[3-14] 安全確保
ホムンクルスの話が終わると、オリバー達は手狭であった地下室から出て、再び一階に戻り森に居る魔物を討伐する作戦会議を始めた。
「さっき話したけど、このホムンクルスを使った治療をする前に、先にあの魔物を倒す事になる。というよりも、多分今夜向こうから仕掛けて来る」
最初に話を始めたのはルーベルだった。この家の住人であり、魔物の存在に迷惑しているからか、魔物の討伐には積極的であった。
「何故今夜なんだい?」
それに対し、フィアンセを助けるために魔物を討伐する必要があるギルスが口を開く。相手はこちらの口封じを目論んでいるという話は先ほど聞いたが、今夜襲撃してくるという予想は初耳であった。
「明日になったらあなたたちが村に戻るでしょ。そうなったら目撃証言が外部に漏れる。だから今日中に殺しに来る可能性が高いわ」
確かに口封じが目的であれば、外部の者に情報が伝わる前に襲ってくるだろう。
「来なかったら?」
とはいえあくまでそれはルーベルの予想である。フィアンセの治療を第一に考えているギルスとしては、予想が外れたらどうするのかも確かめておきたいのだろう。
「その時は、向こうには口封じする意図が無かったって事で、明日にでも治療を行えばいいわ」
ルーベルとしても、魔物の討伐を行うのは、自らの姉であるマリルの治療を行うためであり、魔物の襲撃がないのであればこちらから出向いてまで討伐するという考えはないようだ。
「それ、あたしたちも一緒に戦う前提?」
ここまで黙って話を聞いていたヴァネッサが、露骨に嫌そうな声をだした。
「奴らはこの家を襲ってくるんだから、何もせず見てるなんてできないわよ」
魔物がこの隠れ家を襲うのであれば、今この隠れ家にいる全員で戦う事になる。オリバーは漠然とそう考えており、ルーベルもまたその考えのようであったが、ヴァネッサは違うようだ。
「あなたをこの森の中で探すのだってサービスみたいなものだったのに、今度は追加で戦闘までさせようって事?」
どうやらヴァネッサは魔物との戦闘には反対のようだ。確かにギルスと約束はマリルの治療に対する補助をする事であったが、魔物との戦闘に関しては触れていなかった。
「この人間達は私達に協力してくれるんじゃないの?」
状況がまだ分かっていないルーベルがギルスに問いかける。
ホムンクルスの際には、ギルス寄りの意見を口にしていたヴァネッサが、今度はルーベルに対しては否定的な意見を言ったため、少し戸惑っているようだ。
「ああ、元々門を開ける手伝いをするだけの約束だったんだけど、追尾針の挙動がおかしかったから、追加で君の捜索を手伝ってもらったんだ」
ここに来るまでにルーベルを探しに行った事も、約束には無かった追加の作業。ギルスもそれは認識しているようだ。
「つまり善意で手伝ってくれるんじゃなくて、契約か貸し借りの関係で一時的に手を借りてるだけなのに、最初の条件になかった追加作業をやらせようとしてるって事?」
ようやく、状況が把握できたのか、ルーベルが自分の言葉で今の状況を整理した。
「そうだよ。善意で手伝ってるんじゃない」
それをヴァネッサは肯定した。
地下室でヴァネッサは約束は守るべきだとオリバーに対して主張したものの、魔物との戦闘は約束には含まれていなかった。その区別ははっきりつけるようだ。
確かにマリルの治療を手伝うというのは、ガエラの討伐を手伝ってもらった借りを返すという意味も込められている。それは貸し借りの関係であり、善意での手伝いではない。それは間違い無いのだが、それを率直に言葉で表現してしまうと、どこか冷たいような印象をオリバーは受けた。
「なら報酬を出せばいい?」
ルーベルもヴァネッサの考え方に理解を示したようだ。元々約束にない追加作業であれば、その分の追加の報酬を出す。その考えは、契約に基づいて行動する冒険者であれば間違いでは無いだろう。
「出せる物があるの?」
ヴァネッサも分かっているのだろう。ルーベルは研究者として長年この隠れ家に籠っていた。オリバー達にとって価値のある報酬を提供できるとは思えない。ギルスですらみずらかの労働を対価としたのだ。
オリバーもそれは何となく察していた。だからこそここで助け船を出した。
「ヴァネッサ、ここは報酬を要求せずに手伝うべきだ」
オリバーとしてはここで魔物の討伐について追加の報酬を求めるのは間違っていると考えていた。
確かに元々の約束は治療を手伝うために門を開く補助をするという内容で、魔物との戦闘は含まれていなかった。しかし、魔物が治療の妨げとなるのであれば、魔物の討伐を行うぐらいは手伝いとして行ってもいいのではないか。
「無償で?」
その蔑むような言い方からして、ヴァネッサはオリバーの考え方には反対なのだろう。オリバーの協力的な態度を見ても、ヴァネッサが態度を変える様子はない。
「ここに居たら俺達も襲われる」
この隠れ家にいると魔物が襲ってくるという前提であれば、この隠れ家に居る限り魔物と戦うというのは自分の身を守るために戦うという事にもなる。自衛を行うというにも関わらず相手に報酬を求めるという理屈に違和感があった。
「それはね、襲われるんじゃなくて、巻き込まれたっていうんだよ。ここに来たのは帽子の都合。あたし達は治療を行うためにねーさんが魔術を使うって約束はした。でも治療にひつような道具が移動できなくて、安全に治療を行うためには周りの魔物を倒す必要があるなんて話は聞いてない。あたしたちが魔物が襲ってくる場所に留まらないといけないっていうなら、巻き込んだ側が責任をもって護衛しないとおかしいよ」
ヴァネッサとしては魔物と戦う必要がある状況に追い込んだギルス側に責任があると考えているようだ。
「じゃあ、今から村に戻るのか?」
この隠れ家に居れば魔物に襲われる。それでも戦いたくないというのであればこの隠れ家から出ていくしかない。既に日は落ちかけ、空は赤くなっている。今から村に戻ろうとしても森の中で夜を迎える。本当にルーベルの読みがあっていれば、森の中で魔物と戦う事になる。
「なんであたし達が移動する必要があるの?」
ヴァネッサも今から村に戻る方が危険である事は分かっているのか、今から移動するつもりはないようだ。
「戦いたくないんだろ?」
しかし戦うつももりは無いのにここに残るというのは、薄情ではないかという気がオリバーはしていた。
「ここに連れてきた帽子達が戦えばいいでしょ」
一方のヴァネッサはこの場所が魔物に狙われているのであれば、それはこの場所に連れてきたギルス達が解決すべき問題だと考えている。
「じゃあ何もせずに見てるっていうのか?」
言い換えるならばヴァネッサはこの場に残るが戦うつもりは無いという事。それはこのまま魔物に襲われるのを待つと言う事だ。
「あたし達をここに連れてきたのは帽子の判断だし、帽子がこの場所を選んだのは治療を行うにはこの場所でないといけなかったから。それなのに治療を行う場所が安全じゃなかった事が後から分ったからって、本来治療の手助けだけを引き受けたあたし達が魔物と戦闘をするのはおかしいと思わないの?」
いくら魔物が襲ってくるとはいっても、それはこの場所を選んだギルスの問題であり、そこにオリバー達が手助けをする義理はないというのがヴァネッサの考え方である。
「魔物が襲ってきたらどうするつもりなんだ?」
いくらヴァネッサ自身に戦うつもりがなくとも、魔物がこの隠れ家を襲ってくれば戦いに巻き込まれる。そうなったらどうするつもりなのか。
「襲われそうになったら自分の身は守るけど、それ以上の事はしない。報酬が無いならそれで十分だよ。それでもにーさんが戦うっていうなら止めないよ」
自分の身は守るがそれ以上の戦いはしない。それがヴァネッサの考えのようだ。
「そんなに報酬が大事か?」
冒険者は金にうるさい。それはオリバーも知っていたが、この状況において報酬を要求する事に対してオリバーは賛成できなかった。
「にーさんはもう冒険者なんだよ。名誉のために戦う騎士じゃない。冒険者にとって自分の戦闘能力って言うのは商品だよ。報酬抜きで戦う冒険者なんて、商品をタダで配り歩く商人と同じ。そんな事してたら、自分が破滅するだけだよ」
それに対してヴァネッサが冒険者としての心得を説明する。冒険者の戦闘には報酬が付き物であり、無償で戦う事は間違っていると。
「その言い方は大袈裟すぎないか?」
それでも冒険者としての経験の浅いオリバーにはその考え方は直ぐには受け入れられなかった。騎士として、国民を守れと、弱いものを守れと教えられてきた。
幸いにもオリバーには魔物と戦う能力があり、そして今魔物の被害にあって困っている相手がいる。それがエルフであろうと、自分が直らになれるのならば、無償で手を貸すというのが間違っているとはオリバーには思えなかった。
「魔物と戦うって事は自分が死ぬかもしれないって事だよ。そんな依頼を無償で引き受け続けたら、いつか自分が死ぬことになる」
ヴァネッサも考えを譲るつもりは無いようだ。命を賭けて魔物と戦う以上は、無償でそんな依頼を引き受けてはいけないという考えを主張する。
「誰かのために魔物と戦うのがおかしいのか?」
自分のためではなく、自分以外の困っている相手を助けるために魔物と戦う。それが間違いだとはオリバーには思えなかった。
「自分の命を安売りするなんておかしいよ。今まで何度も死にそうになってるの忘れてないよね?」
オリバーは今まで何度も戦い、その中で命の危険を感じた事は何度もある。リリアやヴァネッサに怪我の治療をしてもらったおかげで命があると言ってもいいだろう。それを忘れた忘れた訳ではない。
「魔物と戦う事の危険性は分かってるさ。そう簡単に死ぬつもりは無い。だからって今の状況で戦わずに見てるだけっていうのは薄情じゃないのか?」
魔物と戦えば死ぬかもしれない。その最悪の可能性を忘れた訳ではない。今日も魔物と戦って死んだ騎士を埋葬したばかりだ。オリバー自身魔物の危険性を分かった上で、死ぬつもりは無い。
「薄情かもしれないけど、あたし達は冒険者だよ。だから無報酬で魔物と戦うのはダメ。そういう事をしてるとね、そのうち「自分は助けられて当然」って言いだす奴、「あいつは助けられたのに俺は助けられないのはおかしい」って言いだす奴が出て来るんだよ。もちろんそういう奴は当然のように報酬を払わない。ただ文句だけを言う。そうなってもいいの?」
いくらオリバーに死ぬつもりは無いと言っても、無償で魔物との戦いに身を投じる事に問題があると、ヴァネッサは言っている。
「だったらルーベル達だけに戦わせるのか?」
それでもここで戦わないという事は、ルーベル達が戦うのを何もせずに見ているという事であり、オリバーとしてはその方がおかしいと思っていた。
「報酬が無いなら、戦う必要は無いよ」
例え薄情だろうとも、報酬が無ければ戦う必要は無い。ヴァネッサはその考えを変えようとしない。
「ルーベルとギルスの二人で魔物に勝てると思うのか?」
オリバー達がこの隠れ家に残り、事態を傍観すると仮定しても、ルーベルとギルスはマリルの治療を行うために二人でも戦うだろう。そうなった場合、ヴァネッサは二人だけでも魔物に勝てると考えているのだろうか。
「さっきの話聞いてたよね? ゴーレムは移動能力が低い。だから魔物を追い払う事はできても、逃げる相手を追跡できない。だから何度も相手を取り逃がして、何度も攻撃されてる。逃げる相手を追跡して倒すにはゴーレム以外の戦力が必要。そこに都合よく私たちが現れたから、魔物との戦いを任せようとしてる」
確かにゴーレムの追跡能力が低いと言うのは、先ほどルーベルが話した事だ。それが正しいとなると、ルーベルのゴーレムでは逃げる魔物を追跡する事が出来ない。
つまりは、ここでオリバー達が戦いの依頼を拒否すれば魔物の討伐は出来ないという事だ。例え魔物がここを襲撃し、撃退する事は出来たとしても、負傷させた魔物を泳がせて、追跡する事は難しい。実際に一度昼間長と遭遇した時にも、ルーベルは単独で行動していてゴーレムがその場に来たのは後からだった。だからこそオリバー達に魔物との戦いを依頼しようとしている。
「このままだと、マリルの治療が出来ないっていう状況は変わらない。それだと俺たちは約束を果たせない。それに、困っている相手を助けるのがおかしな事か?」
元々治療の手伝いをする約束だったというのに、このままでは魔物の襲撃による治療の妨害が起こる危険性があり治療が行えない。
その状況が分かっても、オリバーからすればこの状況で報酬を要求するのは、相手の弱みに付け込むような気がして、あまりいい気がしなかった。
同時に、困っている相手を助けるという事が悪い事だとは思っていなかった。
「見返りの無い戦いに首を突っ込む方がおかしいよ。さっきもそうだけど、にーさんは約束の解釈が適当過ぎるよ。あたし達が引き受けたのは治療を行う手伝いをするって事だけ。治療を行う環境を整えるのは、あたし達の約束には含まれてないよ」
怒っているというよりも、淡々と事実を述べるような口調だった。最初に提示された条件範疇を超えた依頼であれば、引き受ける方が間違っているという主張は、オリバーの考えを聞いても変わらないようだ。
ヴァネッサが言ったさっきというのはホムンクルスの事だろう。ギルスはホムンクルスの事を教えなかった。それでいて「ガエラを討伐する見返りとしてフィアンセを助けるためにリリアが門を開ける魔法を補助する」という約束をした。
その約束を遵守するのであれば、後からホムンクルスの情報が出てきても、リリアは魔術を使うべきであり、一方で約束に無い追加の戦闘は、話が違うとして断る。それがヴァネッサの考え方なのだろう。
「分かった。ヴァネッサが戦わないっていうなら、それでも構わない。それでも俺は手伝うよ。乗りかかった船だ」
最初に提示された条件の範囲外である戦いには参加しないと言うヴァネッサの考え方も一理ある。特に自らの戦闘能力を商品とする冒険者であれば、無償で戦闘に参加するべきではないという考え方も、間違っていないのだろう。それでもオリバーはこの状況で魔物討伐の依頼を断るのは、不義理であるような気がした。
「私も手伝うわ」
リリアはオリバーの意見に賛成のようだ。
それを聞いてヴァネッサは僅かに目線を動かしたがそれ以上は何も言わなかった。リリアは冒険者である以上、ヴァネッサと同じ意見だと思っていたのかもしれない。
全員の意見が出そろったところで、ルーベルがまとめに入る。
「じゃあオリバーとリリアは参加でヴァネッサは不参加で決まりね。まだ残ってるゴーレムがあるから、奴らが近づいてきたら知らせる。その後どうするかの作戦をこれから説明するわ」
次話は10/7に投稿予定です。




