[3-21] 密会
ギルスはマリルの様子を見ると言って、そのまま部屋に残った。傍を離れたくないのだろう。今日はあの部屋で寝るつもりなのかもしれない。
ルーベルは自室に戻って就寝している。
オリバー達三人にはそれぞれ一階の個室が与えられた。元々ルーベルの研究目的の建物であったため、部屋は最小限の生活空間しかなかったが、ベッドは用意されていた。
本当に空賊が諦めて、再度の襲撃が無いという保証は無いため、このまま寝る事に対しての危険性は拭いきれないが、ルーベルは残ったゴーレムを護衛として隠れ家の周囲に配備したから万一空賊が再度襲撃してきても事前に分かると言っていた。その言葉を信じるならば、寝てもいいのだろう。先ほど眠気を感じていたのにベッドに入り、目を閉じても不思議と寝付けなかった。今日一日色々あり過ぎてまだ興奮が冷めていないせいだろうか。もっともオリバーとしてもまだ用事があり、寝てはいけない事を覚えている。
「起きてる?」
声がした。鍵は閉めたはずだが驚く事ではない。以前にもあった事だ。
「起きてるよ」
目を開けると予想通り、そこにはヴァネッサがいた。彼女はいつの間にか部屋に置かれた椅子に座っている。窓や扉は閉まったままだ。どうやって入ったのかは分からないが、聞いたところで答えないだろう。
「血が欲しいのか?」
上半身を起こして腕まくりをすると、ヴァネッサは持っていたダガーを取り出した。予想通り、血が目当てでこの部屋に来たようだ。
「うん、使ったから」
使ったというのはスキルの事だろう。吸血鬼であるヴァネッサは吸血鬼が保持するスキルを使用できるが、使用したらその分血の補充が必要になる。
「いつ?」
それを分かった上で、オリバーはあえて質問をしてみる。
「今日」
オリバーの見た限りではヴァネッサは今日は戦闘に参加していない。
「夜は、ずっと隠れ家にいたよな」
実の所、オリバーはヴァネッサが言っていた空賊が再度隠れ家を襲撃しに来たが引き返したという話は嘘であり、実際はヴァネッサが戦って追い返したのではないかと疑っていた。
「そうだね。でも使い魔を飛ばしたでしょ」
ヴァネッサは特に悪びれる様子もなくオリバーの腕を取る。そんなオリバーの考えを知ってか知らずか、あくまでヴァネッサとしては、今日は使い魔を使っただけという事にしているようだ。
「それだけか?」
オリバーは、ヴァネッサにされるがまま、手を振りほどこうとはしない。それでもオリバー自身が疑問を持っている事を伝えるべく、質問を繰り返す。
「それだけだよ」
一方のヴァネッサも先ほどと答えは変わらない。
「本当に?」
それだけと言われても、あの状況は明らかに不自然であり、ヴァネッサが戦闘をして空賊を追い返し、それをギルスに目撃されるのを防ぐために寝かせたと考えるのが妥当だった。
皆の前では話せなくとも、二人きりになれば真相を話してくれるのではないかという淡い期待をしていたオリバーは諦めきれずに再度問い掛ける。
「本当だよ」
それに対してヴァネッサは事務的に味気ない答えを返した。
「まあ、そう言うなら」
以前ガエラと戦った時にも使い魔を使役していたが、あの時はここまで血を欲しがることは無かった。使い魔を使ったのは嘘ではないのが、それ以外にも何かやっていたのは明白だった。
同時に、これ以上ヴァネッサに追及してもそれは白状しないだろうとも思っていた。ギルスを寝かせてまで隠そうとしたのだ。口で問い詰めただけで本当の事を話したりはしないだろう。
隠し事をされれば気になる一方で、無理に聞き出すと言うのも無粋であった。相手が話したくないと思っているのであれば、いくら聞いたところで答えるはずがない。聞いても答えないと言うのであれば、これ以上の追及はするだけ無駄だろう。
それに仮にオリバー達が隠れ家を離れている間に、ヴァネッサがスキルを使ったとしても、それはオリバー達に危害を加えるような目的では無かったのだろうと、オリバーは考えていた。
そんな事を考えながらオリバーは慣れた手つきで、ダガーを使ってオリバーの右腕に傷をつけるヴァネッサを見ていた。
ヴァネッサも話がひと段落した時点で淡々と作業のように血を吸い、そして傷を跡形もなく治癒魔術で治した。
以前のような、傷を付けてから、治癒魔術を使うまでの間に何かされるのではないかというオリバーの懸念は杞憂に終わった。
一連の行為が終わったタイミングでオリバーは別の質問をした。
「俺ってそこまで信頼できないのか?」
状況から考えれば、ヴァネッサは、オリバー達が留守にしていた間、一人で空賊を撃退した。そしてそれを本人は隠そうとしている。
戦った事を隠す理由。それがオリバーには分からなかった。それを直接聞いても答えが無いのであれば、せめて手掛かりだけでもと、間接的な理由を聞いていみる。
「あたし達は協力関係にあるけど、超えてはいけないラインはあるよ。だから何もかもを話すっていうのは無理。にーさんはそういう関係がいいの?」
どこまで踏み込んだ関係を望むか。相手との関係による距離感。それは本人の持つ価値観によりどの程度が好ましいかが決まる。つまり、個人的な価値観によって異なるのだ。ヴァネッサとしてはオリバーが望む関係は深入りしすぎだと考えているのだろう。
「何でも話せっていうのは言い過ぎだけど、明らかに隠し事をされたら、何で話してくれないんだろうって考えるだろ」
オリバーとしても、今のヴァネッサの考え方が間違っているとは思わない。それでも、露骨に隠し事をされるというのは、信用できないと言われているような気がしていい気がしないのは確かだ。
「にーさんは人間で、あたしは魔族っていうの忘れてない? なんでも話すっていうのは無理だよ。目的達成のために利用価値があるから行動を共にしてるだけ」
種族の違い。それは変えられない事実であり、それを理由にされるとそれ以上の追及は難しい。それでもオリバーはヴァネッサとは仲間だと考えている。
「『利用価値があるから行動を共にする』っていうのも。信頼の一つの形じゃないのか?」
相手に価値があるという事を認めているのは、それは信頼と定義しても良いのではないか。オリバーはそう考えたが、それはすぐさまヴァネッサに否定された。
「それは都合よく解釈しすぎ。協力関係と信頼関係は違うよ」
先ほどヴァネッサはオリバーとの関係を協力関係であると言った。しかしそれは信頼関係とは違うと、はっきり言われてしまった。
「協力はするけど、信頼はしないって事か?」
協力と信頼がどう違うのか、今一よく分からないオリバーであったが、ヴァネッサがそれに対する具体例を説明した。
「そうだね。死なれたら困るから協力する。だからって何でも話すっていうような信頼はしてない」
ヴァネッサとしてもオリバーに死なれるのは困るらしい。今までも何度かオリバーはヴァネッサの治癒魔術によって助けられている。よって死なれたら困るというのは事実なのだろう。それでもヴァネッサがオリバーを信頼しているという事にはならないようだ。
今までのオリバーであればここで引き下がったのかもしれないが、この前のリリアとの一件で、オリバーは自分に気になる事から目を背けてはいけないと心に決めていた。
オリバー自身の心境として、ヴァネッサを信頼しているか否かと言われれば信頼している。だからヴァネッサがオリバーに隠し事をしたからといっても、それはオリバーに対する敵意や悪意に基づくものではないとは予想していた。
それでも隠されたのであれば、その原因を知りたいと思うのが今のオリバーであった。
「それでも俺は信頼してほしい。一緒に行動する仲間だろ?」
だからオリバーは自分の心を素直に言葉にした。冒険者として時には生死に関わるような戦闘を共にする仲間だ。正面から協力はするが信頼はしないと言われれば、信頼してほしくなるのが人情だろう。
「それを言うならギルスも同じだと思うけどね」
ヴァネッサからは予想外の言葉が返ってきた。
「同じ? どこかだ?」
オリバーには、なぜここでギルスの名前が出て来るのかが分からなかった。
「全部話してないでしょ」
ヴァネッサはギルスが何か隠し事をしているとヴァネッサは言いたいようだ。
「何の話だ?」
オリバーには今の話がどうしてギルスに繋がるのかが分からない。日頃からヴァネッサがギルスに疑いを持っているのは分かってはいたが、まるでギルスが隠し事をしている事に、確信を持っているかのような言い方だ。
「さっきの治療を見て何も気が付かなかったの?」
約束通り門を開いて、事前の打ち合わせ通りフィアンセの魂を引き抜き、ホムンクルスに植え付けた。全て事前の打ち合わせ通りに見えた。
「いや、それは、確かに違和感はあったけど」
そう、行為としては全て打ち合わせ通り。それでも腑に落ちないところはあった。
「例えば?」
ヴァネッサが悪そうな笑みを浮かべる。それを見てオリバーは察した。
ギルスは何か隠し事をしていて、ヴァネッサはそれに気が付いている。その上であの治療を止めなかったのだ。さらにオリバーがどこまで気が付いているのか試している。
そうであるならば、あの治療に関して、不可解に思っていた点を一つ一つ挙げてみる異にした。
最初に挙げられるのは治療の際に、門の向こう側に見えた風景だ。
「門の向こう側は、治療を行った部屋と同じ部屋に見えた」
オリバーはエルフの文化について、それほど詳しい訳ではない。それでも同じ部屋に、同じ家具が置いてあることには違和感があった。もちろん門の魔術の余波による光と風が渦巻いていた中で、さらに門が開いていた僅かな時間で見た景色であり、それを証明する事は難しい。
「あたしもそう思った」
門の向こうが同じ部屋に見えた事については、ヴァネッサも同意らしい。しかし、ヴァネッサはそれ以上言葉を続けようとはしない。
当たらずとも遠からずというところなのか、ヴァネッサは無言でそれ以上は何も言わず目線でただ先を促してくる。
ギルスが何を隠しているか当ててみろという事なのだろう。オリバーは探り探り、自分の頭の中にあった違和感の正体を言葉にする。
「あの魔術、場所と場所を繫ぐ魔術だよな」
それは、確認のつもりであった。フィアンセは遠くにいる上に、重病で動けない。だから場所と場所を繫ぐ魔術を使って、治療をする場所まで連れて来る手間を省く。オリバーはそう思っていた。正確には、ギルスからそう説明を受けたと思っていた。だからこそ、ヴァネッサの切り返しはオリバーにとって意外なものであった。
「あの魔術って、どの魔術?」
話の流れから言って、該当する魔術は一つしかない。わざわざ説明する必要があるのかと思いつつ、オリバーはその一つの魔術を口にする。
「マリルを治療する時に使った魔術だよ」
それ以外無いだろうと思っていたのだが、ヴァネッサはさらに意外な事を言う。
「どうしてそうなるの?」
これもまた、今更な話である。
「ギルスが、そう説明してただろ」
最初に約束をする時にギルスから説明された。少なくともオリバーはそう記憶している。
「そんな事言ってないよ」
予想外の言葉に、オリバーは言葉に詰まる。一方のヴァネッサは、そんなオリバーの反応を予想していたのか、さらにこう続ける。
「やっぱりそう思ってたんだね。まあ、あえて帽子がそう思わせるような言い方してたけど。本当は違うよ。場所と場所を繫ぐ魔術は約束を果たした後に、好きなだけ使っていいって言っただけ。フィアンセを使う魔術と同一とは言ってない」
言われてみれば、それがギルスの正確な言い分であったかもしれない。とはいえその約束は書面に残したわけではない。ただの口約束だ。本当にそうであったかは今となっては確かめるのは難しい。
「じゃあ、治療に使った魔術は場所と場所を繫ぐ魔術じゃないって言うのか?」
仮にヴァネッサのいった事が本当だとしても、そのような事があり得るのだろうか。
「あたしが言ったのは、あくまで帽子は場所と場所を繫ぐ魔術を使ってフィアンセを助けるっていう話はしてないって事だけだよ」
そう簡単に、正解は教えてもらえないようだ。
となると自力で正解にたどり着くしかない。オリバーは自分が感じたもう一つの不審な点について挙げる。
「フィアンセは今日魔術を使う事を知ってたのか?」
これもまた、オリバーの中では説明の出来ない事象だった。
「向こうも門を繫ぐ魔術を使って応えたって事は事実。知って無いと応えないんじゃないの」
ギルスの説明によればあの魔術は二人が協力して場所を繫ぐ魔術であり、二人が同時に使う必要がある。つまり実際に門が繋がったという事は向こう側もギルスが魔術を使う事を知っていたという事になるのだが、そうなると疑問が残る。
「いつ教えたんだ?」
オリバー達が隠れ家に戻った後、ギルスに長討伐の報告をして、そのまま治療を開始する流れとなった。つまり、今夜治療を行う事が決まったのはオリバー達が隠れ家に戻った後。その後にギルスもルーベルもオリバー達から離れることは無かった。つまりフィアンセと連絡を取ったタイミングが見当たらないのだ。
「あたしに聞かれても」
オリバーのその疑問を聞いても、ヴァネッサが驚く様子は全くなかった。この質問を想定していたのかもしれない。ヴァネッサは恐らく、この疑問の答えに既にたどり着いており、それにオリバーが自力でたどり着けるかどうか見ているのだろう。
仕方なくオリバーは自分自身でギルスが相手に連絡を取ったタイミングを考えてみる。
「俺たちが戻ってきた後は、ギルスもルーベルもフィアンセと連絡を取る事はできないよな」
既に答えが分かっているであろうヴァネッサに、オリバーは前提条件の確認をする。
「そうだね」
これはヴァネッサも否定しなかった。
「そうなると、俺たちが隠れ家を出発する前になる。その間ギルスは隠れ家に残っていたからもしかしたらその間に…」
隠れ家に残ったギルスは、いつのまにか寝ていたと言っていた。そしてその時、ヴァネッサは隠れ家に残っていた。
ヴァネッサと目が合う。
「その間って?」
ヴァネッサも、オリバーが何を考えているのか分かっているのだろう。それでもあえてオリバーの口から言わせるつもりのようだ。
「なあ、俺たちが森に言っている間に、ギルスは本当に寝てたのか?」
オリバー達が居ない間に、隠れ家で何かが起きたのかもしれない。そして隠れ家に乗ったヴァネッサはそれを知っているはずだ。
「知りたい?」
この疑問が解決しなければ、話が先に進まない。
「ああ。教えてくれ」
教えるのを勿体ぶるヴァネッサに対して、オリバーは正直に教えを乞う形をとった。それを聞いたヴァネッサは少し考え、こう言った。
「あたしが何を言っても信じるの?」
オリバー達の留守中に寝ていたというギルスと、そこに残っていたヴァネッサ。もしも本当にギルスが寝ていたのであれば、ヴァネッサが何をしていようとそれを証明することは難しい。
「当然だろ」
今ヴァネッサが嘘を付く理由がない。そう思っていたオリバーに対して、ヴァネッサは全く異なる説を唱えた。
「あたしが帽子と共犯だとは思わないの?」
オリバーはヴァネッサが何を言っているのか理解が出来なかった。
「共犯?」
オウム返しに言葉を繰り返す。それぐらいヴァネッサの言っている事はオリバーにとって予想外の言葉であった。
「帽子とあたしが口裏を合わせて、何かをしていたって事もありえるよね」
そう言われて、オリバーは初めてその可能性に思い当たった。
オリバー達三人が長を倒しに行ったとき、この隠れ家にギルスとヴァネッサが残った。ミランダと人間の魔術師はずっと眠らされていた。ギルスとヴァネッサが口裏を合わせれば何をしていたかはオリバー達三人には分からない。それは論理的には起こりえる話だ。
「何のために?」
かといってそんなことをする理由がヴァネッサにあるとは、オリバーには思えなかった。
「にーさんを騙すため」
あり得ない。本当に騙すつもりであれば、面と向かってそんな事を言ったりしない。
「騙して何をするんだ?」
加えて言うなら、ギルスが寝ていたのが嘘という場合、ギルスはルーベルをも騙す事になってしまう。それともルーベルもグルで、オリバーとリリアの二人にギルスは寝ていたという事を信じさせるための芝居だったとでも言うのだろうか。
「例えば、にーさんが今いるベッドに何か細工をする事も出来るよね」
確かにオリバー達が居ない間に、ベッドに細工をする事は理論上は可能だろう。それでもオリバーはその話を信じる気にはなれなかった。
「いや、だからそれでどうするんだ? 俺を殺したとしてヴァネッサに何の得があるんだ?」
ヴァネッサがオリバーを殺す理由が、オリバーには考えられなかった。
何より先ほどヴァネッサ自身がオリバーに死んでもらっては困ると認めている。そんなヴァネッサがオリバーに危害を加える必要があるのだろうか。
「にーさんは短絡的だね。殺すとは限らないでしょ」
ヴァネッサはそんな事を言っているが、実際にさっきまでベッドにオリバーは横になっていたが何も起こらなかった。それとも眠りに落ちたら発動する罠をしかけたとでも言うつもりなのだろうか。
「確かに俺は魔術に疎いから、このベッドに何か仕掛けがあったとしても分からない。でもリリアなら分かるよな。何ならリリアを呼んでみてもらうか?」
オリバーには何故ヴァネッサがこのような事を言っているのかよく分からなかった。あの時ギルスとヴァネッサが隠れ家に残っていた以上、ギルスが何かをしたかどうかを確かめるのはヴァネッサの証言に頼るしかない。
それはヴァネッサの言っている事に嘘が無いと言う前提で無いと成り立たないのだが、ヴァネッサとしては、オリバーがヴァネッサの証言を信じる事が気に入らないのだろうか。
先ほどの信頼関係の話ともつながるが、どうやらヴァネッサはオリバーと一定の距離を置こうとしているようにみえる。
しかし今はヴァネッサの証言を聞くしかない。
魔術的な仕掛けがあった場合、オリバーにそれを見抜く事は出来ないが、リリアであれば見抜けるだろう。ここで水掛け論をするぐらいであれば、リリアを連れて真偽を確かめた方が良い。
「それは止めた方が良いよ」
だがヴァネッサはここにリリアを招く事を良しとしないようだ。
「理由は?」
リリアが来れば真偽がハッキリする。それを良しとしないという事は、ヴァネッサの罠を仕掛けたという話が嘘だからだろう。薄々そう思っていたオリバーに対し、ヴァネッサはまたしても予想外の言葉を放った。
「これからする話はねーさんに聞かれない方が良い」
次話は11/25に投稿予定です。




