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肉食系ヒロインに食べられました  作者: 月ノ裏常夜


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[3-23] 自分の利益と周りの不利益


 変えたい過去、思い出したくない苦い経験やトラウマ。そう言った過去は誰しも持っているだろうが、そういった過去に基づいて今の自分がある。

「過去の自分があるから、今の自分がある。過去の自分を変えるなんて自殺と一緒だ」

それなのに、自分の過去を変えるというのは、今の自分を否定する事になる。

「じゃあ、他人の過去は? 帽子が変えたのは帽子本人の過去じゃなくて、帽子のフィアンセの過去だよ?」

 オリバーが否定したのは過去の自分を変える事。それならば他人の過去であれば変えても良いと言う事になる。

「他人の過去って言っても、本人に近しい人の過去だろ。自分に関わる過去を変えようとしてるのと変らない。それは自分の否定と同じじゃないか」

 ギルスとマリルはフィアンセの関係だ。死んだはずの自分のフィアンセを生き返らせるというのは自分の過去を変えると言っても良いだろう。

「他者を助けるのは良い事なんじゃないの?」

 他者の命を助けた。それだけ聞けばいい事をしているように聞こえる。

「他者を助けるからといって、過去を変えるのはダメだ」

 しかしそれが過去を変える事となれば話は別だ。他人を助ける事を理由として、過去を変える事を肯定する事はできなかった。

「どうして?」

 ヴァネッサは本当に何が悪いのか分からないという感じの様子だった。

「過去を変えたら何が起きるか分からないだろ」

 それに対し、オリバーは率直に自分の考えを述べたが、ヴァネッサは納得していない様子だった。

「それを言うなら、やってみないと分からないじゃないの?」

 何が起きるか分からないという事は、やってみた結果何も起こらなったという結果も起こりえる。だからこそヴァネッサはやる前から禁止するのはおかしいと言いたいようだが、オリバーは全く逆の考えだった。

「それで取り返しのつかない事になったら?」

 何が起こるか分からないからこそ、最悪の結果を想定し、禁止するべきだというのがオリバーの考えだった。

「取り返しのつかない事って何?」

 だがヴァネッサはその最悪の事態が何かを知りたいようだ。

「死なないはずの誰かが死んで、現在が大きく変わったらどうするんだ?」

 過去が変わればその影響が現在にも現れる。それは容易に想像が付く事象だ。誰かを助けたせいで別の誰かが死んで、現在に大きな変化が現れるというのも十分考えられる。

「また元に戻せばいい。一度替えられたんだからもう一度変える事ぐらいできるでしょ」

 それに対してヴァネッサは単純な解決策を示す。

「戻らなかったら?」

 変えたから戻すというのは簡単そうに聞こえるが、それでも戻るという保証は無い。

「術者が責任を取ればいい」

 それが当然であるかのように、ヴァネッサは言う。

「出来るのか?」

 オリバーにはその方法はすぐさま思いつかず、聞き返したが、ヴァネッサが考えていた方法は過激な方法であった。

「過去を変えた術者を、別の術者が過去を変える直前まで行って殺せば、元通りになるんじゃないの? そもそも過去を変えるっていう行動を起こせなくなるんだから」

 過去を変えた張本人を、過去を変える前に殺害してしまえば、過去を変える事ができなくなる。理屈としては合っているが、オリバーはその考えには賛同できなかった。

「死んで償えって言うのか?」

 そのやり方は理に適ってはいるが、命を奪うというのはオリバーにとってはあまりにも過激な方法に感じられた。

「そうだよ。他に方法があるの? 変えられた過去を、戻す方法が」

 他に方法は思い浮かばないが、かといってヴァネッサの考えが正しいとも思えない。

 過去を変える魔術を使えるのであれば、説得したところで耳を貸すとは思えない。恐らくはギルスも、過去を変える事が悪い事だと言ったところで、フィアンセの命を助ける事を優先しただろう。

「変えられた過去を戻す方法は思い浮かばないが、過去改変に過去改変で対処するのはおかしい。だからこそ最初の一回だってやったらいけないんだろ」

 そもそも前提として、過去改変をしてはいけないという考えが有るにもかかわらず、万一過去改変が起きたら、過去改変で対処するというのはおかしな話だ。そもそも最初の一回を食い止める必要があるとオリバーは考えていた。

「それで救える者がいたとしても?」

 ギルスはマリルを救うために過去を変えた。それも間違いなのかと言われれば、オリバーの答えは決まっている。

「誰かを救ったところでその弊害が出るかもしれない。それが安全だって言えない限りは危険過ぎるだろ」

 一人の命を助けるために、過去を変える事の弊害を受け入れる事は到底できなかった。

「救えるかもしれない可能性を捨ててでも、現在が変わるリスクを避ける事を選ぶの?」

 オリバーの考えは、裏を返せば一人の命を見捨てるという事になる。

「そうだ」

 見捨てるという言い方にはどこか冷たさを感じるが、しかしオリバーがいった事を端的に言い換えるとそうなるのだろう。それをオリバーは否定しなかった。

「本当にそう思ってるの?」

 その口調からは、非難というよりも疑念の色が強く感じられた。

 どうやらヴァネッサはオリバーの考えが間違っているというよりも、オリバーが本当はその考え方をしていないと予想しているようだ。

「ああ、過去を変えるぐらいなら、死んだ者はそのままにすべきだ。過去を変えてでも生き返らせるというのは間違いだ」

 オリバーは自分の考えのどこにヴァネッサが疑念を持ったのかが分からず、先ほどの考えを再び口にする。

「あの女騎士が今日死んでたとしても、救うのを諦める?」

 今日死にかかったミランダが、あの時死んでいたとしても、その死を受け入れるというのか。

 その言葉はとても残酷で、答えるまでには、少々の答えを要した。

「死んだらもう生き返らないだろ」

 その答えは、ヴァネッサの望んでいる内容ではなく、そもそも会話がかみあっていない。

 本当はオリバー自身、ヴァネッサが何を言いたいのかは、分かっていた。それでも認めたくないために、ついはぐらかすような発言をしたが、ヴァネッサは、その逃げ道を塞ぐように続ける。

「あの女騎士が死んだとして、その上で帽子に頼めば生き返らせられると分かったら、それでも諦める?」

 もしもギルスが本当に過去を変える魔術を使えたら、仮にあの時ミランダが死んでいたら、それでも過去を変える事が悪い事であり、死んだ者を生き返らせることを諦める事ができるのか。

「ああ」

 オリバーは過去を変える事がやってはいけない事だと思っていた。しかし、明らかに答えるまでには間があった。

 その理由は何か。それをヴァネッサが指摘する。

「過去を変えるのがダメなんじゃなくて、自分の過去が、見ず知らずの誰かのために影響を受けるのが嫌なんじゃないの?」

 オリバーが過去改変を否定するのは、誰かが過去を変える事というよりも、過去を変えた結果自分の過去が変わってしまう事を恐れているのではないのか。それがヴァネッサの予想だった。

「そんなことは無い」

 オリバーとしてはそんな意図はなく、ヴァネッサの予想を否定する。

「じゃあどうして、帽子がフィアンセを助ける事が許せないの?」

 そうなるとヴァネッサは代わりとなる理由を尋ねて来る。

「過去を変えるからだ」

 答えは決まっている。誰かの命を助ける事が悪いのではなく、過去を変えるのが悪い事。オリバーはそう考えていた。

「助ける対象が、あの女騎士だと迷うのに?」

 たとえミランダが死んだとしても、それを過去を変える事で助けられると分かったとしても、ミランダを助ける事を諦めたのか。

「その状況を想像していただけだ。迷ったんじゃない」

 今日、ミランダは瀕死の状況から一命をとりとめた。死んではいない。そのミランダが死んだという仮定の状況。それを考えるために時間が必要だったというのは嘘ではない。

「じゃあ、あの女騎士が死んだとしても、過去を変えてでも助けようとはしない?」

 それは先ほどと同じ質問。再度同じ質問をするという事は、先ほどのオリバーの答えを疑っているのだろう。

「しないさ」

 売り言葉に買い言葉。オリバーは反射的にそう答えていた。それに対し、ヴァネッサは新たな話題を持ち出した。

「でも、にーさんは処刑場から逃げたよね?」

 悪魔憑きとして捕らえられ、処刑場で刑を執行される直前にリリアに救助された。オリバーにとって、忘れようにも忘れられない出来事だ。

「今関係のある話か?」

 過去を変える話と、処刑場から逃げた話。この二つがどのように繋がるのかはオリバーには理解できなかった。

「死刑囚が、処刑場から逃げるのは悪い事だよね?」

 オリバーを責めているというよりも、ただ淡々と事実確認を行うような口調で会った。

「それを俺に聞くのか?」

 それが逆に不気味であり、オリバーは質問に答えるよりも、聞き返す事を選んでしまった。

 ヴァネッサもオリバーが処刑場から逃げたことを知っている。それを当事者のオリバーに対して悪いかどうかを聞く意味があるというのか。

「悪いと思ってないの?」

 それでもこれは重要な事のようで、ヴァネッサは再度答えを求めて来る。

「悪い事だよ。だから俺はお尋ね者になった」

 頭の中ではそれが悪い事だと、オリバーは理解していた。だからこそ自分がお尋ね者になったとしても、それをうけいれている。

「にーさんはあの時処刑場に留まる事も出来た。助けに来たのはねーさんの勝手。でもにーさんにはそれを拒否する事もできた。でも、助かると分かったら、手を伸ばした」

 そう、リリアは助けに来ただけ。強制的に連れ去ったのではない。その気になれば断る事も出来たはずだ。それでもオリバーは断らなかった。

「何が言いたいんだ?」

 事実を否定する気は無い。かといってオリバーにはヴァネッサが何を言いたいのかは分からなかった。

「法を遵守する騎士でいるなら、残って処刑を受け入れるべきだった。でも自分の命と天秤にかけて、法よりも自分の命を取った」

 オリバーにとって耳の痛い話ではあるが、それは言い逃れのできない、起きてしまった出来事だ。オリバーはあの時法に従って刑の執行を受ける事よりも、法を破って逃げる事を選んだ。

「だから何だ?」

 それは起きた事であり、否定する事も、変える事もできない。ギルスのように過去を変える力があれば変える事が出来るのかもしれないがオリバーにはその力は無いし、その力があったとしても過去を変えるつもりもない。

 果たしてヴァネッサは何を言おうとしているのか。

「にーさんは自分の命を助けるために。法を破る事を選んだ。帽子はフィアンセを助けるために、にーさんを騙す事を選んだ」

 法を破るか、人を騙すか。その点でオリバーとギルスは似ていると、ヴァネッサは言いたいのだろうか。それはつまり、つきつめればこういう事になる。

「俺とギルスが同じだって言いたいのか?」

 自分のために、周りに不利益をかける。その意味でオリバーとギルスは同じだと、そういう事なのだろうか。

「そうだよ。結局は自分が一番大事。だからにーさんは、他人が過去を変える事を許せない。だって、自分が影響を受けるかもしれないから」

 自分の命を守るために法を破る。

 自分の恋人を助けるために人を騙す。

 どちらも自分の為に周りに不利益をもたらす行為だ。

 あとは立場の問題だ。自分が利益を得る側に立つか、不利益を被る側に立つか。

 オリバーは自分の命を守るためならば周りの不利益になってでも方を破るという道を選んだ一方で、ギルスが恋人を助けるためにオリバーを騙したという行為が許せない。

 それは言い換えるならば、オリバーは自分の命を守るために回りに不利益をもたらす事は良しとしても、自分以外の誰かが、周りに不利益をもたらす事により、結果的に自分が不利益をもたらす側に立たされるのが許せないという事だ。

 確かに過去を変えた結果、現在の状況が代わり、それがオリバーにとって不都合な変化をもたらすかもしれない。それは朧げに予想していた事だ。

「それを言うなら、他人が過去を変えた結果、自分が影響を受けてもいいのか? 最悪自分が死ぬ事だってあり得るんだぞ」

 だからこそオリバーの口からはその例えが直ぐに思いつく事ができた。ギルスの過去改変によって、自分が死んだとしても、ヴァネッサはそれを赦せるのか。

 誰しも自分に不利益が被るような行為を誰かが行おうとすれば止めようとするだろう。ヴァネッサはヴァネッサ自身が不利益を被る側になったとしても良いというのか。

「死んだら後悔も何もないでしょ」

 それは嫌味か、皮肉か。先ほど話をはぐらかそうとしたことに意趣返しかもしれない。確かに死んでしまえば、何も考える事はできないが、ヴァネッサはオリバーの言いたいことは分かっている筈だ。

「そういう意味じゃない。だったら、自分が不当な扱いを受けたら? 持っている物を失ったら? 自分の知り合いが死んでいる事になったら? 過去を変える事の出来る魔術を使える者が、独断で過去を変えた結果今よりも悪い変化が起きたら受け入れるのか?」

 自分が死なない範囲で、自分の置かれている環境が変化し、それが自分にとって都合の悪い変化だったとしたら、それを受け入れるのか。

「そもそも、過去が変わったかどうか気が付けるかは疑問だけど、気が付いたなら術者に責任を取らせればいい」

 ヴァネッサとしても自分自身に不都合があるのであれば、それを黙って受け入れるつもりは無いという点ではオリバーと一致するようだ。

「事が起きてから対処すればいいっていうのか?」

 それは先ほどの議論に戻る。命を奪ってでも責任を取らせればよい。それがヴァネッサの考え方であった。

「いい結果になる可能性もある。どうなるか分からないから、そもそも変える事自体禁止っていうのは間違ってると思うよ」

 しかしヴァネッサは先ほどとは異なる、新しい視点での考え方を口にした。

 それはオリバーとは違い、良い変化が起こる可能性もある以上、変化そのものが起きる事を禁止しようとはしないという考え方だ。

「それで取り返しのつかないことになったらどうするんだ?」

 過去改変自体を否定しないヴァネッサの考え方を、オリバーは理解できなかった。

「あたしも見ず知らずの誰かのために死ぬつもりは無いから、自分を優先する考えを否定するつもりはないし、過去を変えた結果自分が不利益が発生するのは受け入れられないっていう考え方は否定しないけど、不測の事態をおそれて行動自体を禁止するっていう考え方は間違ってると思うよ」

 ヴァネッサの考え方では過去改変が悪いのではなく、過去改変により自分に不利益が発生する事が悪い事であるという考え方だ。

 そして何より、結果が予測できない事を理由に、過去を変える事自体を禁止するというオリバーの考え方とは相容れないようだ。

「自分さえ損をしなければ、過去を変える事が正しいって言うのか? それはあまりにも自分勝手過ぎないか?」

術者に責任を取らせればいいという考え方も、過去を変えたからといって悪い事が起きるとは限らないという考え方も、オリバーの考えを変えさせるには至らなかった。

さらに過去を変えても、良い結果が出るのであれば過去を変えても良いという考え方は、オリバーにとってあまりにも利己的な考え方に思えた。

 考えを変えないオリバーに対してヴァネッサは新たなたとえ話を持ち出す。

「武器で人を傷つけたら罰を与える。これには反対しないよね。でも、そもそも武器を持つことすら禁止するって言ったら従わないでしょ? にーさんが言ってるのはそういう事だよ」

 過去を変える魔術を使うこと自体を禁止するのは、武器の所持自体を禁止するのと同じ。それがヴァネッサの考え方だった。

「武器は魔物や空賊と戦うために必要だ。禁止するのは間違ってる」

 オリバーは実際に武器を使って、魔物や空賊と戦っている。急に所持を禁止すると言われても、従えなかった。

「それを言うなら、過去を変える魔術を使って、魔物や空賊との戦いを有利に進める事ができるかもしれない」

 それはオリバーが考え憑かなかった発想であるが、それはオリバーにとってはあまりにも危険な方法に感じられた。

「ダメだ。それは危険過ぎる。何が起こるのか分からない以上、過去を変えるなんて方法で、魔物や空族と戦うべきじゃない」

 過去を変えた結果、何が変わってしまうのか分からない以上、魔物や空賊と戦う手段として、過去を変える方法を持ち出すのは、リスクが大きすぎるとオリバーは思っていた。

「でも、人を傷つける可能性があるっていう点では同じ。武器は禁止しないのに、過去を変える魔術だけ禁止するなんておかしいと思わないの?」

 それに対して、ヴァネッサは武器と魔術は本質的には同じであり、区別をする方がおかしいと考えているようだ。

「影響範囲が違い過ぎるだろ」

 武器で人を殺せることは否定しないが、かといって一人で一度に大勢を殺すのは無理だろう。だが過去を変えるとなると一度に大勢の人を殺す事も可能であり、殺す以外にも大きな変化をもたらす可能性がある。

「またそうやって、自分を優先するんだね」

 そう言ったヴァネッサの声にはどこか嘲笑が混じっていた。

「どうしてそうなるんだ?」

 魔物や空賊と戦うために武器が居るというのは一般論であり、武器よりも過去を変えた方が影響範囲がおおきいというのも、間違った事を言ったつもりはなかったのだが、それが何故自分を優先するという話になるのか、オリバーには分からなかった。

「にーさんが武器の所持を禁止されたくないのは、自分が武器を持ってるからでしょ?」

 そう言われて、オリバーは思わず息を飲む。ヴァネッサの言う通りオリバー自身は武器を所持している。今日も武器で空賊と戦った。

 つまりは武器を持つオリバーが、武器の所持に反対するのは、自分の利益を守るための利己的な考え方だ。それは自分に利益がでのであれば過去を変えても良いというヴァネッサの考え方に通じるところがある。

「魔術を禁止しても良いっていうのは、にーさんが魔術を使えないからでしょ?」

 武器だけでは無く、魔術で魔物や空賊と戦うという方法もある。それが頭に浮かばなかったのは、オリバー自身が武器で戦う立場であったからなのか。

 自分が魔術を使えないから、魔術を禁止しても構わないと思った。本当にそう思っていたのだろうか。それは無意識だったのかもしれない。しかし、否定されればその意見が間違っているとは思えない。

「そんなことは無い」

 それでもオリバーは、自分が魔術を使えないからという理由で、魔術は禁止しても良い等と言う理屈で、過去を変える魔術を禁止した方が良いと言ったつもりは無かった。

「じゃあ、その魔剣を使って魔術を使うなって言われたら従うの?」

 それについては全くの盲点だったオリバーは思わず目を見開いた。今日も戦闘で何度か魔剣を介して魔術を使った。空賊の体は固く、剣で物理的に攻撃を加えても効果が薄く、魔術での攻撃は無くてはならない手段となっている。それを今後使うなと言われても、従う事等できるだろうか。

「それは、空賊と戦う以上は必要な事だ。従えない」

 当然そういう答えになるだろう。

「でも過去を変える魔術は禁止するの?」

 過去を変える魔術は禁止して、空賊と戦うための魔術は使ってよい。同じ魔術であるにも関わらず、扱いが異なるオリバーの考え方に、ヴァネッサは矛盾を感じているようだ。

「危険度が違う」

 同じ魔術といえども、起りうる結果を考えれば全く危険度が異なる。オリバーとしても全ての魔術を禁止するつもりはない。

「そうやって、新しい魔術を恐れるのは、理解できない対象に悪魔憑きのレッテルを貼るのと同じだよ」

 オリバーが過去を変える魔術を危険だと考えるのは、それが今まで存在しなかった未知の魔術であり、理解できない対象であるために、レッテルを貼って危険視しているだけであり、再生スキルで腕が治った事を悪魔憑きと呼ぶ事と同義だとヴァネッサは言った。

「同じ?」

 思いもしなかったヴァネッサの指摘に、オリバーの思考は理解が追い付かずについききかえしてしまう。

「そうだよ。にーさんは自分が悪魔憑き扱いされた事が正しい事だと思ってるの?」

 ヴァネッサの言う事は正しいのかもしれない。オリバーのやっている事は、オリバー自身を危険視した人間達と同じなのかもしれない。

「人間に魔族の存在は口外できない。だからこそ俺が再生スキルで治療された事は人間に説明できない。だから俺は悪魔憑き扱いされている事を受け入れるしかない。それはもう理屈で分かっている」

だとしても過去を変える魔術を安全であり使っても良い魔術だと考える事はできなかった。

「だから過去を変える魔術を危険視するのは正しいの?」

 ヴァネッサとしては過去を変える魔術を危険視するのが間違っていると思っているようだったが、過去を変えれば何が起きるのかは分からない。それは理屈として間違っているとは思えず、過去を変える魔術を危険視するのが間違っているとはオリバーには思えなかった。

「それを言うなら、過去を変える魔術の安全を保障できるのか? 俺は自分の腕が治ったのはリリアの再生スキルだからで、危険な方法ではない事を知っている。再生スキルが失敗する可能性があったとしても、腕の再生が終わった今となっては、俺の頭が突然おかしくなって人を襲うようなことは無い事は分かってる。でも過去を変える魔術は違うだろ」

 認識印の消えたオリバーを人間社会が悪魔憑きのレッテルをはり恐れたのは、何故認識印が消えたのか説明ができなかったからだ。オリバーは今となってはその背景を把握しており、その背景を人間社会に口外できない政治的な理由も知っている。だからこそオリバーは自分自身が悪魔憑きである事を受け入れている。

 しかし過去を変える魔術が安全であるという事は理屈として説明されておらず、過去を変える可能性のある危険な魔術という認識が間違っているとは思えなかった。

「それは他の魔術も同じでしょ。完全に安全を保障するなんて無理だよ。使い手次第。その魔剣を使えば、人もエルフも魔族も殺せるでしょ。それと同じ」

 ヴァネッサの言う通り、魔剣の刃で人を斬殺する事もできれば、魔剣を介した風の魔術で人を斬殺する事もできる。さらに言えばリリアの使う火の魔術も人に使えば焼殺する事ができるだろう。

「だから過去を変える魔術も使っていいっていうのか?」

 オリバー自身、自分が使っている魔剣や、リリアが使う火の魔術は魔族や空賊を攻撃する事に使う攻撃手段だと考えていたが、それは人間に対して使ったとしても高い殺傷能力を発揮する。

 オリバーやリリアが使う魔術は許容して、ギルスが使う魔術は危険だと決めつけるのは間違っているというヴァネッサの考え方も理屈としては分からない事はないが、それでもどこか腑に落ちないところがあった。

「どこまでを禁止して、どこまでを禁止しないのかっていうのは難しいけどね。あたしは魔族だし、魔術も使える。だから過去を変える魔術があったとしても、それを危険だから使うなって考え方にはならないよ」

 それは魔術に慣れ親しんだ魔族としてのヴァネッサと、魔術とあまり触れる機会の無かったオリバーとの育った環境による考え方の違いなのかもしれない。

「じゃあ、今後もう一度ギルスが過去を変える魔術を使おうとしたら、それを許容するのか?」

 仮定の話として、今後もう一度、ギルスが過去を変える魔術を使うのであれば。オリバーはそれを黙って見ているつもりは無い。恐らくは止めるだろう。それは過去を変えた結果何が起きるのか分からないからだ。

「あたしは止めないよ。起こった結果によっては責任を取らせるかもしれないけど、最初から使うなっていう発想にはならない」

 だがヴァネッサとしては魔術を使った結果の責任を取らせる事はあってもそもそも使用を禁ずるという発想にはならないらしい。

「何が起きるか分からないのに、止めないって言うのか?」

 事が起きてから責任を取らせるというのも一つの考え方であるのは分かる。それでもオリバーは過去を変えて何が起こるか分からないリスクを考えれば、そもそも過去を変える魔術を使わない方が正しいという考え方を変える気にはなれなかった。

「何が起きるか分からないなんて建前でしょ?」

 しかしヴァネッサはオリバーの発言はただの建前だと考えているようだ。

「俺の本音が別にあるっていうのか?」

 つまりは本音として別の考えが有るという事。オリバーとしてはそんなつもりは無かったが、オリバー自身も気が付いていない無意識の中にある考え方があるのか。

「自分が損をするから、魔剣を使えなくなるのは嫌。自分が損をするかもしれないから、帽子が過去を変えるのは嫌。それだけでしょ?」

 オリバーが過去を変える魔術を恐れているのは、ただ自分が損をする可能性があるからだとヴァネッサは考えているようだった。

「過去を変える事を恐れるのが、おかしい事か?」

 オリバーが考えている過去を変える事で起きる最悪の事態というのは、誰かが死んだ結果自分の不利益なるような変化だ。

 それを恐れるのが間違いだというのだろうか。

「だから、過去を変えられるのを恐れてるんじゃなくて、その結果自分の不利益になるのを恐れてるんでしょ?」

 どうやらヴァネッサはオリバーが言った本音と建前の違いに矛盾を感じているようだ。果たして正しいのはどちらなのか。


次話は12/9に投稿予定です。

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