[2-9] 罠
「やはり来たか」
墓地で戦った時に、悪魔憑きの一団が何らかの方法でガエラが墓地に来た事を察知しているのであれば、この隠れ家も悪魔憑きの一団に察知されている可能性があるという、自らの予想が当たった事にガエラは口元を緩ませていた。
彼は悪魔憑きの一団がやってくる事を想定して、正面入り口には罠をはり、同時にわざと隠れ家の窓には魔術的な罠を張らずにおいていた。あの一団には魔術師がいたため、入り口の罠は察知されるだろう。つまりは安全に侵入するのであれば窓からくると踏んでいたのだ。よって遠くに使い魔を配置し、窓の様子を見張らせておいたのだ。そして先ほど明らかに不自然な蝙蝠が窓に取り付いたかと思えば、窓に器用に穴をあけて中に侵入し、中から鍵を開けてしまった。
ガエラ自身がお尋ね者である以上、町に出向いてあの悪魔憑きの一団を探すというのは騎士団に遭遇するリスクを考えるとあまりにも無謀な考えである。それよりもこの屋敷の中に引き込んで中で始末した方が、よほど安全である。
「あいつらの口を封じれば、またやり直せるさ」
この村から逃げるというのは簡単だが、新しい活動拠点を作ったり、この隠れ家においてある様々な研究資料を持ち出すとうのはかなりの手間がかかる。
この前の一件で騎士団も動いているようだが、ガエラと接触があったのは最初の強制捜査の時のみだ。墓地での一件がガエラだという証拠は騎士団は掴んでいないはずである。よって墓地での直接接触のあったあの悪魔憑き一団さえ始末すれば、あとはほとぼりが冷めるまで待てばよい。それが最適解である。
ガエラはこのまま事が自分の思惑通りに運ぶ事を祈った。
●
ヴァネッサに先導されて四人は屋敷の窓から中に入った。
「特に何もなかったな」
部屋の中を見渡しながらオリバーが呟いた。
「ここは偵察したからね。部屋の外からが本番だよ」
「ここ、ガエラの隠れ家じゃなかったって事はないよね。この館にガエラが入ったのを見たのっておチビちゃんだけなんだよね?」
ギルスが思い付いたように口を開いた。
「正面玄関に罠が仕掛けてあるから、正面から入って罠を動作させればはっきりするんじゃない?」
「嫌だなあ、冗談だよ。」
ギルスは胡散臭い笑みを浮かべてごまかしている。
「それよりこの後はどうする? 出入口はあの扉一つだけみたいだけど、あの外は確認したのか?」
「扉は開けて廊下を見たけど、特に何もなかったから、扉の外に出た途端何か起きる事はないよ。」
「手分けして探した方が早そうだけど、入り口に罠を仕掛けるような奴だし、四人でまとまって行動した方がよさそうだな」
「そうだね」
方針を決めた所で、四人はまとまって廊下から外に出た。
●
四人でまとまって屋敷の中を探索するが、しばらくは何も見つからなかった。グールに関連しそうな物はもちろん、住人とも会うことは無かった。罠があるのではないかと警戒していたため、拍子抜けであった。ここは本当に空き家か、ガエラはもう逃げた後ではないかと疑い始めたころにヴァネッサがそれを見つけた。
「ここにも何か仕掛けがある」
ロビーの真ん中に台座が設置してあった。円柱の形をしており高さは大人でいうと胸の高さぐらいであるが、ヴァネッサが見ているのはその上に設置されている白い壺だろう。人の顔より一回りほど大きく、蓋がしており中を見る事はできない
「どういう仕掛けか分かるか?」
オリバーもまた近づいて見てみるがただの壺にしか見えない。
「中から魔力を感じるけど、それ以上詳しくは分からない。蓋を開けたら間違いなく何か起きると思うけど、やってみる?」
「いや、やめておこう」
罠だと分かっているのであればわざわざ動作させる必要は無い。それよりもガエラを探すのが先である。
「いいのかい? もしかすると、ガエラがこの中に隠れているかもしれないよ?」
ギルスも近くにやってきて壺を見ながらそんな事を言った。
「いや、それは無理があるだろ」
壺の大きさからして人が入るのは物理的に不可能である。自身の姿を変える魔術もあると聞くが、死霊術とはまったく別の魔術であり、死霊術師のガエラがそれをつかえるとはとても思えない。
「でも中に何が入ってるか気にならないかい?」
「だったらアンタが開けたらどうだ?」
「いやあ、僕は遠慮しておくよ」
そんなやり取りをしているとロビーの中で少し離れた場所を探索していたリリアが声を上げた。
「この石造、動かした跡があるわ」
正面玄関のあるロビーの壁側に設置してある人を模した石造の一つの台座が擦ったような跡があり、埃の積もり方が他の場所と違っていた。
リリアの声に反応して、他の三人が集まってくる。
「これ自分で動かしたのかな」
ギルスが自分の顎に手を当てながら、まじまじと動かした跡を見つめる。
「自力で墓を掘り返すような奴だから、あり得るな」
オリバーはしゃがんで自分の手で埃のついた床を手で確かめながらそう返した。
「そういえば、君たちは本人と会ってるんだっけ」
ギルスにそう言われてオリバーは思い出す。墓地での戦闘にギルスは居なかったため、ギルスだけガエラと直接会っていないのだ。
「ああ。手配書通りの奴だから間違える事はないと思うが、この石造動かすか?」
何かが塞いであるのは間違いないだろう。
「ちょっと待って」
ヴァネッサがじっと石造を凝視する。罠が無いか確認しているのだろう
「僕の目にはただの石造に見えるけどね。実際近づいても何も起きないし」
ギルスはそう言いながら平手で石造をたたいた。オリバーは思わず身構えるがやはり何も起きない。
「魔力が無くても物理的に動かしたら何か起きる仕掛けかもしれないよ」
「じゃあ僕は遠くから見てるから少年が動かしてくれ」
「いや、これは一人で動かすのは無理じゃないか?」
それは単純に石造の大きさから判断した、単純な予想であったが、それにギルスが異を唱えた。
「あれ? ガエラには仲間がいるのかい?」
墓地で遭遇した時にガエラは一人だった。それは間違いないが、一人でこの石造を動かす事ができるかは疑問である。
「魔術師なら、使い魔を使うか、強化系の魔術を使うかしたんじゃない。これしか手掛かりないし、とりあえず動かしてみましょう」
リリアは自分がこれを見つけたという理由もあるからか、石造を動かす事に前向きなようであった。
「誰がやるんだい?」
いかにも自分はやりたくないといいたけなギルスに対して、ヴァネッサはあっさりと回答を突きつけた。
「それはにーさんと帽子でしょ」
「帽子って僕のことかい?」
唐突に変な呼び方をされたが、この中に帽子を被っている者は一人だけである。
「エルフって言われたくないんでしょ。それに『にーさん』はもうオリバーに使ってるから使えないし」
ギルスはエルフの特徴である耳を隠すために、常時帽子を被っている。よって帽子というのはギルスの特徴をとらえてはいる。エルフである事を隠すために帽子を被っているため公然とエルフと呼ばれるよりも、帽子と呼ばれた方が都合が良いのは間違いないが、ギルスの返事は好ましくなかった。
「そうだけどさ、普通に名前で呼んでくれてもいいんだよ」
「名前は覚えられないタチって言ったでしょ」
実際にオリバーもリリアも名前では呼ばれていない。だが今はその話よりも目の前の問題を片付けるべきだ。
「とりあえず石像を押すの手伝ってくれないか?」
呼称に関する論争が長くなりそうだったのでオリバーが話を元に戻した。
「なんで僕たち何だい? まさか力仕事は男の仕事とか言わないよね?」
ギルスはヴァネッサが自分とオリバーを指定したのに納得していなかった。
「何かあった時、あなたは回復魔術が使えるの?」
ギルスにはまだ見せていないが、ヴァネッサは回復魔術が使える。リリアも回復魔術ではないが、スキルを使えば他者の傷を治癒する事ができる。
「使えないけど、それってこれ動かしたらなにか起きるって事かな?」
ヴァネッサの言い方だとヒーラーが傷づかないように、他の者が危険な役割を負うべきと言っているようであった。
「可能性はあるね」
そしてヴァネッサはそれを隠さずに肯定した。
「ええ」
それを聞いたギルスは露骨に嫌な顔をした。
「まあ他に手掛かりもないし、やるしかないな。ギルス、こっちへ来てくれ」
一方オリバーは不承不承といった様子ではあるものの、石造を自分が動かす事については受け入れているようだった。
「しょうがないなあ…」
半ばオリバーに流される形でギルスもまた移動し、埃が少ない側とは反対側にオリバーとギルスが立って、同時に押し始める。
すると鈍い音を立てて徐々に石造が動いていく。
石像を完全に移動させるとそこには取っ手のついた二枚の床板があった。左右に分かれて観音開きに空く構造だろう。
「いかにも開きそうな床板だね」
最初に口を開いたのはギルスだった。
「まあそうだな」
オリバーも同意見だった。恐らくは引っ張れば開くのだろう。だが二人とも罠を警戒しているのかすぐには開けようとしなかった。
「丁度良いから二人で左右に分かれてそれぞれ開ければ?」
リリアが当然の様に言い放つ。
オリバーとギルスは二人で顔を見合せつつ、渋々左右に分かれて位置に着く
「これ開けた瞬間矢が飛んでくるとか無いよね?」
「この位置なら当たらないだろ。グールが出てきたらまだしも。同時に開けるぞ」
二人は扉の横に立っているため、扉から何かが出てきても当たる事はない。
「はいはい、せーの・・・」
言葉通り二人は同時に扉を引いた。鍵は掛かっていなかったようで二人とも苦も無く扉を持ち上げ、開けると同時に手放した。
ギルスの心配を裏切る形で、扉を開けた直後には何も起こらなかった。
扉の中にあったのは地下に続く階段。ギルスとオリバーが恐る恐る覗き込むが、中は暗く奥の様子は伺い知れない。
「何か聞こえないかい?」
呑気に言い放ったギルスとは対照的に、オリバーはその音を聞いて反射的に抜刀していた。
「何か来る」
低い声で短く言い放ったオリバーの声に反応して見たギルスは思わず身を引いて階段から距離を取る。
その視界の外ではヴァネッサもまた、その音を聞いて杖を構えていた。
音が徐々に大きくなり、暗がりからその音源が飛び出す。いやオリバーに躍りかかった。
身構えていたオリバーはそれを苦も無く切り払う。手ごたえはあった。だが、それは切られているにも関わらず、唸り声をあげて立ち上がった。
「ガエラはまだいるみたいだな」
それを見たオリバーは半分は予想していた物を認めて皮肉まじりにそう言った。
墓地でガエラと戦った際に、無詠唱で事前に仕込んでいたと思われるグールを床から呼び出されて、オリバーは深手を負った。今回もまた同様の罠があるのではないかと警戒するのは無理もない事である。
だが今回出てきたのはグールではなかった。
「人間でなくてもいいって事か」
目の前にいるのは、元は犬か狼なのだろう。だが明らかに肉が腐っており悪臭が漂っている。何より先ほどオリバーの斬撃を腹に受けており、腹から骨が見え隠れしているというのに痛がる様子もなく、四本の足で歩き回りながらこちらを伺っている。
この距離でも、魔剣で風の斬撃を飛ばせば攻撃は可能だが、ここは室内だ。どんな罠があるか分からないため、迂闊に部屋を壊すような真似はリスクが高い。
そして迷っている間に再度足音が聞こえ、もう二頭のグール犬が姿を現した。変わり果てた姿になっても仲間意識は残っているのか、最初に出てきた一頭目の後ろに付き従うような位置取りでにらみ合う。
「文字通り番犬ってところかね」
ギルスがそう呟きながら持っていた弓矢をつがえる。
オリバー達は、オリバーを先頭にして、その後ろに他の三人が位置するような状態だ。
先に動いたのはグール犬の方であった。
一体が真っ直ぐにオリバーの方に向かって疾走し、その首元に牙をたてるべく飛び掛かる。
正面からの単調な攻撃をそのまま受けるオリバーではない。先ほど同様魔剣で応戦する。避ける気が無いのか、グール犬は再度オリバーの攻撃をそのまま受ける。魔剣が肉を裂くが、骨を両断するには至らず、グール犬の体が斬撃の衝撃で宙を舞う。
そこへリリアが無詠唱で放った火の玉が放たれる。
室内を壊さないように気を使ったのか、今まで見た火の玉からすれば大きさは小さかったが、宙を舞っているグール犬の体を直撃し、爆発した。
グール犬の体は原型こそ留めていたが黒焦げになって床におち、全く動かなくなった。それを見たヴァネッサがリリアに問いかける。
「攻撃していいの?」
ヴァネッサは今回もオリバーに魔剣を使わせることを優先させて回復に徹するつもりであった。
「さっきの見たでしょ。オリバー一人にやらせるのは無理よ。せめて一体になるまでは援護しないと」
あのグール犬はオリバーの斬撃をまともに受けても平然と動いていた。それが後二匹残っている。いくら魔剣の練習があるとは言ってもオリバーだけに戦わせては勝機が薄いとリリアは考えていた。
「そう、なら私も来たら反撃するよ」
ヴァネッサはそう言って両手杖を持ち変えるが、自分から仕掛ける事はしなかった。今はまだギルスがいる。下手にこちらの手の内を見せるべきではないと考えていたからだ。
そして、またしても動いたのはグール犬の方だ。今度は二匹同時に走り出す。二匹は左右に分かれており、二匹ともその進行方向はオリバーとは少し逸れている。後ろの三人を狙うつもりなのか。
「一匹は任せろ! もう一匹は頼む!」
オリバーが二匹の内一匹の行く手を遮るような位置に移動しながら、自分後ろに位置している三人に背中越しに叫ぶ。左右に分かれているため二匹ともオリバー一人の手で押さえるのは不可能だからだ。
グール犬の一体はオリバーを避けるのを諦めたのか、そのまま行く手を阻んだオリバーに向かってきて、一匹目同様に首筋を狙って飛び掛かるが、オリバーはこれを苦も無く切り払う。
まるで先ほどの焼き増しであるかのように、宙を舞っているグール犬目掛けて再度リリアが放った火の玉が放たれ直撃する。
それを確認するとオリバーはすぐさま振り向きもう一体の様子を確認する。最後の一体が向かう先にあるのは後ろにいた三人ではなかった。
「まさか」
グール犬の目指す先を見てオリバーから血の気が引いた。先ほどの一体は陽動で、本命はあの一体だったのかと気が付いた時には遅かった。
「みんな離れろ!」
オリバーのただならぬ叫び声に、三人も残ったグール犬の先に目を向ける。そこにあるのは『何か仕掛けがしてある』とヴァネッサが言っていた白い壺だった。
「この…」
リリアは一瞬魔術で攻撃しようかと思ったが、位置的にいま攻撃しても一緒に壺を壊してしまう可能性があと判断し、オリバーの言葉どおり、壺から距離を取った。ギルスとヴァネッサも同様にグール犬には手出さずに、ただ距離をとる。
グール犬は走る速度を落とさないまま、壺の元まで走ると、台座の下で飛び上がり壺に向かって体当たりをした。
オリバーの頭に最悪の可能性が浮かぶ。まさかあの壺は衝撃を加えたら爆発する仕掛けがあったのではないか。だとしたらこの近距離にいる四人ともまきこまれてしまう。しかしここはガエラのいる隠れ家である。建物ごと侵入者を爆破するなどという事をするだろうか。いやしかしガエラが本当にこの屋敷に残っているかは確証が取れていない。もしかするともう逃走した後で追跡者を屋敷ごと葬るというのは、充分にあり得るのではないか。
様々な可能性が瞬時にして頭に浮かんでいたオリバーには壺が台座から落下する様子はとてもゆっくりに見えていたが、その時間は長くは続かない。地面に当たった壺が、音を立てて砕け散る。
「何だ?」
目の前で起きた不思議な光景に、オリバーが声を上げた。そう、壺は砕け散った。爆発はしなかったが、しかし中から半透明な何かが飛び出して何かを探す様に螺旋を描き天井まで舞い上がる。
「疑似魂魄か!?」
そう叫んだのはギルスだった。死霊術の知識があるためその正体がわかったのだろう。そして同時に天井に浮遊しているそれに注意を取られてしまった。
「帽子!」
ヴァネッサが叫んだ。その切迫した声に、ギルスが視線を落とすと、残ったグール犬だった。間に合わない。そう思った矢先、グール犬が何かに両断された。
それはギルスにとっては初めて見る現象ではあったが、他の三人からすれば訓練で何度もみた現象であった。
そしてそれを初めてみたギルスも、グール犬が切られた方向と、オリバーの剣を振り終わった動作を見て、何が起きたのか察する。
「今のは君が風魔術をつかったのかい?」
「ああ、それよりあの疑似魂魄はどうすればいい? 倒せるのか?」
「倒せるよ。一応生き物だからね。実態のない状態だから物理的な攻撃は聞かないけど魔術攻撃なら効くはずだ」
オリバーは風の刃を当てようとするが天井までは距離がある上に動き回っている、下手に攻撃して建物が崩れたら最悪である。
「何か誘導する方法はあるか?」
「何か入れ物があれば…」
ギルスがそう言ったのと同時に、天井付近にいた疑似魂魄が降りて来る。その行先にあるのはオリバー達四人でも、グール犬の亡骸でもない。
広間の壁に設置してある一体の悪魔を模した石像であった。
「へえ、応用まで使えたんだね…」
それを見たギルスがそう呟いた。以前オリバー達と話した死霊術の応用法、即ち死体ではなく物に対する疑似魂魄の埋め込みである。
疑似魂魄に取り付かれた石造が青白く光ったかと思うと薄暗く光ったかと思うとすぐにその光は収まる。
「ギルス、これってやっぱり…」
オリバーが知識のあるギルスに対してこの後どうなるかを問いかける。とはいえ今見た現象は至ってシンプルだ。
「ああ、取りついたみたいだね」
ギルスの言葉に応えるかのように石造が動き始める。
悪魔を模して角と翼が生えていたその石像は、石でできているにも関わらず背中から生えていた翼で宙を舞った。
命を吹き込まれ生物と化した石像、主にガーゴイルと呼ばれるその魔物が空中を飛び回りオリバー達四人に狙いを定めている。
「ギルス、あれは倒せるのか?」
「ああ、倒せるよ。見た通り石像だから物理より魔術の方がいいと思うけどね」
「石像を壊したら疑似魂魄はどうなる?」
「一度物体と一体になった疑似魂魄は、入れ物を壊せば普通に成仏するよ。グールを倒せば疑似魂魄も成仏するようにね」
確かにグールもガーゴイルも同じ原理で生成されているというのであれば、グール同様入れ物さえ破壊すれば中の魂は成仏するのが道理だ。
急降下して狙いを定める。その先にいるのはヴァネッサだった。
彼女を狙ったのは見た目がシスターであるせいか、それとも子供にみえたからか、あるいはその両方か。
真上からの急降下攻撃。それは地面に立っている他の三人がヴァネッサを庇うというのは無理な話であった。
ヴァネッサは自分が狙われていると自覚しても全く臆することなく、相手の動きを注視している。
ガーゴイルが自身の重量と落下の勢いを載せて、右の鉤爪を振り下ろす。まるで爆発呪文を唱えたかのような現象が起きる。あまりの衝撃で床がは砕け土埃が舞った。だがヴァネッサは横に飛んで冷静にその攻撃を躱していた。
ヴァネッサは回避動作の直後に、すぐ動けるよう腰を落とし、なおも油断せずにガーゴイルの様子を注視している。
攻撃を躱されたのは偶然か幸運かと思ったのか、床に着地していたガーゴイルた追撃を掛けるべく、再度ヴァネッサに飛び掛かる。
だがこれも最低限の動作で横に避ける事でヴァネッサは難なく躱した。
「お嬢ちゃんやるねぇ」
ヴァネッサの正体を知らないギルスがそう呟いた。
確かにあれが見た目通りの年齢で、なおかつ人間のシスターであるならば、オリバーも驚いたかもしれない。だが彼女は吸血鬼である。今は昼であるため力は制限しているはずであるが、あの程度ならば造作もないのだろう。
二度攻撃を躱されたガーゴイルが、ヴァネッサを狙うのを諦めたのか再度天井へと飛び上がる。
「感心してないで、何かいい手は無いの?」
ギルスの呟きが聞こえたのだろう。リリアが飛び上がったガーゴイルを見上げながらギルスに問いかける。
「あー、まあ動きを止めてくれれば簡単に倒せるけど」
「私の魔術じゃ建物まで壊すわよ」
「いやあ、僕のは準備に時間がかかるからそんなに急には使えないんだよ」
「動けなくすればいいの?」
「射程も短いから近くに持ってきてくれるとたすかるなあ」
「アンタそれ本当に…」
そこまで言ってリリアの体が強張った。ガーゴイルが再び急降下して来たのだ。リリアに向かって。
避けられないと判断したのか、リリアは無詠唱で火の玉を生成し、ガーゴイルに向かって打ち出した。
それが功を制して、ガーゴイルは回避行動をとり、再び天井に舞い上がった。だが放たれた火の玉はガーゴイルに当たる事無く、屋敷の天井に直撃し、爆発した。
「まずい…」
それを見たヴァネッサが顔を顰める。墓地で派手な爆発を起こした時には、既にガエラが逃走した後であり、撤退までにはそれほど時間が掛からなかった。だが今はまだガエラを見つけていない。
何よりも二日前に墓地で騒ぎを起こしたばかりである。街中でこれほど派手な爆発を立て続けに起こしたらどうなるかは、簡単に想像が付いた。
●
行方不明となっていた仲間の捜索に来ていたミランダにとって墓地で起きた騒ぎは行幸であった。墓地に残されていたグールの死体から、仲間の手掛かりとなるガエラがこの村にまだ残っている可能性が高いと分かったかだ。
だが、それから何の進展も無く二日の時が過ぎてしまっていた。
ミランダの胸の内に焦燥が募っていく。
机の上に広げたこの村の地図を睨みながら、今日の一日の捜索ルートを考えていると、外から爆発音が聞こえてきた。
「何だ?」
窓から外をながめると、郊外の一角から煙が上がっていた。
「町の中か?」
そういえば、墓地で見つかったグールの死体は焦げており、炎の魔術で焼かれたような状態であった。そして今の爆発。
「まさか」
今の爆発が墓地での爆発と関連があるとするならば、ガエラと何者かが、再度戦っているという事になる。
「隊長! 見ましたか?」
部屋に駆け込んでいたのはジーンであった。あの先ほどの爆発を見て、ミランダと同じことを考えたのだろう。
「ああ、誰かがガエラと戦っているのかもしれない。行くぞ」
ミランダは剣を手に取り、部下と共に現場へと急いだ。
次話は5/27に投稿予定です。