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[3-4] 騎士の任務

結局最初にリリアが書いた通り、男女別々の二部屋を借りることになったのだが、そのまま就寝とはならず、リリアと、ヴァネッサが、オリバーとギルスの部屋を訪れていた。理由は一つ。

 店主の前で何やら言いかけていたギルスへの確認である。

「さっき何言おうとしてたの?」

 早速ヴァネッサが口を開く。

「森に出るゴーレムっていうのは、多分ルーベルが作った物だよ」

 それは王都でギルスの口から出たエルフの名前であった。これから会いに行く予定の、ギルスのフィアンセの妹にあたるエルフの名前だ。

「人を襲わせてるの?」

 続けざまに質問をしたヴァネッサの言葉からは感情は感じられず、純粋な事実確認をしているようだ。しかし人間のオリバーとしては、これから会いに行くエルフが、意図的に人間を襲うような性格だとしたら、用心が必要になる。

「違うよ。隠れ家の一定近くに近寄ったら追い払うようにしてるだけだよ」

 どうやら積極的に人を襲っている訳ではないらしい。

「いつから?」

 ヴァネッサはただ淡々と質問を続ける。

「追放されて直ぐにあの家に行ったから三百年ぐらい前かな」

 三百年前。それは防衛戦争があった時期と一致するが偶然だろうか。

「じゃあ何で最近になって目撃情報が増えてるの?」

 店番は最近目撃情報が増えたと言っていた。三百年前から居るのであれば、最近ゴーレムを見かける頻度が増えた理由があるはずである。

「最近魔物が隠れ家の近くに頻繁に出るようになったとは聞いてたからね。もしかするとゴーレムを戦闘しているところを見られたのかもしれない」

 魔物の活動が最近活発になっているというのは巷でも良く言われている。今まで隠れ住んでいたにも関わらず、急に人目に付くようになってしまったのには、ゴーレムが魔物と戦う頻度が増えたからという背景があるとすれば説明はつくが、一つの問題に思い当たったオリバーが口を挟んだ。

「それって俺達が行けば追い払われるって事じゃないのか?」

 近寄った魔物を追い払うと言うのであれば、人間も魔物と同様に追い払われるのではないか。最悪、戦闘になるかもしれない。

「いや、僕と一緒にいれば大丈夫だよ。僕は襲われないし、人間の協力者を連れて行くっていうのは前々から話してあるから。」

 オリバーはギルスの答えを聞いて安心したが、ヴァネッサはそうではなかった。

「一緒にいればって事は、ギルスと別行動したら、ゴーレムに襲われるかもしれないって事?」

 ギルスだけは例外として襲われない。その理論が正しいとすると、ギルスと離れた場合は侵入者とみなされ攻撃されるという事だ。

「あー、多分、そうなるだろうね。ルーベルはまだ君達の事知らないから、ルーベルからしたら侵入者扱いだね」

 残念ながら、ヴァネッサの不安は的中したようだ。それを聞いたリリアが、不快感をあらわにした言葉を発する。

「そんな危険な事、黙ってたわけ?」

 侵入者対策としてゴーレムが配置されているとして、万一ギルスと離れた場合、オリバー達はただの侵入者として攻撃される。理屈はわかるが、それを聞かれるまで言わなかったことに対してリリアが不快感を覚えるのは当然の事だろう。

「いや、行くまでには話すつもりだったよ」

 今更そう言われたところで、自分から話さなかったのは事実であり、このまま森でゴーレムに遭遇していたらどうなっていたのかという事を考えると、オリバーもあまりいい気はしなかった。

「本当に? あわよくばゴーレムに殺させようとしたとか」

 いつもギルスに風当りの強いヴァネッサが、いつも以上に厳しい口調だった。

「いやいや、君達の協力がいるのに、殺す訳ないじゃないか」

 ギルスはフィアンセを助けるためにオリバー達の協力を求めている。そのギルスがフィアンセを助ける前に、オリバー達を意図的に危険に晒す必要がない。それは理屈としては筋が通っているが、それでもゴーレムの話を黙っていたという点では不信感は拭いきれない。

「だといいけど」

 ヴァネッサの言葉には、ギルスに対する侮蔑が込められていた。

「相変わらず冷たいねえ」

 ギルスが行動を共にするようになってから、ヴァネッサはギルスに対して疑惑の目を向けている。今の様に、必要な情報をなかなか話さないギルスにも非はあるだろう。しかしお尋ね者であるオリバーとしては、里から追放されているという点が、お尋ね者という自分の立場と重なるところがあり、手助けしたいと考えていた。

「万一ゴーレムと遭遇してもギルスと一緒なら大丈夫なんだろ?」

 そういった心理から、オリバーは何となくギルスを庇うような発言をしていた。

「そうだよ。ルーベルのゴーレムならね」

 そう、今は魔物が多くなっている。遭遇するのはゴーレムだけとは限らない。その事はここに居る全員が分かっていた。


 ●


 翌日村を出発し、オリバー達一行はミベラの森にある隠れ家に向かった。場所を知っているギルスが先頭となり他の三人を先導する形となっている。

「本当にこの道で合ってるの?」

 最初に疑問を口にしたのはリリアである。

「ねーさん、この道が間違ってたとしても、あたし達にはそれを確かめる方法は無いよ。目的地を知ってるのは帽子だけなんだから」

 ギルスが答えるよりも早く、ヴァネッサが不信感を露わにした言葉を放つ。ゴーレムの話を黙っていた事が糸を引いているようで、二人のギルスに対する風当りは強い。

「いやあ、そんなわざわざ騙すためにこんな森に連れてきたりしないって」

 仮にギルスがオリバー達を騙そうとしているとして、わざわざ森の中にまで連れ込んだりするだろうか。

「人気のない所に連れ込んだほうが、目撃者が無くて済むわね」

 リリアが本気か冗談か分からない発言をする。確かにそのような考え方をする事も出来る。

「森の中なら魔物に殺されたって事にできる」

 さらにヴァネッサがそれに乗ってくる。本気で殺害を試みているのであれば街中で行動を起こすよりも、森の中の方が目撃者が出なくて済む。

「言っとくけど、僕一人で君達三人を倒すの無理だよね? 君達そんなに弱くないよね?」

 ギルスとは何度か戦闘を共にしているが、ギルスの主な武器は弓矢であり、単独で参院に挑んだところで勝機は薄いだろう。

 ギルスはそう弁明するが、オリバーはそれよりも気になる物音を捉えていた。それは自然の森の中で聞こえる音ではない。まるで金属同士がぶつかるような音だった。

「何か音が聞こえないか?」

 それが自分の聞き間違いではないかと周りにも聞いてみるとリリアとヴァネッサも同様だったようだ。

「そうね」

「あたしも聞こえた」

 何か知っているのではと、三人の視線がギルスの方へ向く。

「ああ、昨日も話しただろう? ルーベルは自分の家の周りに護衛用のゴーレムを配置してるから、ひょっとすると魔物と戦闘になっているのかもしれない」

 昨日聞いたゴーレムが戦闘をしているのであれば、その音が聞こえてきただけ。オリバーがそう納得しかけたところで、ヴァネッサが異を唱えた。

「魔物? 金属がぶつかるような音がしたけど」

 ゴーレムは土で更生されているが、硬度を保つために魔力で強化され、金属にも劣らぬ強度を持つようになる。しかし普通の魔物とゴーレムが戦ったところで、金属同士がぶつかるような音が聞こえるだろうか。

 ゴーレムと戦っている可能性があり、金属の物体を持つ者。オリバーは一つの可能性に思い当たる。

「まさか騎士団か?」

 宿屋の店主から聞いた情報が確かなら、騎士団がこの森に来ていたとしてもおかしくはない。そうなるとお尋ね者であるオリバーが顔を合わせてしまうと面倒な事になる。

「可能性はあるね。人間なら追い払おうとするから」

 ゴーレムは人間であろうと、魔物であろうと、侵入者として追い払うように作られているならば、騎士団であってもゴーレムと戦闘になる。

「ゴーレムってどれぐらい強いんだ?」

 オリバーは本物のゴーレムを見たとこが無かったため、戦闘になった時に備えて、先にゴーレムの強さを知っておきたかった。

「まあ普通の人間が武器を持っていたところで、五人分ぐらいだったら簡単に追い払うんじゃないかな。実際に三百年ぐらい、ルーベルの家までたどり着いた侵入者はいないからね。」

 ギルスはゴーレムの強さに信頼を置いているようだ。長年ルーベルの家を侵入者から守ってきた実績があるのであれば当然かもしれない。

「騎士団と戦ったらどっちが勝つんだ?」

 そうなると、本当にゴーレムと騎士団が戦った場合、どちらが勝つのかが気になるところだ。

「そりゃゴーレムだろう。ゴーレムは体が硬いからね。武器で戦う騎士団じゃ分が悪いんじゃないかな。魔術師が居れば対抗できるかもしれないけど」

 確かに騎士団の中には魔術を使える騎士はごく一部。普通の騎士が武器を持って挑んだ所で分が悪いだろう。

「それって、騎士団を殺害する可能性もあるってことか?」

「大丈夫だよ。それは無いと思うよ。彼女は長い間こうやってここに住んでるんだ。それは無駄に相手を殺さずに追い払うだけで済ませていたからだ。騎士団なら分が悪いのを察して直ぐに引き上げるんじゃないかな」

本当に騎士団とゴーレムが戦っているのであれば、騎士団側が分が悪いと判断し直ぐに引き上げるだろうというのがギルスの予想だ。

「にしては、結構音が継続して聞こえてないか?」

 こうやって話している最中にも、何度か音が聞こえて来る。

「まあ、言われてみれば」

 ギルスもその音が聞こえているようだ。

 音が継続して聞こえるという事は戦闘が続いているという事だろう。

不用意に彼女のテリトリーに侵入した人間もしくは魔物を追い返すだけであれば、そう時間は掛からないだろう。

戦闘が継続しているという事は、相手がゴーレムと互角に戦える戦力を持っている可能性が高い。騎士団にそのような芸当ができるとは思えない。

「ルーベルを意図的に襲うような奴に心辺りは?」

 そうなると騎士団ではなく別の何かがゴーレムと戦っているという事になる。

「ないよ。彼女も里を追放されてるけど、エルフはわざわざ里から追放したエルフを里の外まで追ってきたりはしないし、彼女は人間とも交流はしていないから人間が彼女を襲いに来たっていうのも考えにくい」

 そうなると後オリバーに思い付くのは魔族となるが、オリバーはその言葉は口にせずに視線でリリアに問いかけた。それは正しく伝わったようで、リリアはその視線にこう返した。

「私も心辺りはないわよ」

 魔族であるリリアも、魔族としてわざわざ辺境の森に棲むエルフを攻撃しに来るような者は思いつかないようだ。

「まずは行って様子を見るか?」

 オリバー達はこれからルーベルに会いに行くのだ。そのルーベルの所有物であるゴーレムが、ルーベルの敵となる何かと戦っているというのであれば、一度様子を見に行った方が良いのではないかとオリバーは考えた。

「いいの? ルーベルとは全然関係ない勢力同士が戦ってるのかもよ?」

 リリアとしては、今聞こえている音だけでは、何が戦っているのかは分からないため、そもそもゴーレムとは全く関係の無い何かが戦っている可能性も考えているようだ。

「さすがにこれだけ派手に戦っていたら、例えルーベルと無関係な物同士の戦いでも護衛用のゴーレムが気が付いて見に来るはずだ。僕らも行った方が良い」

 ルーベルの知り合いであるギルスとしては、この音の発生源がゴーレムで無かったと仮定しても、異変に気が付いたゴーレムが様子を見に来るのは時間の問題であり、何が戦っているのか気になるのか、見に行った方が良いという意見のようだ。

「行ってみればいいんじゃない? 関係無ければ放っておけばいいし」

 そしてヴァネッサも様子を見に行く事に賛成のようであった。

「じゃあ、とりあえず様子を見に行ってみるか」

 この場では音の発生源を見に行った方が良いという意見が多数派のようだ。

「そうね、音の発生源が何かは確認しておいたほうがいいわね」

 音の発生源がゴーレムである事に懐疑的なリリアも、音が聞こえている以上、何が発生源となっているのか確かめた方がよいという考えは一致しているようだ。

 こうして、オリバー達四人は音の発生源へと向かった。


 ●


 第五騎士団所属騎士ミランダ。

 その父親が第一騎士団団長を務めているという事は、騎士団の中では有名である。第九騎士団であるローベルグであれば、その事は当然知っていた。

 故に、ローベルグはあの時のフィリの問いが、「自分が第一騎士団長の娘だから声を掛けたのではないか」という意図であった事は察していた。そして彼女がそれをコンプレックスに感じているという事も。

 あの時あの問いに正直に答えていたら、今の状況は無かったかもしれない。

「では、さっそく最初の任務を言い渡そう」 

 彼の目の前には今ミランダが居る。それはローベルグが予想した通りの展開であった。

 弟の悪魔憑き疑惑の真相と、父親とは無関係な理由での勧誘であれば、彼女がこの誘いに乗る可能性は高いと踏んでいた。だからこそ、機密情報である遺物の現物をわざわざミランダに見せたのだ。

「はい」

 そんなローベルグの思惑を、ミランダはどこまで察しているのだろうか。薄々は気が付いているのかもしれないが、ローベルグにとっては、勧誘を受けてさえくれれば、後は些細な問題だった。

「ミベラの森でゴーレムの目撃証言があった戦闘があったそうだ。戦闘をするような音も聞こえると聞いている。頻度が増えている事から近隣住民から様子をみてきてほしいという要望が騎士団に寄せられている」

 ミランダへの最初の任務は、勧誘の際に話した通り、魔物に関する任務だ。

「冒険者が魔物と戦っただけではないのですか?」

 冒険者は魔物を討伐する事を生業としている。魔物と戦った者がいるとしたら、真っ先に思い浮かぶのは冒険者だ。

「そうかもしれない。だが、現状ミベラの森での魔物討伐依頼はギルドから出ていないし、あのあたりに賞金首がいるという情報もない」

 襲われたために自衛目的での反撃、腕試しのために偶然遭遇した魔物との戦闘といった事もしばしば起こるが、大部分はギルドからの依頼に基づいた討伐だ。冒険者は魔物の討伐が仕事である。それは当然対価を伴う作業であるため、無償や慈悲で魔物の討伐を行う者はほとんどいない。

 つまり、討伐依頼の出ていないあの場所で冒険者が魔物と戦うというのは考えにくい。

「我々が把握できていないだけで、逃亡中の賞金首がミベラの森に逃げ込んでいて、冒険者と戦闘になったという可能性もありますよ」

 ミランダはローベルグとは対照的に、冒険者が原因となっていると予想しているようだ。

「もちろん、その可能性は否定できない。だが住民からの要望によると、定期的に戦闘が起きているらしい」

仮に冒険者が偶然遭遇した魔物と戦ったと仮定しても、目撃情報の頻度があまりにも多い。

「それは魔物の活動が活発化した弊害では?」

 最近魔物の活動が活発化しているというのは周知の事実であり、それがもとで目撃情報が増えているというのはローベルグも予想はしていた。

「かもしれないな。だが要望が出ている以上、騎士団としては予想や憶測だけでなく、現場に行って真相を確かめに行かなければならない」

 騎士団が魔物に対する対応が遅れている要因の一つに情報の少なさがある。例えば町の近くに危険な魔物が出たとして、それを見た者はどうするか。真っ先に行動を起こすとすればギルドへの討伐依頼だ。もちろん依頼を出すには報酬を提示する必要があり、ある程度裕福な者である必要があるが、魔物が出たからと言って騎士団にその情報が来る事はほとんどない。

 今回の一件はガヌラスの村長から騎士団に直々に依頼があったため騎士団にゴーレムの情報が伝わっている。しかも話を聞いたところでは村の財政的にギルドに討伐報酬を提示するほどの余裕はないらしい。

 また、目撃情報は多いものの、実際に怪我人が出た訳ではない。とはいえ目撃情報が増えてきたために、怪我人が出る前に騎士団に対処をしてもらいたいという事だ。

「この忙しい時期にですか? 魔物に対応するのも否定はしませんが、町の外の調査よりも町の中の警備の方が重要なのでは?」

 今のところ王都を含め、町や村といった集落の中にまで魔物が侵入してきた事は無いが、集落の近くで魔物と遭遇する事例が多くなっており、集落の中の警備を強化してほしいと言う声も多かった。

 普段の騎士団であればガヌラスの村への警備の数を増やす程度の対応はしたかもしれない。今回はあえて村の外の調査に乗り出し騎士団がゴーレムの存在の有無を確かめる事までが目的に含まれている。

「集落の中の警備なら今までもしている。忙しい時期だからこそ、我々騎士団は忙しい時期でも住民の要望に応える存在である事を証明しなければならない。それを市民に見せるためには今までやっていなかったことに着手する方が分かりやすく、伝わりやすい」

 単純に警備の数を増やすだけではいつもの対応で終わってしまう。せっかくギルドではなく騎士団を頼って依頼を出して来たのであれば、それに応えるよういつもとは違う対応をする必要がある。それが村の外への調査という訳だ。

そこで部屋をノックする音がして、外から声が聞こえる。

「ア、アイリーンです。ご用命と聞きました」

 たどたどしい口調からは、気の弱さを連想させるが、それはローベルグが事前に聞いていた情報通りだった。

「入れ」

 ローベルグの声を聴いてドアをノックした人物が扉を開ける。自然とミランダを扉の方へと視線が向き、視線が合う。

「あの、で、出直した方がよろしいでしょうか?」

 両手で持っている杖と、頭にかぶっている三角帽子、肩から纏っているローブから、いかにも魔術師といった身なりであった。おどおどした様子であるのは、騎士団の建屋に来るのに慣れていないからか、あるいは単純に気が弱いのか。

 いずれにせよ、それはローベルグにとっては前評判通りの様子であった。

「いいや、二人に話がある。入ってくれ」

「わ、分かりました」

 そのままアイリーンと名乗った人物は部屋に入ってきたが、ミランダはこの件についてはまだ話していない。

 部屋に入ってくるアイリーンを見ながら、ミランダが口を挟む。

「我々二人に用とは?」

「先に紹介しておこう。見て分かると思うがアイリーンは王宮魔術師だ。今回の任務に同行してもらう」

騎士団とは文字通り、騎士の集まった国営の組織である。その騎士団とは別に王宮魔術師団という組織がある。そちらも騎士団同様に国営の組織であり、腕の良い魔術師はそこに所属し魔術の研究を行っている。

 要人警護や街中の警備といった体を使う任務が多い騎士団と、研究を主たる目的とする王宮魔術師団が共に行動する機会は少ないが、騎士団側の要請があれば、一時的に王宮魔術師団から少数の人員を借り受ける事はある。

 ローベルグの言葉を聞いたアイリーンが肯定するように返事をする。

「は、はい、よろしくお願いします。ま、魔物に関する任務に協力するという話は聞いていますが、詳細を教えてもらえますか?」

「まず、この騎士はミランダ。現場では彼女が指揮を執ることになる」

 ローベルグはアイリーンに対し軽くミランダの紹介を済ませる

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 それに対してアイリーンとミランダが応じたところで、ローベルグは先ほどミランダに話していた本題に戻った。

「ミベラの森の周辺住民から、魔物同士の目撃情報と調査依頼があった。ちなみに魔物というのはゴーレムだ」

「ゴ、ゴーレムとはあの土でできた魔術生命体のゴーレムですか?」

 流石に王宮魔術師ともあれば、ゴーレムが何であるかの説明は不要のようだ。

「その通りだ。頻度も多くないし、死人が出たわけでもないという状況から詳しい調査はされていない上に、ギルドにも討伐依頼は出てないようだが、今の魔物による被害が頻発している情勢下で住民からの要望が出ているとなっては無下にする事もできない。まずは本当にゴーレムがいるかどうかを確かめる必要がある。それが今回の任務だ」

 ミランダは二人の会話を黙って聞いていた。

「か、確認だけでいいのですか?」

「本当にゴーレムがいるのであれば、ゴーレムを造った人物が近くにいるはずだ。そいつが危険な人物の可能性もある。ゴーレム一体の戦力も分からなければ、何体いるのかも分からない。まずは本当にゴーレムが存在するかを確認するのが必要だ」

 ゴーレムというのは自然発生する魔物ではない。以前ガエラというネクロマンサーがグールを作っていたように、ゴーレムがいるのであれば、それには対となる作成者がいるという事になる。

「わ、分かりました。しかしそれでは私は必要ないのでは?」

 偵察が前提であるならば、戦闘を行う可能性は低い。わざわざ王宮魔術師団に協力を仰がずに、騎士団のみで実施しても良いのではとアイリーンは考えたようだ。

「今後我々は対魔物用の任務が多くなる事を想定している。状況によっては王宮魔術団に協力を頼む事も増えて来るだろう。騎士団と王宮魔術師団が共同で行う任務で問題が起きてしまえば、今後王宮魔術師団からの協力が拒否される可能性がある。よって最初は『魔物がいるかもしれないから確かめる』という危険度が低い任務で、騎士団と王宮魔術師団が協力した任務を成功させたという実績を作るという目的もある。その足掛かりという訳だ。」

 ゴーレムは一般的に体が大きく、戦闘能力も高いとされている一方で、魔法には弱く、動きも鈍いと言う特徴もある。存在を確認すると言う任務であれば、最悪の場合逃げかえったとしてもそれは成功扱いになる。

 これが騎士団が対魔物用の任務に着手する第一歩である以上、失敗すれば騎士団は対魔物の任務を行うべきではないと言う声が大きくなるだろう。また、王宮魔術師団からの協力も得られなくなる可能性がある。よって最初は難易度の低い任務から着手するべきだとローベルグは考えていた。

 ミランダの実績としてもグールとは戦った事はあるがそれ以外の魔物とは戦った事がない。最初から魔物の討伐任務を任されるよりは、最初は調査任務にした方が手を付けやすい。そう考えて今回は存在を確かめる事を任務の目的としたのだ。

「今回は調査任務ですが、ゴーレムがこちらに攻撃を仕掛けてきた場合は、応戦しますか?それとも逃げた方が?」

 アイリーンとローベルグの会話を聞いていたミランダが口を開く。

「あくまでも調査が目的だ。無理に戦闘をする必要は無いが、現場の判断で戦闘が必要とあれば戦ってもいい」

 ローベルグとしては、無理にゴーレムを討伐する事は考えていなかったが、ゴーレムから攻撃を仕掛けてくると言う場合も当然考えられる。その場合は戦わず逃げろというつもりはないが、あくまでも存在を確かめる事が目的という点を変えるつもりは無かった。

「ゴーレムを我々で倒せるのですか?」

 ミランダも万一ゴーレムと戦闘になって、倒せるかどうかは気になるのだろう。

「ゴーレムを剣で相手するのは難儀だろう。だから魔術師であるアイリーンに同行してもらう」

 現時点で、騎士団は魔物に関する任務は無く、騎士がゴーレムと戦って勝てるかどうかは未知数だ。しかしゴーレムは武器よりも魔法の方が効果的という特徴がある事から、わざわざ王宮魔術師団から魔術師を借り受けることにしたという背景もある。

「つまり、場合によってはゴーレムを倒すと?」

 騎士だけでゴーレムを倒すのは難しいだろうが、魔術師がいればゴーレムを倒せるかもしれない。それはローベルグの予想であり保障出来る事ではない。王宮魔術師団に所属しているアイリーンの腕を疑っている訳ではないが、対魔物に関する任務はこれが初となるのだ。何が起こるかは分からない。

「場合によってはな。あくまで情報を持って帰る事が目的であり、戦う事は目的ではない。向こうが襲ってくるのであれば自衛のために戦う必要はあるが、こちらから仕掛ける必要は無い。さっきも言った通り、ゴーレムが出るというのは噂であって、何が出るかは分からん。確かなのは何者かが森で戦闘を行ったという事だ」

 前提として、ゴーレムが戦闘をしている目撃情報があったというだけだ。頻度が多い事から何かが居るのは間違いないだろう。

 そしてもう一つ忘れてはならない事がある。

「仮にゴーレムがいたとしても、ゴーレムと戦った相手は手掛かりなしですか?」

 話によるとゴーレムと何かが戦ったという事であるが、それは果たして魔物なのか、冒険者なのか。

「現状は無い」

 残念ながら騎士団はその情報を把握できていなかった。そこへミランダがある可能性を提示する。

「二種類のゴーレム同士が戦ったという可能性は?」

 それを聞いたローベルグが、間を置かずしてそれを肯定する。

「あり得るな。目撃情報がゴーレムだけなのも、ゴーレム同士が戦っていたという事であれば辻褄があう。だが目撃情報が無いからと言ってゴーレムとは別の何かが森に潜んでいる可能性もある」

 目撃情報はゴーレムのみということはゴーレムが複数いて互いに戦ったというのはあり得る話だ。とはいえ、ゴーレムとゴーレム以外の何かが戦ったという可能性も残っている。

「ではもしも、ゴーレムと戦ったであろう相手に接触した場合は?」

 万一ゴーレムとは別の何かに接触した場合について、その方針を事前に確認しておきたいようだ。

「倒せると判断したならば倒してしまっても良いが、生きて情報を持ち帰るのが最優先だ。全滅してもらっては困る。何者かが襲ってきて逃走が困難であった場合は応戦する状況にもなるだろうが、生きて帰る事よりも、戦う事を優先されては本末転倒だ」

 任務の成功確率を上げるために、わざわざ偵察を目的としたのだ。今後対魔物の任務を騎士団が継続して行うためにも、万が一にでも全滅する事だけは避けなければならない。

「情報を持ち帰るのが重要というのは分かりましたが、それであれば、私と彼女の二人だけというのは人員としては少ないのでは?」

 ゴーレムや正体不明の何かと遭遇する可能性があるというのに二人で行動するというのはあまりにも心もとない。

 とはいえ、初の試みとなる対魔物用の任務に最初から大人数を割り当てる事は難しい。そもそも騎士団の中にも対魔物用の任務に消極的な騎士が多いからだ。

「安心したまえ。もう一人騎士がいる。よって三人で行動する事になる。」

今回の任務は偵察であり、最悪戦闘になって敗走したとしても、捜索相手を発見したという扱いにすれば任務事態は成功扱いにする事ができる。そう考えれば今回の任務は三人でも十分成功できるとローベルグは考えていた。

「もう一人もここに来るのですか?」

 任務の説明があるのであれば、全員そろったところで一度に説明をした方が早いだろう。だとするともう一人もここに来るとミランダは考えたのだろうが、その予想は外れていた。

「いや、先に魔術師棟に向かっている」

 その答えを奇妙に思ったのか、ミランダは思わず聞き返す。

「何故ここに呼ばなかったのですか?」

 同じ任務に就くのであれば、ここに呼んで、任務の説明と顔合わせを兼ねるのが道理だろう。

「彼には先にやっておいてもらう事がある」

 任務の説明よりも急ぐような理由があるのだろうか。

「では何故アイリーンだけ呼んだのですか?」

「アイリーンをここに呼んだのは君を魔術師棟に案内させるためだ」

 騎士団員は、正式に騎士団員となると、左腕に魔力で練られた刻印を入れ、認識印と呼ばれている。その形状は騎士団のシンボルである剣と盾の紋章であり、盾の上に騎士団の番号、剣の上に個人番号が載せられるため、実質身分証明となる。

「分かっていると思うが、転属に当たって認識印の書き換えが必要だ。アイリーン案内してやってくれ」

 認識印を腕に入れる場合や、変更をする場合は王宮魔術団の手によって行われる。高度な魔術が使われているため、個人での変更や削除は不可能だと言われている。

 個人番号は騎士団全体での通し番号であるため、変更する必要は無いが、所属騎士団の番号は所属が変わった際に変更するのが決まりである。

 ミランダの腕にはまだ第五騎士団としての認識印が刻まれているため、これを変更する必要がある。

 入隊時に認識印を刻む際には、一度に大人数に対して処置する必要があるという事もあり、王宮魔術師団の魔術師が団体で騎士団の建物を訪れ、騎士団の建物内で処置していたが、個別に認識印の変更を行うとなるとそうはいかない。

「は、はい」

 ローベルグの言葉にアイリーンは言葉を返し、ローベルグからの話が終わったと思い部屋を出ようとするが、ミランダはまだ確認する事があるようで、言葉を続ける。

「もう一人には案内は不要だったんですか?」

 認識印の書き換えは滅多に行う事ではない。ミランダにアイリーンの道案内を付けるのは良いだろう。ではもう一人には何故道案内が不要なのか。その答えは簡単だ。

「彼は転属の常連だからな。案内をする必要が無い。だから先に行ってもらっている。向こうで合流したまえ」

 その言葉にミランダは何か嫌なものを感じたようで眉を顰めた。

それも当然だろう。今まさに転属をしようとしているミランダが言えたことではないのだが、普通騎士というのは滅多に転属をしない。するのは余程大きな理由がある。それを頻繁に行うと言うのはどういう事か。

「何故その者をこの任務に付けたのですか?」

「それは本人から直接聞くといい」

 ローベルグにとっては、その人物をこの任務に付けたのには理由があるのだが、それは今ここで言うべきことではない事を、ローベルグ自身が一番よく分かっていた。

「分かりました。行きましょう。アイリーン」

 ローベルグから話を聞くのを諦めたのか、ミランダがアイリーンを促し、団長室から出ていく。

「は、はい」

それに返事をしながらアイリーンが後に続く。

 二人の足音が聞こえなくなってから、ローベルグがぽつりと独り言を呟く。

「さて、どこまで上手くいくか…」

 この任務は目的を達成するだけならばさほど難しくはない。しかし、この任務の結果が今後の騎士団の魔物に対する任務を行うにあたり、大きな影響を及ぼす事は間違い無かった。


次話は7/29に投稿予定です。

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