[3-6] 存在有無
ミランダ達三人は認識印の変更が終わったらその足で、王都を出発し、馬でガヌラスの村に向かい、騎士団の駐屯地に馬を預け、徒歩で目的のミベラの森に到着していた。目撃情報のあった場所に向かっているが森の中は広い。
目的としては目撃証言のあったゴーレムの存在を確認する事であるが、目標が同じ位置にいるとは限らず、そもそも見間違いという可能性もある。
とはいえまずは目撃証言のあった地点にまで進むことになった。
黙々と目的地を目指していた中、自然とアランが口を開いた。
「隊長は、元々別の騎士団に所属してましたよね」
王宮魔術師棟で、ミランダがこの任務に就いた経緯については軽く話したが、転属した話まではしていない。とはいえ、王宮魔術師棟に居た時点で、認識印の書き換えをしていたというのは簡単に察しが付いたのかもしれない。それにしては、断定するような言い回しが少し気になったが、この程度の事であれば話しても良いと思い、質問に答える事にした。
「そうだ。この任務のために転属した」
「転属するほどいい条件を出されたんですか?」
まだ出合ったばかりでお互いの事を知らない。今は任務中とはいえ、少しの世間話ならば良いだろうと思いミランダはその話に付き合うことにする。
ローベルグからはアランは転属の常連と聞いていたが、その本人でも転属するにはある程度の理由が必要という認識はあるようだ。
「悪魔憑きの真相を掴めるかもしれない」
あの遺物が頭の中をよぎったが、あの死骸の話をミランダから口外する事は出来なかった。
「悪魔憑きってこの前処刑場から逃亡した、あの悪魔憑きですか?」
「そうだ。あれは私の弟だ」
「へえ、噂は聞いてましたけど本当なんですね」
もはやミランダはこの件について隠す気はなかった。噂が広まり過ぎている。隠しても仕方が無い。
しかしアランはミランダがそれを認めたのが意外だったのか、感心したような口ぶりであった。ミランダがこの件について隠す事を期待していたのだろうか。
ミランダが悪魔憑きの姉である事を最初から分かっていたのであれば、先ほどの転属した事を分かっていたかのような口ぶりも頷ける。
「そうだ。私は弟が殺しをするような人間ではないと思っている。だからその真相を知れるなら多少危険な任務ぐらいは受けるさ」
「下手すれば死ぬんですよ。命を懸ける価値があるんですか?」
騎士の中には魔物と戦う事を嫌う者が多い。それは人間を相手にするより死亡率が高い事を知っているからだ。
そして、この質問に対するミランダの答えは既に決まっていた。
「あるさ」
ミランダはそう断言した。
それが騎士の中でも少数意見である事は分かっていた。それでもミランダはその考えが間違っているとは思っていない。
なぜなら、ミランダの考え方として、騎士は国民を守るべきだと考えている。人を襲う魔物に、騎士が対処するようになることで国民が守れるのであれば、それは命を賭ける価値がある事だと思っていた。
そしてその国民の中には当然自分の家族も含まれる。魔物や悪人からの物理的な被害から守る事はもちろん、濡れ衣を晴らす事も騎士の役割の一つであると考えていた。
しかしその考えを述べるよりも先に、アランが口を挟んだ。
「本当は真相を知りたいんじゃなくて、隠したいんじゃないんですか?」
「何を言っている?」
ミランダにはアランが何を言っているか全く分からなかった。しかしその口ぶりと顔の表情から、負の感情が滲み出ていることは察する事が出来た。
「噂になってますよ。悪魔憑きには姉がいる。その姉はグールと戦った時に弟と直接会っている。何か関係があるんじゃないかってね」
その顔はどこか嬉しそうだ。それはまるで、俺はお前の秘密を知っていると自慢しているようにも見えた。
「私が意図的に騎士団から弟を逃がしたと言いたいのか?」
以前ミランダがグールと戦った際に、その場に弟のオリバーが居たのは事実であり、その場から逃げおおせたのもまた事実だ。
だからといってミランダがその手助けをしたと言うのは誇張した表現だ。
「そういう噂があるって事ですよ」
その噂は、当の本人であるミランダも何度か耳にしていた。今更言われずとも、噂の存在自体はミランダも知っている。わざわざそう言った悪評に関する噂を、本人に対して問い質すという事をする者の神経がミランダには分からなかった。
「言いがかりだ。あの時は他の騎士団員もいたんだぞ」
しかもそれが言いがかりである事は状況からすれば明らかであり、現場には多くの目撃者が居た。
「そうですね。あなただけではなく他の騎士団員もいた。だからこそ、騎士団に囲まれた状況から逃げたのが不自然って言われてるんですよ」
多数の騎士団員が目撃者としている中で、弟を逃がす手引きをするのは不可能というミランダに対して、多数の騎士団員が居る状況からオリバー逃げ切ったという事は、ミランダが何かしらの手引きをしたに違いがないというアラン。物は言い様である。
とはいえ、現場にいたミランダは何故オリバーが逃げ切ったのかは良く知っている。
「弟が逃走に成功したのは建物が崩れたせいで、建物が崩れたのはオリバーの仲間だった魔術師が建物の中で魔術を使用した事が原因だ。あの場に居た騎士団員は皆知っている。私がどういう手引きをしたというんだ?」
建物を崩壊させたのはオリバーの仲間であり、騎士団員は建物の崩壊から逃れるために建物の外に退避したところ、オリバー達は建物内にあった抜け道を使って騎士団からとうそうしたのだ。このどこにミランダが介入する余地があるというのか。そしてこの事実関係は多くの騎士団員が目撃しており、ミランダの捏造では無い事はあの場にいた騎士団員全員が分かっている。
「俺に言われても、そういう噂が流れてるっていうのは変わりませんよ」
アランは悪びれる様子は無く、言い逃れをする言葉を口にした。
わざわざミランダ本人の前で自ら噂を口にしつつ、ミランダ本人から反論を受けたら自分の意見ではなく、そういう噂を聞いただけだと言う。自分の発言に責任を持つ気が無い汚いやり方だとミランダは思った。
ミランダ自身肌で感じていた。オリバーが脱走して以来、脱走者の姉として白い目で見られていた事。そしてガエラの一件でオリバーを取り逃がした事で、ミランダとオリバーには何か繋がりがあるのではないかという噂を立てられている事。
今にして思えば、あの脱走事件の際に、ミランダが現場に居なかった事は、ミランダが逃亡の手引きをしていないという状況証拠になっていた。それが今度はミランダが現場にいた状況で、オリバーが逃走したのだ。
脱走した張本人の姉が現場にいたとなっては、疑いの目で見られるのは仕方の無い事かもしれない。だが、ミランダとしても、あの場ではオリバーを捕縛するつもりであり、建物が崩れたためにしかたなく外に避難したというのもまた事実だ。
それを逃走の手助けをした等と言う噂を流されてはたまったものではない。
「あの場に私が居たのは事実だが、弟を故意に逃がしたというのはただの言いがかりだ。あの場にいた他の騎士団員が皆見ていた。私が手引きをするような余地はどこにもなかった」
改めて自分の考えを口にするミランダだが、アランは一向に態度を改める様子は無い。
「そうだといいんですけどね」
自分は噂を聞いただけだと言いつつ、露骨にまだミランダの事を疑っていると言わんばかりの態度に、ミランダは神経を疑ったが、これ以上は言っても無駄と思いそれ以上の言及をしなかった。
ミランダとしては、何を言ってもアランの考えは変わらないだろうと思い、特に話す事も無くなったため、しばらく黙って目的地へと歩みを進めていたが、しばしの沈黙の後、再度口を開いたのはアランだった。
「隊長は本当にゴーレムが居ると思いますか?」
気まずい雰囲気を察したのか、アランが話題を変えてきた。よくしゃべる男だと思いつつも、沈黙で返すと後で面倒な事になるだろうと思い、ミランダは渋々その話の相手をする事にする。
「目撃証言が複数回あったのであれば居るのだろう。別の何かと見間違いをした可能性もあるが、何かが居る可能性は高い」
例えゴーレムが居ないとしても、複数回もの目撃証言があるのであれば、ゴーレムに見間違えるような何かが居る。それがミランダの予想であった。
「見つけたら倒しますか?」
その言葉に耳を疑ったが、ミランダはローベルグから説明を受けた際にアランが居なかった事を思い出し、改めて問い質す。
「この任務の目的を説明されていないのか?」
ローベルグからは再三戦う事よりも、生きて戻る事が重要と言われた。それにも関わらずアランは戦う事を考えている。まさか詳細を聞かされていないのだろうか。
「説明なら、書類を読みましたよ。ゴーレムを見つければいいんでしょう?」
この任務の目的はゴーレムの存在有無を確かめる事。それはアランも分かってはいるようだが、そうであれば何故戦うという発想になるのか。
「そうだ。見つける事が目的だ。戦う必要は無い」
ミランダはローベルグに言われた通り、見つける事が目的であり、戦う必要は無い事を改めてアランに説明する。
「隊長はそれで満足なんですか?」
どうやらアランは任務の内容を知っている上で、それでもゴーレム倒すという発想が出をしているようだ。それはミランダからは理解の出来ない発想であった。
「情報を持ち帰るのがこの任務の目的だ。倒す必要はない」
ミランダはこの部隊の隊長として、この任務が偵察である事を再度強調する。
「討伐した方が出世に繋がると思いませんか?」
王宮魔術師棟での会話で、アランの出世欲が強い事は分かっていた。しかし命令を破ってでも手柄を立てようと言う考えは、とても賛同できる考えでは無かった。
「ローベルグ団長から何も聞いていないのか?」
明らかにゴーレムの討伐を考えているアランに対し、ミランダは疑問を持った。ミランダがローベルグから説明を受けた際に、アランはその場にいなかったが、何の説明も受けていないと言うのは考えにくい。
「ローベルグ団長とは会ってませんよ。書類で任務の指示を受けただけです。それを見て今回の任務が偵察目的っていうのは知ってますよ。でも、冒険者だけでなく、騎士も魔物と戦えるって事を市民にアピールする目的もあるって事も書いてありました。それなら戦って倒した方が評価が高い」
書類だけの指示とはいえ、作戦の概要は伝わっているようだ。
「相手の戦力が分からない状態で戦うのは危険すぎる」
ミランダがローベルグからは受けた説明では、ゴーレムから襲ってきた場合の応戦は問題ないと言われているが、優先されるのは情報を持ち帰る事という話であった。よって不必要な戦いは避けるべきだとミランダは考えていた。
「戦わないと戦力は分からないですよ。そのうち誰かが最初に戦う事になる。俺たちがその役目をやるってだけで、誰かが困るんですか?」
それでもアランは率先してゴーレムと戦いたいという意思は変わらないようだ。
「この任務の目的から離れている。任務の目的はあくまで偵察だ。何故戦闘する必要がある? 死者が出る可能性もある。相手の戦力が分からなという事は、最悪の場合こちららが全滅する可能性もあると分かっているか?」
戦わなければ相手の戦力が分からないというのは、間違いではない。しかし、戦った結果取り返しのつかない事態になってしまったら本末転倒である。
「そんな大げさな」
ここまでミランダの考えを聞いても、アランは一向に考えを変えようとしない。魔物との戦闘経験がないためか、魔物の危険性について軽視しているようにミランダからは感じられる。
「あ、あの」
アランとミランダの議論が平行線となっている中、二人の後ろを歩いていたアイリーンが申し訳なさそうに声を上げた。
「何だ?」
その声にミランダが反応し、アランもアイリーンに視線を向ける。
「む、向こうに何かが居ます」
アイリーンが進行方向から右に向かって指をさした
「本当か?」
「ま、魔力を感じます。普通の生き物じゃないです」
腕の良い魔術は、自分の周りの魔力の変化を察知する事ができる。その範囲は魔術師の力量により変化するが、アイリーンは王宮魔術師団に所属する魔術師だ。並みの魔術師よりも広範囲の魔力を感知できるのだろう。
それは騎士であるミランダとアランには無い能力だ。
さらに多くの魔物は魔力を有しているため、アイリーンからすれば近くに居ればその魔力を感じる事ができるのである。
「行きましょう」
アイリーンの言葉を聞いたアランが目を輝かせる。
「待て、早まるな」
ミランダとてこのまま引き返す気はないが、アランの行動はこちらの気配を隠すという様子が全く感じられなかった。
何よりこのまま行かせたら、確実にアランはゴーレムに戦いを挑むだろう。
「直に目で見ないとゴーレムかどうか分からないでしょう」
そう言ってアランはアイリーンが指さした方向に一人で走って行ってしまった。
ミランダは呼び止めようとするが、あまり大きな声を出して相手にこちらを悟られる危険性を考え、この場は仕方なくアランを先に行かせることした。
「い、言わない方がよかったでしょうか?」
ミランダの言葉を無視して単独行動に走ったアランを見て、アイリーン自身の言葉がその発端となってしまった事を思い、申し訳なさそうにしている。
「いや、そんな事はない。教えてくれて助かった。私達も後を追うぞ」
そう言ってミランダはアランが行った方向へと進み、アイリーンがその後に付いて来る。しばらくして、アランの姿が見えたが、さらにその奥に明らかに植物でも動物でもなに何かが見える。
実物を見るのはミランダも初めてであったが、土色で人型の形。それは噂や文献で見たゴーレムで間違いなかった。違う点があるとすれば全身が傷だらけで、特に足の損傷が激しいのか、歩き方が不自然だった。
そして先行していたアランにもそれは見えたのだろう。ミランダに向かってこう言った。
「隊長、あれは手負いです。倒せますよ。」
アランは喜々として武器に手を掛ける。
「ゴーレムが実在する事が分かっただけでも十分だ。戦う必要は無い」
ミランダはアランとは反対に、戦闘には消極的だった。
「見るからに死にかけですよ? こっちには魔術師もいる」
確かに相手は負傷している。それを死にかけと言うかどうかは別にして、不自然な動きをしている事から、万全の体制ではないのはミランダにも分かった。
「情報を持ち帰るのが最優先だ」
それでもミランダは戦うべきではないと考えていた。
この任務はゴーレムの存在を確認する事であって、討伐ではない。存在が確認できた時点で目的は達成されている。
「ここで放っておいたら回復されるかもしれない。倒すなら今だ」
ゴーレムに聞こえないように、アランは声を抑えているが、語気は強かった
「何度も言わせるな。我々の目的は討伐ではない。君の武勲は聞いているが、戦わずに済む時に不用意に戦いを仕掛けるべきではない」
ミランダもアランが騎士としてかなりの腕である事は聞いていた。だが、だからといってこちらに気が付いていないゴーレムに戦いを挑むのは余計な危険を冒す事だ。今は生還して情報を持ち帰るのが最優先。ミランダはそう考えていた。
「放っておけば人を襲うかもしれない。市民をまもるのが騎士なら、人を脅かす魔物を倒すのも騎士の役目では?」
それでもアランはゴーレムと戦う必要性を主張する。
「そういう問題ではない。ここで全滅したら元も子もない。今はゴーレムは存在したという情報を持ち帰るのが最優先だ」
ここでゴーレムを放置すれば、後々人を襲うかもしれない、その可能性は確かにあるのだが、だからと言ってここで偵察任務を討伐任務に切り替える事は出来なかった。
「隊長は魔物と戦うのが怖いんじゃないですか?」
眩暈がしそうになった。そもそもミランダは魔物との戦闘経験があり、アランには無い。そのアランから魔物との戦闘を怖がっているなどと言われる筋合いはない。
「生きて帰るのが優先だと言っているだろう。無駄な危険を冒さずに、このまま帰還すれば確実に情報を持ち帰れる」
とはいえ、今アランに魔物との戦闘経験が無い事を指摘しても逆上するだけなのは目に見えているため、あえてそれは指摘せずに、戦闘を避けて帰還する事の重要性だけをミランダは説いた。
「逃げる口実ばかり探してないで、協力してくださいよ」
協力。今まさにミランダの意見を無視しようとしている者が、そのような言葉を口にする。しかも自分の意見を押し付ける口実として。協力とは相互に力を貸す事であり、一方的な援助ではないはずだ。その事をこの男は分かっているのだろうか。
「戦闘は許可出来ないと言っている」
ミランダの言葉をいくら聞いてもアランは態度を変えようとしない。それほどまでに手柄が欲しいのだろうか。これほどまでに、上官に背くような行為をすれば、例え手柄を立てた所で、命令無視として処罰が下る事が分からないのだろうか。
「じゃあ、隊長が生きて帰って下さい。俺は戦います」
そう言うと、アランは抜刀していた剣を構える。
止められない。いや、ミランダもその気になれば抜刀し、力づくでアランを止めるという手もあっただろう。しかし、そんなことをしたら確実に相手に悟られる。
そう思い、アランをそれ以上引き止める様子を見せないミランダに対し、アランはゴーレムに向かって飛び出して行ってしまった。ミランダはその様子を見てそして次の選択を迫られる。
即ちアランの援護をするか、本当にこのまま引き返すかだ。ミランダの見立てでもあのゴーレムは負傷している。恐らくは倒せるだろうが、本当にそれで良いのだろうか。今からでもアランを止めるか。いや、あの様子では止められないだろう。こうなってしまってはアランの援護に回るのが得策か。
相手は手負いとはいえゴーレムだ。騎士であるアランに任せるよりも魔術師であるアイリーンに攻撃してもらう方が効果的だ。
「アイリーン、私はアランの援護に行く。君が最も得意とする属性の魔術は何だ?」
ゴーレムとは武器ではなく魔法で戦うのが定石と聞いている。アランとミランダで気を引きつけつつ、アイリーンの魔法で攻撃するのが理想的な戦い方だ。
アランがアイリーンを一顧だにせず斬りかかって行ったのは、自分一人で本当にゴーレムを倒しきれると思ったのかもしれないが、ミランダはアイリーンと協力してゴーレムを討伐するつもりだ。
「か、風の魔術です」
ミランダは再度ゴーレムの方をみて自分との距離を測る。
「今の位置からゴーレムに届くか?」
すでにアランはゴーレムに切りかかり、戦闘を開始している、あまりゆっくりしている時間は無い。
「と、届きます」
「当てられるか?」
「う、動く相手に当たるかは自信がありません」
元々王宮魔術師団は実戦経験は少ない。攻撃魔術が使えるからと言って、動く相手に命中させるのは難しいのだろう。
「分かった。では私が今からアランの援護に行く。タイミングをみて相手を転倒させるから、そこに魔術を打ち込んでくれ。いいな?」
ならば相手を動けなくすればよい。幸いにも、相手は足を負傷している上に巨体である。転倒させる事ができれば、しばらくは動けないはずだ。
「は、はい」
ミランダはアイリーンの返事を確認するとアラン同様ゴーレムに向けて走り出した。視界の先にあるのはアランの背中と、アランに対峙するゴーレムの姿。
アランが振るう剣をゴーレムは腕で受け止めている。そこには確かに傷がついているが、それがゴーレムにとっては大したダメージになっていないのだろう。
剣の直撃を受けて、金属音が鳴り響くが、ゴーレムは全くひるむ様子を見せない。
また、ゴーレムも反撃を試みてその腕をアランに向かって伸ばすが、足に傷を受けている影響か、動きが鈍く、その場から動く事が出来ず、アランが適度に距離を取るだけで簡単に避けられてしまう。
アランが騎士として腕が立つと言っても、相手は防御に優れるゴーレムである。やはり剣では決定打を与えられないようで、一進一退の攻防を繰り広げている。
「加勢するぞ!」
ゴーレムの様子を見た限り、立っているのがやっとなのかもしれない。今はまだアイリーンとは距離があり、ゴーレムがアイリーンを攻撃する危険性は低いが、アイリーンが魔術を使える事が分かったらどのような行動を取るかは分からない。そう考えると最初の一撃で確実に仕留めるべきだろう。
ミランダも剣を抜き、ゴーレムの向かって左側に回り込み上段からゴーレムの頭に目掛けて剣を振り下ろした。
ゴーレムは無言のまま、右腕でその刃を受け止めると、まるで金属がぶつかったような音がした。
負傷していて動きが鈍いのか、それとも元々そういう性質なのかゴーレムはミランダの攻撃を避けようとはしなかった。
それを見たアランが、反対側から攻撃を仕掛ける。ゴーレムにも目はあるのか、顔の部分がアランの方を向き、アランの剣を左腕で受ける。
それを好機と見たミランダは一旦距離を取り、再度切りつけるような素振りをし、相手が身構えたところで肩を前に押し出し、そのまま全体重をかけて体当たりをした。
足を負傷していたゴーレムはバランスを取り切れずに体を大きく傾ける。一方でミランダは反動を利用してゴーレムと距離を取りつつアランに指示を出す。
「離れろ!」
アランもミランダの意図を察したのか後ろに下がりゴーレムとの距離を取る。
「アイリーン!」
ミランダの体当たりでよろけているゴーレムを視界に捉えつつ、ミランダが叫ぶ。
バランスを崩し、今にも倒れそうなゴーレムに向かって、アイリーンの魔術が発動する。空気がうねり、幾重もの真空の刃となって、ゴーレムに襲い掛かる。風の刃に耐え切れず、レンガが砕けるような音と共に、ゴーレムの体は引き裂かれる。
声を発する機能を持っていないのか、そのゴーレムは悲鳴一つ上げずに無言のまま引き裂かれた体が四散した。
土の体が引き裂かれた影響で、辺りにはわずかな粉塵が舞ったが、バラバラになったゴーレムの体は動く様子は無かった。
「これで終わりか?」
一体に転がっているゴーレムの体が全く動か無いのを見て、ミランダがゆっくりと、その残骸に近寄る。
だが、ミランダがその残骸の手の届く位置まで近寄るよりも先に変化が起こった。
「これは…」
ゴーレムの体の残骸が崩れていく。すでに風の魔術で刻まれた体は人の形ではなくなっていたが、その多くは石のような状態を維持していた。それらが全て粉上の土へと変化していく。
「本当に土でできていたのか」
見た事のない現象に、感想が口から漏れる。
ゴーレムは土に命を吹き込まれた存在であり、その命を奪えば土に還るというのは知っていた。それらは今日までのミランダにとっては文献で見たか、噂話で聞いた程度の知識であった。何しろゴーレムを見るのも初めてであり、ゴーレムが土に還る瞬間を見るのは尚更である。
「た、倒せたんですか?」
恐る恐ると言った様子で、アイリーンが近寄ってくる。
「ああ。死んだゴーレムは土に戻るという話は聞いていたが、その通りになったよ。これは倒したと言ってもいいだろう」
ミランダはとりあえず胸を撫で下ろす。
「俺達でも倒せたじゃないですか。逃げる必要なんてなかった」
ゴーレムを倒したという結果を見て、アランが得意げに口を開いた。
「馬鹿を言うな。ゴーレムには製作者が居る。近くに居たらどうするつもりだ? 新しいゴーレムを放ってくるかもしれない」
対象的にミランダはゴーレムを倒した事を、喜ぶ気にはなれなかった。ゴーレムは一体とは限らないからだ。
「また倒せばいい」
ミランダとしては軽率なアランの行動を咎めたつもりであったが、ゴーレムを倒したという結果に自信を付けたのか、アランは自分の行動が間違っていたという考えは全く無いようだ。
「さっきのは手負いだっただろう。もう一度ゴーレムと戦ったとしても、また倒せるとは思わない事だ」
足を負傷し動きが鈍かったからこそ、簡単にアイリーンの魔術を命中させることができた。もしもあのゴーレムが万全の状態であれば、どの程度の動きをしてきたかは分からない。
「隊長も手柄が立てる事ができて、嬉しいんじゃないんですか?」
それでもアランは全く反省する様子を見せない
「結果が出ればいいという事では無い」
ゴーレムを倒せたのは事実であるが、こちらが敗北していたかもしれないという危険性を、アランは分かっているのだろうか。
「俺が行かなかったら、あのまま帰還してましたよね? 俺が行ったから結果的にゴーレムを倒せた。結果が出たんだからいいじゃないですか」
それでもなお、アランはゴーレムを討伐出来たことを、自分がゴーレムに戦闘をしかけた事を正当化するような事を言い続ける。
「余計な危険を冒した」
命令無視は棚に上げて、自分の正当性を主張し始めたアランに対して、言っても聞かないだろうと思いつつも、アランに同意する事は出来なかった。
「隊長だって、戦闘に参加したじゃないですか。一緒に戦ったのに、ゴーレムと戦わない方が良かったなんていうのはおかしいんじゃないですか?」
それだけでは飽き足らず、今度は責任の擦り付けを始めた。アランが単独先行して戦闘を始めたために、仕方なく援護をする事にしたというのに、それを戦闘に参加したからといって責任を擦り付ける口実にするというのは、どういう考え方をしているのか。
「お前を見捨てて逃げれば良かったのか?」
見捨てても良かったのかもしれないと、ミランダは一瞬本気で考えてしまった。
そもそもアランが命令無視をしていなければこのような事態にはなっていない。ミランダは最初からゴーレムとの戦闘には反対していたが、アランが制止を振り切ってゴーレムとの戦闘を始めてしまったために援護に回ったに過ぎない。
「そんなことしたらゴーレムは倒せてないですよ」
皮肉を言ったつもりであったが、アランには分からなかったようだ。
「倒せたから良かったものの、あのゴーレムが手に負えない強さだったらどうするつもりだったんだ?」
ミランダは今、この部隊の指揮を任されている。そしてローベルグからは生きて情報を持ち帰るように言われている。隊長として命を危険に晒す行為は避けるように行っているだけのつもりなのだが、なぜアランには伝わらないのか理解ができなかった。
ゴーレムを倒せたというのは結果論であり、敗北の危険性もあった事を、アランは分かっているのだろうか。
「隊長は臆病すぎますよ」
どうやら分かっていないようだ。
ミランダはこれ以上この話はしても無駄だと思うと同時に、一つの疑問が生じた。アランの好戦的な性格は偵察任務に向いているとは思えない。だとしたら何故団長はアランをこの任務に加えたのだろうか。団長がアランのあの性格を知らないとは考えにくい。何か意図があっての事か。しかし今はその疑問を確かめるよりも先にやる事がある。
ミランダは持っていた荷物から一枚の布を取り出し、ゴーレムの体であった土をその布で包んで回収した。
討伐の証としてその土を持ち帰るためだ。
「記念品ですか?」
ミランダの行動を見たアランが軽口を叩く。
「違う。ゴーレムが存在したという証拠を持ち帰るんだ」
ゴーレムを討伐したといってもそれを証拠が居る。個人的な記念品として砂を回収するのではなく、正式に騎士団に提出する証拠品として、ゴーレムの遺体を回収しているのだ。
「そういえば、ゴーレムの存在を確認する偵察任務でしたね」
まるで今思い出したかのように、任務の目的を言うアラン。もしかすると本当に忘れていたのかもしれない。
ミランダは話せば話すほどアランが何故この任務に加えられたのかが疑問になってきた。
「長居は無用だ。今の戦闘を聞きつけて他の者が来るかもしれない」
ゴーレムと戦闘した際にある程度の音がしたのはミランダも分かっていた。ゴーレムの噂を聞きつけた冒険者や、ゴーレムの製作者が音を頼りにこの場にやってくるかもしれない。
目的は果たしたのだ。余計な戦闘を避けるためにも早めに移動した方がいいだろう。 そう思った矢先、アランがあり得ない事を口走る。
「二体目を探しますか?」
ミランダは耳を疑ったが、ここで今の発言を咎めたところで、応えるような性格ではに事は、今日のやり取りだけで痛感している。
「目的は達成したんだ。帰還するぞ」
戦い足りなさそうなアランに対し、ミランダは淡々と命令を告げた。
次話は8/12に投稿予定です。




