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[3-15] 打ち明け話

 隠れ家の居間と言ってもいいのだろうか。そこには今オリバーとリリアが残されている。ルーベルは魔物が襲撃してきた時に取る作戦を手短に説明した後に、ギルスに渡す物があると言ってギルスを連れて別の部屋に行ってしまった。ヴァネッサはミランダと魔術師の様子を見に行った。起きないように定期的に睡眠魔術を掛ける必要があるらしい。

 ルーベルは去り際に、魔物が来るまで時間が掛かるかもしれないために、それはでは休んでいていいと言っていた。オリバーとリリアは特にすることもなく、休んでいていいと言われても、ルーベルが席を外している間に、この隠れ家を見て回るような気にはならず、二人とも何となくこの場所に残っていた。

 よってこの場にいるのはオリバーとリリアの二人だけだ。

 二人とも部屋に置いてあった椅子に座っており、互いの距離はそれほど離れていない。この居間自体が狭い事もあり、そのままの位置でも声は届くだろう。

 気が付けば外は日が完全に落ち、空には月が昇っていた。

 ここに来てから色々と決めなければいけない事が多く、なかなかリリアと話す時間が作れなかった。今が丁度良い機会だと思い、オリバーは話を切り出す。

「昼間の事なんだけどさ、俺色々考えたんだよ」

 リリアの過去を明かされ、最悪の場合自分が化け物になったかもしれないと言う話を聞かされた。あの時はミランダが負傷していた事もあり、あまり考えられなかったが、その後の移動時間で、オリバー自身気持ちの整理をしていた。

「それ、今言う必要ある?」

 リリアとしては、あまり聞きたくない話だったのか、露骨に拒否の態度を取った。逆に言えば、昼間の事と言っただけで、オリバーが何を話そうとしているのか察したのだろう。

「あるさ。この後一緒に戦うだろ。だから今話しておきたい」

 それでもオリバーとしては、この後起こるであろう空賊との戦いの前に、自分の気持ちをリリアに伝えておきたかった。

「分かったわ」

 オリバーの意思を汲み取ったのか、リリアは椅子に座ったまま、オリバーの方へ向き直った。

「俺は自分の命を助けてもらった事に感謝してる。もちろんミランダの命を助けてくれたことも」

 リリアのスキルによって、オリバーもミランダも一命をとりとめた。それは事実であり、それに対する感謝の気持ちがある事は事実だ。それを聞いたリリアもまた、オリバーが今後話そうとしているであろう話の本筋に自ら触れる。

「失敗した時のリスクを話さなかったのに?」

 それこそが、あの時オリバーがショックを受けた事であり、リリアが隠していた事でもある。再生スキルが失敗した場合にどうなるか。

 その問いに対して、オリバーは自分の気持ちを正直に口にした。

「俺が片腕を失った時は、俺自身が話せる状態じゃなかったし、ミランダの時は俺がそうしてくれと言ったんだ。後からリスクの事を持ち出すのは俺の間違いだ。だって俺から聞かなかったのに、結果が出てからリスクがあるなんて聞いてないっていうのは卑怯だよな」

 一回目の腕を失った状態では、オリバーは放っておけば間違いなく死んでいた。あの状態で再生スキルを使わないという事は、オリバーを見殺しにするという事。さらにあの時はリリアとの面識も無く、再生スキルの存在すら知らなかった。腕を失い半ば錯乱状態であったオリバーに対し、再生スキルとは何か、失敗するとどうなるかなどの説明はできるはずもない。

 二回目のミランダの時はオリバー自身は瀕死のミランダを目の前にして動揺していたとはいえ、一回目の状況に比べればまだ話せる状況であった。それでもオリバーから再生スキルを使って欲しいといった事、ミランダが一刻を争うような容体であり、説明に時間を割けるような状況では無かった事を考えれば、後になってから再生スキルが失敗した時に説明が無かった事についてリリアを責めるつもりはないというのがオリバーが至った結論であった。

「本当に、それでいいの? 私が隠し事をしてるって思わなかった?」

 しかしリリアは今までリスクに関する話をしなかった事に対して罪悪感を持っていたのか、まるで許しを請うような言い方であった。

「さっきヴァネッサに、ギルスとの約束の事、「俺自身が確認しないで約束した」って言われて思ったんだよ。きっと同じところが問題だったんだって」

 この家に着くまでに、リリアに対する結論は既に出ていた。そして、それに通じるところが、ギルスとの約束でもあった事にオリバーは気付かされた。

「同じって?」

 リリアが先を促してくる。

「俺は見たい所だけを見て、それ以外の所は無意識のうちに見るのを避けてたんじゃないかって思うんだ。俺はギルスが里から追放されたって聞いて、俺自身のお尋ね者になっている境遇と重ねて助けたいと思った。フィアンセを助けるって話を聞いて手伝おうと思った。俺は他人を助けるのは良い事だと思ってた。だからギルスがフィアンセを助けるならそれは良い事だろうと思たし、俺がギルスを助けるのも良い事だと思った。どうやって助けるか具体的な方法は聞こうとしなかった。」

 オリバーはギルスの境遇と自分の境遇を重ねて、助けたいと思った。その思いが優先されてしまい、ギルスが具体的に何をしようとしているか、それを確認しようという気持ちが薄れていたのだ。

 結果として、後だしでホムンクルスを使う事を知らされ、ショックを受ける事になった。それは、再生スキルが失敗する可能性を後から聞かされてショックを受けた事と全く同じ流れであった。

 自分が見たいところだけみて、全体図を見ようとしない。だからこそ後から自分が見ていなかった場所の真相を知らされる事になる。

「それが再生スキルに関しても同じだったって事?」

 リリアもその事に気が付いたようだ。

「そうだ。それをリリアの再生スキルに対してもやっていた。考えてみたら当たり前だよな。何のリスクもなく、魔術では出来ない、切断された腕を元通り復元なんて、そんなうまい話あるわけないよな。でも俺は一度自分の腕が治ったから、そこだけを見てた。失敗した時のリスクについて考えもしなかった。だから、それはリリアが隠したって言うよりも、俺が知ろうとしなかったんだよ」

 リリアがオリバーの切断された腕をスキルにより復元したのは事実ではあるが、それが成功例の一つでしかなく、失敗する可能性があるという事にオリバーは思い至らなかった。それはリリアのせいではなくオリバーの問題だ。

「でも、私も話そうとしなかったのは事実よ」

 リリアも責任を感じているようだ。リリアから再生のスキルは失敗する可能性があるという事を、今日まで話せなかったのは事実だ。

 オリバーが腕を失った時や、ミランダが瀕死だった時はその状況から話せなかったのは仕方ないとしても、オリバーが腕を失ってから今日はではそれなりの時間があった。それでもリリアが話さなかった事についてオリバーがどう思っているのか。

「自分から知ろうとしなかったのに、後から何で教えてくれなかったんだっていうのは卑怯だよ。自分の都合の良い事だけ見て、都合の悪い事は見ずに、何か起きたら教えてくれない周りのせいにするなんて、そんなのは責任転嫁をするのは間違ってる。だからリリアを責めるつもりは無いよ」

 オリバーはリリアから話を切り出すのが遅れた事についても、知ろうとしなかった自分に問題があるのであり、言わなかったリリアを責めるつもりはないと断言した。

「本当にそれでいいの?」

 余程気に病んでいたのか、リリアが再度確認の問いかけをする。

「確かに再生スキルが失敗したら、最悪化け物になっていたかもしれないって知らされた時はショックを受けたけど、そもそも再生スキルに失敗が起きるあり得る事に気が付かなかったのは俺の責任だ。」

 失敗したらどうなるかの具体的説明を受けた時にショックを行けた事は確かだった。それでも事実確認をしなかった自分側に責任があるという考えは変わらないと、オリバーは再び断言した。

「ありがとう。気が楽になったわ」

 ようやく、リリアの表情が柔らかくなった。

「いや、礼を言われるような事じゃない」

 リリアとしては、真実を隠していた事に対する罪悪感があったのだろう。しかし正面から礼を言われるとオリバーからしても少し落ち着かないところがあった。

「じゃあ、今度は私から聞いていい?」

 オリバーの話がひと段落したところで、今度はリリアから話を振ってきた。

「何だ?」

 改まって言われると、一体何を聞かれるのか考えてしまうところもあったが、この際話す事は全て話しておいた方が良いと思い、オリバーは迷わずに先を促す。

「腕が治った事、後悔してない? 死んだ方が良かったって、思ってない?」

 その言葉はいつになく張りつめていて、リリアが緊張しているのが分かる。

「そんなことは無い」

 オリバーには質問の意図がよく分からなかった。先ほどリリアは命の恩人だと言ったばかりなのに、何故この質問をするのか。もしかすると別の意図があるのか。

 リリアはオリバーの答えを聞いても、釈然としない表情だ。望んでいた答えと違ったのだろうか。しかしオリバーにはあの質問をあれ以上の回答をする事はできなかった。

 しばしの沈黙の後、ようやくリリアは先ほどの質問の真意を口にした。

「お尋ね者になったのに?」

 命が助かった事は別に、大きな変化が起きた。それは騎士から悪魔憑きとなり、お尋ね者になった事。

 それは再生スキルが失敗する可能性とはまた、別の話ではあるが、再生スキルを使った結果起きてしまった出来事の一つである。

 オリバーがお尋ね者になってしまった事を、オリバー自身はどう思っているのか、リリアは直接聞いたことが無かった。

「ああ、後悔してない。あの時リリアが助けてくれなかったら俺は死んでいた。助けられた結果お尋ね者になったとしても、それは後悔する事じゃない」

 それはリリアがオリバーに対して再生スキルを使う発端となった出来事だ。オリバーは魔物との戦闘で片腕を失い、リリアの再生スキルで治療された。あの時あの場にリリアが居なかったらオリバーは死んでいただろう。そしてオリバーはあの時助かるよりも死んだ方が良かったと考えた事は無かった。

 例え今がお尋ね者になっている状況だとしても、死んだ方がマシだった等と考えたことは無い。それが正直な気持ちだ。

「騎士じゃなくなったのに?」

 切断された腕には騎士としての証である認識印があった。リリアの再生スキルでは腕を復元する事は出来ても認識印までは復元されなかった。それはオリバーが騎士から悪魔憑きとなる原因でもあった。

 オリバーにとって騎士と言う職業はどういう位置づけだったのか。

 思い返せば、オリバーが何故騎士になろうとしたのか、それをリリアに話した事が無かった。いい機会だと思い、オリバーはそのいきさつを話す事にした。

「俺は、騎士になろうと思ったきっかけは父親だった。騎士団員から慕われて、国民を守る。そういう騎士の姿に憧れた。でもそれは騎士じゃなくても出来る事だ。今はお尋ね者だけど、仲間がいて、人助けができる。今日だってミランダの命を助ける事ができた。誰かを助ける事は、騎士でなくても出来る。だから俺はもう騎士という立場に未練は無いよ」

 オリバーが騎士になろうと思ったのは人助けがしたかったからであり、それは今の状況でも出来る事。だからこそお尋ね者になった今でも、騎士に戻りたいと考える事は無かった。

 その言葉を聞いたリリアから肩の力が抜け、緊張が解けていくのが、オリバーの目にもはっきりと分かった。

「私はね、ずっと聞きたかった。私と関わって、あなたは騎士からお尋ね者になった。確かにあの時私がスキルを使わなければ、あなたは死んでいた。それでも、お尋ね者になるぐらいなら死んだ方がマシだったって思ってたらどうしようって、ずっと考えてた」

 ようやく、先ほどの質問の意図を理解したオリバーは、自分の心情を隠さずに話す事にした。

「お尋ね者になった事で、リリアを事を恨んだ事はないよ。ミランダは俺にとっては命の恩人だ。恩を感じる事はあっても恨んだ事はない。」

 オリバーにとってリリアを恨む理由は何もない。それがオリバーの本心だった。

「そう、良かった」

 今にも泣きだしそうな声で答えるリリアであったが、リリアは一つ勘違いをしていた。

リリアはオリバーの話が終わったのかと思い話を振ったのだが、オリバーの話はまだ終わっていなかった。

「さっき、都合の良い所だけを見るのは止めるって話をしただろ?」

 そして、リリアの話がひと段落をしたのを見て、今度はオリバーが話を戻す。

「そうね」

 思い詰めていた事を話してスッキリしたのか、リリアの表情は晴れやかだ。

「だから俺も一つ聞いておきたい事があるんだ」

 そう、今日起きた出来事で、オリバーの中で気になっていた事が一つあった。色々ありすぎて中々聞けずにいたのだが、今聞くのが丁度良い機会のように思えた。

「何?」

 胸のつかえを全て吐出し、にこやかになっていたリリアの表情。そうであるならば、きっとこの質問にも答えてくれる。オリバーはそう思っていた。

「ミランダからも吸ったのか?」

 何を吸ったか、とは言わずもがなだろう。リリアはサキュバスである。

 オリバーの予想に反し、リリアは答えない。固まっている。何故だろうか。あまりにも予想外な質問だったのであろうか。あるいは、そんなあり得ない問はするなという事だろうか。それならそれで否定すれば済むのであり、答えないという事はそういう事なのであろうか。

 ヴァネッサは吸血鬼であり、スキルを使用したら血の供給を求めて来る。ではリリアはどうだろうか。リリアはサキュバスである。スキルを使用したら精気の供給を求めて来るのが道理だろう。しかしそれをしないという事はすでに供給済という事ではないのか。今日の一連の出来事から、精気を供給するタイミングがあったとしたら一つしかない。

 オリバーに再生スキルを使った時に、そうしたように、ミランダに再生スキルを使った時に吸ったのではないか。しかしリリアはサキュバスである。人間の女から吸う事はあり得るのだろうか。オリバーはその疑問を解消したかった。

 時が止まったのではないかと錯覚するかのような静寂を破ったのは、リリアの方であった。

「それ、今言う必要ある?」

 リリアとしては、あまり聞きたくない話だったのか、露骨に拒否の態度を取った。

「あるさ。この後一緒に戦うだろ。だから今聞いておきたい」

 オリバーは都合の良い所だけを見て、都合の悪い事を見ないようにしては、大変な事になると身をもって知っている。だからこそ、この質問をリリアに答えてもらいたかった。

 しかしリリアがその答えを言う前に、その会話は遮られた。

「奴らが来たわ。配置について」

 それを良いタイミングと取るか、悪いタイミングと取るかは、置かれた状況によって判断が分かれるだろう。いずれにせよ、このタイミングで、ルーベルが敵襲を告げるとともに部屋に戻ってきた。

「何かあった?」

 動こうとしない二人を見て、ルーベルは首を傾げたという。


 ●


 ルーベルの隠れ家は二階建てであり、さらに地下には研究室がある。

 元々エルフの里から追放された際に、仮の住まいとして急造で作った事や、ルーベルがゴーレムを作成する能力を持っており、護衛としてゴーレムを配置すれば良いという考えがあったことから、この家自体には侵入者を防ぐ柵は設置されていない。

一方で研究所という役割がある以上は、外に情報が漏れないような構造がある。

 その最たるものが地下にホムンクルスを培養している研究室を造った事であり、地下には当然窓ガラスは存在しない。一階も窓が少なく外部から中の様子が分かりにくいようになってはいるが、それでも多少の窓は存在する。

 その数少ない窓ガラスが破れる音が、灯りの消えた建物の中に響き渡った。次いで、何かが部屋の中に何かが落ちる音がした。それは事前にルーベルから聞かされていた予想通りであった。

 魔物の襲撃は、窓ガラスからの強硬突入という形で幕を開けた。

 部屋に入ってきたのは三体の狼型の魔物。最初の一匹がガラスを体当たりで破り、そこに続くように二匹が室内に入ってきた。

 普通の魔物が人を襲うのは、屋外を一人で行動している状況が多いと聞く。魔物が窓を体当たりで破って人家に侵入したという話は、少なくともオリバーは聞いたことが無い。見た目では侵入した魔物が空賊かどうかは判断できないが、このような行動を取った時点で空賊である可能性が濃厚である。

 空賊はこちらの寝こみを狙って今夜中に仕掛けてくるという予想と、侵入するには窓ガラスを割って強行突入をしてくるだろうというルーベルの二つの予想は的中した。

 数が少なくなったゴーレムでは、どこから来るか分からない敵をこの隠れ家に近付けるのは難しく、今後の展開を考えれば、まずは室内に引き入れた方が良いだろうと言うのがルーベルの作戦であった。

 予想していた以上は、当然侵入された後の備えを考えてあった。

 侵入してくる場所が分かっていれば、待ち伏せをするのは簡単だった。飛散したガラスを被るのを避けるために、壁際に立っていたオリバーは既に魔剣を構えていた。

 そして無言のまま魔剣に魔力を込めると、部屋の中がその光でほのかに照らされる。

 相手がその驚いたようにこちらを見るが時すでに遅し。待ち構えていたオリバーが魔剣で一閃すると、込められた魔力が風の刃となって放たれる。

 室内を破壊する事には抵抗があったが、ルーベルからは、多少家に傷がついても、魔術による修復は可能であり、今は魔物の撃退が優先であると聞いている。

そうはいっても、治療が終わる前にこの隠れ家を丸ごと焼き払われるというのは流石に問題があったため、最初の攻撃にはリリアではなくオリバーが行う事となった。

 オリバーに不意を突かれた形となった侵入者は、その攻撃を避け切れず体に直撃する。体が切断される事は免れたが、当たった衝撃で侵入者の体は吹き飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられる

「堅いな」

 その様子を見たオリバーの口から感想が漏れる。オリバーとて手加減したつもりは無かった。あれが普通の野犬や狼であれば間違いなく切断されていただろう。だがあの魔物は体が切断されず、吹き飛ばされただけだ。

 そしてさらに、確かに体には傷がついたが、相手の体からは出血する様子は全くない。

 やはり相手は普通の魔物ではなく、空賊だという事なのだろう。

 壁まで吹っ飛ばされ、そのまま床に落ちたその空賊に向かって、さらにもう一撃風の刃を放つ。相手は受け身を取る事も出来ずにこの二発目の攻撃をそのまま食らう

 恐らくこのまま攻撃を続ければ、この空賊は倒す事が出来ただろう。だがオリバーはあえてそれ以上攻撃せずに、相手の様子をみる。

 ルーベルは言っていた。空賊はこちらに死体を確保される事を避ける行動をとるだろうと。即ち攻撃を当てて負傷した個体が居るならば、逃げる事を優先させるだろうと。

 その予想を裏付けるかのように、その二体の個体はオリバーと負傷した一体の間に割って入るような位置取りを取る。

 負傷した個体を逃がすのが目的なのだろう。二体はオリバーに攻撃せず、牽制するかのように唸り声をあげるだけだ。

 今のオリバーならば、この二体も魔剣で撃破する事も出来るかもしれない。

 昼間の空賊は距離があった事もあり、こちらの攻撃は避けられてしまったが、今は昼間とは違い距離も近く室内だ。攻撃を当てる事は難しくないだろう。

 しかし、今の目的はこの隠れ家に侵入した空賊を倒す事ではない。目的は昼間見た長をおびき出し、倒す事。そのためには相手を負傷させた上で逃がす必要がある。

 だからこそ、オリバーは負傷した一体が外に逃げたのが見えていても、あえて深追いはせず、その一体を守る様に威嚇を続ける二体に対しても攻撃をしなかった。

 負傷した空賊が二体以上になってしまっては、長がどちらの回収を優先させるかが分からない。負傷させるのは一体で十分だ。

 ここで、空賊を逃がしたとして、夜の森で魔物を追跡するというのは、なかなかに骨の折れる作業であるが、それについてもルーベルは手を打っていた。

 

 ●


 一階の窓から野外に飛び出して来た空賊が地面に着地する。その体には二つの傷が付いておりどこか動きがぎこちない。その個体の様子を。屋上からギルスが見ていた。

 ギルスは最初にガラスが割れる音もオリバーが室内で戦闘する音も聞こえていた。よってそろそろ待伏せをされた空族が逃げ出してくる頃合いではないかと思い、その時を待っていたのだ。

持っていた矢を弓に番え引き絞り、弓が軋みキリキリと音を立てる。その切っ先を負傷した空賊に向ける。

番えた矢の鏃に使われている金属は二つの意味で特注品である。一つは魔術により強化されており、空賊の体を貫ける事。もう一つは鏃には針向石が使われており対になる追尾針が存在する事。即ちこの矢を打ち込んだ後に、対となる追尾針を用いれば、この闇夜の森の中でも正確にこの鏃を打ち込まれた相手を追跡できる。

故にこの矢は必中を期さねばならない。

相手を負傷させ、尚且つ自力での移動が出来る程度にはオリバーが弱らせている。そこにこの鏃を打ち込み、追跡する。それがルーベルの考えた作戦だった。

多少動いてはいるが、今の距離であれば、問題はない、ギルスは狙いを定めていた矢を放つ。音を置き去りにして射出された矢は、日中ですら目視するのが難しい。日の落ちた夜であれば尚更だろう。

屋上から放たれた矢が闇夜を舞い、獲物へと迫る。金属が貫通する音が、辺りに木霊した。

「今夜の僕の出番はここまでって事だね」

 矢は命中した。それでも相手は依然として移動を続けている。やはり一本の矢を当てた所でどうにかなる相手ではないらしい。

矢の刺さった個体が、森へと移動していくのを見ながら、ギルスは姿を室内へと隠した。・


 ●


ルーベル曰く、負傷した個体が複数いると、どの個体に対して長が迎えに来るか分からなくなるため、負傷させるのは一体だけで良く、他の個体は適当に追い払った方が良いとの事。

また、空賊の思惑に、情報漏洩を防ぐために死体を渡したくないという考え方がある以上は、一体でも負傷させれば、その負傷した一体を守るために全員が引き上げる可能性が高く、二体以上負傷させる必要は無いとの事。

なぜなら、こちらに相手を負傷させる戦力があるということは、それは戦闘を継続すれば死体を回収される可能性が高いという事になる。そうなれば戦闘を継続するよりも撤退を選ぶだろうというのがルーベルの予想であった。

実際に負傷した一体が逃げると、それを追うように他の二体もこの部屋から出て行ったため、その予想は正しかったのだろう。

部屋の中にはオリバーだけが残された。

「行ったみたいだぞ」

オリバーが部屋の奥に向かって呼びかけると、万一に備え部屋の奥に待機していたリリアとルーベルが追跡を開始するために出てきた。

リリアが得意とするのは火属性の魔術であり室内での戦闘には向かない。ルーベルはゴーレムを使用しての戦闘は得意だが本人の戦闘能力は低いと言う事で、二人とも室内の戦闘は控える事となっていた。

「あっけなかったわね」

 部屋の奥から出てきたリリアが、ガラスの破れた窓を見ながら、そう呟いた。待伏せをしていたとはいえ、オリバーによる風の刃を二回受けただけで、空賊は逃げて行ってしまった。

「まだ始まったばかりなんだから、いきなり失敗したら困るわよ」

 作戦を立てたルーベルにとっては、これは当然の結果のようであった。

「なあ、逃がさずにここで倒しても良かったんじゃないか?」

 相手を完全に倒してしまえば、空賊側も救出を考えないのではないか。オリバーは今更ながらその疑問を持ったが、それはすぐにルーベルに否定される。

「ダメよ。奴らは死体を取られるのを嫌ってる。その上ここの場所は奴らに知られてるのよ。仮にさっきの奴らを全員倒したところで、この場所に死体があるって事は直ぐに奴らの指揮者に伝わる。ここに死体があるって分かったら何されるか分からないわ。下手に欲を出さずに、長を倒す事に専念した方がいい」

 そもそもこの戦いの目的は、マリルに対する治療をこの隠れ家で安全に行うために、空賊を追い払う事にある。

 相手を全滅させたところで、逆にこの場所が狙われてしまうようであれば、逆効果だ。

 そんな会話をしていると、金属が金属を貫通する独特の音が破られたガラス窓の外から聞こえた。その音は室内にいた三人全員に届くほどはっきりと聞こえた。

「当てたみたいだな」

 それが何の音なのかは、作戦を知っているオリバー達には直ぐに分かった。

「ああ見えて、弓の腕は確かだからね」

 同時にその音は、オリバー達の作戦が次の段階に入った事を意味している。

「後はあれで後を追えばいいんだな?」

 オリバーはリリアが手に持っていた追尾針に目を向ける。

 この後は追尾針を使って、針向石を打ち込まれた空賊を追跡する事になるのだが、それには二つ問題点があった。一つは今が夜であり、森の中の追跡は著しく危険だという事だ。相手がこの森の中でどの程度の移動速度を出せるかは分からないが、向こうから襲撃を仕掛けてくると言う事は、ある程度の移動力があると考えられる。

 二つ目はルーベルの主な戦闘能力はゴーレムを使役する事であるが、ゴーレムの移動力は低く、追撃戦には向かないという事だ。

 この二つを同時に解決するためにルーベルが考えた作戦はこうだ。

「じゃあ、私が先行するから、目標を見つけたら合図するわね」

 サキュバスであるリリアは夜目が効くため、夜中の森でも追跡に困る事は無いという。加えて再生能力を持っているため、単独でもある程度の戦闘は可能である。そして彼女は炎の魔術を得意としている。

 よって、リリアが先行し、目標を見つけたら炎の魔術で合図を送るという事になった。

 リリアが常に魔術を使い続ければオリバー達がリリアを見失う事も無いのだが、下手に相手を警戒させてしまうと長が出てこない可能性も懸念されたため、長が出てくるまではリリア一人での追跡をすることとなっていた。

 三人はまとまって隠れ家の外に出たが、ここからは別行動だ。

「ああ、頼んだぞ」

 オリバーの言葉を背中で受けながら、リリアは夜の森へと駆けて行った。

 針向石と対となる追尾針は一つしかない。よって追跡を行うリリアが追尾新を持って先行する事になるのだが、オリバーとルーベルが合図が来るまで家に居るというのは何となく居心地が悪かった。

 いくら空賊に知能があるとはいえ、逃走後に大幅に方角を変えたりはしないだろうという事で、リリアの後をオリバー達は合図が出る前追う算段となっていた。

「俺達も行くか」

 リリアが走って行った方向を見て、オリバーが呟く。

「そうね、あまり距離が離れて合流に時間が掛かるとマズイから、行きましょうか」

 こうして、夜の森で、リリア、オリバー、ルーベルの三人が追跡を行う事になり、ヴァネッサとギルスは隠れ家に残る事となった。

 最初から戦闘の参加に消極的だったヴァネッサに加え、ギルスも隠れ家に残る事になったのは、ギルス自身が夜の戦闘に向かないという事と、この隠れ家に見知らぬ者だけ残しておきたくないというルーベルの意向があった。

 こうして五人全員にとって長い夜が幕を開けた。


次話は10/14に投稿予定です。

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