団の上に座っている。

 「僅かですが外から呪術の気配がします」

 「呪術ですか・・」

 「ええ、人為的ですが、人為的ではない」

光圀は曖昧な言葉を口にした。人が作った呪術だが、自然に発動されているような違和感があるらしい。

 「とすると、術者が不在でも、呪術が行われているという事ですか」

 「そうなりますね。明日畑を見てみましょう」

光圀達が呪術の事で話している時、城内で異変が起きていた。

 「何だ! あれは!」

 「ばっ! 化け物だ!」

白くぼやけた光が、雲のように城内を徘徊していた。

雲のようなものは、時折人型になり、人間が歩くように城内を動く。しかし、人型は長く続かず、霧散するように消え、違う場所から雲のように現れる。偶然出くわした、豪胆者の侍達が刀を抜いて、雲に切りかかった。雲に刀は通用せず、侍は雲に全身を飲み込まれ、全身の精気を吸われたかのように、衰弱して死んでいった。雲は精気を吸い、満足したかのように、その場から姿を消した。

 「ほう、もう少しで人型になるか。面白い」

気配を感じさせない黒い影、堯仁がほくそ笑みながら呟いた。

堯仁は空に浮かぶ月の位置を見た。恐らく時刻を確かめているのだろう。

 「明後日には形ができるやもな」

月明りの下、黒い影が闇に溶け込むように姿を消した。



 「堯仁はおるか!」

屋敷の庭で、楷玄の声響いた。

 「こちらに」

庭木の影から声がする。

 「昨日、三人の者がやられた。其方は何をしておったのじゃ」

 「私も城で見ておりました」

 「見ていただと!  何もせずにか!」

楷玄は少し声を荒げた。他の重鎮達に自分に任せるようにと言ったその日に、死人が出てしまったのだ。

このままでは他の重鎮が陰陽網に連絡してしまうかもしれない。

 「楷玄殿、私も万能ではありません。敵の力、呪詛の種類を見極めなければ勝てません」

 「・・・そ、そうかもしれぬが」

 「心配はいりませぬ。今夜けりをつけましょう」

 「勝てるのか?」

 「御意」

 「わかった、頼むぞ」

楷玄が屋敷の中へと戻ると、庭木の傍で蠢くように黒い影が現れた。

 「そろそろ見切り時だな」

影が呟た。影を消すように太陽を遮る雲が現れ、ポツリと雨が降り出した。

雨の中、嘉平が畑へと向かう。脇に人型の案山子を抱えていた。

 「雨の中、案山子の設置ですか」

小屋から光圀に声を掛けられ、少し驚いた嘉平だが、直ぐに笑顔で対応する。光圀の横には助三郎が控えている。

 「ご隠居さんはどうされました」

 「いやいや、畑の様子を見ようと来ましたが、雨に降られ、小屋で雨宿りです」

光圀は昨日子供を診た小屋で、雨が止むのを待っていると答え、案山子を見た。

 「ははは、最近よく荒らされるので、一つでも多く案山子を置こうかと思いまして」

 「雨の中、大変ですね」

 「昨日案山子ができましたから、早く置きたくて。それでは失礼します」

嘉平は会話を打ち切るように、案山子を抱えて畑へと向かって行った。

 「ご隠居、この雨の中案山子とは」

助が遠ざかる嘉平を見送りながら、訝しい顔をした。

 「やはり案山子に何かありそうですね」

 「何か感じましたか?」

助は光圀の霊的な反応を尋ねた。呪詛が仕掛けられているなら、案山子に何かを仕込んでいると考えたのだろう。

 「いえ、案山子の頭の所、手拭いで隠していますが、梵字が見えました」

 「梵字ですか」

光圀は顎鬚をなでながら、遠くに見える嘉平の背を見つめた。

    ニャー

足元で黒猫が鳴いた。

 「弥晴、城に探りを入れてもらえますか」

    ニャー

黒猫があぜ道を走り出し、直ぐに姿が見えなる。白髪の老人は、遠く城がある方角を見つめ、顎鬚をなでた。



 雨が止み、薄く夕日が田畑を照らす。しかし、この夕日も直ぐに雨雲の覆われてしまいそうだ。そんな悪天候の中、光圀は田畑が遠くから見渡せる高台に立っていた。

 「ここなら案山子の位置が良くわかりますね」

足場を気遣いながら、先導を歩く助三郎が下を見下ろした。

光圀は下に広がる田畑を見渡す。

案山子は城がある方角に向け、円を描くように配置されている。その円を囲むように、四角の位置にも案山子が置かれていた。

 「これは・・・」

光圀が案山子の位置を確認しながら頷いた。

 「何か分かりましたか?」

確信を得た光圀に、助が尋ねる。

 「曼荼羅です」

 「曼荼羅? あれがですか?」

 「立体曼荼羅です」

案山子を仏に例え、立体的に曼荼羅を具現化していると光圀は言う。恐らく各案山子に書かれた梵字が仏像の代わりをしているのだろう。

 「東寺にあるような仏像でなくても良いのです。祈り、この場合呪詛でしょうか、それらは案山子であろうと仏具となる」

光圀は顎髭を撫でながら、再び畑を見下ろした。

 「今日置いた案山子で呪詛曼荼羅が出来上がりるのでしょうか?」

 「恐らく。・・城に行くしかありませんね」

助の言葉に光圀は天を仰いだ。夕日が再び雲に隠れ、雨粒が老人の頬にあたった。




 城内で悲鳴が木霊する。

      ギャーーーー!!

      アッーーーーーーー!!

      助けて!!!

城のあちらこちらに、神将のように武具をまとい、多数の腕を持つ鬼のような者が数体徘徊し、歯向かう者を次々と切り伏せていく。

神将の前に黒い影が立ちはだかった。黒い影は印を結ぶと神将に呪符を飛ばした。

神将は呪符を刀で切り、黒い影へと切りかかる。影は刀を掻い潜り、神将から距離を置いた。

 「ハハハ、これはただの呪詛ではないな」

黒い影、堯仁は楽しむように、神将を観察する。

 「呪詛曼荼羅、天部の召喚か。面白い! 完成まで後数体の仏がいるか」

影は明らかのこの状況を楽しんでいる。堯仁にとって神将は神将もどきであって倒せない者ではないのだろう。本気を出せばいつでも葬れるという感じだ。

      シャーーーーーーー!!!!

堯仁の遠く背後で、凄い霊力が感じられた。その霊力は次々と神将を切り伏せて行っているようだ。

 「神将をも切る者、これもまた面白い」

影がその場を離れ、霊力が強く感じられる所へと向かう。神将を倒していく者を確かめるためだろう。

堯仁は霊力から少し距離をおいて完全に気配を消す。距離を置いた場所に鯔背いなせな男が刀を振り、神将を切り伏せていた。その背後に老人の姿が見えた。

 「あれは妖刀か・・  手練れの妖刀使い。水戸家だな」

影は独り言ちた後、思案を巡らせる

 「馬鹿な家臣のおかげで銀が大量に手に入った事だし引き上げ時だな。隋風様も喜ばれるだろう」

微かに漂っていた堯仁の気配が完全に消えた。

 「者ども! 曲者じゃ!!   であえ! であえ!!」

助三郎が神将達を切り伏せ、本来なら曼荼羅の呪詛で次々現れる神将を、光圀の結界がそれを防いでいる。そのおかげで神将が減り、役人達がわらわらと現れてきた。 

 「貴様らだな、我が城を攻めているのは!」

堯仁が神将を倒したと思っている楷玄が、功績を狙い、光圀達の前に出て来た。 

 「あなたが山本楷玄ですね」

弥晴の黒猫が城内の探り、その報告を聞いていた光圀は、黒幕の楷玄を見据えた。

 「おのれ、無礼者め!  こやつらを始末しろ!」

楷玄の掛け声と共に、役人達が次々と光圀達に襲いかかる。しかし助三郎の太刀にかなうはずもない。

 「ぐぐっ!  早く曲者どもを始末しろ!  であえ! であえ!」

楷玄の号令で次々と役人達が現れる。 

 「手練れでも、数に押されてはかなうまい」

ほくそ笑む楷玄の背後に、大男が役人を背負い現れた。

大男、角之進は役人を楷玄へと放り投げた。楷玄はその役人の顔を見て青ざめる。

 「その役人に見覚えがありようですね。 助さんもう良いでしょう」

 「静まれ! 静まれ!」

助と角が役人達を掻い潜り、光圀の左右に並ぶ。

 「この紋所が目にはいらぬか! こちらにおあすお方をどなたと心得る。さきの副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ!」」

 「ご老公の御前である、一同の者、頭が高い! 控えおろう!!」

三つ葉葵の印籠の前に皆慌てながらひれ伏した。

 「山本楷玄! 銀山の私物化、村人の酷使な使役。そなたの罪は明白。全てその役人が話したぞ」

光圀は角が連れてきた役人を指さした。楷玄は唇を噛みしめ平伏する。

 「其方の罪、病に伏せっている藩主時直殿より沙汰が出るまで、謹慎を申し付ける」

 「恐れいりました」

平伏する楷玄から目を離し、白髪の老人は村の方角を見て、顎費へを撫でた。






 静かな闇に薄く光が射し始める。昨日は聞こえていた虫の音が聞こえない。弱い雨が天井を叩く音が微かに響く。

畑から感じられる気配が昨日よりも強い。しかし微弱な気配だ。とても呪詛を行えるような霊力は感じられない。しかし城では確実に異変が起きていた。

 「嘉平さん」 

光圀が暗い畑の前にいる嘉平に声をかけた。

 「やはりご隠居様、いやご老公様には感じられてしまいましたか」

嘉平がその場で膝まづこうとするのを、光圀が制する。

 「見事な呪詛曼荼羅でした。あなたは陰者、いや、抜け陰ですか」

陰者の群れから離れ、普通の生活を送る者をは抜け陰と呼ばれた。忍者の抜け忍のように追われる事はないが、術を使う事は禁止されている。

 「はい。昔高野衆の御山第一主義に嫌気がさし、陰者になりました。そして平和な暮らしに憧れて抜け陰に」

 「そうですか」

嘉平は覚悟を決めたように、静かに頭を下げた。

 「私に裁きを与えてください」

呪詛曼荼羅で沢山の死人が出た。その事で自分を裁いてくれと、嘉平は光圀に願い出た。

 「嘉平さん。私はお忍びの旅の途中。裁きは出せません」

 「しかし、罪は罪。私のせいで死人が」

 「死人が出たのは残念ですが、あなたが動かなければ、銀山の件を我々は気付かなかったでしょう。それに銀山で過酷な労働を強いられていた近隣の村人達を救えたのは、あなたのおかげですから」 

 「・・・・」

 「陰術は完全に捨て去り、このまま平和に村人として暮らしなさい」

 「ありがとうございます」

嘉平は深々と頭を下げた。その背後には案山子が見える。

光圀は頷くように、静かに首を縦に振った。すると案山子が次々と倒れていく。光圀の合図で助三郎が妖刀で、案山子を倒していっているのだろう。

朝日に吸い込まれるように、微かに漂っていた霊気が、弱い雨と共に消えていった。















 










 


















































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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく拝読しています。 更新期間がもう少し短ければよいのに… と我儘を言ってしまうほど面白い! これからも楽しみにしています
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