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[3-32] 騎士団

ミランダの考えとは異なり、ローベルグとしては騎士団長として、自分の考える正しさを説明する。

「第九騎士団に移籍した以上は、私の責任で任務に当たらせる。今回は対魔物の任務に就くことになった。死の危険のある任務に就く事は本人も分かっていた。今の情勢では今後も第九式団が対魔物関係の任務に就く事になる。アランは引き際をわきまえていないという理由で、アランだけを特別扱いして、危険度の低い任務に就けるのは不公平だ。それに、いつまでも、更生の余地のない問題児を抱えておくのが騎士団の利益になるのか?」

 なる訳がない。正当な理由なく、特定の人物を優遇すれば、必ず周りの者から不平不満を持つ者が現れる。

「本当に、更生の余地はなかったのですか?」

 ミランダはまだアランを更生できたかもしれないと考えているようだが、ローベルグは彼の経歴からそれは無理だろうと想定していた

「君はアランを更生できなかった。だからこそアランは死んだ。違うか?」

 実際にミランダとの任務でも命令無視をした。それを見たのは他ならぬミランダ自身だろう。

「時間を掛ければ更生できたかもしれません」

 それでもミランダはアランを更生で来たと信じているようだ。

「それは君が面倒を見るというのか?」

 アランが無事に生きて戻ったのならば、第九騎士団として今後もミランダと対魔物の任務に就くことになっていたかもしれない。

「それが命令ならば」

 命令には従う。それは騎士としてというよりも、上下関係のある組織において重要な事であり、アランにはできなかった事だ。

 しかし、ローベルグは今となってはアランとミランダを共に行動させるつもりはなかった。

「一度ならば、更生の余地を信じて君とアランを同じ任務に就かせるというのは有りだった。しかしそれでも構成の余地が無いと分かった今となっては、アランの構成よりも君の身の安全の方が大事だ。」

 脅しや誇張ではない。魔物と相対した時、足を引っ張る者、命令を無視する者が居れば死に直結する。それはミランダが身をもってよく知っている。今回は運よく助かったが、次はどうなるか分からない。

 アランは対魔物に関する任務に就くのは今回が初めてであった。つまりは対魔物の任務であれば、問題を起こさずに結果を出すかもしれないという期待が少しはしていたが、命令違反を行い、同行者を危険に晒すという結果に終わった。

 つまりは対魔物の任務であろうがアランは問題を起こす事が分かった。その危険性が分かった以上は、ミランダを危険に晒してでもアランと行動を共にさせる等という事はしない。

「それは本心ですか? 私は死にかけましたよ」

 一度は死にかけたミランダはローベルグはミランダが死んでも構わないという発想で対魔物に関する任務に選んだと思っているようだ。

 実際に死にかけたのならばそう思われても仕方がない。それでもローベルグは自分の考えを説明した

「いいか、あの任務はゴーレムの存在有無を確認するだけの任務だった。ゴーレムを討伐したのも、遺物と遭遇したのは想定外だ。もちろん、アランが戻ってこなかった事もな」

 言葉で言っても信じないだろうが、それはローベルクの本心である。アランが死ぬ事があってももう少し先の事だろうと予想していた。

 ただの偵察任務で、死者が出ると思うだろうか。相手は動きの鈍いゴーレムを想定していた。最悪でも逃げる事は、生きて帰ってくることは可能だと思っていた。

「では何故アランは戻ってこなかったのですか?」

 いくら問題児といえど、自分の部下が死んだという点で、ミランダは罪悪感を感じているのだろう。

「彼は自ら選んだ選択だ。君が気に病む事ではないだろう」

 ミランダの命令で魔物と戦ったのであればともかく、アランは彼自身の意思で魔物と戦った。それをミランダに責任を取らせるつもりはローベルグはなかった。

「私は、あの時現場の指揮官だったんですよ」

 指揮官である以上は、部下の行動には責任を持つ。それは一般論ではあるが今回は例外となるだろう。その理由は簡単だ。

「彼は命令に背いたんだろう? 命令に背く部下の責任を、指揮官が取るというのはおかしいと思わないか?」

 以前ガエラと相対した際に、ミランダは部下を一人失っている。その時と今回で大きく違うのは、今回はアラン本人の意思でミランダの命令に背いたという事だ。

 何より、折角勧誘した魔物との戦闘経験がある騎士を、さらに生きた遺物を目撃した騎士を、たった一人部下を失ったぐらいで手離すつもりはローベルグにはない。

「アラン本人に責任があるという事ですか?」

「一番責任があるのはアランだろうな」

 ローベルグ自身、騎士団長という立場である以上、命令を無視する部下に手を焼くという状況はそう珍しい事ではない。

 部下が再三指示しても命令に従わず、失敗を繰り返した挙句、上位者であるローベルグが責任の一端を負わせることになるという事も度々起きている。

 そう言った場合でも、ローベルグが上位者であるというだけで、責任の一端を負わさせるというのには理不尽な点を感じつつも、組織である以上は仕方がないと考えるようになり、今となってはさほど気にならなくなっていた。

「それで周りが納得しますか?」

 騎士一人が死んだとなれば、誰かが責任を負わなければならない。それが本人の不注意であったとしても、本人に全責任を擦り付け周りの者はお咎めなしという事にはならないだろう。

 では一体誰が責任を取るべきなのか。

「だからこそ、これは美談にする必要がある」

 問題のある騎士が命令無視をして死んだのではなく、仲間を庇って死んだ。そうなれば騎士団は批判の目ではなく、同情の目を向けられる。

「美談にすれば責任を取らなくてよくなると?」

 ミランダの声は懐疑的であった。

「偵察任務中に想定外の魔物に遭遇し、偵察任務用の戦力では太刀打ちできなかった。本来は全滅してもおかしくなかったが、騎士の一人が自ら犠牲となって他の二人を生かして返した。そういう話になれば誰も非難されずに済むというのは楽観的過ぎるかもしれないが、すくなくとも非難の声は少なくなる。違うか?」

 死者が出た以上、少なからず責任追及はあるだろう。それでも問題児の暴走という話よりも非難の声は少なくなるだろう。

「確かに非難の声は少なくなるかもしれませんが…」

 アランが暴走して死んだのと、自ら犠牲となったのでは、事態の受け取り方が全く変わる。騎士団といえど国営の組織だ。民衆からの非難の声が大きくなってしまえばそれを無視する事はできない。非難の声を少なくすることの重要性はミランダも理解しているのだろう。

「死んだアランの名誉も守られて、生き残った君の立場も守られる。これで一体だれが損をするというんだ?」

 損得勘定だけで考えれば、このやり方であれば誰も損をしない。騎士団長として、この方法こそが最も騎士団の利益につながる。

「誰も責任を取らないというのが正しいのですか?」

 団員の死という事態に対し、誰も責任を取らなくてよい方向に話を持って行こうとするローベルグの考えを、ミランダは受け入れられないようだ。

「不測の魔物との遭遇は不慮の事故だ。不慮の事故に対する責任を誰が取るというんだ? 責任者である私か?」

 今回の任務で、ゴーレムの目撃情報を情報源として、ローベルグはミランダ達三人の派遣を決めた。それならば、三人の派遣を決めたローベルグが責任を取るべきとミランダh言うつもりだろうか。

「いえ、それは…」

 流石にローベルグ本人の目の前で、ローベルグが責任を取るべきとは言えないのだろう。そうなると次には現場に居た騎士が責任を取るという話になる。

「誰かが責任を取るというのであれば、君はどうなんだ? アランの死の責任を取って騎士団を辞めろと言われたら、受け入れるのか?」

今後アランが死んだ責任を誰かが取るという話になった時に、ミランダは現場の指揮官として、その責任をとり騎士団から追放されるという処罰を、覚悟しているのだろうか。

「…それは、できません。私にはまだやらなければならない事があります」

 ミランダとしても、今回の出来事を機に騎士団を去るという考えは無いようだ。

「それは、弟の件か?」

 以前ミランダは語っていた。悪魔憑き疑惑にかけられた弟について、その真相を知りたいと。

「はい」

 ミランダもそれは隠すつもりは無いらしい。先ほどローベルグに認識印の話をされて、嫌な顔をしたものの、悪魔憑き認定された弟の事は気にかけているという事か。

「安心しろ、そうならない様に、最大限の努力はしよう。まあ、生きた遺物を見たというのであれば、君を騎士団から追い出すような事にはならないだろうがね」

 ローベルグとしても、ミランダにアランの死亡の責任を押し付けて騎士団から追放するといった事をするつもりは無い。

「アイリーンもあれを見ていますよ」

 ミランダはあの遺物が口外してはならない存在である事を知っているが、アイリーンはどうだろうか。

 当然知らないだろう。あの存在を知っているのは騎士団の中のごく一部の者だけだ。王宮魔術師団の極一部の上層部の者は知っているだろうが、アイリーンが遺物の存在を知るはずがない。

「では、口止めをしておく必要があるな」

 ローベルクの言葉は特に他意は無く、本心から出た言葉であった。

「口止めで済むんですか?」

 だが、どうやらミランダはローベルグが何かするのではないかと疑っているようだ。

「私がアイリーンを口封じするとでも?」

 ローベルクは苦笑しつつ答えるが、ミランダにとっては冗談では無かったようだ。

「あなたがその気になればできるのでは?」

 アランに対する未必の殺意を認めたのだ。疑われても仕方がない。

「私にそこまでの権限は無いし、アイリーンには私にとって利用価値のある人物だ」

 ローベルグは極力ミランダを刺激し無いような回答をした。

「どのような?」

 余程アイリーンの事を心配しているのかミランダが踏み込んだ質問をしてくる。

「彼女には騎士団と王宮魔術師団の友好の懸け橋を担ってもらうつもりだ。そうやすやすと切り捨てるつもりはない」

 騎士団との任務に同行し、ゴーレムと遺物と戦闘しながらも生きて帰った王宮魔術師。アイリーンにはその生き証人として、騎士団と王宮魔術師団の友好関係を築くきっかけとなってもらうつもりだ。

「では、私は今後どうなりますか?」

 ミランダは部下を死なせた事の責を問われると思っているのだろう。

「君はこのまま第九騎士団として魔物討伐の任務に引き続きあたってもらう。あの粉末はゴーレムの残骸だろう? グールに続きゴーレムまでも討伐した。そのような優秀な人材を手離すつもりは無い」

 ミランダが目を覚ますよりも先に、ミランダが所持していた粉末は王宮魔術団に解析にかけられゴーレムの死骸だった事が判明している。

 つまりは本来の目的であったゴーレムの存在有無を確かめるとう点で任務の目的は達成されている。

「私を処罰しないのですか?」

 偵察任務の目的は達成したが、かといって同行した騎士の一人が帰らぬ者となったのもまた事実だ。それに対して、何らかの処罰があるとミランダは考えているのだろう。

「アランの死についてはさっき話した内容で上に報告する。安心したまえ。上の連中も私や君を処罰したら、代わりの者が魔物討伐任務に就かなければならない事は分かっている。アランの死については任務中に想定外の魔物に遭遇した不幸な事故であり、アランの自己犠牲によって、事故にあったにもかかわらず二名が生還できたという美談に仕立てる方向になるだろう。そうすれば誰も責任を取る必要はなくなる。分かったら余計な事は口外しない事だ。特に生きた遺物についてはな」

 アランの死を利用する。それは人道的には間違っているのだろう。それでも騎士団長として、騎士団の今後を考えるのであれば、ローベルグは自分の行動が正しいと信じていた。

「分かりました」

 説得の甲斐があったのか、ミランダは力なく同意した。現場にいたミランダからありのままの事実を暴露されてはローベルクの案は成立しない。

 ミランダの同意を取り付けた事に一息つきながら、ローベルグは腰を上げる。

「では救護班から聞いていると思うが、数日は経過観察だ。その間は休みたまえ。アランの死に関する処理はこっちで済ませておく」

 それでも、ローベルグにはまだもう一仕事残っていた。生きて帰ったのはミランダだけではない。


 ●


 次にローベルグはアイリーンの元へ向かった。無事とは聞いているが、王宮魔術師団から一時的に身柄を借り受けているという状況のため、自分の目でアイリーンの安否を確かめたいと言う気持ちが強かった。

 また、ミランダの証言が正しい事の裏を取らなければならない。特に生きた遺物に関しては。それにミランダ達を王都まで送り届けた者についてアイリーンが何か知っている可能性もある。

 アイリーンの部屋に入ると、彼女はミランダ同様ベッドに寝かされていたが、外傷はなく意識ははっきりしていた。

「ロ、ローベルグ団長!」

 こちらに気が付くとアイリーンはベッドから半身を起こした状態で、電撃でもうけたかのように背筋を伸ばし、ベッドから出ようとする。

「そのままでいい。怪我人に無理をさせるつもりは無い」

 ローベルグはそれを手で制止しつつ、ベッドの近くまで歩み寄る。

「わ、分かりました」

 そう言うと、アイリーンはベッドで上半身を起こした状態で固まった。

「少し話を聞かせてもらえるか?」

見た限り、アイリーンは話をするには問題なさそうな容体だ。ミランダと同様魔術で寝かされていただけなのだろう。

「は、はい」

 目上の人物と二人きりで会話をする事に慣れていないのか、アイリーンは目に見えて緊張していた。

「そう緊張せずに楽にしてもらっていい」

 ローベルグとしてはただの事実確認をするつもりであり、ミランダからもある程度の話は聞いている。ミランダの話が事実であれば、ここで話をしたからといって、ミランダから聞いた以上の情報が手に入る事は無いだろうと考えていた。

「は、はい」

 そうは言われてもアイリーンとしては団長の前で楽にするというのは無礼だと思ったのか体勢を変える事は無かった。あるいは、アランが戻らなかった事についての処罰を気にしているのかもしれない。

「任務中に、何が起こったか聞かせてもらえるか?」

 ローベルグはあえてミランダから先に話を聞いた事を伏せたまま、本題に入る事にした。

「も、森で、ゴーレムを倒した後に別の魔物に襲われて、そこでミランダさんからは逃げるように指示を受けて一人で逃げました。そ、その後に冒険者の一団に助けられて、ミランダさんの所に戻りましたが、そこで気を失いました」

 アイリーンの証言は、ミランダの証言と一致する一方で、新しい情報が出てきた。冒険者の一団。ミランダの口からは出なかった単語だ。

 恐らくアイリーンがミランダの下に戻った時にはすでにミランダは気を失っていたのだろう。

 ミランダが気を失っている間に何が起こったのか。それはアイリーンの証言頼みとなる。とはいえ、二人が気を失ったまま、騎士団の宿舎前に運ばれたという事実から、二人は恐らく人間の手によって輸送されたのだろうという予想はローベルグもしていた。そしてその人間が冒険者である事も。

「冒険者と合流した後に気を失ったとはどういう事だ? 魔物から不意打ちでもされたのか?」

 とはいえ、ローベルグの予想ではミランダとアイリーンの二人が気を失った後に冒険者が救助に来たのだと考えていた。先に冒険者に救助されたというのであれば、なぜアイリーンは気を失ったのか。

「い、いえ、それが、これは推測ですが冒険者の内の一人に腕の良い魔術師がいて、睡眠魔術を掛けられたのだと思います」

 つまり、ミランダ達を助けた冒険者と、ミランダ達に睡眠魔術を掛けた魔術師は同一という事になる。

「なぜ睡眠魔術を掛けられたか分かるか? 直前に口論をしたといった睡眠魔術を掛けられる心辺りのある事は?」

 冒険者に助けられたという事は、少なくとも最初は敵対する意思はないという事だが、その冒険者に催眠魔術をかけられるというのは、冒険者達は何か見られたら困る事をしようとしたというのか。

「そ、それは、分かりません」

 アイリーンは目をふせた。それは自分の無力さを申し訳なく思ってか。あるいは何か隠し事をしているのか。

 最初に冒険者たちにアイリーンが助けられた時にはミランダとは別行動でアイリーンは一人だった。という事はアイリーンが騎士団に同伴しているという事を知らずに助けた可能性が高い。

 つまりアイリーンが騎士団と行動を共にしていたという事に気が付いたために眠らせたとなれば辻褄が合う。

 とはいえ、本人が分からないと言っている以上は、あえてローベルグ自身の推理をアイリーンに聞かせる必要は無いだろう。

「アランがどうなったかは見たか?」

 ミランダを助けに戻ったというのであれば、アランの最期を見届けているはずだ。

「わ、私が最後に見た時には血まみれで地面に倒れてました」

 その言葉もまた、ミランダの証言と一致する。

「血まみれというのは、戦闘で負傷したという事か?」

 それでもローベルグは詳細を確認する。

「は、はい、魔物に襲われました」

 遺物の存在を知らないアイリーンからすれば、遺物の事を魔物と称する可能性が高い。

「その魔物の特徴は?」

 ゴーレムとの戦闘で血まみれになるというのは考えにくい。ミランダの言葉通り本当に遺物と遭遇したのか。

「お、狼のような魔物ですが、体が硬く武器での攻撃はあまり効果がありませんでした」

 それはまさしく遺物の特徴と一致する。

「それを君が倒したのか?」

 生きて戻ったという事はアイリーンがその魔物を倒したのか。それとも冒険者達が倒したのか。

「さ、最初に遭遇した一体は私の魔術で倒しました。まだ息があるようだったので、生け捕りにして帰還しようとしたところ。群れに囲まれました。群れがどうなったのかは分かりません。途中で気を失ったので」

 武器での効果は薄いが魔術は利く。そうなれば、今後はますます王宮魔術師団の協力が必要になる。

 また、ゴーレムではなく生きた遺物による襲撃を受けたというのはこれで確定だ。ミランダを疑っていたわけではないが、生存者二人の口から同じ内容が語られたのだ。嘘や見間違いではないだろう。

「冒険者の顔は覚えているか?」

 残る問題はアイリーンが単独行動時に遭遇した冒険者だ。その正体を知る必要がある。

「い、いえ、顔を見る前に眠らされたようで相手の顔は覚えていません」

 その証言に、ローベルグは僅かばかりの違和感があった。

「相手の顔を見る前に眠らされた?」

 確認のためにローベルグは再度状況を確認する。

「は、はい」

 アイリーンが体を再び強張らせた。それが何を意味するかは、ローベルグは察しがついていたが、それでも自分の考えを口にした。

「冒険者と合流してから、ミランダの元に戻ったにも関わらず、相手の顔を一度も見なかったのか?」

 出会って直ぐに眠らされたのならともかく、しばらくの間は行動を共にしていたのだ。顔を覚えていないというのは不自然だ。

「い、いや、そ、それは、見たんですが、あまり覚えていないです。ね、眠らされた影響かもしれません」

 アイリーンが露骨に口ごもる。

「相手の人数は覚えているか?」

 三人が苦戦する相手を一人で撃退したとは考えにくい。相手は複数人いるはずだ。

「そ、それは、三人以上は居たと思いますが、正確な数は自信がありません」

 冒険者についてはミランダは見ていない。よってアイリーンの発言を嘘と断定する事は難しいが、ローベルグは今のアイリーンの発言を信じる気にはなれなかった。

「顔も覚えていないのに、冒険者と分かるのか?」

 顔すら覚えていないのに、何故冒険者と分かるのか。

「も、森の中に魔物を倒しに来る集団は冒険者でしょう」

 話せば話すほど、アイリーンの話は怪しくなってくる。

「相手が『魔物を倒しに来た』と言ったのか? 君が魔物に襲われたところを助けたのは分かるが、相手には最初から魔物を倒すという目的があるとなぜ分かる?」

 アイリーンの口ぶりからは、相手の冒険者から何か話を聴いているような印象を受ける。それでいて相手の顔を覚えていないというのはどうにも腑に落ちない。

「い、いえ、それは、言っていたような…」

 この反応は、目覚めたばかりで記憶が混乱しているという見方もできるだろう。しかしローベルグはそれ以外の理由からくる反応だろうと薄々思っていた。

 何故冒険者の顔を覚えていないという嘘を付く必要があるのか。それは出合った冒険者が、ミランダと接触した事が判明すると面倒な事になる人物だからだろう。そのような人物は一人しかいない。

 そうなるとその正体はローベルグの予想通り、一人しかいない。

「まあいい。起きたばかりで気が動転しているのだろう。こうなったからには、王宮魔術団の人物からも事情聴取を受けることになるだろう。矛盾した発言をしたら余計な疑いを生む。大変な事があって混乱しているとは思うが、起きた出来事は整理しておくことだ」

 ローベルグとしても、恐らくアイリーンが嘘をついている事は察していた。しかしこの作戦には今後の王宮魔術師団との協力関係を維持する事を目的としている。

 作戦行動中アイリーンが何か問題を起こしていたとなると王宮騎士団との良好な関係を望めなくなる。

 ここで下手に真実を追求するより、本人の覚えていないという言葉を信じた方が良い。それにアイリーンがミランダを庇うというのであれば、騎士団側のローベルグとしては、今後もアイリーンには利用価値があるという事になる。

 よってここでアイリーンの証言に矛盾があったところで、それが偽証であると暴いたとする。そうなればアイリーンは王宮魔術師団から追放される危険性がある。それはローベルグにとって都合が悪い。

 何よりアイリーンの証言はアイリーンが自発的にした事である。万一嘘である事が分かったところでローベルグは嘘の証言を聞かされたとう立場を取れば、ローベルグ自身が浮ける被害は最小にする事ができる。

 そうであるならば、今ここでアイリーンを問い詰めるよりも、彼女に時間を与え、辻褄のあうような作り話を考えてもらう方が良いだろう。

「分かっていると思うが、私はミランダにも今回の報告を聞く。ミランダの報告と矛盾があればすぐに分かる。それは分かるな?」

 今のところミランダとの証言に齟齬は無い。今の状態でアイリーンが嘘を付いていたとしても、それをローベルグが証明するのは不可能に近い。

 言動と状況証拠からしてオリバーに会った事を隠しているのだろうが、それをローベルグが証明できるような物的証拠や証言は無い。

「は、はい」

 アイリーンは露骨に目を逸らす。これでは何か後ろめたいことがあると言っているようなものだが、ローベルグはあえてそれを指摘せずに話を続ける。

「しかしミランダと別行動をした際になにが起きたかについては完全に君の証言に頼るしかないという事になる。つまり君が嘘を言った所でそれは証明できないわけだ。君が遭遇したという冒険者に話を聞く事ができれば話は別だが、君が相手の顔や名前を憶えていないと言うのであればそれも難しいだろう。それでも万一その冒険者が見つかった場合、今回の件について話を聞く事になるかもしれない」

 ミランダの証言と照らし合わせれば、アイリーンを逃がすためにミランダ自身が囮になったというところまでは一致するのだが、アイリーンが一度ミランダの元を離れた後の話というのはアイリーンの証言に頼るしかない。

 アイリーンはミランダに助けられている。命を助けられたという恩を感じているのであれば、ミランダの肩を持つだろう。となれば伏せている情報というのは、ミランダの立場を危うくする情報だ。

「だが、君が相手の顔や名前を憶えていないと言うのであれば、それを嘘の証言と証明する事は出来ない」

 ローベルグは気付いていた。アイリーンが冒険者と遭遇したとして、今ここでその詳細を話したがらないとしたら、その相手は一人しかいない。

 そしてローベルグとしても、その名前をここで出されると少々面倒な事になる。であれば、本人が言った、覚えていないという証言をそのまま採用した方が都合が良い。

「あ、あの、それはどういう意味でしょうか?」

 こうした駆け引きに疎いのか、アイリーンにはローベルグの意図が伝わらなかったようだ。ローベルグはもう少しかみ砕いた言い回しでアイリーンに自分の意図を伝える。

「君が覚えていないと言えば、私はそれを信じるしかないという事だ。君が罪人であれば話したくなるようにする方法もあるが、君はただの怪我人だ。無理に聞き出すような事はしない」

 今のアイリーンは立場上騎士団が王宮魔術師団から預かっている人員であり、怪我人である。乱暴な扱いをするつもりは無い。

「そ、そうですか。ですが、冒険者の顔は覚えていないので」

 アイリーンは曖昧な苦笑いでそう答えた。少なくとも、今の状況では冒険者の顔は覚えていないと証言する方が良いという事は伝わったようだ。

「それから、ミランダには先に話を聞いている」

 一通り話を聞き終わり、話題を変える意味も込めて、もう隠す必要が無くなった情報を開示する。

「ぶ、無事なんですか?」

 ミランダとアイリーンは救護室に収容されてから、まだ直接会う事を許されていない。アランが戻っていない事もあり、事情聴取が終わるまでは当人同士の接触はさせないようローベルグが指示したからだ。

「ああ、会話をするのには問題ないぐらいには快復していた。数日は様子を見ることになるが問題はなさそうだ」

 ローベルグはアイリーンの反応を見て、冒険者に寝かされたというのは本当なのだろうと思いつつ、話を進める。

「そ、その、数日様子を見るというのは…」

 病人や怪我人を数日救護室に収容して容体を見るというのはそれほど珍しい事ではない。だがアイリーンは何かを気にしているようであった。ローベルグはアイリーンが何を恐れているか予想は付いていたが、鎌をかける事にした。

「君が最後にミランダを見た時、ミランダはどうなっていた?」

 果たして、アイリーンが気を失う直前に、一体何を見ていたのか。

「そ、それは、アランさんと同じで血まみれで倒れていたように見えました」

 アイリーンから見ても、ミランダは瀕死の重傷であり、助かったのが不思議だという事だろう。

 そんな状態からミランダが快復に向かっていると聞いて、何を恐れているというのか。答えは簡単だ。

「安心しろ。ミランダの認識印は消えていなかった」

 それは、様子を見るという言葉が、快復を待つという意味ではなく、隔離処置を意味しているのではないかと言う事。つまりは今ミランダに対して悪魔憑きの疑いが出ている事を恐れているという事だ。

「そ、そうですか」

 ローベルグの言葉を聞き、アイリーンは安堵の域を漏らす。それはアイリーンとしてもミランダが悪魔憑きになった事を疑っていたという事であるが、今その疑惑を持つという事は、接触した冒険者が誰か教えているようなものである。

 ただミランダの身を案じているだけであれば、何故今認識印の話をしたのかが分からないと言った反応をするのが正解だ。

「君は隠し事が下手だな。もう少し気を付けたまえ。今のは聞かなかった事にしておくよ。あの件は下手に触れると面倒な事になる」

 ローベルグとしても、もはや冒険者の正体については疑う余地はなくなっていた。とはいえ物証はない。

 加えてローベルグは今後もミランダとアイリーンには、第九騎士団の元で動いてもらう腹積もりだ。ここで下手にミランダが弟と接触したかもしれないという話を持ち出したところで騎士団の不利益にしかならない。物証がないのであれば下手に触らない方がいい。

「な、なんのことでしょうか?」

 幸いにも、アイリーンもミランダとオリバーの接触が何を意味しているのかは分かっているようだ。その上で、アイリーンは白を切っているつもりのようなので、ローベルグは話を切り替える。

「ゴーレムではない別の魔物についてだが、あれは一部の者しか知らない存在だ。軽々しく口外しない方が良い」

 生きた実物を見てしまった以上、これは伝えておかなければならないだろう。

「フ、ミランダさんは知っていたんですか?」

 アイリーンは余程ミランダの事を気にかけているようだ。任務で行動を共にして、何か思うところがあったのだろうか。

「ああ、知っていたよ。だがこれは機密情報だ。君には話さなかっただろう。それとも、実物を目の前にして、何か口走ったのか?」

 いくらアイリーンが任務に同行していたとはいえ、機密情報を漏らして良い相手ではない。そうは言っても不意に実物が目の前に現れたら、何か知っているような反応をしてしまうのは無理も無いだろう。

「い、いえ、それは…」

 アイリーンは口ごもる。この反応は恐らくミランダは何かを言ったか、もしくは見た時の反応からして察する事があったのだろう。

 厳密にいえば、許可なく機密を漏らしたという事実が分かってしまえば、罰を与える必要が出て来る。それをアイリーンの口から言われてしまうと面倒な事になるため、アイリーンが余計なことを言う前にローベルグは先手を打った。

「ミランダも騎士団の人間だ。許可なく秘密を漏らすような事はしないだろう。だとしても実物を見てしまったとなっては、君も機密を知っている側の人間だ。ミランダと話す分には構わんが、外部には漏らすと面倒になる。それを忘れないでくれ」

 それを聞いたアイリーンは、目に見えてたじろいでいた。露骨な反応にローベルグは内心苦笑いをしていた。

「ミ、ミランダさんとは、また会えるんですか?」

 任務で何が起きたのか、証言が取れるまではミランダとアイリーンの直接の会話は禁止されていた。アランが戻らなったという事もあり、二人が何か後ろめたい事を口裏を合わせて隠そうとする可能性もあったため、念のためこのような処置を取っていたが、証言を確認した今となってはそれも不要になった。

「ああ、体に別状は無いようだから会う事は可能だ。今はまだ数日経過観察の状況下である以上、救護班の許可は必要になるがな。

 ローベルグとしてはミランダとアイリーンの接触を妨げる理由は無くなった。むしろ今後の事を考えれば二人の親睦を深めてくれた方が有難いぐらいだ。

「あ、ありがとうございます」

 特に礼を言われるような事ではないのだが、アイリーンは直接ミランダの顔を見て無事を確認したいのだろう。

「さて、他に何か聞きたい事はあるか? 無ければ私はもう行くが」

 ローベルクとしては必要な情報は聞き出せた。この後はアランが帰還しなかった事や、今後の王宮魔術師団についていろいろと処置をしなければならない。仕事は山積みただ。

「い、いえ大丈夫です」

 その返事を聞いてローベルグは椅子から立ち上がり、病室の出口へと向かう。

 扉を開けたが、外に出る前にもう一度アイリーンに向きる。

「そうそう、最後に一つ言っておこう。君には、魔物と戦って生きて帰ったという実績が出来た。この意味がわかるな?」

 そう遠くない内に、アイリーンは王宮魔術師団からも事情聴取を受ける事になる。その中で、今後も騎士団との協力関係を続けるべきかといった趣旨の質問も受けるだろう。

 王宮魔術師団は研究を主目的とした組織であり、魔物との戦闘を行うのであれば、今後も騎士団との協力が不可欠になる。

「はい!」

 そう答えたアイリーンの表情は決意に満ちていた。騎士団に協力的な魔術師が居るのは、今後の王宮魔術師団との協力において、大きな助力となる。

 ローベルグはアイリーンの性格上、魔物との戦いで死にかけたのであれば、今後は魔物に対する任務への参加は消極的になるのではないかと危惧していたのだが、その予想は良い方向に裏切られたようだ。


次話は2/10に投稿予定です。

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