[3-10] 告白
オリバーは森の中をひたすらに走った。先ほどの生存者はそう遠くはないと言っていた。だからもう少しすれば、ミランダの姿が見えるはず。
いつの間にか金属音は聞こえなくなっていた。それは戦闘が終わった事を意味している。果たしてどのような結果になったのかは分からないが、仲間の一人を逃がすという事は、それだけ危機的状況だったという事だろう。だからと言ってまだミランダが死んだと決まった訳ではない。
どうか無事であってほしい。そう信じてひたすら前に進み、それを見つけた。
それは黒い毛並みの狼の群れだった、直ぐに視界にはいったのは六匹。その六匹とは別に一体だけ明らかに体が他の個体よりも二倍以上はあるであろう個体がいる。口には傷を負った狼をくわえている。もしかすると死体なのかもしれない。
だが何よりも重要なのは、その群れの中心に血まみれになった人間がいる事だ。顔まではみえないが状況的にあれはミランダだろう。
「離れろ!」
魔剣に魔力を込めて、だが距離があるせいか、狼たちはそれを容易く躱す。ミランダに当たらない様に、あえて外した位置に放ったという事もあるが、放った風の刃は一発も当たらなかった。避けられた風の刃はそのまま直進し、車線上にあった木や枝を切断し、支えを失った枝が音を立てて落下する。
一方で魔物の群れはオリバーに、ミランダを救出する意思があるのを察したのか、ミランダからは距離を取り、全員が固まるような位置取りでこちらを伺っている。
「オリバー、気持ちはわかるけど、相手は全部で七匹。あの大きいのが口にくわえてるのも入れれば八匹もいるのよ。全員を相手にするのには分が悪いわ」
そこへ後からやってきたリリアが合流する。彼女はミランダが倒れている事に気が付いてはいたが、それでもオリバーに比べて冷静であった。
「このまま引き下がれって言うのか?」
オリバーも相手の数が多いことぐらいは頭では分かっていた。それでも血まみれになっているミランダを目の前にして逃げるというのは出来ない相談であった。
「二人であの数を相手にするのは危険よ」
殺気だっているオリバーを見て、逆にリリアは冷静になっているのか、あくまで数の差を見てこのまま戦うのは危険だと進言する。
「姉さんを見殺しには出来ない」
それでもオリバーはミランダを目の前にして、このまま様子見をするつもりなど無かった。
まだ魔物は値踏みをするようにこちらを見ている。一刻も早くミランダの傷の手当てをしたいところだが、まずは魔物を追い払うのが先だろう。
「あなたまで死ぬかもしれないのよ? せめてヴァネッサとギルスが来るのを待った方が良いわ」
どうやって魔物を追い払うか考えているオリバーに対して、リリアは今は待つべきという言葉を掛ける。それはオリバーの安全を考えれば正しいのだろうが、血まみれのミランダを目の前にしたオリバーに、何もせずに見ていろというのは酷な話であった。
「お尋ね者の俺の命よりも、騎士の命の方が大事だろ!」
そう言って、オリバーはさらに風の刃を魔剣から放つ。正面からの直線的な攻撃。いくら群れているとはいえ。先ほど同様、こちらからは距離があるため、狼たちはそれを簡単に躱す。
「仕方ないわね…」
リリアは説得を諦めたのか空中に三つほど火の玉を生成して、相手に向かって狙いを定める。向こうにはミランダが倒れている。攻撃するには巻き添えにならないように細心の注意が必要になる。
だがそれを見た相手の魔物は、まず大きな個体が背中を見せて逃走し、他の個体もその後を追うかの様にその場から立ち去った。
それを見届けるとオリバーは剣を持ったまま、納刀し、ミランダの元へと駆け寄る。
リリアも生成した火の玉を消滅させて、その後に続く。
「姉さん!」
血まみれの状態で横たわり全くうごかない彼女に対して声を掛けるが、それでも反応は無い。近付いて見ると体中のいたるところに爪で裂かれたような傷や、咬みつかれた後を思わせる傷が無数にあった。
「下手に触らない方が良いわ」
リリアも遅れながら近くにくるが、ミランダを起こそうとするオリバーの手を掴んで制止し、直後にミランダの状態をみて顔を顰めた。
「まだ息がある」
ミランダの状態はかなり悪く、今にも途切れそうな弱々しさであったが、ミランダはまだ呼吸をしている事にオリバーが気が付く。
「分かったから触ってはダメよ。傷が開く事もあるんだから。ヴァネッサが来るのを待った方が良い」
今にも息絶えそうなミランダを見て気が動転しているオリバーを見て逆に冷静になったのか、リリアは動かさない方が良いと提案した。
「リリアは治せないのか?」
それはオリバーからすれば純粋な疑問だった。腕を失ったオリバーを治せたのならば、ミランダの傷も治せるのではないか。ヴァネッサを待たなくとも、リリアが治せるのであれば今すぐにでもリリアにミランダの治療をしてもらった方が良いのではないか。
だがよくよく考えてみればあれ以降リリアがスキルを使ったところをオリバーは見ていない。
「私よりもヴァネッサに任せた方が確実よ」
リリアは自分が来た方向へ視線を向ける。それはヴァネッサが来たかどうか確認するためだったのか、オリバーから視線をそらすためだったのか、オリバーには分からなかった。
●
三人がその場所に姿を現すのは、そう時間は掛からなかった。
「ヴァネッサ! 来てくれ!」
その姿をみたオリバーは直ぐに声を上げて、ヴァネッサを呼ぶ。
その声に反応してヴァネッサがオリバーの元にやってくるが、その惨状に彼女もまた息を飲んだ。
「これは…」
オリバーの目にも、これが致命傷である事は分かっていたが、それ以上にオリバーは彼女が腕のいいヒーラーである事を知っていた。だからこう聞くしかなかった。
「治せるか?」
すがるようなオリバーの言葉に、ヴァネッサは淡々と事実を述べた。
「これは、あたしじゃ無理だよ」
その発言は、ミランダが死ぬのを見ているしかないと言っているのと同義であった。
「試すだけでも、たのむ」
治癒魔術を使おうともしないヴァネッサに、動揺していたオリバーは若干の苛立ちを感じつつも、重ねて懇願する。
「ここまでの重症は治癒魔術じゃ治せないよ」
以前ヴァネッサから聞いた事がある。治癒魔術は本来体が持っている自己再生能力を増幅させる魔術であり、自己再生能力を超えた治癒は魔術の原理的に不可能であると。
「どうにかならなのか?」
オリバーの目から見てもミランダが重症である事は分かっていた。それでも、オリバーは今の状況ではヴァネッサに頼るしかなかった。
「あたしには治せない」
ヴァネッサが再度残酷な事実を述べる。この中で回復魔術を使えるのはヴァネッサだけだ。そのヴァネッサが治せないというのであれば、ミランダはもう助からないという事になる。
絶望的な表情をするオリバーを見て、リリアが口を開いた。
「私なら治せるかも」
先ほどまでヴァネッサに任せた方が良いと言っていたリリアであったが、ヴァネッサが出来ないと言ったのを見て気が変ったのか協力を申し出てきた。
リリアは治癒魔術は使えないが、再生スキルと共有スキルを持っている。再生スキルは体が本来持っている自己再生能力を上回る再生、例えば切断された腕の復元が可能になる。通常の再生スキルは自分自身にしか使えないが、共有スキルと合わせる事でリリア本人以外にも再生スキルを発動させる事ができる。
「ねーさん、本気?」
リリアの申し出を聞いたヴァネッサが眉を顰めた。それはまるでリリアが再生スキルを使う事が悪い事であると言っているかのような口ぶりであった。
「治せるのか?」
オリバーはヴァネッサの口調に引っ掛かる所があったものの、このままミランダを死なせるよりは良いと思い、リリアの発言に最後の希望を託して問い掛ける。
「試してみないと分からないけど」
リリア自身成功するとは断言できないようだ。それでもこのまま黙って見ているよりは、オリバーとしてはリリアに試してもらいたい。その思いを口にしようとしたところ、それを遮るかの様にヴァネッサが口を開く。
「失敗したらどうするの?」
どうやらヴァネッサはリリアにスキルを使わせるのは反対のようだ。
以前リリアはオリバーの切断された腕を再生したのは事実であり、オリバーにとってヴァネッサが言う失敗が何を指しているのかは分からなかった。
だが、ヴァネッサの問いかけに対して、リリアは何も答えない。いつ息絶えてもおかしくないほど重症なミランダを見て、オリバーは率直に自分の考えを述べた。
「このまま死ぬよりは、助かる可能性に賭けた方が良い」
その言葉を聞いた、ヴァネッサがオリバーの方を見て、少し悩んだあとにこう言った。
「そう、じゃああたしはこれ以上何も言わないよ」
その言葉の裏に一体何があるのか問おうとしたところで、ギルスの声が聞こえてきた。
「向こうにも一人騎士がいるけど、あっちはもう死んでるね」
少し離れた場所で様子を見ていたギルスが、三人に近づきながらそんな事を言った。さらに血まみれになっているミランダを見ながらこう続けた。
「こっちの騎士は治せるのかい?」
今までの三人のやり取りが聞こえていなかったのか、ギルスは呑気な口調であった。
「今から私が治すわ」
リリアが、ミランダの近くで腰を落とし、地面に膝をつく。
「そう、でもこれだけはやっておくよ」
そう言うとヴァネッサはアイリーンの近くまで行くと、彼女の目の前に立ち正面から向かい合った。
「あ、あの…?」
四人のやり取りを黙って遠巻きに見ていたアイリーンはヴァネッサの唐突な行動にアイリーンは戸惑うがそれも長くは続かなかった。その場に崩れ落ちたのである。オリバーからすれば何かしたようには見えなかった。強いていうならば、二人が目線を合わせていたぐらいである。
「まさか、殺してないよね?」
近くにいたギルスが恐る恐るといった様子で尋ねる。
「寝かせただけだよ。見られると後々面倒になるから」
リリアがこれから魔族として所持しているスキルを使うのであれば、それを人間の魔術師、しかも騎士団と行動を共にするような人物に見せるのは不味い。今は寝かせておくのが正解だろう。
「ひょっとして、僕も見たらまずいのかな?」
ギルスにとっては、それは冗談のつもりで言ったのだろう。
考えてみれば、ギルスにはリリアのスキルについては話していない。スキルの使用を見せるという事はリリアが魔族である事を明かすようなものだ。今は緊急事態とはいえ、エルフであるギルスに、リリアが魔族である事を明かしても良いのだろうか。
「それもそうね」
そう返すヴァネッサの声は、明らかに殺気立っていた。
「え?」
真顔で返すヴァネッサに、身の危険を感じたのか反射的にギルスは身構えた。それを見たヴァネッサは殺気立った口調を全く変えずにこう続けた。
「嘘だよ。エルフになら別に見られても困らない」
成り行き上、ギルスにはまだリリアの正体を話しては居ないが、エルフであるギルスにならばリリアの正体を見られても構わないという事か。
「いやあ、脅かさないでくれるかな」
苦笑いをするギルスに対して、ヴァネッサは殺気立った様子を全く変えようとしない。ギルスに見られても困らないと言うのであれば一体何に殺気立っているのだろうか。
「帽子、気を抜かない方がいい」
ヴァネッサは、気を緩めるギルスを咎めるような低い声あった。つまりはギルス以外の何かを警戒しているのだ。
「治療するだけじゃないのかい?」
仕込み杖を構え臨戦態勢に入ったヴァネッサをギルスが訝しむ。今からリリアは治療をするというのに、一体何に対して警戒していると言うのか。オリバーと同様に、ギルスにも見当が付かないようだ。
「言ったからね。何か起きても、あたしは帽子を助ける義理はないから」
ヴァネッサはギルスの方は向かずに、殺気立ったままリリアの方を見ている。冗談を言っているようには見えないその様子に、ギルスも武器を構える。
「もしかして、彼女の回復手段って、博打要素のある召喚魔術だったりするのかい?」
オリバーは知っている。リリアの回復手段が二つの魔族特有のスキルを同時に使って行う方法であると。しかし、なぜヴァネッサがあのような態度を取るのかは分からなかった。先ほどヴァネッサが言った失敗が何を指しているのかと関係あるのかもしれない。ただならぬヴァネッサの様子に、もしかすると、止めた方が良いのかもしれないという考えがオリバーの中に徐々に芽生え始めるが、リリアを止めるというのはミランダをこのまま見殺しにするという事だ。そう考えるとやはりこのままリリアに任せた方が良いという思いの方が、オリバーの中では大きかった。
オリバーの中で、葛藤が始まっているとは知らずに、リリアが治療を始める。
「これは、魔術じゃない・・・?」
それを見たギルスが思わず声を上げた。
リリアの体が淡い光を放ち始める。それはオリバーからすれば一度見た光景ではあるが、長生きをしていたエルフと言えどそれは見たことが無い光景であったのだろう。
さらにそのままリリアは両手の掌をミランダの顔の左右にそれぞれ付いて自分の上半身を支えながら、自分の顔をミランダの顔に近付ける。
位置的にリリアの背後側から様子を見ている三人からは確認できないが、恐らく以前オリバーにやったのと同じことをリリアはやっているのだろう。
その予想を裏付けるかの様にミランダの体がリリアの体と同様に淡い光を放ち始める。それを見たギルスの口から感想が漏れる
「召喚魔術でも、治癒魔術でもない…?」
通常の治癒魔術は使用すると青白い光を放つが、今ミランダの体は黄色く光っており、治癒魔術の光とは異なる。
「君達これが何か知ってるのかい?」
ギルスは誰にともなく問いかけるが、ヴァネッサは無言のまま臨戦態勢を崩さず、オリバーもまた無言のまま治療の様子を見つめていた。
しかしその時間は長くは続かなかった。
リリアとミランダから放たれていた光が収まり、リリアがその体をミランダから離してミランダの様子を見る。
規則的に呼吸をしている事を表す事を目視し、さらに確認とばかりに首に手を当てて脈を取る。
「上手くいったみたい」
そう言うとリリアはオリバーの方に顔を向ける。
「よかった。」
オリバーは、リリアの言葉を聞いて胸を撫でおろす。
「でも、しばらくは目を覚まさないわよ」
「え? 大丈夫なのか?」
急に不安になるような事を言い出したリリアに対して、オリバーは思わず問い詰めるような口調になってしまう。
「あなたの時もそうだったでしょ。 命に別状は無いわよ」
リリアはオリバーの厳しい口調に対して特に気にする様子もなく、淡々と事実だけを述べる。
「あー、ちょっと説明してもらえると助かるんだけど」
リリアが言った『あなたの時』というのが何のことか知らないギルスは会話についていけないようで、口を挟んで来た。
「俺の口から言うのは少し変だから、説明するかどうかはリリアの判断に任せるよ」
オリバーの台詞で、ギルスの自然がリリアへと向かう。
「じゃあこの際だから説明しようと思うけど…」
そこまで言って、リリアの視線がヴァネッサへと向かう。同じ魔族として、魔族であることをこの場で打ち明けていいかどうか念のためヴァネッサの意思を確認したかったのだろう。
「いいんじゃない、もう見せちゃったんだし」
今のヴァネッサには先ほどまでの警戒心は感じられない。あのスキルが失敗する事をそれほど恐れていたのだろうか。
「私はサキュバス。人間じゃないの。今のは治癒魔術じゃなくて、再生と共有のスキルを同時に使って体を元の状態に再生させたのよ」
「あー、魔族って事か。じゃあ、お嬢ちゃんも?」
ギルスはエルフであり、魔族が存在している事は元々知っていた。さらに、今まさに魔族しか使えないスキルを見た事もありその事実を受け入れるのは早かった。普通の人間であればまず魔族の存在から疑って信じなかったかもしれない。
また、先ほど使い魔を召喚するところを見せたヴァネッサもまた魔族であるという点に思い至るのは当然の事だろう。
「あたしは吸血鬼。だからこの四人の中で人間はにーさん一人だけだよ」
ヴァネッサもまた、隠すことなくその事実を打ち明けた。
「まあ、普通じゃないとは思ってたけどね」
見た目の年齢にそぐわない言動や、シスターであるにもかかわらず仕込み杖を使って魔物との近接戦闘をこなすところをギルスは見ている。以前からヴァネッサの事を普通では無いと思っていたのだろう。
「一応この人は助けたけど、この後どうしましょうか」
一通り事実確認が終わったところで、リリアが自らの手で助けたミランダを今後どうするかの話を持ち出す。
ミランダは騎士である。このまま連れて行くというのは問題だが、かといってこのまま放置するわけにもいかない。オリバーがそんな事を考え始めたところで、ヴァネッサが声を上げる。
「待って、ねーさん。その前に話す事あるよね?」
しかし、ヴァネッサはそれ以外に優先的に話す事があると考えているようだ。
「もう正体は話したわよ」
「その話じゃないよ。ねーさん、何したか分かってるよね?」
ヴァネッサはまだ何か言わなければいけない事があると言っている。それもリリア自身の口から。
先ほどリリアがスキルを使う際に警戒していた事と何か関係があるのだろうか。
中々その先を話そうとしないリリアに対して、オリバーは自分の考えた予想を口に出す事にした。
「もしかして、後遺症でも出るのか?」
今のオリバーは再生した腕を不自由なく使えている。しかしヴァネッサの口ぶりから察するに、リリアがスキルを使うと何か良くない事が起きると言っているように聞こえた。治療による不測の事態と言えば、後遺症が真っ先に思い浮かぶ。
その言葉にリリアは答えない。
リリアの態度に焦れたのか再度ヴァネッサが口を開く。
「ねーさん、いい機会なんだから今話した方が良いよ」
再三の催促にリリアは観念したようだ。
「分かった、話すわ」
そう言うと、リリアはオリバーに向き直った。
「まさか俺の寿命は長くないとか言う話か?」
後遺症として寿命が短くなるというのであれば、リリアが言いにくそうにするのも納得であるが、その説はすぐさま否定される。
「いいえ、そうじゃないわ。このスキルを使われたからって後遺症が出る事は無いわ。ただ、私は昔このスキルを使って失敗したのよ」
ヴァネッサも言っていた。失敗したらどうするのかと。つまり、ヴァネッサがあれほど警戒していたのは、やはりあのスキルが失敗した時に備えてのことだったのか。
「失敗? 治療に失敗したって事か?」
オリバーとしてもリリアが治療に失敗したらミランダが命を落とす覚悟はしていた。しかし、あのまま治療をしなかったとしても死んでしまうのであれば、例え失敗する可能性があったとしても、助かる可能性のある治療に賭けるというのが、それほど悪い事だとは思えなかった。
「そう。失敗したの。昔の話だけどね」
次話は9/9に投稿予定です。




