第8話 ゴブリンの巣穴
「じゃ、ビートかますか。相応しいビートは、これだな」
アイアンがイヤホンのスイッチを押すと、吟遊詩人が作曲したビートが流れ始め、空の瓶に魔力を込めてゆく。
「人質救出作戦 shit 嫌な記憶思い出す♪ 前世でSITなおまわりの記憶♪ フラッシュバン焚かれた記憶♪ 学院で何度も死にそうになった嫌な記憶……Bullshit!!」
歌いながら、アイアンは学院時代を思い出す。
「今日から3日間、ここで寝泊まりしながら、みんなにはみっちりダンジョンに囚われた要人の救出訓練してもらいます。実習中は、私や訓練助教達の言うことよく聞いてちょうだいね。じゃないと死ぬから」
一見して麗しの美少女に見える、ブロンドの髪にグリーンの瞳をしたパンツスーツ姿の学院教師が、生徒達に淡々と模擬ダンジョンの訓練施設で注意事項を伝える。
するとアイアンは美少女教師に手を挙げた。
「はい、アイアン君なんでしょう」
「こんなSWATのおまわりがやる訓練なんざ面倒くせえよ。人質救出とか、捕まったアホが悪いんだし、ダンジョンごとまとめて吹っ飛ばせば楽じゃねえか?」
楽という言葉を聞いた美少女教師は微笑むと、人間離れした速度で距離を詰め、アイアンの頭を右手で鷲掴みして、アイアンクローをかけながら片手一本で体を持ち上げた。
「アダダダダダダダ! 痛えって!!」
「あのね、それじゃ君達の実習にならないでしょ? あなたちゃんと私の昨日の講義聞いてた? これはね、あなた達が勇者になるため必要な知識なの。悪い奴らに捕えられた人を、いかにして無事に助けるかって大事な実習ね」
アイアンと同じクラスの同級生達が、苦笑いしながらやり取りを見つめる。
「人質を助け出せば、あなた達の今後の活動の協力者になってくれるかもしれないのね。それに、そういう実績を重ねたら、あなた達を頼る人達への信頼関係が醸成されるの。わかるかしら?」
「Damn,you!! わかった! わかったから手を離してください、先生!!」
美少女教師は、アイアンの頭にアイアンクローをしながら、魔法でできた鎖を具現化してアイアンをぐるぐる巻きにしたあと、パッと手を離した。
「……いてて。え? なんすかこれ?」
尻餅をついたアイアンが、美少女教師を見上げる。
「はい、注目。まずは私達講師陣が、人質役のアイアン君を救出する実演しまーす。モニターの様子をメモとか取りたい子はちゃんと取ってね」
「what the fuck! マジで言ってんすか?」
アイアンの額から滝のように汗が吹き出す。
「さ、行きましょうか。エレベーターに乗って模擬ダンジョンの奥まで」
アイアンは模擬ダンジョンの最奥まで、美少女教師に引きずられながら移動する。
ダンジョン内は魔法を放つ擬似モンスター達や、数々のトラップが張り巡らされ、アイアンは怯えながらダンジョン内を見回す。
「あと人質役のアイアン君、これから目隠しと猿ぐつわするけど、怖いからって動いちゃダメよ。一応実弾や魔法とか使うから。動くと死ぬわよ」
「え?」
美少女教師が、絶句するアイアンを模擬ダンジョンの最奥、小屋に見立てた訓練部屋の椅子に、無理やり座らせる。
「ついでに言うと、人質役とかやるとね、救出する人質の心理状況だとか身をもって学べるからお得よね」
美少女教師は、アイアンに人質の心理状態から来る恐怖と不安を身を持って体験させることで、人間的な成長を促そうと考えた。
一方のアイアンは、死の恐怖に怯えて教師を睨みつける。
「Omg!! ふざけんなよ先公! 死んだらどうす……むごごごごご!!」
「大丈夫、大丈夫。先生達は間違わないから。他の生徒は間違うかもしれないけど」
問答無用でアイアンは猿ぐつわをはめられ、目にアイマスクが被せられた。
「ほらがんばれアイアン君。ファイトよ、男の子でしょ? 訓練モンスターとか模擬ターゲットとか色々準備して、15分後に模範演技するから、そこで待っててちょうだい」
「 むごおおおおおおおおおお!!」
学院時代の恐怖の訓練を思い出しながら、アイアンは悲哀に満ちたブルースのようなラップを口ずさみ、空き瓶に魔力を込めてゆく。
土魔法で生み出したマグネシウム粉末に、ビンが割れてアルミニウム粉末が空気に触れると、大音響と閃光が光るように調節する。
手製の閃光手榴弾である。
土の魔法で生み出したアルミニウム粒子が、栓を抜くことで凄まじい速さで発火・燃焼することにより、音響パルスと閃光を発する原理をアイアンは理解していた。
「光度を強くして、音響はやや控えめにしねえとな。さもなきゃ洞窟崩れて生き埋めとかになっちまう。人質がよお」
するとコンビを組む、妖精ティターニアがアイアンのもとまで戻って来て、木の枝を使って地面に図面を描いてゆく。
ダンジョン内の状況と、敵のゴブリンの位置、人質達の位置をおおよそ把握したアイアンは、描き終えて肩に乗ったティターニアにウインクする。
「サンキュー相棒。位置はわかったから、さっそく突入しよう」
アイアンの体が空まで浮かび上がり、ダンジョン入り口がある入り江周辺を眺めると、街道と平原にゴブリンの軍団が集結しているのを見る。
一瞬殲滅しようかアイアンは迷ったが、自分が交戦したことで人質の身に危険が及ぶ可能性も考えて断念した。
「チッ、数が多いぞクソモンスター共。だが今はあいつらの相手はパス。人質の確保が最優先だ」
アイアンが念じると、着ていたパーカーのようなローブの魔法効果が発揮され体が透明化し、ティターニアは海岸線沿いの入り江を指差した。
「ああ、わかってるよティターニア。あっちだな」
アイアンは気配を殺しながら、入り江にあるダンジョン入り口まで飛び、周囲を観察した。
洞窟の入り口付近には、歩哨のゴブリン5匹と使役されたオオカミ1匹が警戒する。
「へっ、多少は組織立っているみてえだ。まるでチームで動くギャングみてえだが、ビートかますぜ」
アイアンは、シンセサイザーとブルースの曲調を合わせたビートを聴きながら、両手に魔力を形成して歌を口ずさむ。
「mySon, I was shooter. I was hero Afghan and Middle East. I was Marksman……i was a hero……そんなこと言ってたアル中の親父は、元海兵のエリートシューター。俺が生まれた岩国離れ、ウェッサイのゲットーで親父がつぶやく。戦場でゲットした金のクロスと銀のスター。海兵の名誉と勲章が剥奪されても、それが親父の誇りだった。俺も誇りに思っていたんだ」
アイアンは左手で指鉄砲の形を作ると、人差し指に魔法で構築した筒が伸長してゆき、ライフルの銃身のように変わる。
「俺もシューターになりたかった……コンプトン、サウスサイドのGboy♪ メンバーになるためjumping! 度胸と勇気の飛び込み! 同胞になるには必要な儀式! 11になった俺は勇気踏み出してパンチキックの嵐にjumping!!」
コンプトンとは、米国カルフォルニア州ロサンゼルスのダウンタウンの南に位置しており、商業、工業、住宅が混在している。
10万人いる地区の人口の大半をアフリカン・アメリカンとヒスパニック系が占めるため、黒人文化・メキシコ文化が大きな影響力を持っており、ヒップホップカルチャーが盛んではあるが、全米屈指の犯罪都市の一つでもあった。
その要因は貧困に起因するモラルの低下と、各ブロックに無数に存在するストリートギャング組織による抗争事件が絶えないためだ。
飛び込みというのは、その地域の少年たちが地元のギャング団の正式メンバーになるための、入団儀式のことを言い、一人対メンバー全員と殴り合いしなければならない。
「俺のセットはSSCG覚醒剤売って貯めた札束! 金のクロスとAKに、変えてjumping!! チャリンコで敵にシューティング♪ 金のクロスつけたスターの気がした。それが、勇気ある男と信じてたんだ。Gripsのメンバーと信じてman」
セットとは、Gripsというカラーギャングの二次団体をいい、その中の小グループ、いわゆる三次団体がサブセットと言われる。
黒人達のカラーギャングは、日本のヤクザ組織とは違い、偉大な同胞と呼ばれるリーダーがトップで、各派閥ごとにトップの意向を汲むOGと呼ばれる年長者ギャングがいる以外は、年功序列の横並びといった構成となる。
またAKとは、世界で最も普及したAK47という、殺傷能力が高い⒎62mm弾を使用する旧ソ連製のアサルトライフルを言う。
アイアンはライフルのようになった左手に、まるでライフルの照準器スコープのように、右手を筒のようにして、モンスター達に照準を合わせる。
「赤いBirusの奴らは大体が敵、メキ公の奴らも大体が敵♪ オレンジのSnoovaはみんなの敵♪ 青と黒の同胞は多分メンバー♪ それがサウスのカラーのルール♪ コカインと覚醒剤のスピードボールで、シューターキメるのがハードコアなギャングスタ」
左手の銃身に先の尖ったダーツのような鋼鉄のフレシェット弾が形成されてゆく。
「他所の縄張りに勇気で、AKぶっ放せる事が、仲間に、認められると思ってたんだ♪ それが勇気あるBEEFと思ってたんだ♪ そんなもん、名誉でも勇気でもなんでもねえのに……憧れて勘違いしてた俺の、青い時代の過ちBANG」
超圧縮した風の魔法により、亜音速で放たれた弾丸がゴブリンの1匹の眉間に命中する。
「ゲゲ!?」
何が起こったかわからず、混乱するゴブリン達の眉間に次々と鋼鉄の亜音速弾が命中し、オオカミ一匹の眉間に放たれると、ゴブリンの分隊があっという間に全滅した。
「ある日、俺に会いに来てくれたおふくろが嘆いてた。あなたの居場所はここじゃないと! 俺の手を引いてコンプトンからサヨナラしたthat night, そのあとは日本まで飛行機でjumping! 書類は大使館と弁護士が用意してて……親父にサヨナラも言えずに去った後悔♪ 12の時の俺の過ち……man」
アイアンは、前世のアメリカ合衆国カルフォルニアで少年時代を過ごしていた歌を歌うと、ティターニアが悲しげな表情をアイアンに向ける。
「I'm chill、それに韻もラップも今のはいまいちだったな。だが大丈夫だよ、俺は本当の勇気を知ってる。本当の勇気は……己を省みれる勇気。本当の強さとは、誰かを助けたり守れる力。俺は自分が得た力を誰かのために使いたい。今はそう思ってる」
アイアンにティターニアは頷き、ダンジョンの入り口へ侵入して中を進む。
「暗いな、陽の光が入ってこねえからか。感覚強化」
アイアンは独り言ちながら周囲を警戒しつつ、五感を強化する自己強化の魔法を使用した。
感覚強化などの補助魔法ならば、彼が苦手とする魔力調整が必要がなく、腐臭と獣臭と死臭が立ち込める、ゴブリンの巣穴を探索する。
中は典型的な鍾乳洞で、天井から垂れ下がったようなつらら石や、足元から筍のように立ち並ぶ石筍、壁を覆う流れ石。
地面には、あちらこちらに水たまりが見られ、海水で濡れて凹凸激しく、アイアンは転ばないように慎重に内部を進む。
「グゲゲ?」
出くわしたゴブリンに、圧縮空気と鋼鉄の弾丸を放って絶命させながら、ダンジョンを下へ下へと降っていく。
「人質の場所はもうちょっと先か。無事だといいが」
アイアンは、ダンジョン攻略の心得を思い出す。
「こういった洞窟の場合は、炎魔法使うと酸欠を起こす。水魔法は使い方間違えると溺れちまう。変な衝撃でも加われば土砂崩れだったか。ゲームと違って攻略がなかなかにむずいな。まるで縛りプレーだぜ」
すると、道中でうつ伏せに倒れてボロ雑巾のようにされた黒髪の少年を発見する。
ティターニアは首を横に振り、すでに息絶えていることを示すと、アイアンは頷きながら死体の状況を冷静に確認した。
衣服をまくると打撲痕と擦過傷、そして致死に至らない刺傷が全身に及んでいる。
死斑がわずかにしか生じていたことと、死体特有の死臭が生じておらず、死後硬直が発生してないこと。
出血が少ないことを加味して、約2、30分前に身体中を攻撃されたことによる、外傷性ショックを起こしたものと判断する。
つまり、死体はよってたかってリンチを受けて、苦しみの中で死亡したということであり、こういった知識もアイアンは学んでいた。
「急がなきゃな。この分じゃ人質が面白半分でクソゴブリンになぶり殺される。あとティターニア、こいつを」
アイアンに頷いたティターニアは、羽から癒しの精霊力を使用して、死体の損傷を見た目だけでも綺麗にする。
「RIP、お前のツレ吹っ飛ばしちまって悪いことした。だがお前は、これが終わったら、体を家族と仲間に引き渡してやる。だから、お前はしばらくそこにいてくれ」
懐からペイズリー柄の黒のバンダナを、ジャックの顔にかけて別れを告げたアイアンは、さらにダンジョンの奥へと歩を進めた。
一方、馬に乗った斥候役の冒険者達は、街道や平原に集まるゴブリン達の群れを見て絶句する。
「数、多くね?」
「こんな数のゴブリン初めて見る」
「やべえよ、やっぱ魔王の軍勢だよ」
しかし馬に乗り、ドラゴン殺しのハルバードを装備するG級のバーベンフルトは、弟子のハロルドを背後に乗せ、冷静に状況を眺めていた。
「あれほどの群れだと、群れを率いる王がいる」
「魔王? お師匠様」
「いや、その気配はまだない。とすると、群れを率いるのはゴブリンの王だ。逆に言うと、王を獲ればあの群れは弱体化して烏合の集まりに変わる。まずは王を見つけ出して狩るぞ、ハロルド」
街道を大きく迂回して、坂道を馬で駆け上がると小高い丘までバーベンフルト達は移動する。
「ところでお前の言う新人、アイアンという魔法使いは相当できるらしいな?」
「うん、めっちゃ強いです。なんかすげえ魔法使ってこようとした魔王軍大幹部も、あっという間にやっつけてました」
伝承に残る強大な魔王軍の将をあっさり討ち取ったアイアンの話に、バーベンフルトは興味を抱く。
「……そこまで強いか。彼は魔法使いと言ってたそうだが、お前が見て他に何か気付いた点は?」
「えーと、肌の色はみんな曰く、エラーム人に似てるとか。それと体術とかもすごいし……妖精も連れてて学院にいたって言ってたけど、うーん」
「妖精か……それに学院? よくわからないがまあいい。それで今、その新人は?」
「多分ですけど、俺達より先行してる。でも、どこにいるかはわかりません」
おそらくそのアイアンと名乗る新人が、単身で人質救出を行おうとしているのではないかと、バーベンフルトは推測する。
「ここにいないということは、おそらく巣を見つけたか。それがそうなら、やはりかなりできる。彼が何者なのか興味が湧くが……あとで会ってみるか。それにいたぞハロルドよ、アレだ」
G級冒険者バーベンフルトは、アイアンに強く興味を抱きながら、群れを率いるゴブリンキングを見つけ出した。
「アレ……ですか? えーと見えないよお師匠様」
バーベンフルトは、豆粒が集まったように見えるゴブリンの群れの中の、中央を槍で示すも、ハロルドには粒の一つにしか見えない。
「鍛え方が足りんな。さては10マイル先のコインを見分ける修行をサボったか?」
「……すいません。あ、なんかキラキラした光なら見えます」
「うむ、宝石の反射光だ。あのわかりやすい王冠を被っているのが王だ。それを守るように、斧を装備して赤い帽子と鉄の靴を履くゴブリン達……アレはレッドキャップだな」
「レッドキャップ?」
レッドキャップとは、人間を見ればその命を奪おうと強烈な殺意を持って迫ってくる極めて残虐なモンスターで、その帽子は人の血で赤黒く染められているという。
「ゴブリンの上位種だ。なるほど王の親衛隊というわけか……なかなか厄介な布陣を敷いてる。キングの知能はかなり高いと見た。だが……」
バーベンフルトは手綱を左手に握りつつ、槍を水平に構える。
「人質救出が終わり、仲間が全員が集まったところで王を狩るぞ。ハロルド、お前も槍の準備だ」
「はい! お師匠様!!」
「私一人でもゴブリン共は全滅させられるが、お前の修行にならんからな。お前がキングを獲れ」
対するゴブリンキングも、冒険者達がワイドの計画通り、集結していることに気がつく。
「ゲゲゲ、ゲゲゲゲゲゲゲルゲゲ!!」
キングは、狼にまたがったゴブリンライダー達に、集まった冒険者の中で、弱そうな者を優先的に狙えと指示する。
「グ、ゲゲルゲゲゲ、ゲゲ! ゲーゲゲ、ゲゲルゲゲゲ、ゲゲ、ゲゲゲ!!」
ゴブリンメイジ達には、後方に位置して魔法攻撃で、冒険者達を無差別に攻撃するよう命じ、歩兵を指揮するゴブリンウォーリアーに一歩も引くなと命じた。
「ゲゲ、ゲゲゲ、ゲゲゲゲゲゲル、ゲ!」
低級だが回復魔法を使用できる、ゴブリンソーサラーを自身の周囲に固めて、レッドキャップ達にも自分を守護せよと命令を下す。
このキングは、並の人間の将よりも戦場の布陣や兵科の機能を熟知している、100年に一度生まれるかどうかのある種の天才である。
それにキングにはワイドにもたらされた切り札があった。
この地域最強の男、ドラゴン殺しのバーベンフルトへ対抗するためのレムリア大陸で開発された魔法の水晶。
この世界、この時代にはすでに召喚魔法の使い手はいなかったが、古代レムリア大陸にかつて存在した召喚師が、異界と呼ばれるどこかの世界から呼び出した怪物が封印されていた。
「ワイドサマノコレ、ツヨイ。オレコイツアヤツル。オレニンゲンミナゴロシ」
この学院時代の教師は前作主人公です
アイアンの転生前の人生は色々複雑ですが、次回は主人公が男を魅せます




