↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
醜さで選んだ愛は美しいのか  作者: アポロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/3

後編

「──という訳で、誘拐するわ」

「そういう所がアンナだよね」


 それから日々が過ぎ、挙式前夜。

 昼に来られなかったからと訪ねてきた彼を、アンナは縄で拘束した。


「平民の私が攫うから、おじ様達に迷惑はかけない。貴方だって望まぬ婚姻をしなくて済むわ」

「僕を信じてくれないの?」

「勝率は変わってないって言ったじゃない」

「一発勝負だからね」


 床で毛虫のようになっても飄々としている彼に、アンナは眉をひそめる。


「なに? お嬢様が好きになったの? ほぼ毎日デートしてたものね」

「妬いてるの?」

「そうよ」

「……えっ」

「だから正直に答えて。──貴方は何を望んでいるの」


 メロエッタとの婚姻を望んでいないのに婚約し、半年も逢瀬を続けた。

 人が多い場所は嫌いなのに王都を巡り、茶会や夜会に参加した。


 それなのに王家からの指示を嫌々受けているようにも見えない。彼の目的が分からなかった。


「聞いてどうするの?」

「協力したいの。……迷惑をかけたから」

「なら明日、ちゃんと挙式を見届けてほしい」


 そう言ってアッサリと縄を解いた彼は立ち上がった。

 悔しげに顔を歪ませるアンナの頬を、大きな手が慰めるように撫でる。メロエッタに蹴られて出来た痣は、半年も経てば消えていた。


「心配しないで、アンナ。明日、僕は賭けに勝つ。そして本当に欲しいものを手に入れる」


 彼の望みを叶えると決めたのはアンナだ。協力すると言ったのも。

 それなのに胸が痛い。不安で押し潰されてしまいそうだ。


 本気で彼を攫えるなんて思っていない。でも攫えるものなら攫ってしまいたかった。

 彼のためなんて言い訳をして、アンナは最後まで身勝手な女のままだ。


「……いかないで」

「アンナ……」

「結婚しないで……モリソン」


 恋心を捨てようとする度にモリソンが会いに来るから。諦めようとする度に期待をもたせるような事を言うから。

 もう、とても一人では抱えきれない。アンナは泣きながらモリソンに抱きついた。


「今更だって! もう遅いって、分かってるっ。でも私、モリソンが──っ」


 強い力で抱き上げられたかと思えば唇を奪われる。

 大きく太い舌が強引にアンナの口内に入り、蹂躙するように舐め回した。


 気が付けばアンナはテーブルの上に横たえられ、モリソンに見下ろされていた。

 光に弱い彼が居る時は明かりを点けない。窓から射し込む月の光が仄かに二人を照らした。


「──駄目だよ、アンナ」

「……ど、うして……」

「僕が先に言いたいから。──好きだよ、アンナ。僕と結婚して下さい」


 アンナはパチリと瞬きをした。


「なんで……?」

「なんでって、僕が一番に話すって言ったはずだけど?」

「そうじゃなくて……」


 困惑してモリソンの言葉を受け止められない。

 好かれているのは分かっていたが、アンナを恋愛対象として好き?


「……正気なの?」

「酷いなぁ」

「子供の頃の私って子猿だったじゃない」

「僕には可愛い子猫にしか見えなかったよ?」


 モリソンが顔を寄せてキスをしようとするので、胸を手で押す。

 アンナの好きな瞳が非難を訴えてくるが、目を逸らしてどうにか耐えた。


「……きゅ、求婚だって、断ったじゃない」

「あれは僕が悪いよ。あの時はまだ気持ちを自覚してなくて、アンナと結婚したら一緒に居られるって父上に聞いて、つい浮かれて深く考えずに言っちゃったから」


 そういえばアンナが故郷から逃げた事を、辺境伯は自分の責任だと感じているらしい。それのせいだろうか。

 尋ねるとモリソンは頷いた。


「そうそう。僕達の将来については、気持ちが追い付いてから皆で話し合う事になっていたらしいんだ。でも父上が一人で先走っちゃって。多分メロエッタ嬢の噂を聞いて、割り込まれるんじゃないかって焦ったんだろうね。当時は女性陣から非難轟々だったそうだよ」


 確かに気持ちが伴っていれば、モリソンは安易な求婚などしなかっただろうし、アンナも泣いて拒んだりしなかっただろう。


 だからといって辺境伯が悪いとも思えない。アンナとモリソンの幸せを願っての行動だった。


 ただ、自分の故郷の領主だと思うと心配になる。顔に出てしまったのか、モリソンは「身内の事だけだから」と安心しきれない返答をくれた。


「それで今回も……」

「辺境伯家に関わる事だし、厄介な相手に隙を与えた。女性陣だけじゃなくて兄上達まで怒ってね。僕だって一発くらい入れたかったのに、あまりに悲惨だったから諦めたよ」

「鍛練での事故って……」

「母上が白と言ったら黒も白だよ。もう怪我も治ってるんだけど、どんどん痩せてきちゃって。明日には会えるから、アンナは優しくしてあげて」


 コクコクと頷く。侯爵家の婚約に関しては共犯者みたいなものだ。まだ夫人達の怒りが収まっていないならアンナが代わりに受けよう。

 そんな事を考えていると、モリソンの胸を押していた腕を取られる。


「それに、アンナは断ってないよ」

「え? ……ひゃっ」


 また抱き上げられ、そのままベッドに転がった。

 一人用にしては大きいベッドだが、モリソンが入ると狭い。抱き寄せていないとすぐに転がり落ちてしまう。


「僕の求婚。僕も、最初は断られたと思ったんだ。アンナは泣くし、抱くのも嫌がられたから。僕を傷付けないためにああ言ったんだろうって。ただでさえショックだったのに、何も言わずにアンナが出て行って、それで失恋したって気付いて、暫く部屋から出られなかった」

「……あの、ごめ──」


 思わず謝ろうとするアンナの唇を塞ぐように指が触れた。


「そうしたらマーソル兄上がやって来て、僕に言うんだ。アンナにあそこまで言われて、何で鍛練に来ないんだって。アンナの声は大きいから皆に聞こえてたみたいで。好きな子に振られたからだって言ったら、振られてないって兄上は言ったんだ」

「え……?」


 あの時は勢いで言ったから、あまり覚えていない。

 ポカンとするアンナにモリソンは柔らかく笑う。


「“オレが認めた貴族をお前が貶めるな。オレを逃げる理由にするな”って言ったんだ。本気でアンナが嫌なら、そんな回りくどい言い方しないだろって。兄上には“貴族になって堂々と求婚しろ”って聞こえたらしい」


 顔が熱くなる。おそらく周囲もそう受け取ったに違いない。

 アンナを気遣うあの空気は、“醜い”モリソンから求婚されたからではなく、好きな相手から期待外れの求婚をされた事への憐れみだったのだ。


 そう考えると、アンナの家出を止められなかった説明もつく。

 アンナが王都へ行ったのは、デビュタントを怖がるモリソンを鼓舞するためだと思われたのだ。実際は彼がちゃんとデビュタントへ行ったか確認するためだが、そう外れてはいない。


「…………でも、貴族が嫌になるくらいデビュタントが嫌だったんでしょ?」

「王都から来る騎士や使者の反応で予想はつくからね。でも立派な貴族になってアンナを迎えに行くって決めたから、デビュタントでどんな目で見られても泣かなかったし、母上の母国へ行って自分に合った剣技を見つけてからは、兄上達にも時々勝てるようになったよ」


 どこか誇らしげに笑うモリソンに、かつての面影はない。

 でもアンナは、彼がどれほどの汗と血と涙を流してきたか知っている。


 彼の成長を見られなかったのは少し悲しいが、きっと一度離れたからこそ、モリソンはここまで強くなれた。

 アンナこそが、その成長と努力と想いを認めてあげなければ。


「──頑張ったのね」

「……うん」

「迎えに来てくれて……あり、が、と……っ」


 泣いていいのは自分ではないのに、金縁の目が潤んでいると気付いてしまったら耐えられなかった。

 先程とは違う歓喜の涙を流すアンナを、モリソンは優しく抱き締めた。


ーーー


 挙式当日。

 アンナは、なぜか控え室で侯爵と紅茶を飲んでいた。


「君には迷惑をかけたね」

「……いえ」


 おそらく強引な婚約やメロエッタの暴行に関してなのだろうが、モリソンと想いを通わせた今、アンナの方こそ居たたまれなかった。


 モリソンの賭けの内容は未だに分からないままだが、もしこの挙式が中止になればメロエッタはどうなるのだろう。

 そんな事を考えていたせいか、侯爵が切り出した時には肩を揺らしてしまった。


「メロエッタは美しいだろう?」

「、はい」

「あの娘の母親も美しかった。特に心がね。誰にでも分け隔てなく接する人だった」


 侯爵家へ嫁いだ王妹。十年以上前に病で亡くなったと聞いている。

 メロエッタを見れば、どれほど美しかったのかは容易に想像出来た。


「君は彼が好きなんだろう?」

「……はい」

「君も、メロエッタのように彼が“美しく”見えているのかい?」

「いいえ。旦那様と同じです」


 恋をしているせいかモリソンの周囲はキラキラと輝いて見えるが、それでも顔は“醜い”ままだ。

 今ではスッカリ見慣れてしまったが、子供の頃は彼が急に振り向く度に驚いて、その度に怒っていた。


「君の近くに彼しか居なかったから?」

「それもあるかもしれません。でもそれだけじゃありません」

「“醜い”男が好きだったり?」

「いいえ」


 王都に“美しい”人は多い。侯爵も年を取っているとはいえ、見惚れてしまうくらいの“美男”だ。

 “醜い”男性と接する機会もあったが、アンナは全く惹かれなかった。当時は失恋したと思い込んでいても、だ。


「ではどうして?」

「分かりません。でも、彼の瞳が私には宝石のように輝いて見えたんです」


 いつからかなんて分からない。

 自分より大きい身体が羨ましかったのかもしれないし、自分の顔を疎んでも他者を恨まないところや、自分より小さな子供の話をちゃんと聞いてくれるところに惹かれたのかもしれない。


 顔も花も同じだ。

 自分の好きな花は一際輝いて見える。ただそれだけの話。


 アンナが答えると、笑みを絶やさない侯爵の顔がクシャリと歪んだ。


「──“笑った時のエクボが可愛かったから”」

「え?」

「妻が私を夫に選んだ理由だよ。人の笑顔など見飽きているだろうに、私が笑うだけで喜んでくれたんだ」


 そう言って侯爵は俯き、両手で顔を覆い隠した。


「ああ──あの娘に、君達のような心があれば」


 何か呟いているようだったが、アンナには途切れ途切れにしか聞こえない。

 そこへ、開いたままの入り口から侍従が声をかけてきた。


「旦那様、お嬢様の支度が終わりました」

「分かった。──今日まで勤めてくれてありがとう。君もどうか幸せに」


 顔を上げた侯爵は、普段通りの笑みを浮かべていた。


ーーー


 アンナが教会にコッソリ入ると、席は埋まり、中央奥には既にモリソンが立っていた。


 内心複雑ではあるが新郎服がよく似合っている。ベッドを出る時にぐずっていたのが嘘のようだ。

 壁際に立って一人でほくそ笑んでいると、すぐ隣から声をかけられる。


「アンナ? 何でここに居るの?」

「メルこそ」

「あたしは、協力したお礼に旦那様が良いものを見せるって言うから。ドレスもくれたし。で、アンナは?」

「向こうに居たくないの」


 壁は壁でも新婦側だ。新郎側に近付きたいとも思わない。

 今でさえ伯母からの視線が痛い。一応伯母と両親に謝罪の手紙は書いたが、返事がないのが恐ろしい。


「流行りの婚約破棄でもするのかな」

「なにそれ」

「大衆演劇で流行ってるの。真実の愛に目覚めたから破棄するーって。それならアンナも参加ね」

「帰る」

「帰らせないわよ」


 軽口を叩きながら時間を潰していると、荘厳な音楽が鳴って大きな扉が開く。

 新婦の入場だ。ウェディングドレスを着てベールを被ったメロエッタが、侯爵を伴い、モリソンのもとへと歩いていく。


 思わず顔をしかめてしまうアンナに、メルがひそひそと声をかける。


「笑顔よ、笑顔。今にも殺しに行くような顔しないで」

「してない」

「あたしが最初に“怪物”って呼んだ時もそんな顔してたわよ。人形みたいな娘だなって思ってたのに、男連れ込む度にどんどん元気になって」

「言い方」

「お金貯めとくから結婚式には呼んでよね。……友達でしょ」

「……うん」


 会わなかった間にモリソンが成長したように、アンナも王都で様々な出会いや学びを得た。

 この五年は決して無駄ではなかった。そう思える事が、酷く嬉しい。


 新婦が新郎のもとへ辿り着き、侯爵は最前席へ座る。

 神官が入ってくるのかと思えば、やって来たのは若い小太りの男性だった。


「あれって……!」

「……王太子殿下」


 神官の代わりに王族が立つ。それはこの婚約が王命であるという何よりの証明。

 嘘を吐く事も許されない。アンナは静かに息を飲んだ。


「──新婦メロエッタ・カルパヌラ。汝は新郎モリソン・ノルジタインの良き妻となり、永遠の愛を誓うか」

「はい。誓います」


 次はモリソンだ。まさかここで拒むつもりなのか。

 手を組んで先行きを見守っていると、ここで思いもよらぬ事が起きた。


「──聞こえぬ」

「え?」

「ベール越しでは聞こえぬ。ベールを取って、改めて誓え」


 メロエッタの声は壁際のアンナの所まで届いた。明らかに嘘だ。

 王太子の入場に驚かなかった参列者達もそれ以上は聞かされていないらしく、僅かにざわめいた。


「ッわ、私の大事な日に水を差す気!?」

「従えば文句は言わぬ。従わぬなら帰るぞ」

「……ッ分かったわよ!」


 王太子の態度にも違和感を覚える。二人は従兄妹のはずだ。例え険悪であろうと、公の場では仲の良いフリをするものではないのか。


 そんな事を考えている間にも、モリソンがメロエッタのベールを持ち上げる。

 目を瞑っていた彼女が瞼を持ち上げた瞬間──教会内に絶叫が轟いた。


「いッ、イヤーーーッ!!」


 周囲にどよめきが走る。

 メロエッタはその場に尻餅をつき、目を片手で覆いながら虫を払うような動きをした。


「なんて醜いの! 誰かッ! 早くこの化け物を殺してッ!!」

「どうしたんだい? メロエッタ嬢」

「モリソンの声で話さないで化け物! 本物のモリソンを返してッ!!」


 一体何が起きている。

 参列者達が困惑する中、王太子だけが酷く冷静だった。


「どうしたメロエッタ。《《また頭をぶつけたのか》》?」


 ──メロエッタは幼い頃に頭をぶつけてから“美男”が“醜男”、“醜男”が“美男”に見えるらしい。

 彼女が再び頭をぶつけて元に戻ったのだとしたら、今のおかしい言動にも説明がつく。


 しかし──そんな事が果たして可能なのか。

 まるで挙式を狙ったように、あまりに都合の良い────。


「マリア!?」


 思わずふらついたところをメルに支えられる。


 ──これが、マリソルが言っていた“賭け”。

 “正常”の認知に戻ったメロエッタが、それでもマリソルを愛するか否か。


 その結果マリソルは勝ち、メロエッタは負けたのだ。


「違う! マリソルはこんな化け物じゃないッ!」

「外見は変わっていないだろう。変わったのはお前の認知だ」

「いやぁああ! どうしてッ!!」


 王太子や周囲の容姿を見て、自分が正常に戻ったのだと理解したのだろう。

 取り乱すメロエッタに対しても王太子は非情なままだ。


「挙式を続けても構わないか?」

「嫌! 絶対に嫌!! こんな化け物と婚姻なんて嫌!!」

「王命の婚約だぞ」


 思わず制止してしまいたくなったが、侯爵の背中が見えてグッと堪える。

 彼女の父親が必死に耐えているのに、勝者側であるアンナが口を出すべきではない。


「それが何よ! お母様は王妹よ! お母様だって悲しむわ!!」

「──そうか」


 そして天秤は傾いた。

 王太子は聖書を置き、登場して初めて薄い笑みを浮かべた。


「メロエッタ・カルパヌラ。王命の婚姻を身勝手にも拒み、王家が貴族として認めたモリソン・ノルジタインを化け物と罵倒した。その罪は重い」

「ハッ、何が貴族よ。デビュタントに出ただけの辺境伯の三男じゃないッ!」

「モリソン・ノルジタインは、友好国であるゾフゾノ共和国の剣術大会で優勝し、名誉男爵に叙爵された。よって我が国は名誉伯爵を陞爵する予定だ」


 ──それは、聞いてない。

 固まるアンナに隣から「よっ、伯爵夫人」とヤジが飛んでくる。


 名誉爵は、爵位を持たぬ者が何らかの功績をあげた場合のみ与えられる。領地は与えられず一代限りだが、それを除けば爵位を持つ貴族と同じ立場となる。


 ──立派な貴族になって、アンナを迎えに行く。

 彼はちゃんと約束を果たしたのだ。


「こうしている今も、世界は変わりつつある。彼のような有望な若者を切り捨てる、古くさい因習も終焉の時が来たのだ」


 そう言って王太子が手を振れば、扉から騎士達が現れてメロエッタを拘束する。

 運ぼうとするがドレスのせいか女性だからか上手くいかず、メロエッタが暴れるせいで余計に手間取っているようだった。


「私が美しいから嫉妬しているんでしょう!? 私には真の姿が見えているのよ!! どいつも豚! 豚! 豚!! 卑しい豚共!!」


 髪を振り回し、唾を撒き散らす。

 その醜悪な姿に耐えきれず、気が付けば中央へと足を踏み出していた。


「アンナ、」


 すぐに気付いて止めようとするモリソンの頭に、自分が着ていたショールを被せる。

 そしてメロエッタの頬を思いきり張り飛ばした。


「メロエッタ・カルパヌラ! 淑女なら淑女らしく去れ! みっともない!!」

「な……っな、」

「お前一人が辛いと思うな!」


 きっと王家には二つの目的があった。

 一つは悪しき因習を止める事。もう一つはメロエッタの断罪。


 どういう事情があるのか知らないし知りたくもないが、王家はずっとメロエッタを裁く機会を狙っていた。だから侯爵はメロエッタを辺境へ逃がそうとした。

 揉めている内に王家の横やりが入ったため、侯爵は娘を信じて見守る他なかった。


 メロエッタの半年の婚約期間は、貴族の意識を変え、二人の仲を見せつける事で、彼女をより悪役へと仕立てる準備期間だったのだろう。

 だがそれは、彼女がモリソンを心から愛す絶好の機会でもあった。


 しかし計画の全貌を知ったモリソンは、メロエッタに嫌われる事で賭けを放棄しようとした。

 負ける事を危惧したのもあるが、よく知らぬ女性を貶めたくなかったのだろう。


 だが結局、モリソンは賭けに乗った。──アンナがメロエッタに暴行を受けたからだ。

 きっと侯爵がそうなるように誘導した。彼女の猶予を延ばすために。彼女を賭けに勝たせるために。


 侯爵の愛も祈りも、届く事はなかったが。


「なぜ見えるものしか見ようとしなかった! お前の望むものは目の前にあったはずなのに!」

「ッうるさい!! お前だって化け物を隠したじゃない!」


 指摘されて気付く。完全に無意識の行動だった。

 羞恥で少し頭が冷えてきたアンナは、誤魔化すように咳をした。


「……隠している訳じゃありません。彼は目の色素が薄いので、眩しい場所にいると頭が痛くなるんです。夜会に行ったなら、眩しそうにしている姿を何度か見たはずです」

「……知らない」

「彼の好きな食べ物を言えますか? 彼じゃなくても構いません。専属の侍女の名前は言えますか? ご家族の趣味は? ──お母様の好きな花は?」

「そんなのっ…………そんなの、…………」


 メロエッタは言おうとして黙りこんだ。何一つ出てこなかったのだろう。


 きっと彼女にとって周囲の者は人形なのだ。名前も過去も感情もない、人の形をした物体。

 だから外見だけを見て内面を見ない。興味を抱かない。


 外見しか愛さない彼女もまた、その外見しか愛されないだろうに。


 おとなしくなったメロエッタが騎士達によって連行される。

 見届けていると、そっと隣にショールを被ったモリソンが立った。


「……彼女はどうなるの?」

「海を越えた国へ嫁がせるそうだよ。まあ国外追放だね」


 侯爵への慈悲か、殺す事さえ生ぬるいのか。

 おそらく彼女にとって過酷な未来が待っているに違いない。


「彼女がなぜ王族に憎まれているか、知りたい?」


 アンナは少しだけ考えて首を横に振った。

 興味がない訳ではない。でもきっと知ってしまえば、彼女を憐れむ気持ちが霧散する確信があった。


「縄張りを奪い合った相手だもの。私は彼女を憐れんでいたい」


 王族に憎まれ、肉親に見放され、国内には悪女として名が残るだろう。

 アンナは、アンナが見たままの彼女だけを覚えていたい。


「待たせてごめんね。……帰ろう、アンナ」

「ええ。……帰りましょう」


 こうしてアンナとモリソンの求婚から始まった一連の騒動は、一旦幕を閉じた。


ーーー


 後日、改めて王より王命が下った。


 今後、容姿に関わらず、全ての貴族がデビュタントへの参加を義務付けられる。

 王城の騎士や士官の雇用に関しても、順次、平民や姓を放棄した者を公正に試験した上で受け入れていく。


 メロエッタは遠い国の王族に嫁ぎ、侯爵家は伯爵へと降爵された。

 小侯爵には仲睦まじい婚約者がいたので心配していたが、事前に話を通していたようで破談になる事はなかった。


 一方、辺境伯のタウンハウスへ向かったアンナは伯母と対峙した。


『──アンナ。ハンネと私から伝言があります』

『……はい』

『“何を言っても変わらない貴女に、私達はもう諦めました。今後、何が起ころうとも貴女の味方はしません。”以上』


 この五年の事も教会での騒ぎに関しても、怒られる事はなかった。逆にそれが恐ろしい。


「何だかんだ丸く収まったからじゃない?」

「伯母さんはともかく母さんだけは絶対にない」


 辺境へ向かう馬車の群れ。

 晴れて名誉伯爵となったモリソンとアンナは並んで座っていた。


 対外的には、メロエッタに挙式で拒絶されたモリソンは、辺境へ戻って幼馴染と婚姻する──という事になっているらしい。


 それで、なぜかアンナはカルパヌラ伯爵の養子になった。これもモリソンが賭けに勝って得たものの一つなのだろう。

 伯爵令嬢なんて落ち着かないが、モリソンが今後また陞爵しないとも限らない。そう考えればこのくらいの身分は必要だ。


 嬉しい事に、メルがアンナの侍女として辺境へ来てくれる事になった。

 今は侍女の勉強中だが、モリソンとアンナの結婚式には間に合わせてくれるらしい。


「結果的には上手くいったけど、もしメロエッタが本気で貴方を愛したらどうするつもりだったの?」

「まあ、結婚するしかなかったよね」


 あまりにもアッサリ言うので拳を振り上げれば、モリソンは慌てて弁明する。


「顔合わせの時点で“まだ初恋の人が忘れられないから、婚姻しても白い結婚になるかもしれない”とは彼女に伝えていたんだ。“構わない。妾にしてもいい”って言質はもらってたから、ほとぼりが冷めた頃に事故で死んだことにして、アンナを連れて国外で暮らしたかな」

「なんでそこまで。妾にした方が簡単じゃない」

「自分を貶めるなって言ってくれたアンナを貶める訳ないでしょ」


 愛しげに見つめてくるので、アンナは照れ隠しに話題を変えた。


「大体、何よ剣術大会優勝って。マーソル様には時々勝てるくらいの実力じゃなかったの?」

「嘘じゃないよ。この国の剣術は僕と相性が悪いから」


 そういえばそうだ。この国の人は背が低く手足が短いため、短剣や投擲武器を使う。背が高く手足の長いモリソンとは相性が悪い。

 昔の彼は父や兄に憧れるあまり、この国の剣術以外を学ぼうとはしなかった。


 その父である辺境伯からは、タウンハウスにて、頭を床に擦りつけながら謝罪された。こちらも謝罪し和解すると泣いて喜び、モリソンとアンナを置いて一人で辺境へ帰っていった。


 全く懲りてない。アンナは自分も問題児である事を棚に上げ、夫人とマーソルに深く同情した。


「忘れてた。これ、アンナに返すよ」


 そう言ってモリソンが差し出したのは、捨てたはずの紅茶缶。絵柄が掠れた箇所が同じだから間違いない。

 手に取ると何か入っているのか重みがあった。


「どうして……」

「メルって娘に渡されたんだよ。本人から捨てるように頼まれたけど、きっと大事なものだからって」


 大事──そう、大事だった。もう手放さなくていい。

 アンナは紅茶缶を抱き締めた。


「ありがとう。……何が入っているの?」

「紅茶缶なんだから茶葉に決まってるでしょ」

「え?」

「ん?」


 馬車の中に何ともいえない空気が流れた。

 外からはガラゴロと車輪の音が聞こえてくる。


「えっ、駄目だった? だって兄上は、こういうのは詰めて返すものだって」

「…………普通はアクセサリーとか小物を入れるのよ」

「ええええっ!」


 本気で驚いているモリソンに、とうとう我慢できずに笑ってしまう。

 こういうセンスのない所は昔と変わっていないのだと微笑ましくなる。


「し、知らないよ、そんなの! 小物なんて入れたら紅茶の匂いが移るじゃないか!」

「缶を洗えば問題ないわよ。メロエッタ嬢へのプレゼントはどうしてたの?」

「ほとんど彼女から指定されていたし、花束はコルネに選んでもらってたから……」


 先程まで浮かれていた彼は、最後はしょんぼりと背中を丸くしてしまった。


「ゴメン。その……そういう所はまだ勉強不足で。今度はちゃんとするから……」

「しなくていいわ」

「でも、」

「私は好き。……貴方のそういうところ」


 腕に抱きついてそう言うと、モリソンの顔が真っ赤に染まる。

 次の瞬間には強引に膝へ抱き上げられ、強い力でぎゅうぎゅうと抱き締められた。


「僕も好き。……ありのままの僕を見てくれるアンナが、好きで好きでたまらないんだ」


 唇が落ちてきて、アンナは目を閉じて受け入れる。少し冷たくて柔らかい唇の感触が気持ちよくて、つい甘く噛みついてしまう。


「ん、ごめんなさい」

「いいよ。もう腫れたって怒る人はいないんだし。どんどん噛んで」

「何言ってるの。また母さんが何を言ってくるか……」

「大丈夫。アンナの母上からは許可をもらってるから」


 再び唇を寄せてきたモリソンを制止する。

 大好きな金縁の目が不満を訴えてくるが、アンナはそれどころではない。


「許可って何?」

「辺境に帰ったら、僕と一緒に離れで暮らす許可。“無事に挙式を終えるため、何をしても構わないので娘を大人しくさせておいて下さい”って」


 アンナは母の伝言を思い出す。“何があっても味方にならない”──つまり、助けを求めても無駄という事。

 彼が酷い事をするとは思わないが、つい身構えてしまう。


「な、何するの」

「何って、キスしたり、一緒に寝たり、ご飯食べたり?」

「それなら──」

「あとお風呂に突撃したり、寝ているベッドに潜り込んだり? ああ、下着を隠したり、絵のモデルとして裸で立つのはどう?」


 モリソンの言葉にアンナは小さく震えるしかない。

 それは全て、幼いアンナがモリソンに行った所業だった。


「もう叱られないからたくさん遊べるよ。良かったね、アンナ」


 金縁の瞳がゆるりと笑う。

 やけになったアンナは、彼の胸倉を掴むと唇に噛みついた。

 アンナ視点なため明かせませんでしたが、メロエッタは第三王子を自殺に追い込んでいます。

 王妃が命をかけて産んだ子供を殺されて王はメロエッタを殺そうとしますが、王妹が自殺して娘を守りました。でも当の本人はその事をすぐに忘れています。

 メロエッタは頭をぶつけたのではなく、王家の呪いのアイテムや薬的なもので認知を変えられていたという事で。

 

お読み頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。