[3-33] 予兆
ローベルグが病室から出ていき、扉が閉まるのを確認する。それでもまだ油断はできない。その足音が遠ざかっていき、聞こえなくなるのを確認してから、アイリーンはようやく胸を撫でおろした。
アイリーンにとって、ミランダは命の恩人となった。それは揺るぎのない事実だ。あの場所にアイリーンが取り残されていれば間違いなく死んでいただろう。
だからこそ言えなかった。
あの場所に戻った時、アイリーンは意識を失った。おそらくは魔術で眠らされたのだろう。しかし、その前にアイリーンは見ていた。瀕死の状態となったミランダを。アイリーンは王宮魔術師であり、魔術の知識は並みの冒険者や騎士よりもっている。その彼女の目でも、あの怪我は治癒魔術で治せる範囲を超えていた。あの怪我では助からないだろうと覚悟していた。しかし目覚めた直後、ミランダもここに担ぎ込まれていて、命に別状はないと聞かされた。にもかかわらず、保護された時のミランダに外傷は無く、魔術で眠らされているだけだという事だ。つまりはあれだけの怪我を負ったにもかかわらず、後遺症が全く残らない治療をされたという事になる。
それほどまでに腕の立つ治癒魔術の使い手をアイリーンは見た事が無いが、一つ心当たりがある。それは悪魔憑きである。
これはアイリーンの心の内に留めている事であるが、彼女は気を失う直前、ミランダと似た面影を持つ青年の事を見ている。そして、彼らの仲間の一人が、彼の事をオリバーと呼んだことも聞いている。よってあの人物がミランダの弟であるオリバーである事は確定だろう。
腕から騎士団の認識印を消したと言われているミランダの弟オリバー。如何なる方法で腕から認識印を消したのかは不明であり、別人が入れ替わっているという説もあるが、もしも本当に騎士団の認識印を消したというのであれば、王宮騎士団の魔術技能をはるかに凌駕する魔術技能の保有者が向こうにいるという事だ。
アイリーンが睡眠魔術をかけられる直前、あの冒険者達も瀕死のミランダを見ている。という事は何かしらの方法でミランダを治療しようとしたが、それを見られたくないからアイリーンを眠らせたというのが考えられる。
もしもその仮定が正しければ、ミランダが短期間で全快した事にも納得がいく。その一方で、そのような方法で本当にミランダの命が助かったのであれば、ミランダもまた悪魔憑きと呼ばれてしまう可能性が高い。
自らの恩人が悪魔憑きとして裁かれる事をアイリーンは望んでいない。同時に、果たしてどのような方法でミランダが回復したのか真相を知りたいと言う気持ちもある。それがミランダが求める悪魔憑きの正体と同一ではないのかとアイリーンは予想していた。
だからこそ、アイリーンは自分の推測をローベルグに話さなかった。
アイリーンは騎士団がオリバーを追っている事、騎士団の中にはミランダが悪魔憑きオリバーの姉であり白い目で見られている事を知っていた。そんな中でオリバーがミランダの窮地に駆け付けた事が知れたら、ミランダの騎士団の中の立場が危うくなるのは容易に想像できた。
さらに付け加えるならば、アイリーンにとってはミランダと同様にオリバーもまた命の恩人となっていた。
ミランダがあの場から逃がしてくれたとはいえ、アイリーンには追っ手がかかっていた。一人では倒せない相手であり、あの場にオリバーが駆けつけなければ死んでいただろう。
そのオリバーが悪魔憑きとして追われる立場になるのであれば、アイリーンとしては命を救われた恩返しをするためにも力になりたいと考えていた。そしてミランダもまたオリバーが悪魔憑きとなった真相を追っているのであれば、ミランダと行動を共にすれば、ミランダとオリバーの両方に恩返しができるという事になる。
また、アイリーンの中には一つの疑問が残っていた。あの時現れたオリバーは明らかにミランダの危機を察していた。一体如何なる方法で、ミランダの危機を知ったのか。状況を考えれば、ミランダを助けたのがオリバーである事は間違い無い。そうであれば、ミランダと戦っていたあの魔物とオリバーが通じているというのは考えられない。そうなるとオリバーがあの場所にやってきたのはミランダの状態を何らかの手段で知っていたという事になる。
アイリーンが見た限りミランダがオリバーと連絡を取っているようには見えなかった。加えて、ミランダ自身が、オリバーが悪魔憑きになった真相を知りたいと言っていた。その言葉を信じるならば、ミランダとオリバーが裏で通じており連絡を取り合っているとは考えにくい。
以前ガエラという賞金首とミランダ率いる騎士団が対峙した際に、オリバーもその場に合わせたものの、オリバーは騎士団から逃げきるという事が起こった。
それはミランダが何らかの手回しをして逃がしたのではないかという噂がある。あくまで現場に居たという状況からくる噂であり、証拠は何もない。
しかし今度は、ミランダの危機にオリバーが駆けつけた。それは騎士団側の人間ではアイリーンのみが知る事実だろう。この事実が広まればミランダの立場はさらに危うくなるだろう。
命の恩人である二人を危険に晒したくないという思いがある一方、真実を知りたいという思いも、アイリーンの中にはあった。
様々な思惑があるなか、アイリーンは、ミランダと共にオリバーを追う決意をしていた。
●
少し時を遡る。
オリバー達一行はミランダを送り届けた後、その足で魔女の館ユニオン本部に向かった。
ユニオンメンバーであるリリアが同伴している事、ほとんどのユニオンメンバーはオリバー一行の事情を知っている事から、オリバー一行が先日と比べてメンバーが三人増えていても大して揉めることは無く、ユニオン本部に入る事が許された。
オリバー、リリア、ヴァネッサからすれば見慣れた応接間に通されたが、そこに入るのが初めてであるギルス、ルーベル、マリルは物珍し気に室内に置かれている者を眺めていた。
そして程なくしてアンとサラが応接間にやってきて、リリアの口からこれまでの経緯を説明し、現在に至る。
「で、エルフが三人増えたって訳かい」
事の顛末を聞き終わったアンが最初に漏らした感想はそれだった。
「はい。この三人も、ここに寝泊まりさせて良いでしょうか。今後の戦力になります」
エルフの三人は今後オリバー達に同行する予定ではあったが、このユニオンの宿舎に泊らせるという話になるのであれば、アンの許可が必要になる。
「今まで寝泊まりしていた隠れ家は空賊に場所が特定されたから使い続けるのは危険だと判断して、廃棄してきたから今は寝泊まりする場所はない。里からは追放されてるから戻るわけにもいかない。だから一緒についてきたと」
アンは先ほどリリアから受けた説明を要点だけをかいつまんで再確認する。
「そうなります」
リリアはエルフ三人の事情を包み隠さず話していた。
「まあ、三人分ぐらいの部屋は用意出来るけど、あんた達もここで寝泊まりするっていうなら働いてもらうからね」
アンがギルス、マリル、ルーベルを見ながらそう言うと、三人はそれぞれ了承の意思を示した。
その返事を聞くと、アンは三人の技能を再確認する。
「そっちの二人はペアなら空間移動魔術が使えて、そっちのはゴーレム使いって事か」
三人の技能については既にリリアから説明済みである。
「その通りです」
これにもまたリリアが答えた。そしてアンは少し考えた後に口を開いた。
「まあ、これだけ戦力が整っているなら、ゴミ拾いを任せてみてようか」
アンの口から、何とも気の抜けるような言葉が出てきた。そもそもギルド所属の冒険者が、ゴミ拾いなどするのだろうか。
「いいのですか?」
リリアは目を見開く。オリバーとしては簡単な仕事を依頼されるのかと思っていたが、リリアの驚き方を見るに、言葉通りの意味では無いのだろうか。ギルドの事情に疎い他の五人には何を言っているか全くわからない。
「新参者もいる事だし、この際だから説明しておこうかね。ギルドの討伐対象になるのは、魔界から人間界に許可を得ずに侵入した下級魔族っていうのは、そこのオリバーには話したね」
アンもそれを察したのだろう。ゴミ拾いの概要を説明し始める。
「はい、聞きました」
確かにその話は聞き覚えがあった。オリバーはそれを覚えている事を答える。
「下級魔族っていうのは言語での意思疎通が不可能な知能の低い魔族の事を指す。言語での意思疎通が可能なのは中級や上級になるが、こいつらはギルドが討伐依頼を出す事は無い。何故か分かるかい?」
その話は聞いた事は無かったが、考えれば直ぐに予想はついた。
「人間に、魔族側の事情を話されたら困るからですか?」
ギルドで討伐依頼を出せば、人間である冒険者が依頼を受け、討伐対象の魔族と接触する事になる。その際に魔族側が言語での意思疎通が可能ならば、魔族が人間側に隠している事情を暴露されてしあう可能性がある。それを防ぐためにギルドでの討伐依頼を出すのは伏せられているのではないか。
オリバーが思い付いた意見を口にすると、アンは口元を緩めた。
「その通り。でも人間界に侵入する中級、上級魔族はいるんだよ。だからそいつらを誰かが取り締まらないといけない。人間には悟られないようにね。で、そういう奴らの討伐依頼は一部の魔族のみで共有されて、それはゴミ拾いって言われてる」
魔族は人間に魔族の存在を秘匿している。しかし無断で人間界に侵入した魔族であればそういった事情を暴露してしまう可能性がある。そうならないように、普通の人間である冒険者には討伐依頼を出さずに、内々の魔族で処理しているという事か。
そういった込み入った説明をしなくて済むように、隠語としてゴミ拾いという言いまわしを使っているのだろう。
「それを俺たちに依頼するって事ですか?」
しかしオリバーはもうそういった魔族側の事情を知っている。オリバーが接触する分には困る事はないという事だろう。加えてエルフ三人が加入したことによりオリバー達の戦力も強化されている。危険度の高い相手をさせても良いという判断をしたのだろう。
「そうだね。でもまあ、今回のは討伐ではなく調査だ」
アンはオリバーの予想を肯定しつつ、今回の依頼は調査である事を告げる。
「調査ですか?」
話の流れからして、討伐依頼かと思っていたオリバーにとっては少し拍子抜けではあったが、それでも一般の冒険者に任せることが出来ない依頼と言うのであれば、話は聞いた方がいいだろう。
「相手が魔族の可能性があるってだけで、断定はできてない。だからその正体を探ってほしい」
どうやらまだ相手が魔族と決まった訳では無いようだ。
「何をやったんですか?」
魔族かもしれない疑惑があるという事はそれなりの事をやったのだろう。
「殺人。といいたいところだが、これも証拠があるわけじゃない。疑惑だ」
魔族による殺人は禁じられている。本当に対象が魔族であり、人を殺したのであれば早急に対処する必要がある。
「疑惑と言うと、状況証拠からその人が犯人だと推定されているって事ですか?」
断定はできないが疑いはあるというのは、物的証拠はないが、ある程度の状況証拠があるという事だろう。オリバーはそう予想した。
「その通り。ちなみに状況証拠というのは、こいつは死霊術の研究をしていた。そしてこいつの住処から死体が複数見つかった」
そしてその予想は当たっていたようだ。死霊術と言われれば、自ずとこの前討伐したガエラを思い出す。
「ただの墓荒らしでは?」
ガエラは墓を暴く方法で死体を調達していた。その人物も同じ方法で死体を調達しているのではないか。
「いや、発見された死体の身元を調べた結果、全員生きた状態で突然行方不明扱いになっていた。高確率で、こいつが生きたま連れ込んだか、殺して運んだかってとこだろう。ガエラよりも悪質だ」
つまりは研究目的で、生きた人間を殺害したという事になる。
「その人物が魔族であるという理由は?」
殺人を犯した可能性が高いというところは分かったが、果たしていかなる理由で魔族であるという疑惑が掛けられているのか。
「理由は二つある。一つは『神の奇跡』の正体を知っている事だ。それを口外している事を目撃した者が多数いる。しかも噂話をする風ではなく、明らかに事実だと知っているような口ぶりだったとか」
神の奇跡とは一般的には魔族が原因不明の仲間割れを起こした事を指しているが、その実態は仲間割れでは無く、空賊と魔族との戦いである。しかし人間側には一般的には知られていない。その真相を知っているのはオリバーの様に魔族から真相を知らされたか、本人が魔族であるという事だろう。
そして今の話からオリバーは一つの可能性に思い至る。
「『神の奇跡』を知っていて、尚且つ死霊術の研究をしているという事はガエラと接触があったんですか?」
以前戦ったガエラという死霊術師もまた、人間でありながら、神の奇跡の正体をしっていた。
「ああ、こいつが以前ガエラと接触していたという目撃情報もあったよ。こいつがリークしたのかもしれない」
その情報源がこの相手だとすれば、辻褄が合う。
「もう一つの理由は?」
そうなると残る一つの理由とは何なのか。
「目撃者の話によると。再生能力を持ってるらしい。明らかに治癒魔術を超えた傷の治り方をしたという話がある」
その話にオリバーは息を飲む。再生能力の強さはリリアのお陰で良く知っている。その能力を持つ者を敵に回して戦うとなれば、厄介なことになるだろう。
「場合によっては、その相手と戦う事になるんですよね?」
まだ調査とはいえ、アンの話ぶりからすれば状況証拠はそろっており、ただの間違いであるという可能性は低いだろう。本当に相手が魔族であった場合は、相手を討伐する事になり、戦う事になる。
「ああ、そうだ。疑惑が本当だとしたら殺人を犯すような奴だ。大人しく投降するとは思えないからね。本当に魔族であった場合は戦闘になるだろう。もちろん、見間違いの可能性も残っていけどね。」
書き溜めていた物は全て投稿しましたので、一旦更新は停止します。
4話は書いてはいますが難航しているため投稿がいつになるかは分かりません。
この作品のテーマとして「人間&魔族の同盟 vs 宇宙人」という構図と
「魔術 vs 機械」という構図を同時にやりたかったのですが、
いきなり初めても要素が多すぎて伝わらないと思いましたので
最初はファンタジー色を強めにしました。
アイデアは色々あるのですが、
いざ形にしようとすると難しいですね。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。




