第103話 イフリートのダンジョン
地面にポッカリと開いた穴を見つめるアイアンとヤスコに、G級冒険者達やアイアンの仲間達も集う。
「アイアン、我らも手助けしよう。だが老師、この状況を考えると」
「うむ、中で何が起きるか予想がつかぬ以上は大人数で行くわけにもいかぬな、バーベンフルトよ」
ーーダンジョン探索というわけか。戦闘も予想されるとなると、手持ちのポーションの他にロープ、光源が使用可能の携帯用マジックアイテム……食料はいらないな。よし! 大エラーム最高の冒険者たる俺が活躍する時だ!
アイアンの魔法を見てショックを受けたアリーフだったが、ダンジョン攻略ならば経験豊富な自分が活躍できると気持ちを切り替えた。
「ならばハン老師、バーベンフルト殿、私が行きます。探索に必要な装備を今すぐ調達……」
アイアンはアリーフに鼻で笑う。
「ふん、いらねえよ」
「なんだと!」
声を荒げるアリーフを無視し、アイアンはゴーレムを操るパンドラに振り向く。
「yo パンドラ、トリノ来てくれ」
アイアンは、能力で穴の内部構造がわかる彼女達を呼び寄せ、ヤスコと地中を調べさせた。
「彼女達は中の様子がわかるんですよね?」
「ああ、それをお前の頭の中で組み立てて、みんなにアドバイスしろ」
「かしこまりました。ん?」
ヤスコはアリーフと目が合う。
ーーや、やはり美しい、勇者様の娘か。まだ成人していないようだが……あと数年もすれば絶世の美女になりそうな……
「ごきげんよう」
「あ、ああ、ごきげんよう」
ーー彼は冒険者のようですがどこかの王族? あとあとそれなりにわたくしの役には立ちそうですが、今はそんなことはどうでもいいことです
とりあえずは声だけかけたヤスコが、アリーフに興味を無くして視線をすぐにアイアンに戻す。
「お、おい、アイアンとやら! 探索に必要なロープと光源は? それにそのゴーレムは一体なんだ? その肌の色、我が国の臣民なのか? 勇者様とガナパティとの関係は!?」
アイアンは一瞬アリーフに視線を向けたが、面倒くさそうに手でシッシと追い払う。
「貴様無礼な!!」
今にも飛びかかろうとするアリーフに、バーベンフルトがハルバートの石突を地面に立て、音で制止させる。
「バーベンフルト殿!?」
「殿下、ここは彼らに任せよう。それよりも、あの聖王が関わってる幻獣のような怪物について、私に知ってることを」
「うむ、ワシからも説明しよう」
「ええ、バーベンフルト殿。あの怪物は……」
一部始終を知るハンとアリーフが、バーベンフルトに事情を説明する中、まるでコピー機のようにゴーレムが地図が描かれた羊皮紙を口からプリントする。
「地図作ったわ。見てアイアン」
「ああ、サンクス。中は結構入り組んでいやがるが、ヤローの力だけでこんなダンジョンを作ったのか? それとも……」
「えーと、おそらく今の都市ができる前、この地下に別の大きな都市みたいのがあって、それを利用したんだと思う」
「そういうことですか。地上からこれだけ下にあるということは、おおよそ千年以上前の遺跡でしょうか?」
つまりダークイフリートは、短時間で王都ダブリンスの地下にある遺跡を利用し、ダンジョンを形成したことが判明する。
「オーケー。じゃあこのでけえ丸印が、ヤローの今いる位置だな」
「ええ、センサーを見ると、最深部にさっきの大きな魔力反応一つ。それ以外にも無数の動体反応。おそらく中はアンデッド系のモンスターだらけね」
すると古龍トリノが、作成された地図を覗き込む。
「ほほう、あの痴れ者めが、この短時間でこれほどの巣穴を形成するとはな。だがしかし、我にかかればこの巣穴ごと一気に」
力を発動しようとするトリノを、アイアンは手で制する。
「それはいらねえ、中の構造がわかれば十分だ。パンドラ、ティターニアは? 俺の相棒は?」
「彼女なら、力を使ったのか寝ちゃってる」
「そうか……昨日といい無理させちまったか」
「それに中の空気はニンゲンにとって薄すぎるし、所々高温に熱せられてるっぽい」
「うし、じゃあさっさと行くぜ。パンドラ、俺の上着取ってきてくれ」
ーー判断が早い。本当に新人なのか?
百戦錬磨のG級冒険者達がアイアンに呆気に取られる中、アイアンはヤスコに振り返る。
「ではお供しましょう魔法使い。さっさとガイ兄様と依頼人を助け出しましょう」
「ああ、できれば生かしたままジェームズの身柄を取ろう。やつの持ってる情報が必要だ」
「お、おい! アイアンとやら、貴様さっきから俺を無視するな!!」
呼び止めるアリーフを無視して、アイアンはダウンコートに似た上着を羽織る。
「バーベンフルトさん、すまねえけどショーン達と敵からの攻撃に備えて警戒してほしい。全部済んだら一気に王都から離脱しよう」
「そうは言うが、君たち二人だけで大丈夫か?」
バーベンフルトの他に、エレナ達Aチームの仲間も心配そうにアイアンに視線を向ける。
「問題ねえっす。そのための教育は俺もこいつも一通り受けてる。エレナ、残ったみんなを頼む。行くぜ」
アイアンは穴の中に飛び込み、ヤスコも続いて中に降りた。
「……彼女達には優しいのですね」
「うるせえ、仲間なんだからあたり前だろ。さっさと俺について来い!」
アイアン達がダンジョンに突入する中、ショーンは東方の魔術師リンリンから魔力と体力回復の妙薬をわけてもらう。
「どうぞ、体力と仙術回復できる最新の仙丹よ。馬鹿みたいに苦いから一応気を付けてね」
「あ、ポーションくれんの? これ飲めばいいのか? 向こうの回復薬みてえだけど漢方薬みてえな臭いする。苦い? まあいいや」
ショーンは粉末を水と共に飲み込む。
「う……うぇッ! おうぅぅぅぅえッッ! うお゛ぇ゛ッ!」
「だから言ったのに。大丈夫? 西側の組合長」
飲んだ瞬間、臭いが胃から鼻に抜け、思わずショーンは吐き気を催してえずくと、ゴメスが怪訝な表情で見つめる。
「ヘーイ、酔っ払いみたいな声出しやがって。何やってんだあいつ」
「ああ、うちの商会最新の仙丹で苦え。弟が開発して、まだ世に出回ってねえ代物だ」
「へーお前んち、会社やってんのか? その弟すげーな」
「ああ、うちのユーションは天才だが、そんな話は今はいい。あのアイアンとかいう新入り……まあまあ強いが、何を考えてるか全然わからん。あれじゃアリーフのやつもイラつくぜ。ベテラン気取りでよ」
ゴメスは笑うと、アイアン達が突入したダンジョンの入口を指差した。
「よう、俺らもあの穴ん中行こうや。あのヤロー炎の体から変わったから、今度は俺の打撃が通じるはずだ」
「ああ、野郎は最強の冒険者である俺をなめた。ぶっ飛ばして、ガイの兄貴を俺たちで救いに行こうぜ」
リュウとダンジョンに向かおうとするゴメスのそばに、いつの間にかハンも手を後ろに組んで佇む。
「うむ、そういうことならワシも行くぞい。しかしファビオの弟子とワシの弟子が組むとは……」
ゴメスの師である、ファビオの若き冒険者時代をハンは思い出す。
彼は年長者であるハンや魔術師メディアに、一切物怖じすることなく、のちに伝説とうたわれたクラン、プラチナムの中核メンバーの一人だった。
「ふふ、長生きはするもんじゃのう」
すると学術師ガナパティの使いの大ネズミ、自称チュウ太郎が穴の周りで鼻をヒクヒクと嗅ぎ回り、センサーのようなヒゲでダークイフリートの気配を感じ取るとゴメス達に振り向く。
「中は猛毒ガスと地獄の亡者共がいて、アイアン君やヤスコちゃんはともかく、入ったら死ぬで」
「オーケー、チュー太郎。心配すんな、俺の力でなんとかなる。おう、皇太子! あんたも来るか?」
「当たり前だ!」
「ほっほっほ、そういえば皇太子殿下はあのメディアの孫じゃったか。まるでかつてのプラチナムのようじゃのう。留守を頼むぞい、バーベンフルトと青龍偃月よ」
とはいえチュウ太郎は、主人から人助けの命令を受けてはいたものの、助ける人間達を危険に晒すわけにもいかないかと頭を悩ませる。
「うーん、そのまま行ったらこいつら危ないし、死んでもろても困るけど……せや!」
物凄いスピードで、チュウ太郎が穴を掘り、ゴメスとリュウは互いに顔を見合わせる。
「悪霊とガスないとこ掘って、最短距離で向かうで。おんどれらワシについてきぃ! チュチュチュチュー」
「だってよ、行こうぜ」
「おう! さっさと来いアリーフ」
「うるさい! 探索隊を率いるのは俺だ!」
こうして、ゴメス達も別ルートでダンジョンに向かう。
「お、おい、ゴメス達まで勝手に……俺を置いていくんじゃね……!?」
ゴメス達を呼び止めようとしたその時、魔力を回復したのかショーンのスキル、予知能力がふいに発動する。
中に入ったアイアン達もろとも、洞窟が崩落して生き埋めになる映像がショーンの脳裏に浮かんだ。
ーーや、やべえええええええええ。
「どうしたんだ? 組合長」
「バーベンフルトさん、アイアン達がやべえっす! 穴の中が崩れて生き埋めになるかも!」
「……別に生き埋めになったとして、彼らなら大丈夫では?」
さらにショーンの脳裏に、地中から姿を現したダークイフリートの映像が流れる。
「ち、違う、罠っす! 俺の予知能力で見たら、あのバケモン、アイアン達を誘き寄せたあと、俺たちをぶっ殺しにくる!」
一方、先に突入したアイアンは幅3メートル、高さ5メートルはありそうな坑道を駆けながら、バットのような専用武器を担いで魔法を詠唱する。
「感覚強化」
この魔法は五感を強化する他に、物体が発する微弱な電磁波を感じることが可能になる。
「アイアン」
ヤスコは常人には聞こえないほどの小声で、暗号化された言語でアイアンに声をかける。
「おそらく、体力回復の時間稼ぎでしょう。それにダンジョンの作りが雑。戦闘すると崩落の可能性がありますね」
「だろうな、一気に抜けるぜ。ジェームズめ、100年も何してたか知らねえが、学院で鍛え続けた俺が負けるかよ」
その時、アイアンの脳裏に地球時代の記憶がフラッシュバックする。
夜の路地裏で、身長180センチを超え、体重が100キロ近くあるような、黒スーツにノーネクタイ、頭髪を五分刈りにした若者とアイアンは対峙していた。
「しつけぇ野郎め。いい加減ケリつけてやるぜ」
全身打撲の状態で、身体中から出血し、心拍数増加で息切れし、血圧上昇により体温も上がっている。
だがそんな状態でも痛みは感じず、瞳孔が散大して異様な光を帯びている典型的な薬物中毒者の症状を示している。
「そんな体でまだ抵抗を続ける気か?」
「ハア、ハア、クソッうるせえよ。お前なんかに何がわかるってんだ」
アイアンは交感神経の異常により発汗が止まらず、右手に米軍から横流しされたM9、通称ベレッタ拳銃を若い男に向ける。
「わからねえよ、お前のことなんて。だがこれだけは自信を持って言える」
若い五厘狩りの男は着ていた背広を脱ぎ捨て、ゆったりと両手を開き、あごを引いて構える。
「俺は……お前ら不良をぶっ飛ばすために、ずっと、ずっと鍛えてたんだ」
「あ?」
「そのあいだ悪さして遊んでたお前なんかに、絶対負けない。お前が流した薬物で苦しむ人たちのためにも、詐欺で金を騙し取られた人たちのためにも、今回の事件で死んでいった人たちのためにも、今度こそお前を倒す!!」
ふいに思い出した記憶を振り切るように、アイアンは首を振ってダンジョン探索に頭を切り替えた。
「どうしました?」
「……いやなんでもねえ。他にこのダンジョンでどんなことが想定される?」
「ええ、わたくしたちを誘い出すことで……」
その時、二人が発動中の感覚強化が敵の襲来を知らせる。
地獄の亡者の成れの果てのような、ドス黒い霊魂が出現し、坑道の岩に乗り移って人面岩のような怪物に変化し、猛スピードで二人に転がってきた。
「早速雑魚が来やがった。地獄に還りやがれ」
「!? 待ってください! これは……」
「BANG」
ヤスコの制止を無視して、アイアンは指鉄砲から生み出した空気圧で発射した金属弾を発射して、前から転がる岩のモンスター達を撃ち抜く。
だがしかし、衝撃が加わったモンスター達の体が大爆発を起こした。
同時に無数の岩の破片を飛ばし、それが坑道の壁面を貫くと、衝撃でアイアン達のいる坑道が轟音を立てて崩落してしまう。
「Shit! 爆弾!? 自爆攻撃か!?」
「擁壁!」
土の防壁魔法が発動し、アイアンとヤスコの周囲半径5メートルを、雪で作られたかまくらのようなシェルターを形成。
間一髪無事だったが、坑道が崩れて生き埋めになってしまった。
「……なんとか回避できましたね。これからどうしましょうか」
「はっ、どうするもこうするもねえよ。ミスっちまったが、修正可能……ん?」
ヤスコはうっすら顔を赤らめて、アイアンに微笑みかけた。
「ふふ、でもあなたとわたくし狭いところで二人きり……」
「はいはい、そうだなそうだな狭いなぁ。ヤローこざかしい真似しやがって、クソムカつくぜ。そこどけビッチ」
アイアンは左手に持つ専用武器、アイアンワンドに魔力を込める。
「鉄錐」
するとバットの形が変化し、硬質の刃が螺旋状に渦巻く掘削用ドリルに変化した。
「yo 捕まれ!」
「喜んで」
ヤスコが両手をアイアンの背中に回してしがみつく。
「ちまちまダンジョン攻略なんかしてられっか!」
ドリルがけたたましい音を立てて高速回転し始め、アイアンが真下に押し当てる。
回転力と打撃力が高すぎて、掘削どころか岩盤を分子分解しながら、地中を勢いよく掘削していく。
「まあ! すごいすごい!」
「あぁ!? 聞こえねえよ!」
ヤスコは年相応にはしゃぐ声をあげ、ダークイフリート目掛けて地下を掘り進む。
その頃、地中を掘り進むチュウ太郎に、ゴメス達も随行していると、チュウ太郎の動きが止まる。
「なんや? 爆発? どこかで崩れたで」
ハンは冒険者達に振り返る。
「うむ、多分罠が仕掛けられてるのう。あの子達、おそらく無事だとは思うが……」
「なんか来んでおんどれら」
するとチュウ太郎が掘り進めた坑道の後方から、アイアン達を襲った人面岩の群れが出現した。
「ああ、来やがったぜ!」
「どうしますか老師?」
ハンは長年の経験とチュウ太郎が感じた爆発で、出現した人面岩の特性を一瞬で見抜く。
「馬鹿弟子よ、凍結の仙術じゃ。おそらくあれに直接攻撃すると爆発するぞい」
「馬鹿馬鹿言うんじゃねえジジイ! 仙術、氷結吐息」
リュウが体内で練った青龍のエネルギーを口から吐き出すと、凍てつく波動が空気が液化し、これを爆弾岩に浴びせかけた。
「Ah, vale! そういうことかオラァ!」
凍結して固まった爆弾岩の群れを、ゴメスが打撃技で次々に粉砕していく。
ーーほほう、凍結された岩を軽々と砕くか
ーーうちの岩山崩拳に似るか。かなりできるこいつ
ゴメスの打撃力を冷静に分析するハンとリュウとは対照的に、アリーフが冷静さを欠いて狼狽える。
「な!? 貴様、爆発、何を考えて……」
アリーフが爆発から身を守るために身構えたが、粉砕された爆弾岩が爆発することはなかった。
「?」
「ああ、爆弾ってのは、極低温状態だと爆発しねえ。昔聞いた話だ」
ゴメスは転生前、連邦刑務所に収監されていた時に連邦ビルの爆破事件に関わったテロリストから、興味本位で爆発物の話を聞いたことがあった。
FBIやSWATの爆発物処理班が、爆発物を液体窒素などを使用して凍結させてしまう、いわゆるフリーズ・トリートメントと言われる処理方法である。
「昔? 貴様は俺よりも歳が下のようだが、地球という異世界の話か?」
すると今度は、高熱を帯びた火の玉のような地獄の亡者の魂がゴメス達に迫る。
ーーギブソンをやりやがった火の玉か!
ゴメスの右手の甲に、ラテン系の美しい女性の横顔の刺青が浮かび上がると水の精霊力が湧き、首に羽の生えた蛇の精霊の刺青が発現すると、風の力が宿った。
ーー確か一流のカラテカは、パンチ1発で数インチ離れたロウソクの火が消えるという。そいつをイメージだ。
ゴメスは、燃え盛るエネルギー体と化した地獄の亡者に風と水の精霊力を発動させた冷凍拳を繰り出す。
すると、冷気をまとった風のエネルギー弾が炎をまとった亡者の火の玉を消し飛ばす。
「¡Qué chido! さすが俺!」
コツを掴んだゴメスは、亡者達に次々と魔法拳を繰り出す。
「その歳で見事な武技の突きじゃ!」
「俺より目立つんじゃねえ格闘屋!」
ゴメスが放つこの魔法拳は、優れた戦士が武術を通じて魔法を具現化する武技と呼ばれ、天才とうたわれるアリーフも原理を瞬時に理解する。
ーーこれは風と水の複合魔法の武技か。ならば俺も!
魔法剣士と名高いアリーフも、剣の刃に魔力を付与し、燃え盛る亡者を斬撃で切り飛ばす。
「まだまだ来るぜ。チュータロー、俺たちがモンスター退治してる間に、穴掘っちまいな」
「任しとき、チュチュチュチュー」
チュウ太郎が硬い岩盤を爪で砕くと、先史時代の遺跡群がある広大な空間が見えた。
「よっしゃ! 自分ら飛び込み!!」
その頃ショーンの予知を聞いたバーベンフルトは、再び現れるというダークイフリートを迎え討つために、残った冒険者隊を率いる。
「組合長、出現地点はわかるか?」
「多分あのあたりっす」
ショーンが指差す方に、バーベンフルトが移動して、ハルバートを下段に構える。
「では待ち構える。予知能力の精度は?」
「えーと、未来の結果が変わる場合もあるけど、今のままだと……」
「よろしい。ならばハロルド、来なさい」
巨大なゴーレムと共に、ハロルド達がバーベンフルトの前に駆けつけた。
「ハロルドよ、先ほどのモンスターが洞窟から現れる可能性がある。周囲を警戒して、万が一に備えるぞ」
「はいお師匠様」
すると同じチームのエレナは、パンドラが操るゴーレムに振り返る。
「ねえ、彼女ならあの中の化物の動きとかわかるんじゃない?」
「あ、彼女すごいんだよお師匠様。潜んでるモンスターの位置も全部わかるんだ」
パンドラの操るゴーレムが、ショーンの予知でダークイフリートの出現するであろう地点に位置にすると、周辺の瓦礫や石畳がゴーレムに吸い寄せられて巨大化する。
「多分これで最初の攻撃が防げるわ。次はどうすればいい?」
「そうね、えーともう少し離れたところにショーン様やあたし達は移動して、出てきたら……」
エレナはトリノに向く。
「あんたがいれば大丈夫でしょ?」
「うむ、問題ない。最初の攻撃はお前達で防ぐのだ」
「お願いね。あとは東の冒険者達も呼んできたほうがいいよ。回復やサポートできるクリスタは、組合長のそばに」
「……ええ、わかった」
「それにアイアン達なら大丈夫だと思うけど、もしものために、鏡で脱出できるようにしたほうがいいわ」
「うん、そうだね。お師匠様ならどうしますか?」
「うむ……」
自分が指示を出す前に、布陣の仕方や戦術、役割分担まで口にするエレナに、バーベンフルトが驚く。
「そのプランでさっそく仕事に取り掛かろう。組合長、こちらへ」
「あ、ああ」
バーベンフルトは、呼んだショーンの前に屈んで視線を合わせる。
「彼女は何者だ? CからBに上がったようだが、まるで生まれついての指揮官のようだ」
ーー確かに、状況判断っつーか、人の仕切り方を最初からわかってるつーか、なんつーかこの子、可愛い顔してイカちいし素性がわかんねえ。
「いや、自分もエレナのことは冒険者になったばっかで、デンランド出身しかわかんねえっす。でも振る舞いとか見るに、もしかしたらっすけど、デンランドの大貴族出身かもしれねえっす」
「……あの国のことは、私もわからないことも多いが……家族のことは聞いたかね?」
「えーと、確か実家にお父さんとお兄さんがいるようです。あの子、不思議な力持ってて、国で嫌なことがあったからこっち来たとか」
「……そうか。確か国家元首が冷酷無比と言われる皇帝オーロフと、最強の戦士が皇太子、金獅子カールだったか……」
バーベンフルトの呟きを聞いたエレナの表情に、わずかながら変化があったのを、ショーンは気付く。
ーーん? 今、なんかエレナの表情曇った? 皇帝オーロフと、散々俺も名前聞いた戦争キチガイの金獅子……まさかな。
「もう少し情報が必要だ。さらなる予知は可能か? 組合長」
「ちょっと待っててください。えーと意識を集中してっと……」
その頃ショーンに動きを予知されたダークイフリートは、王都ダブリンス地下深くにある古代遺跡の神殿まで退避し、体力を回復させていた。
「……魔王め。伝説通り我らが猊下と因縁があるようだが。いや、俺を復活させた猊下のためにも、冒険者共を抹殺してくれる」
手にしたオベリスクのひび割れを、鋼鉄でコーティングして修復しつつ、機を伺う。
だがしかし、洗脳装置でもあるオベリスクが破損し、依代になったアンデッドの魔騎士アルフレッドの精神力が低下したことで、ダークイフリートの精神世界で彼女は目を覚ます。
王都防衛騎士団の団長マーガレットである。
「……ここは?」
アルフレッドの精神世界の中で、眠るように目を閉じるリチャードと、助っ人のガイを見つめる。
「……副団長、いやリチャード……私はどうすれば。蘇ったお父様が……私を利用して、お祖父様を」
彼女は真実に打ちのめされ、自分がいま何をすべきなのかも見出せずにいた。
父親が悪の手先になり、自分に取り憑いて祖父ドニゴールを殺害。
全ての罪をリチャードになすりつけたことに後悔し、年相応の少女の顔に戻って涙を流す。
「本当は、あなたに憧れていた。あの時、燃え盛る屋敷から私を救ってくれた騎士。あなたは……」
その時、精神世界に光り輝く妖精と、ピンポン球ほどの大きさの光のオーブが彼女の周りを飛び回る。
「見つけたわ。あんたの言うとおり、悪魔の中に」
突如現れた妖精とオーブに、彼女は困惑しているとオーブが光輝き、薄布をまとったエルフ女性に姿を変える。
「ええ、無敵の彼がここまで追い込まれるなんて。どうすれば、彼を助けられるか……」
突如現れたエルフ女性は、マーガレットと目が合った。
「誰あなた? どいてくれる? あたしは彼を助けに来たの」
「……お前こそ誰だ。それにそこにいるのは、妖精? なぜここに?」
すると光り輝く妖精は、不機嫌そうに彼女達の周りを飛び回った。
「さっさと、そのニンゲンの男とあたしのイフリートを助けてよ!! 役目でしょあんたの!」
「わかってるけど、どうすればいいか。あたしの破邪の魔法効果が切れそうで……」
「なんなんだお前は!」
困惑するマーガレットに、エルフ女性はため息を吐いた。
「あたしの名はウナ、彼の恋人よ」
「はぁ!?」
「といっても彼があたしのことをどう思ってるか知らないけど」
突如リチャードの恋人と名乗った現れたウナに、マーガレットは激しく動揺する。
「な、なんでエルフが!? それにその格好、ふしだらな娼婦みたいに」
「娼婦だけど何か文句ある?」
「……いや」
マーガレットは、眠るように目を閉じたリチャードに振り返る。
「彼を助ける方法、心あたりありそうね。ヒュムの女騎士さん」
「……私は初めて……彼の心の中を知った。彼が、聖王国最強とまで称されたギルバートが、生まれる前の過去に囚われてることを。別の世界の騎士だった彼の過去」
「別の世界? 過去?」
「ええ、彼は戦士で正義の騎士だった。でも、仕事がうまくいかなくて汚職に走って。それで愛する者や守るべき者、全てを失った絶望を思い出して……」
言葉に詰まるマーガレットの頭上を、フューリーが飛び回る。
「なーるほど、あの馬鹿勇者と同じ地球出身ね。こいつを目覚めさせるのは、過去を払拭することよ。あたしはイフリートを目覚めさせるから、あんた達でそのニンゲン目覚めさせて」
「どうやって? 妖精さん」
ウナの問いに、フューリーが精神世界で眠りにつくリチャードを指差す。
「あんた達で、あの男の記憶の中に入ればいいの。ここは悪魔が作り出した精神世界だけど、念じれば幽体のあんた達はこいつの魂の中に入れるわ」
ウナとマーガレットは互いに顔を見合わせると、お互いに念じ合い眠りにつくリチャードの魂に入りこむ。
リチャードの魂は複雑なダンジョンのように階層化しており、彼女達が彼の魂の源流まで飛び、記憶を垣間見る。
小動物からさまざまな生物を経て、輪廻を繰り返しながらリチャードの魂がヒトに至る過程を見る。
「これは彼の魂の記憶……」
「あたし達精霊種のエルフと違って、他の生き物の寿命は短い。けどその生命のサイクルの中で、彼は魂を成長させてきたんだ。見て、あれを」
どこかの戦場でリチャードに似た中年の男が、この世界の騎士と同じような甲冑を身につけ、彼女達には理解できない言葉を叫び、剣を片手に馬上で指揮を執っていた。
その後、戦争で受けた矢傷によって、余命幾許もなく寝たきりになった彼に、献身的に看病するマーガレットに似た女性の姿を二人は見つめる。
「なんか、あんたに似てるわね。彼女」
「……」
「彼だけど今の彼じゃないわ。もっと先に」
さらにリチャードの魂の中を飛び、彼女達が知るリチャードの意識を探し出そうと奔走する。
次回は久しぶりに一人称の視点へ切り替わります




