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[3-18] 好奇心

 オリバーとルーベルは戦闘の音が近い事から、近くで長とリリアが戦っている事は予想していた。

 だからこそ、リリアと戦闘をしているのは、昼間見た長と同じであると考えていたがどうやら様子が違う。

 まだ距離はあるが、所々上がっている火の手に照らされ、その姿はオリバーとルーベルの視界にはっきりと捉えられていた。

「あれって昼間見た長と同一なのか?」

 オリバーがその疑問を口にする。

 狼の様な体系をした巨大な体。それは昼間見た長と一致するのだが、一致しない部分も多い。

 例えば体の色表面が毛並みではなく黒く焦げたようになっているが、あれはリリアの火属性魔術を受けて、表面が焼け焦げた結果だとするのならば説明は付く。

 それでも説明が付かない箇所がある。あの背中に付いている二つの筒状の物体は一体何なのか。

「武器を持って来たって事かしら」

 ルーベルの予想では、長は傷ついた小さい固体を回収するために輸送用に作られたという説を提唱していたが、戦闘になった時に備えて武器も持っていたようだ。

当のルーベルはそこまでは予想していなかったらしく、少し感心したような口ぶりだった。

「リリアは無事か?」

 先ほど懸念していた爆発音の正体が、リリアの魔術では無く、長の攻撃によるものであったという可能性がより一層現実味を帯び出来た。

 そうなるとリリアの安否が気になるところだ。

「魔力は感じるから、生きてるとは思うけど」

 オリバーは元騎士であり、魔力の流れを感知する事は出来ないが、エルフであるルーベルはそれができるようだ。

「どこだ?」

 ルーベルの台詞に安堵する一方で、一刻も早くリリアの姿を確認したいという焦燥感が募る。

「あの辺」

 そう言ってルーベルが指さした方向で明かりが灯るのが見えた。恐らくはリリアが火の魔術を使ったのだろう。

「あれか」

 距離はそう離れてはいないが、木の陰に隠れているのかまだリリアの姿は直接確認はできない。

「みたいね」

 そしてすぐにその近くで爆発が起き、灯りが消える。

「まさか、長以外にもいるのか?」

 爆発が起きて灯りが消えたという事は、ファイアボールを打ち出したという事だが、それは明らかに長に向かっての攻撃ではない。リリアの近くに長以外の別の敵がいたという事になる。

「かもしれないわね。昼間見た時も長は単独行動ではなかったから、今回も仲間を連れてきたって事じゃないかしら。行ってあげたら? 私は一人で大丈夫よ」

 リリアの危機を察したのか、ルーベルがそんな事を言った。

「いいのか?」

 いくらルーベルにはゴーレムがいるとはいえ、敵が目の前にいる状況でここに残してリリアを助けに行くと言うのは気が引ける所があった。

「元々単独行動には慣れてるわよ。それに、私の目的は最初から長よ」

 今のルーベルからすれば、ようやく追い求めた獲物に遭遇出来たといった事なのだろうか。

 一方のルーベルは特に気にしてはなさそうであったが、ルーベルがそう言った直後に再度リリアがいた場所の近くで爆発が起きる。

「何だ?」

 先ほどとは異なり、リリアがいた場所の近くに明かりた灯る事はなかった。さらに長の方から何かを打ち出すような音がした。

 つまりはリリアの魔術ではなく、長の攻撃による爆発だろう。

「へえ、あんな攻撃方法あるのね。魔術ではない様だけど、何なのかしら」

 それを見たルーベルは驚きと感心の入り混じった声を上げる。魔力の流れを感知できるルーベルからすれば、あの爆発が魔術によるものではない事は直ぐにわかったのかもしれない。

「ここは任せて大丈夫か?」

 オリバーもリリアが魔族であり、そう簡単に倒されたりはしないとは思っている。しかし攻撃されている状況を目の前にして、そのまま見ている気にはならなかった。

「ええ、元々私の目的はあの長だからね。私がゴーレムであの長を抑えるから、あなたはリリアの救出をお願い。私もすぐ行くわ」

 ルーベルの横に控えている、先ほど召喚された大剣をもったゴーレムを見る。たしかにこのゴーレムがいれば、オリバーがルーベルの傍を離れても大丈夫だろう。

 オリバーはリリアの方へ駆け出して行った。

 オリバーが背を向けた直後、不気味な風切り音がした。それはまるで巨大な何かが高速で動いたような音であった。


 ●


 リリアからすれば半分は予想していた事だった。無防備な長が目の前に立ち尽くしていたら、ルーベルが攻撃するという事は。

 どのみち長は連続攻撃が出来ないため、長が攻撃してくることは無い。万一ルーベルが、攻撃をしなかったとしたら、再度物陰に隠れればいい。その程度の考えであった。

予想できてきなかった残りの半分は、長がゴーレムの攻撃を無防備のまま受けたという事だ。

 横からその巨体に見合わぬ速さで肉薄し、その勢いのまま、持っていた大剣を振るったゴーレムの一撃を、長はまるで避ける動作が無く受けていた。

 何かを斬ったというよりも、叩いたかのような金属音がして、長がゴーレムの攻撃によって宙を舞っていた。

「どういう事かしら」

 あれはルーベルのゴーレムであり、攻撃が命中したのはリリアにとって好都合であるのだが、不可解な現象に思わず疑問の声が出ていた。

 後ろから魔術を使ったリリアには気が付いたという事は、全方向の攻撃に対して反応できるのかと思っていたが、違ったようだ。

 長の気を逸らすためにわざと姿を見せたというのが功を奏したのだろうか。それにしてもゴーレムの接近に全く気が付く様子がないというのは、何か別の理由があるのだろうか。

 さらにゴーレムは容赦することなく、長に向かって攻撃を加え続ける。

 その様子をリリアは、長がゴーレムの攻撃を避けなかった理由を考えながら見ていた。見入っていたといってもいいだろう。

 なぜなら、そのゴーレム以前見た物よりも様子が違ったからだ。以前みた物はあのような機敏な動きをしていなかった。何よりも先ほど現れたゴーレムは武器を手にしている。ルーベルが戦闘に自信があるような素振りをしていたのはこれがあったからか。

 素早く動けるうえに武器を持っているというのは、明らかに日中にみたゴーレムとは異なる。

 そういえば、ゴーレムと言えば、体は土で構成されている。だとすると長がゴーレムの接近に気が付かなかった事と関係あるのかもしれない。

 そんな考え事をしていたからか、反応が遅れた。ふと近くで物音がしたためにそちらに眼を向ける。

 そういえば、先ほど一匹小さい奴を倒した。一匹いたという事は二匹目が居てもおかしくないという事だ。その二匹目がこちらに近づいて来る。いや、目前に迫っていた。

 間に合わない。そう思ったと同時に、風を斬る音がした。

 幸いにも、二匹目の爪牙がリリアに届くよりも前に、何かがぶつかって横へと転がって行った。

「リリア! 無事か?」

オリバーの声が聞こえた。先ほどの現象が、オリバーが放った風の刃だと気が付いたころ、ようやく頭が冷静になり、空賊が体勢を立て直す前に、手慣れた動作で、火の玉の生成と射出を行い撃破する。

それが精一杯で、オリバーの問いには答える事が出来なかった。助かった。危なかった。どうせ再生スキルを使えば死ぬことは無かった。そんな思いが頭の中で渦巻いている。

その様子を見ながら、オリバーが走り寄ってくる。

「大丈夫か?」

 走ってきたせいか若干息を切らしている。リリアが何も言わなかったせいだろう。再びオリバーが安否を確認する質問をしてくる。

「え、ええ。大丈夫よ、それよりルーベルは?」

 ゴーレムが加勢してきたせいで気が緩んでいたとはいえ、今のは危なかった。動揺を悟られないように話を逸らした。

 素直にありがとう、と言えなかったのはきっと動揺していたせいだろう。

「ああ、向こうにいるよ」

 リリアとしても魔力は感じていたため、ルーベルが近くにいるのは分かっていた。動揺したせいで聞く必要の無い事を言ってしまったが、オリバーはそれに気が付いていないようだ。

「あんなゴーレムいたのね」

 戦っているゴーレムを見ながら、改めて話を逸らす。

「自立式と召喚式の二種類がいるとか言ってたな。昼間森でみたのは自立式で、今戦ってるのは召喚式らしい」

 オリバーはルーベルからあのゴーレムについて説明を受けていたようだ。

「あのゴーレムに触った?」

 それならば、リリアの思い付いた疑問に答えてくれるかもしれない。

「いや、触ってはいないけど、どうかしたのか?」

 自分の予想を確かめようと思ったリリアだったが、アテが外れてしまった。

「触ったらどうなのかしら?」

 そこへルーベルがやってきた。リリアとオリバーの話を聞いていたようだ。

「ルーベル、綺麗に不意打ちが決まったように見えたけど、あのゴーレムは何か相手に気がつかれないような細工がしてあるのか?」

 リリアが思っていたのと同じ疑問を、オリバーもまた思っていたようだ。

「いいえ、特に何も。強いて言うなら、よそ見をしていたから横から攻撃させただけよ」

 リリアがあえて姿を見せた事もあり、長は明らかにリリアの方を見ていたのだが、先ほどは後ろからの攻撃にも反応した。単純に横から攻撃したから反応できなかったというのは考えにくい。

「一体しかいないゴーレムを攻撃に使って良かったのか? 長以外にもまだ空賊がいるかもしれないんだぞ」

 オリバーの言う事は一理あり、リリアも先ほどは危ないところだった。オリバーが分かっているかは怪しいが、あの空賊からは魔力を感じない。つまり魔力を頼りに相手の居場所を突き止める事ができないため、不意打ちをされる危険が高い。

「少しぐらい大丈夫よ。こっちにきたのは、リリアの様子を見に来ただけ。別にあなたに身を守ってもらおうなんて思ってないから、あなたはそこの彼女を守ってるだけでいいわよ」

 少しぐらいとは言うが、もしも小さい空賊が襲ってきたら、あのゴーレムを呼び戻すつもりだったのだろうか。もしかすると、ルーベルは抜けているところがあるのかもしれない。どことなく刺々しいルーベルの物言いは、オリバーのいった事が図星だったからではないのか。リリアはそんな事を思い始めていた。

「彼女って訳じゃない」

 売り言葉に買い言葉だったのだろうが、オリバーは反射的にルーベルの言葉を否定した。その言い回しにリリアは何とも言えない感情を抱いたが、その感情の正体が何かは分からなかった。

「じゃあ何よ?」

 当然の様にルーベルが聞き返す。

「仲間だ」

 冒険者として、同じ目的を達成するために行動しているのだ。その関係を仲間と呼ぶのは間違いではない。そのはずなのに、なおもリリアの中には釈然としないところがあった。

「リリアはそれでいいの?」

 ただの事実確認であり、深い意味は無いのだろう。ルーベルがリリアに話を振ってきた。それに答えられないのはなぜだろうか。

「リリア? まあ命の恩人なのは間違いないけど、仲間でもあるだろ」

 黙ってしまったリリアを見て、オリバーは仲間では無く、命の恩人という言葉をリリアが望んでいると思ったようだ。

 空賊が隠れ家を襲う前にそんな話をした気がする。リリアはオリバーの命の恩人。それは間違いでは無い。

「そうね。命の恩人でもあり、仲間でもあるわね」

 それなのに、リリアはその言葉にどこか納得がいかない。

「リリアは魔族で、オリバーは人間なのよね?」

 突然、ルーベルが種族の話を持ち出して来た。

「そうよ。説明しなかったかしら?」

 そういえばギルスに種族の話をした時に、ルーベルはあの場所にはいなかった。しかし長を観察するために既に近くでリリア達の様子をうかがっていたとルーベルは言っていた。あの時ギルスに説明した話も聞いていたのだと思っていたが違うのだろうか。

「あなた達の関係って・・・」

 そこまで言ってルーベルが言葉を止める。上手い言葉が見つからないのだろうか。

「仲間じゃおかしいの?」

 仲間と言う言葉。間違ってはいないはずなのに、リリアは何故か受け入れがたい言い回しに感じる。ルーベルならその答えを知っているのではないかと、リリアは若干の期待を込めて聞き返す。

「今この話をするのは止めておくわ。戦闘中だし。それで、話を戻すけどゴーレムに触ってどうするつもり?」

 残念ながらルーベルはその話を止めてしまった。彼女の言う通り、今は空賊と戦闘をしている最中だ。今は戦闘に関わる話を優先するべきだろう。リリアもルーベルが何を言おうとしたかは追及せずに、話を元に戻すことにした。

「あのゴーレムの温度ってどのぐらいなの? 人間やエルフの体温と同じぐらい?」

 あの空賊がゴーレムの攻撃に反応できなかった点について、リリアはゴーレムの温度に原因があるのではないかと考えていた。

「いえ、普通の土と同じぐらいよ」

 普通の土の温度は生きている人間やエルフの体温よりもはるかに低い。

「やっぱり」

 つまり、リリアの予想通りであった。

「どういう事?」

 とはいえ、先ほどこの場に来たばかりのルーベルからすれば何の話なのかは分からないだろう。

「貴方たちが来る前に、あの長に後ろから火の魔術で攻撃しようとしたら反応したのよ。完全に視覚外からの攻撃だったのに。さっきはゴーレムの攻撃に反応できなかった。もしかしたら、温度に反応するのかも」

 それは、リリアが先ほどまで一人で行っていた戦闘と、ゴーレムの攻撃とを見比べて初めて分かる事であった。

 火の魔術は温度が上がるために反応できたが、ゴーレムの攻撃は温度が変わらないために反応できなかった。

「ああ、そういう事」

 関わらずルーベルの得心がいったというような反応をした。

「何か心辺りがあるの?」

ルーベルはリリアと長との戦闘を見ていないはずだが、これまでルーベルが空賊と戦ってきた中で思う所があったのだろうか。

「あいつらいつもゴーレムを襲う時は昼だったのよ。でも今回私達を夜に襲撃してきた。見た目が狼だから嗅覚を使ってるのかと思ったけど、それだとゴーレムを夜襲ってもよさそうなのに、それは一度も無かった。そうなるとあたし達とゴーレムで何か違いがあったのかと考えてたんだけど、温度を頼りにしてるとなると辻褄があうわね」

 ルーベルはゴーレムが夜襲われない事を疑問に思っていたようであった。

 確かにゴーレムの温度が低く、温度による感知が使えないとなれば、夜よりも視界が効く昼間にしか戦闘を仕掛けてこないというのは納得がいく。

「新手が来たわ。気を付けて」

 ルーベルと話している内に、さらに複数の敵が、リリア達に向かってきていた。

「そう? 私にはわからないけど」

 しかし、まだ空賊達はある程度距離を保っている。いくらリリア達の近くに、先ほどの戦闘の結果で、所々火が燻っているとはいえ、今は夜だ。

 森の中に隠れている空賊を性格に目視出来ているのはリリアだけのようだ。

「結構数が多いわね」

 最初に長には数匹護衛付いていた。今回も、数匹程度追加できたのかと思っていたがどうやら様子が異なる。先ほどリリアが一体、オリバーが一体が倒したが、その後も続々と数を増やしている。

「あの長が戦闘に巻き込まれたから、仲間を呼んだんじゃないの?」

 リリアの疑問にルーベルが答える。リリアも最初は長が仲間を呼んだのかと思ったが、相手の様子をよく見るとそれは違うような気がしてきていた。

「にしては、何か、変と言うか」

 それは、夜目が効き、直接相手を目視出来ているリリアにしか分からない違和感であった。それは具体的に何かを言葉にしようとする。

「どこがだ?」

 闇に潜む相手の姿を見る事ができないオリバーも、リリアの言葉に興味を示している。

「汚れてる奴が多いのよね」

 リリアがまだ一人で長の護衛を倒した時、護衛にそれほど汚れは付いていなかったが、今救援に駆け付けた空賊には汚れが目立つ者が多かった。そう、一体や二体では無く、ほとんどものが汚れている。

「汚れって、何かが付着してるのか?」

 汚れと言う表現が腑に落ちなかったのか、オリバーがさらに聞き返してくる。見えているのはリリアだけであるため、仕方がないだろう。

「土とか枝がついてたりする奴が多いのよ」

 何が付いているかと言えば、それは土や枝である。まるでどこかで転んだかのように、毛並みの表面に付着している。

「まさか、どこかで戦っていた?」

 そう言ったのはルーベルだった。頻繁に空賊に襲われていたルーベルからすれば、自分以外の誰かが空賊に襲われ、その後にこの場に合流しに来たと考えたのだろう。

 しかしそれでは不自然な点がある。

「かもしれないわね。でも負傷してないのよ」

 戦闘をしたのであれば、負傷者が出てもおかしくない。仮に一方的に相手を蹂躙したというのであれば、体が汚れているというのは腑に落ちない。汚れている割には負傷している様子が無いというのは一体どういう状況なのか。

 この不可解な状況に、最初に答えを見出したのはオリバーだった。

「まさか、ヴァネッサか?」

 隠れ家に残して来たヴァネッサ。彼女がこの状況の元凶だとオリバーは考えているようだ。

「どうしてそうなるのよ」

 リリアはその説をすぐに信じる事は出来なかった。

ヴァネッサは今回の空賊の討伐に積極的に参加するつもりは無いと言っていた。今も隠れ家に残っている。それがどうしてこの場にいる空賊の体の汚れと関係するというのか。

「こいつら隠れ家を襲ったものの、ヴァネッサに追い返されたんじゃないのか?」

 確かにヴァネッサの戦闘能力は高い。隠れ家に残っていた彼女を襲撃して、追い返されたという可能性はある。

「追い返したって、何で倒さないのよ? ヴァネッサなら倒せそうな相手よ」

 リリアもヴァネッサの実力は知っている。ヴァネッサであればこのような相手であれば造作もなく倒すだろう。

「それはヴァネッサが手加減したんだろ。わざとだよ」

 当然オリバーもヴァネッサも実力を知っている。それでも意図的に倒さずに追い返したと考えているようだ。

「何のために?」

 リリアにはオリバーの言っている事が理解できなかった。

「負傷者が隠れ家にいたら長がそっちに行く可能性がある」

 ルーベルの「長は負傷した空賊を回収しに現れる」という仮説が正しければ、隠れ家で空賊の負傷者が出てしまったら、そちらに長が行くかもしれない。そうなったら、オリバー達の追跡が無駄になってしまう。

 そう考えると、意図的にヴァネッサが相手を負傷させずに追い返したというのはあり得る話のような気がしてきた。

 オリバーのその考え方にリリアが納得したところで、ルーベルが別の疑問を思い付いたようで、口を開く。

「待って、それって隠れ家が、私たちが出発した後に襲われたって事?」

 ヴァネッサは隠れ家に残っているはずだ。そのヴァネッサが空賊と戦ったという事はそれしか考えられない。

「そうなるな。でもヴァネッサが守ってくれたんだろ。だからこいつらは逃げて帰る途中にここに合流しに来た」

 オリバーも、同じ考えのようだ。リリアはこれまでの話をまとめる。

「つまり私達が出発した後に隠れ家をもう一度襲いに来た空賊を、ヴァネッサがわざと殺さないように手加減して追い返したって事?」

 今の状況を整理すると大筋そんなところだろう。

「俺はそう思ってる。ヴァネッサならできるだろ」

 オリバーとリリアはヴァネッサが戦っている所を実際に見ており剣の腕を知っている。常に飄々としており、本気で戦っている所は見たことが無い。リリアの予想としても、ヴァネッサがその気になれば、この程度の相手を手加減して追い返すぐらいは簡単にできそうだと考えていた。

「あの子、やる気なさそうだったけど」

 一方でヴァネッサの実力を知らず、あの言葉だけを聞いていたルーベルはオリバーの意見に疑問を持っていた。

「自分は守るけどそれ以上はしないって言ったのは確かだけど・・・ああ、そうか」

 オリバーが何かを思いついたようだ。

「何がそうか、なのよ?」

 一人納得したような様子のオリバーをルーベルが問い質す。

「ミランダとあの魔術師がいるから、守ってくれたんだろ」

 あの隠れ家にいるのはヴァネッサだけではない。昼間保護したミランダと魔術師もいる。もしもヴァネッサが戦いを放棄したら、その二人の命は無い。

「守るのは自分だけって言ったのに?」

 ルーベルとしては、守るのは自分だけと言ったヴァネッサがが他の二人を守るために戦ったというのは考えづらいようだ。

「ヴァネッサは仲間を見捨てたりしない。俺も何度も助けられた」

 対照的に、自身が何度も助けられた経験のあるオリバーとしては、今の状況でヴァネッサが二人を見捨てて隠れ家から逃げ出すようなことはしないと確信しているようだ。

 その会話を遮る様に、リリアは火の玉を生成した。

「どうした?」

 突然の行動にオリバーが怪訝な顔をしている。

「まだ近くに何体もいるの忘れてない?」

 それは決して、オリバーの発言を遮るために行ったのではない。こうして話し込んでいる間に、空賊が近づいてきたため、攻撃しただけだ。

 近く複数いた空賊達は、長の援護にいくか、オリバー達を襲うか迷っていたのかしばらく動きが無かったが、こちらが話し込んでいるのを好機と見てこちらを攻撃対象としたようだ。

 だが残念ながら、夜目が効くリリアにとって夜の闇というのは目くらましにはならない。物陰に隠れて見えない相手はともかく、直前上にいる相手であれば、目視する事ができる。

 夜目が効くというのは、サキュバスの特性の一つである。人間であるオリバーやと、エルフであるルーベルには当然空賊は見えていない。

 よって、オリバーとルーベルはリリアの後に続いて攻撃する事ができずに、実質棒立ちえできないのは仕方の無い事だ。

「オリバーもじっとしてないで攻撃して」

 頭ではそう分かっている。それなのにリリアはオリバーに対して攻撃を促す。

「いや、そう言われても見えないからな」

 リリアの魔術の余波で、ところどころ火の手があがっているとはいえ、夜の森は暗い。茂みの中にいる空賊を見つけるのは、夜目が効くリリアでなければ無理だろう。

「やってあげなさいよ。命の恩人のご要望よ」

 そう言って急かすルーベルの顔は、まるで面白い物を見つけたと言っているかのようだ。

「いや、見えないから無理だって」

 暗いのはルーベルも承知の筈なのに、何故かルーベルはリリアの肩を持つ。

「ほら、突っ立ってないで攻撃して。魔剣持ってるんでしょ」

 ルーベルの言葉を追い風と感じ、リリアが再度オリバーに催促をするが、その口調は先ほどよりも強めであった。

「怒ってるのか?」

 その口調に対して思うところがあったのか、オリバーが困惑したような声をだす。

「何に?」

 リリアはその質問に対して、手短に答えを返す。手短になってしまったのは、怒っているからではなく、空賊を攻撃する事に神経を使っているからだと、リリア自身は思っていた。何よりも自分がこのタイミングで起こる理由がない。

「いや、こっちに言われてもな」

 それでもオリバーはリリアが怒っていると思っているのだろう。しばし考えこむような仕草をみせて、まるで答えを見つけたかのような顔でこう言った。

「ヴァネッサと何かあったのか?」

 その言葉にリリアは無意識の内に体をピクリと震わせ、こう返した。

「どうしてそう思うの?」

 リリアはそれが正解だとは思っていない。だというのに、何故か声は強張っていた。

 その様子を、先ほどよりも、より一層面白そうなものを見る目でルーベルが見ていた。まるでオリバーの答えが正解だったとでもいうのだろうか。

次話は11/4に投稿予定です。

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