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[3-24] 主観

12/14 追記

12/9~12/14にかけて[3-24] 結論と行動 として投稿しておりましたが

投稿内容が一話分ズレていたため

12/14に[3-24] 主観 として修正しました。

 過去を変える事が間違いだと言うオリバーと、それは建前でありオリバーの本心は別にあるとするヴァネッサ。その議論は平行線だ。

「そういう言い方も出来るのかもしれない。だからといってそれが悪い事なのか?」

 オリバーとしては、ヴァネッサの理屈が合っているとしても、過去を変えるのが悪いことであるという事に変わりはない。ヴァネッサが一体何に拘っているのかが今一分からなかったが、ヴァネッサはその答えを口にする。

「それは、自分以外の誰かが挑戦する可能性も、自分以外の誰かが助かる可能性も否定してるんだよ」

 過去を変える事を諦めれば、過去を変える魔術を使う事もなくなり、過去を変える魔術の普及や研究をする事もなくなり、過去を変える事で助かるはずだった命を見捨てる事になる。

「過去を変えた結果ギルスのフィアンセは助かったのかもしれない。だからと言って何が起こるか分からない可能性を許容しろっていうのか?」

 オリバーの言い分に対して、ヴァネッサはギルス視点で意見を口にした。

「帽子からすれば、過去を変えればフィアンセが助かるのは分かってた。でもそれ以外がどうなるかは分からない。でもフィアンセが助かるならそれ以外の事はどうでも良かった」

 その言い方を聞けば、やはりギルスのやった事は正しいとは思えなかった。

「そんなの自分勝手だろ。自分のフィアンセを助けるためなら、自分以外がどうなってもいいなんて間違ってる」

 自分の目的を達成するために、自分以外に周りに迷惑をかける事が正しいとはオリバーには思えなかった。

 ヴァネッサの言い分を否定するオリバーに対して、ヴァネッサは今度はオリバー視点の意見を口にする。

「にーさんからしたら、例え帽子のフィアンセの命が助かろうと、自分の過去が変わるのは嫌だった」

 若干冷たく聞こえる言い分ではあったが、その言い方は間違ってはいない。

「それが何だ?」

 そしてオリバーはそれが間違っているとは思っていなかった。

「誰かが自分に不利益を押し付けるリスクを承知で、利益を得るためのギャンブルをしているのが気に入らないって事でしょ?」

 自分の過去と、見ず知らずの誰か一人の命を比べて、自分の過去の方が大事だという考え方。それは果たして正しいのか。

「誰だって自分の過去を変えられるのは嫌だろ」

 自分の知らないところで、いつの間にか自分の過去が変えられていたとしたら、それを拒否する事のどこが間違っているというのか。

「見ず知らずのエルフ一人の命よりも自分の過去の方が大事? にーさんと帽子は、どっちが自分勝手なんだろうね?」

 過去を変える事を否定するというのは、過去を変える事で助かる命を見捨てる事になる。

 死んだフィアンセの命を救うために過去を変えたギルスと、過去を変える事で影響を受ける事を恐れ、過去を変える行為自体を間違っているといって否定するオリバー。どちらが自分勝手と言えるのだろうか。

「一人の為に過去を変える方が危険だろ。どこまで影響が出るか分からない」

 ヴァネッサにそこまで言われても、エルフ一人の命を救う為に、どのような結果になるか分からない過去改変をするというのは、リスクを考えれば止めるべきというオリバーの考えは変わらなかった。

「一人の命と、起るか分からない影響を考えたら、影響の方を重視するんだ?」

 やはりヴァネッサとしては行動自体を禁止するという考え方にはならないようだ。

「おかしな事か?」

「本当は自分を守りたいだけでしょ? 自分が不利益を被るかもしれないから、だから過去を変えて欲しくない」

 何が起こるか分からないから危険というのは建前で、自分を守りたいというのが本音だとヴァネッサは言いたいのだろう。

「過去を変えたら何が起こるか分からない。その結果俺自身に不利益が起きるかもしれない。でも世界に不利益をもたらす可能性も十分ある。だから危険すぎるんだ」

 ヴァネッサの言い方はどこかオリバーを責めるような意図が込められているように感じた。それでも過去を変える事が危険だという事が、間違っているとはオリバーには思えなかった。

「それを言うなら、にーさんは一度世界に不利益をもたらす行為を行ったよね」

「何の話だ?」

「自分の命を守るためにお尋ね者になった。その結果、騎士団はお尋ね者を捜索する労力を強いられているし、一般市民はお尋ね者が逃げ回っているという事実に怯える事になる」

周りに不利益をもたらす行為というのは、一度オリバーも行っている。そのオリバーが同じことをやったギルスを責める事などできるのか。

「あの時逃げなければ処刑されてたんだぞ」

 オリバーが処刑場から逃げた結果お尋ね者になったのは事実だが、あの時処刑場に留まるというのは、処刑の執行を受け入れるという事だ。オリバーはあの場で処刑されるよりも逃げてお尋ね者になる事を選んだ。

 それは多くの一般市民から見れば、一人の危険人物が逃亡したという事であり人間社会に不利益をもたらす行為となる。

「自分が世界の脅威になるのは良くて、帽子が世界の脅威になるのはダメ?」

 オリバー自身がお尋ね者になる事で人間社会に脅威をもたらしたにも関わらず、過去改変で人間社会に脅威をもたらす可能性のあるギルスを否定する事は正しいのか。

「俺の脱走と、ギルスの過去改変が同じだって言うのか?」

 オリバー自身、法を破ったという点で多少の後ろめたさは感じていた。とはいえそれを過去改変と同列に扱われるのは心外であった。

「世界の脅威になるって点では同じだよ」

 そんなオリバーの心情を知ってか知らずか、ヴァネッサは全く遠慮のない意見を率直に述べた。ヴァネッサの言う通り世界の脅威となる点では同じなのかもしれない。だとしてもオリバーは元騎士として思うところがあった。

「俺がお尋ね者である事で世界に不利益をもたらす存在っていうのは否定しない。だからと言って、俺以外の誰かが世界に不利益をもたらす事をしようとしていたら、俺は一人の人間としてそれを止める」

 オリバーはもう自分がお尋ね者である事を受け入れている。それが様々な事情から返上する事の出来ない汚名である事を受け入れ、その上で一人の人間として人間社会を守ろうという考えにも変わりは無い。

「自分の事は棚上げするんだ」

 そのヴァネッサの言い方には特に非難するような口調は感じられなかった。オリバーのこの回答を予想していたのかもしれない。

「そうだ。俺がお尋ね者である事は変わらないし、出頭するつもりもない。それが世界の脅威になるというなら否定しない。だからといって、目の前で世界の脅威になるような事をする奴がいたら、見て見ぬ振りをするつもりは無い」

 だからこそ、オリバーはもう一度自分の意見をはっきりと口にする。

「帽子と争うより、帽子も仲間だって割り切った方が合理的だと思わない?」

 オリバーがギルスを糾弾するというのは、最悪ギルスと戦う事になるかもしれないという事だ。

「仲間なら何をしても良いって訳じゃ無いだろ」

 今でもオリバーはギルスの事を仲間だと思っている。だからといって本当にギルスが過去を変えたのであれば、それを見て見ぬ振りをするのが正しいとは思えなかった。「

「にーさんは嘘を付いたことが無いの?」

「無いとは言わない」

 人間は大なり小なり集団で生活をする事が多い。それが家族であったり、学校であったり、騎士団であったり様々な形態がある。一定の年齢まで育ってしまえば、嘘を付いた事のない者はいないだろう。

 自分は嘘を付いた事があっても、嘘を付かれた事に気が付くと負の感情が芽生える。それは、自分勝手なのだろうか。

「帽子が正直にフィアンセの命を助けるために過去を変えたいって言ったら協力した?」

 そう、嘘を付かれたくないというならば、正直にすべてを話したら、オリバーはギルスに手を貸していたのか。

「そう言ったら、断ったさ」

 オリバーは過去を変える事が悪い事だと思っている以上、正直に話されていたら、っ協力を拒否していただろう。

「今のにーさんには過去を変える力はない。だから過去を変える事が悪いなんて思ってるんだよ」

「そんな事は無い」

「もしもにーさんに過去を変える力があったら、自分のために使うんじゃないの?」

 オリバー自身が過去を変える力が無いからこそ、過去を変える力を危険視して使うなという発想になる。しかし仮に過去を変える事ができれば意見を変える。ヴァネッサはそう考えているようだ。

「そんなことはしない」

 過去を変える事が悪い事であると思っている以上、例えオリバー自身に過去を変える力があったとしても、過去を変える事はしない。オリバーは瞬間的にそう思った。

「法を守っていた騎士が、自分の命を守るために法を破ったように、立場が変わったら簡単に意見を変えるんでしょ? 自分を守るために」

 自分の命を守るために法を破るという利己的な行動を取ったオリバーが、過去を変える魔術が使えるようになったら利己的な使い方をするのではないか。そう言い放つヴァネッサにオリバーは反論する。

「そこまで馬鹿じゃない。過去を変える事が危険である事は分かっている。それこそ武器を持っても人を殺さないのと同じだ」

 武器を持ったからといって欲望のままに人を殺したりしないようい、過去の魔術が使えるようになったからといって欲望のままに使うことは無い。あくまで仮定の話ではなるが、オリバーはそう予想していた。

「あの女騎士が死んで、その上でにーさんに過去を変える力があったとしたら、それでも同じことを言える? 過去を変えるのが悪い事だって」

 今日ミランダが瀕死になっていたのを見た時、オリバーはリリアに再生能力を使わせることでミランダを助けた。もしもあの時、ミランダが死んでいたら、その過去を変える力があったら、オリバーは助ける事を諦めただろうか。

 例えミランダであろうと、その死を受け入れて過去を変えずに死んだままにするという選択を取れるのだろうか。

「それは…」

 過去を変えるのは悪い事。それでも自分の知り合いを助けるのだとしたら、過去を変えても良いのではないか。そう思ってしまう心を否定しきれない。

 言葉に詰まるオリバーとは対照的に、さらにヴァネッサは言葉を続ける。

「自分の知り合いだから死んで欲しくないっていう理由で、女騎士を助けようとして、見殺しにするのは可哀そうとか、騎士だから助けたとか、適当な建前を用意してごまかすんでしょ?」

 それはまさにオリバーが心の中で考えていた事であった。ミランダを助けるとしたら、ミランダを助ける事を正当化するとしたらどのような理由があればよいか。

 つまりは、過去を変える事を受け入れている。

「ほら、本当は過去を変える事が悪いなんて思ってないんでしょ?」

 言葉は要らなかったようだ。ヴァネッサは、オリバーの表情の変化から、オリバーの心中を察していた。

 否定できない。即答できない。悩んでしまう。

その時点で、ヴァネッサの言っている事を肯定しているようなものだった。

それでもヴァネッサの質問を肯定する事が出来ないオリバーに対して、さらにヴァネッサは言葉を続ける。

「自分の知り合いを助けるのは良くて、見ず知らずの他人を助けるのはダメなんて、おかしいと思わない?」

 ミランダは助けるのは良くても、マリルを助けるのは悪い事。それはオリバー視点では知り合いを助けるのは良くて、それ以外を助けるのはダメと言っている事になる。

「俺が間違ってるっていうのか?」

 マリルというオリバーにとって見ず知らずのエルフの命を助ける事が悪い事の様に感じられる一方で、オリバーの知り合いであるミランダを助ける事は正しい事に感じてしまう。他人よりも知り合いを優先する考え方は間違っているのか。

「だってにーさんは人類を救う為に、空賊と戦ってるんでしょ。助けてもいい相手と、助けてはいけない相手を定義するの?」

 知り合いは助けても、それ以外は助けない。そのような考え方で、この先人類を救うという目的で空賊と戦う事ができるのか。

 救えるのならば、全てを救う事が最善である事はオリバーも分かっている。同時に、全てを救う事が不可能である事もオリバーはよく分かっていた。

「俺はお尋ね者だ。法を破って逃げ続けている以上、全てを丸く収める方法は無い事は、法を破ったことが無い奴よりも知っているつもりだ」

 今のオリバーにとって、自分の命を守る事は法律を破って逃げ続けるという事。それでもオリバーは逃げる事を選んだ。だからこそ、全てをうまく収める方法が無い事を経験として知っている。

 自分を生かすために、世間に迷惑をかける。それはオリバー自身が一番知っている事だ。

「だから助ける相手と、助けない相手の線引きをするの?」

 全てを救う事を諦めるという事は、ヴァネッサの言う通りどこかに線引きが必要になる。

「そうだ。例えそれが冷たい反応だと言われても、全てを助けようとして、全てを失うぐらいだったら、手の届く範囲だけを助ける」

 知り合いと、赤の他人であれば、知り合いを助ける。両方助けるのが最善であったとしても、どちらか一方を選ぶのであれば知り合いを助ける。それが悪い事だとは思わない、

「帽子は手の届く範囲に入らない?」

 では今まさにギルスを糾弾しようとしているオリバーにとって、ギルスは助けるべき知り合いに含まれるのだろうか。

「手の届く範囲にな言っていたと思ってたよ。でも俺たちを騙したなら話は別だろ」

 共に戦った仲間だと思っていた。それは間違いないが、あくまで過去改変をしたという事が分かるまでの話だ。

「嘘を付いたから?」

 そう、ギルスは嘘を付いた。正確には隠し事をしたと言った方が正しいのかもしれないが、オリバー達が誤解を招くような表現を意図的に使ったのは間違い無いだろう。

「そうだ。ギルスは嘘を付いてでも、マリルを助ける事を選んだ。ギルスの方こそ、俺たちの事を仲間だとは思っていない」

 ギルスにとっては、オリバー達に真実を話す事よりも、マリルを助ける事の方が重要だったのだ。それが分かった今でも、ギルスを仲間と呼べるかと言われれば、それは無理な話だった。

「嘘が必要な時もあるよ」

 人間関係の中で嘘を付くことは誰しもある、それはオリバーにも分かっている。

「許せる嘘と許せない嘘がある。今回の嘘は悪質だろ。過去改変に加担させるなんて」

 とはいえ、過去改変を行うという嘘、正確には過去改変を行う事を意図的に伏せていたというのは、許せる事ではなかった。

「そうしないと協力を拒否したんでしょ?」

 もしも本当の事を最初から話されていたら、オリバーは協力を拒否していただろう。つまりギルスは騙してでもオリバー達を協力させる事を選んだのだ。

「それを言うなら、ギルスは嘘がバレた時の覚悟はしているはずだ」

 過去を変えればどのような結果になるかは分からない。ギルスとしても過去改変を完全に隠せるとは思っていないだろう。

「つまり、帽子がフィアンセを治療を装って、過去改変をして助けたのは許せない?」

 ヴァネッサとしても、オリバーがギルスが嘘を付いている事に対して負の感情を持っている事は分かっているのだろう。

「そうだ」

 真実が明らかになった時、本当にギルスが嘘を付いて過去改変を行ったとしたら、オリバーはそれを許す。つもりは無い。

「まあ、約束をしたにーさんの立場からすれば、騙されたって思うのは仕方ないかもしれないけど、でも過ぎた事でしょ」

 過去改変に対して肯定的な立場のヴァネッサとしては、オリバーの考え方には賛同できないようだ。

「騙す方より騙される方が悪いっていうのか?」

 詐欺にあった場合、騙される側にも責任があるという考え方を持つ者もいる。しかし今回の件については、事前にギルスの真意を見抜くというのはオリバーからすれば不可能に近い話であった、

「そこまでは言わないけど、仮に帽子が悪かったとしてどうするの?」

「相手を騙したんだぞ。あの治療は間違いだったって認めさせる必要があるだろう」

 騙した事が罪ならば、それに対する償いはあってしかるべきだとオリバーはかんがえていたが、しかし大事な事をオリバーは忘れていた。

「それをあのエルフが目を覚ましたら、本人の前で言える? お前は間違った方法で助かった。助かるべきじゃなかったって」

たとえギルスがやったことが過去改変では無かったとしても、百歩譲って過去改変が危険ではなかったと仮定しても、それでもギルスがオリバー達を騙したという事には変わりはない。

よってギルスがやった行いは間違っていたとして、助かった命をどうするかまでは考えていなかった。

 まだマリルは目覚めていないが、治療が成功したのであれば目を覚ますのは時間の問題だ。その時に、助かった相手に向かって、お前は助かるべきでは無かったと言えるのか。

 それを言うのは正しい事と言えるのか。考えれば考える程、答えは出ない。考え込むオリバーは言葉に詰まる。

 オリバーの心の内を見透かしたかのように、ヴァネッサは言葉を続ける。

「そういう扱いって悪魔憑きみたいだよね」

 その言葉は重くオリバーにのしかかってきた。否定したいが否定できない。だからオリバーがそう言い返すのが精いっぱいだった。

「どこがだよ」

 半ば、その質問の答えは分かっていた。それでもオリバーはその考えを否定したかったが、ヴァネッサは容赦なく、オリバーの予想通りの言葉を口にした。

「もう助かったんだよ。それを間違った方法で助かったから、やっぱり死んでくれっていうの? それってにーさんの境遇と同じだよね」

 その考え方はオリバーの頭にも浮かんだが、認めたくなかった。実際にオリバーは処刑宣告をされたが逃亡し、今も生きている。そんな境遇にあるオリバーが助かったことが間違いだという発言をしたとして、全く説得力はない。

 先ほどヴァネッサはギルスの過去改変と、オリバーの腕の再生を重ねて、それでもギルスの過去改変を非難するのかという問いをかけた。

 それに対しオリバーは、ギルスが騙したのであれば、騙された側として真実に気が付いたのであれば糾弾すべきという結論を出しかけていた。

 しかしそこにはマリルの行く末までは含まれていなかった。

 許されざる行為で助かった者と言う点で、オリバーもとマリルは同じ境遇だ。そのオリバーが、マリルに対して、間違った方法で助かったなどという事は正しいのか。

 だからと言って、自分の過ちを認めないために、自分以外の誰かの過ちを見過ごすというのか。

「結局はにーさんは自分主観として、自分に不利益のあるかもしれない過去改変を、自分の全く知らないエルフ一人を助けるためだけにやった帽子が許せないんでしょ。人間達が、理解できない相手に対して危害を加えて来る存在かもしれないって一方的に決め付けて、悪魔付きっていうレッテルを貼って処刑しようとするのと同じじゃないの?」

 悪魔憑きに処刑宣告をする事と、過去改変を否定する事は、根本にあるのは自分自身に降りかかる可能性のある不利益を未然に防ぎたいという考え方であり、自分本位の考えと言う点で同義ではないのか。

「ギルスを許せっていうのか?」

 そう、ギルスが過去改変を行った事も、ギルスがオリバー達を騙してでも過去改変に加担させたことも、全て許してしまえば、この話はそこで終わる。

 マリルへの治療が成功したかどうかは、彼女が目を覚まさなければ分からないが、彼女が目を覚まし、治療が成功したとなれば、後は過去改変の事も、ギルスがオリバー達を騙した事も許してしまえばそれだけで誰も傷つかずに済む。

「許す許さないは、にーさんの主観の問題だから、決めるのはにーさんだよ」

 これもまた、ヴァネッサは強制するつもりは無いようだ。

 オリバーは自分が騙された事に対して納得がいった訳ではない。ギルスに真偽を確かめるまでは良いとしても、仮にギルスが過去改変を認めたとしたら、騙した事を認めたとしたら、マリルはどうするのか。

「ヴァネッサはギルスに対して怒ってないのか?」

 オリバーの立場としては、ギルスに対して怒りの感情が少なからずあった。ヴァネッサにはそれが無いのだろうか。

「何かあるとは思ってたからね。こういう事かっていうのが正直な感想かな。過去改変について否定する気もないよ。」

 これまでの言い分からヴァネッサが過去改変を肯定しているのは予想していたが、はっきりと口に出されると少なからずショックを受けた。

 ヴァネッサは立場上、オリバー達と共に行動している。ギルスがそのオリバーに対して嘘に近い約束をした事に対して、ヴァネッサもまた少なからず怒りを感じているのではないかと思っていた。

「ギルスを何とも思わないのか?」

日頃ヴァネッサがギルスに冷たく当たっていたため、ヴァネッサはギルスを嫌っており、この行いには怒りを示すと思ったのだが違うのだろうか。

「ギルスを信じたのはにーさんの勝手でしょ。あたしはずっと疑ってた。だから裏があったところでそこまで怒らない。むしろこういう事かって思うぐらいだよ。まあ、にーさんは信じてたからこそ、失望が大きいのかもしれないけど」

 オリバーとヴァネッサの違いは最初から疑っていたかどうかだ。ヴァネッサはギルスに対して最初から疑いの目を向けていたため、その行いに怒りが湧くことが無い。

 一方のオリバーは自身が悪魔憑きとなって追放された身の上である事から、エルフの里から追放されたというギルスと自分の境遇を重ね、助けたいという思いが強かった。だからこそオリバーはギルスの言う事を信じていた。

 似た境遇であるという背景だけで、オリバーはギルスを信頼するという選択をしていたのだ。だからこそ、隠し事をしていたという事実が判明した今、信頼が裏切られたという気持ちが強かった。

 それこそがオリバーが今感じていた怒りの正体なのではないか。死者蘇生や過去改変よりも、信じていた相手が隠し事をしていたという事実こそが、オリバーの怒りの感情の源になっているのではないか。

「確かに俺はギルスを信頼していた。だから隠し事をしていた事が分かって怒っていただけなのかもしれない」

 それが分かると、自分の中にある負の感情が制御できるような気がしてきた。

「にーさんは元騎士だから、約束は守るべきとか、堅苦しい考えがあるのかもしれないけど、あたしにはそういうの無いから」

 妙に納得してしまった。騎士として、国や国民は守る対象として教えられた。だからこそ、何が起こるか分からない過去改変について怒りが湧く。

 それでも、ヴァネッサが騎士ではないからといっても、過去改変について何とも思わないというのにはどこか違和感があった。

「自分の都合の良いように一方的に世界を作り替える。それが正しいのか?」

 ヴァネッサは過去改変を否定しないと言ったが、それは正しいと思っているという事なのだろうか。

「本人にとっては正しいんでしょ」

 ヴァネッサはそれを当然の様に言う。ギルスにとっては正しい行いだったのかもしれないがそれだけで周りにどのような影響が出るか分からない過去改変を正当化するのは良いのだろうか。

「周りの意見は?」

 少なくとも、治療を手伝う立場にあったオリバー達には先に本当の事を話してくれても良かったのではないか。

「にーさんは周りをきにしすぎだよ。生き物っていうのは結局自分が一番なんだよ。他の生き物を殺して食べるなんて、そのいい例だよ。他にも群れを作って自分が狙われる危険性を下げたり、他の生き物を利用して餌をとるなんて、知能の低い動物ですらやってる事だよ」

 ヴァネッサは周りの事よりも自分の事を考えろと言いたいようだが、それはオリバーの考え方と異なっていた。

「自分だけの事を考えていたら、それはいつか自分に返ってくる。悪いことをすればいつか報いを受ける。物を盗めば捕まるか、仕返しされるか。碌な結末にはならない。世の中はそういう風にできてる。自分だけがいいなんて考えは周りから嫌われて孤立するだけだ」

 オリバーとしては常に自分の事だけを考えるのは間違いだと考えていた。騎士として、国民を守るというのはその最たる例だろう。

「世の中には、自分の為に戦う者と、周りの為に戦う者がいる。この二種類の考えは相容れない。今のあたし達みたいにね。この二種の考えを持つ者が一緒にいたらどうなるか分かる?」

自分の為に戦う者はヴァネッサで、周りの為に戦う者はオリバーの事を指しているのだろう。

「周りの為に戦う者は、自分の為に戦う者に利用されるっていうのか?」

「そうだよ。それでもにーさんはいいの?」

「俺は何度もヴァネッサに助けられてる。だからお前に利用されたところでそれは恩返しだと思うよ」

「帽子は自分の目的のために、にーさんを利用した。にーさんは周りの事を助けようとして帽子に利用された。その結果が今でしょ。そんなだから帽子に利用されたんじゃないの?」

 確かに今オリバーはギルスに利用されたと思っていた。明らかに不自然に情報が伏せられていた。オリバーはギルスの事を信じたかったが、ギルスが意図的に情報を伏せていたところを考えると、嘘を教えられたとまでは言わないが、騙されたと言っても過言ではないかもしれない。

「それは否定しないよ。俺がギルスを信用しすぎた」

 オリバーが今の結果を後悔していないと言えば嘘になる。だからこそ、今オリバーはギルスに対して怒りのような感情を抱いている。

「約束を予定通り果たすなら、帽子はあたし達についてくるよ。それはどういう意味か分かる?」

 ギルスは過去改変についてオリバー達に話さなかった。それは話したら反対されると思ったからだろう。にも関わらず、治療が終わった後もオリバー達と行動を共にする約束をするというのは何を意味するのか。

「過去改変がバレないつもりだった?」

 治療が終わった後も。真実は露見せずに穏便に済む。そういう楽観的な予想をしていたのかもしれないが、ヴァネッサの予想は違っていた。

「あるいはバレた後の事を想定してる」

 そう言ったヴァネッサは表情を動かさない。それは覚悟の表れなのか。


次話は12/16に投稿予定です。



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