[2-10] 再会
「ねーさん、今のはちょっと」
天井に穴を開けたリリアをヴァネッサが咎めるが、リリアにも言い分があった。
「皆があなたみたいに身軽じゃないのよ。真上からの急降下攻撃なんて、普通避けられないわ」
言い換えならば、やらなければやられていたという事である。魔族であるリリアから見ても、ヴァネッサのあの回避行動は真似できないという事だろう。
「今の爆発が、町に駐屯してる騎士団に知られるのは時間の問題だよ。早くケリを付けないと騎士団が様子を見に来る」
「じゃあ、あれをどうやって倒すのよ?」
この屋敷から逃げるというのも一つの手ではあるが、命を得たガーゴイルがどこまで追ってくるかが分からない。万一屋敷の外まで追ってくるようであれば騒ぎが大きくなり、騎士団と遭遇する確率が高くなる。今は速やかにこのガーゴイルを倒すのが最善手だろうが、天井近くを飛び回るガーゴイルに、オリバー達は有効な攻撃手段が無かった。
「俺がやる」
その膠着状態を破るべく、オリバーが剣を構えたまま、三人から離れた位置に移動した。
「ちょっと本気なの!?」
それを見たリリアが疑い半分の声を上げる。
「これ以上屋敷を壊せないだろ」
オリバーは冗談半分にそう言い返すが、ガーゴイルを倒す考えがあるのは事実であった。
先日の訓練の際にリリアの放った風の刃は岩に大きな亀裂を入れていた。アレと同じ事が出来るならば、元は石像であるガーゴイルを切り裂くことも可能であるはずだ。先ほどリリアのファイアボールを避けたことから、天井付近にいるガーゴイルを地上から投射系魔術で撃ち落とすのは難しいだろう。となると攻撃のために急降下で接近したところにカウンター狙いをするしかない。
「ほらこっちだ! 降りてこい!」
言葉が通じるかは分からないが、オリバーはガーゴイルに向かって声を張り上げる。
その言葉が通じたのか、一人離れたオリバーが狙いやすいと判断したのかは分からないが、ガーゴイルはオリバーを三度目の急降下攻撃の標的に定めて、滑空を開始した。
三人がその様子を固唾を呑んで見守る。
オリバーの両手を腰だめにして刃を地面に向けたその構えは、逆袈裟斬りのための構えだろう。
リリアは自分と同じ投射系魔術でガーゴイルを撃ち落とすのではないかと予想していたが、ガーゴイルがどれほど高度を下げてもオリバーはその刃を振り上げようとしない。
「まさか」
そこで思い当たった一つの可能性にリリアの口から声が漏れ、そのまさかが目の前で展開された。
魔剣に光が宿る。風の魔術を使うつもりだろうが、相手に接近され過ぎている。これでは魔術による遠距離攻撃の意味が無い。
「っ!」
無言のままオリバーが剣を振りぬく。それは風の刃を放ったというよりも、風の刃を纏ったままの斬撃。言い換えるならばガーゴイルが鉤爪を振り下ろしたタイミングに合わせて、腕を狙ったカウンター攻撃を仕掛けたのである。
その結果、ガーゴイルはバランスを崩し地面に激突し地面を這う事となり、オリバーは二本の脚で立ったまま傷一つなく健在である。傍らには切断されたガーゴイルの右腕が転がっている。
普通の剣で、石像を体とするガーゴイルの腕を両断する事は難しい。魔剣を用いて刀身に風魔術の斬撃力を宿した状態での斬撃であればこそできる芸当である。
「ギルス! トドメを頼む!」
床で奇怪な動きをしているガーゴイルに油断なく剣を向けつつ、オリバーが叫ぶ。
「了解」
そう言うとギルスはガーゴイルの方向に向かって歩き出すし、何か呪文を詠唱し始める。先ほど自身で射程が短いと言っていた手段を使うつもりなのか。オリバーがそう思った矢先、ギルスが足を止めて呪文を唱えた。
「ソウルハンド!」
それは奇妙な光景であった。一言で表現するのであれば、ギルスの背中から三本目の腕が生えた。その腕は半透明で、薄く光っている。まるで先ほどガーゴイルにとりついた疑似魂魄のようであった。さらにつけ加えるのであれば、その腕はギルスの背中から生えているが服は破けていない。服を破かずに貫通しているという事であろうか。
そしてその腕がガーゴイルに向かって伸び、手の部分がガーゴイルの体を掴んだかと思うとまた元の長さにまで縮んだ。
その手の中には手とは別の半透明の何かが握られているが、ガーゴイルの体は地面に転がったままである。いや、先ほどまでは動いていたガーゴイルは全く動かなくなっていた。「まさか疑似魂魄を抜き取ったのか?」
状況から考えられる予測をオリバーが声に出した。
「良くわかったね。その通りだよ」
「それどうやってトドメを刺すんだ?」
ギルスがやった事はガーゴイルの体がら疑似魂魄を引き抜いただけだ
疑似魂魄は未だギルスの第三の手の中で弱々しいが動いている。
「いや、必要ないよ。この依り代に取り付いて動かすタイプの疑似霊魂は、依り代になる物がないと空気中に留まってられないんだ。だからほら」
そう言ってギルスが半透明の手が開くと、握られていた疑似霊魂は。徐々に色が薄くなり、空気に溶けるように消えていった。
「こんな風に時間経過で自然消滅するのさ。特に弱ったからだから抜き取った奴なんてそうそう長くは持たない」
「それって、人間にもにも使えるのか?」
今のを見た限りでは、体から魂を抜き取るという即死魔術と言ってもいいだろう。これが人間相手にも使えるのであればかなりの戦力になる。
「いやあ、それは難しいね。今のガーゴイルは依り代になる石像に疑似霊魂を埋め込むやり方で動いてたけど、疑似霊魂は本来の魂よりも、体との結びつきが弱いから抜き取りやすいんだよ。今みたいに体を攻撃してよわらせればさらに結びつきが弱くなって抜き取りやすくなる。普通の生者からは無理かな。今にも死にそうな奴からは抜き取れるけど、そんな奴が相手だったら普通に攻撃すればいいだけだしね」
「ガーゴイルに特攻効果のある魔術が使えるなら最初からやりなさいよ。私が壁壊さなくても済んだんじゃない」
自分で壁を壊した事を後悔しているのか、リリアがギルスを責めるような口調で問い詰める。
「これ自分の魂の一部を具現化させる魔術だから、結構危ないんだよ。できれば使いたくないっていうのが本音だね」
「でも成功すれば相手の魂だけを抜き取るから、死体は残るって事だよね。これがこの前言ってたもう一つの魔術ってことでいいんだよね」
ヴァネッサが動かなくなりただの石像へと戻ったガーゴイルの体を見ながらギルスに問いかける。
「まあ、そうだね」
見せた以上隠す意味はないと判断したのか、ギルスは素直に認めた。
「これなら隠さなくても良かったんじゃないの?」
ヴァネッサの言う通り、特殊な魔術ではあるが特に隠す必要があるとは思えない。だがギルスの考えは違った。
「教えたら使ってみろって言われるのが目に見えてたから、教えたくなかったんだよ。これで僕の事は信じてくれるかい?」
「手の内が分かっただけじゃ、素性が分ったとは言わないよまだ何か隠してそうだし」
「手厳しいねえ」
ギルスはやれやれと言った感じで首を振った。
「それより早くしないと騎士団が来るかもしれない。地下に潜るか?」
相変わらず中の悪い二人を尻目に、オリバーが次の行動についての相談を始めようとした。
「その前に、にーさん、アレ狙える?」
そう言ってヴァネッサが部屋の天井を指さした。そこにはいつの間にか一匹の蝙蝠がいた。
「ああ、相手が動かなければ」
そう言いながらオリバーはその蝙蝠を見るが、動く気配はない。
「アレ、ガエラの使い魔だよ。多分こっちを監視してる。潰した方がいい」
たしかに屋敷の中に蝙蝠が居るというのは不自然である。同じ蝙蝠の使い魔を使っているヴァネッサからすれば、見ただけであれが使い魔だと分かるのかもしれない。
こちらを監視しているというのであれば早々に倒してしまうに限る。
オリバーは再度魔剣に魔力を込め、さらに必要以上に屋敷を破壊しないようある程度手加減して風の刃を放つために剣を振り上げた。
剣先から風の刃が放たれ真っ直ぐに蝙蝠の元へと飛んで行く。蝙蝠は全く動くことなく、風の刃が直撃して真っ二つになった。その余波で壁に小さな亀裂が走ってしまったが、リリアの火の玉により開いた穴にくらべれば些細な物であった。
●
「ダメか…」
ガーゴイルの敗北を使い魔の視界越しに見ていたガエラは落胆を隠す事ができなかった。
悪魔憑き一行に魔術師が居るという事は正面玄関の罠を避けて侵入してくるというのは読み通りだった。
だからこそ正面広間においてある壺には、疑似魂魄をいれるのみで、その開放にはグール犬をつかい、あらかじめ疑似魂魄が取り付きやすい石を設置していた。仕掛けは全てン来通り動作したが、純粋な戦力差で勝つことができなかった。
このままでは悪魔憑き一行がここまで降りてきてしまう。正面玄関の罠が残っているがみすみす悪魔憑き一行がそれを動作させるとは思えない。
「どうする…」
何か手はないかと屋敷の周囲を監視させていた使い魔の視界を除くと、騎士団が屋敷に向かってくるのが見えた。
「やはり来たか…」
先ほどの屋敷の屋根を破壊した爆発に気が付き、様子を見に来たのだろう。この屋敷以外に向かっているという、楽観的な考えは捨てた方が良い。いや、むしろこちらに来てくれれば悪魔憑きを排除するのには好都合ではないのか。
自身がまだこの村に留まっている事を騎士団に知られてしまうのは痛手ではあるが、このままでは悪魔憑き一行がここまで来てしまう。それならばいっそ騎士団を悪魔憑き一行にぶつけて、その隙に逃走したほうが良いのではないか。
今一度悪魔憑き一行の様子を確認しようとすると、一行の内の一人が使い魔に向かって指さしをしている。
「まさか使い魔に気が付いたのか?」
そう思った矢先、正面広間を監視させていた使い魔から連絡が途絶えた。
「おのれ…」
これで正面広間の状況を知る術は無くなってしまった。このまま地下で待っているのと、地上に上がって好機を作るのはどちらが良いか。
ガエラが決断を下すのに、そう時間は掛からなかった。
●
「これでいいか?」
オリバーは自分の攻撃が蝙蝠に当たったのを見届けると、ヴァネッサに問いかける。
「うん、随分使うの慣れてきたみたいだね」
オリバーに魔剣の操作を習得させるというのも今回の戦闘の目的の一つであり、そちらの目的は概ね達成できていると言ってもいい。
「まあ、これだけ使ってればな」
先日特訓した成果というのもあるだろうが、今日だけでも何度も実戦で魔剣をつかっている。これだけ回数をこなせば自然と慣れるというものだろう。
「ガーゴイルは直接切ったように見えたけど、反動無かった?」
「ああ、何ともない」
以前、ヴァネッサから魔剣と魔力を繋いだ状態は感覚が繋がるため、魔剣に衝撃を受けると、体に衝撃を受けたような感覚があると説明されていた。
今オリバーに何も反動が無いのは、ガーゴイルの腕を切断するのに成功したからか、あるいは慣れてきた証か。
「じゃあそろそろ地下に行く?」
リリアが天井を壊した責任を感じているのか、先を促してくる。
飛び出してきたゾンビ犬は排除した。今なら中に入れるだろうが、安全を保障できる人物は居ないだろう、
オリバーがそう思った矢先、安全を保障できる人物が、地下から声を上げた。
「いや、君たちは入って来なくていい」
ゆっくりと足音が近づいて来る。そして、日光に照らされその姿があらわになった。
「この先は私の研究室だ。君達が立ち入っていい場所じゃない」
見間違い様がない。手配書に乗っていた人物、ギルス本人が自分から出てきたのだ。
●
墓地で使った大量のグールですらこの悪魔憑きの一団を倒す事は出来なかった。急ごしらえで作ったグール犬は、墓地で使ったグールより戦闘能力はあったが、数が用意できなかった。ガエラが現時点で用意できる最も強力な手札であるガーゴイルも使ったが、結果は先ほどの通り。
それでもガエラがわざわざ地上に姿を見せたのは理由があった。
「君たちは『神の奇跡』が嘘だったと言ったら信じるか?」
その言葉に反応し、三人が一斉にギルスを見た。それはギルスが以前三人に持ち掛けた話と同一であったからだ。
「いやいや、僕が教えたんじゃないよ。僕はこの人とは今が初対面」
三人の疑いの目を受けたギルスが両手を振りながら否定した。
そして、その四人の反応からガエラは察する。
「知っているのか? お前達は…。『神の奇跡』の真相を」
神を信仰していたガエラにとっては、『神の奇跡』の真相というのは衝撃的な内容であった。よって相手を説得するに値する情報だと踏んでいたのだが、既に知っているというのは計算外であった。
「そっちこそ、どうして知っているの?」
人間が『神の奇跡』の真相を知っているという事態が見過ごせなかったのか、リリアが鋭い声で問い正した。
「答える義理は無い。そうか、知っていてなおギルドに与して私を捕縛しようというのか。では説得は無理だろうな」
そう言いながらガエラは持っていた両手杖を構えた
「四対一だ。勝てると思うのか?」
オリバーが剣を構える。ここはガエラの屋敷である。まだ何かある可能性は十分あるのだが、それでも四対一でガエラに負けるとは思えなかった。
「四対一ではない」
「何?」
また墓地の様にグールの仕掛けを使うつもりか。いや、それならばヴァネッサかリリアが罠に気が付いているはずだ。困惑するオリバーの前でガエラ突如として大声を上げた。
「馬鹿め! そんな手負いで何が出来るというのだ! 私の切り札を倒したのは褒めてやるが、私が直に出て来る事は考えていなかったようだな! 今すぐに楽にしてやるぞ悪魔憑きども!」
オリバーはあっけに取られていた。こちらに怪我を負っている者はいない。ガエラが何を言っているかまるで分らなかった。
心配になり他の三人の様子を確認するが、やはり負傷はしていない。ガエラは一体どういうつもりなのか。
あまりの突飛な言動に三人はあっけに取られていたが、ヴァネッサだけは正面玄関の扉を油断なく見つめていた。
そして他の三人にもガエラの台詞の意味がすぐに分かった。
●
最優先したのは現場に到着する事である。動けそうな者には声を掛けたが、まずはジーンと二人で爆発のあった屋敷まで急行した。
罠がある可能性も考えてはいた。
前回がそうであったため、二の轍を踏む訳にはいかない。
それでもミランダは騎士であり、魔術の才は無い。魔術的な仕掛けがあった場合、見抜くのは難しい。かといってじっとしては居られなかった。
建物の中からは戦っているような音が聞こえる。あの爆発を起こした者がまだ戦っているのだろう。それが誰かは分からないが、話を聞いてみる価値はある。中の様子が見える窓か穴が無いかと探していると、応援の騎士たちが続々とやってきた。
「隊長、もう十人ぐらい集まりましたよ。突入しますか?」
以前は四人で行って罠にはまり、敗北を喫したが、相手がグールと分かっているのであれば、十人程度でも勝てるだろう。問題はガエラと戦っている人物がどう出るかである。
「いやまだ待て。まだ不確定要素が多すぎる。今は入り口を抑える程度にして様子を見るんだ」
ミランダはジーンに低い声でそう言いつつ、集まってきた騎士たちにジェスチャーで正面入り口に集まるよう指示を出す。
「前は不意打ちだっただけで、グールが出るって分かれば、この人数なら引けをとりませんよ」
グールは魔物の中では弱い部類である。訓練された騎士であれば、不意打ちさえなければ遅れをとる事はない。ミランダもそれは同意見ではあるが、ガエラが他にも切り札を残している可能性を考えると、突入は時期尚早だというのがミランダの考えであった。中からの声が聞こえるまでは。
「馬鹿め! そんな手負いで何が出来るというのだ! 私の切り札を倒したのは褒めてやるが、私が直に出て来る事は考えていなかったようだな! 今すぐに楽にしてやるぞ悪魔憑きども!」
悪魔憑き。そう言われて思い浮かぶ人物は一人しかいない。まさか今ガエラとあの悪魔憑きが中で戦っているというのか。しかも言葉から察するに悪魔憑きは今にもトドメをさされそうな状況であり、ガエラは切り札を使い切っているようだ。ガエラ単独が相手ならば、この数の騎士で乗り込めば取り押さえられるだろう。
「突入するぞ」
ミランダは自分の周りに待機していた部下に指示を下した。
「いいんですか?」
先ほどとは正反対の言葉にジーンが訝しむ。
「戦っているのは私の弟かもしれない。もしそうであるならば、ガエラと共に取り押さえたい。」
ミランダの弟が先日脱走した悪魔憑きである事は騎士団に知れ渡っているし、先ほどガエラの台詞は皆に聞こえていた。
「一つ確認させてください。弟さんは我々に刃を向けると思いますか?」
悪魔憑きとして処刑されそうになり、処刑所から脱走したオリバー。彼の足取りを騎士団は追えていない。言い換えるならば、脱走後に騎士団と接触するのはこれが初となるため、彼がどのような行動は未知数である、
とはいえお尋ね者である以上騎士団と鉢合わせして好意的な態度を取るのは考えにくい。万一にでも、踏み込んだ騎士団を見て、ガエラと共闘して騎士団と戦うという事になってしまえばこちらの被害は大きくなる。
「それは無いと思うが、万一の場合は私が相手をする。協力してくれ。頼む」
「分かりました」
幸いにもオリバーは逃走後に騒動を起こしたという話は出ていなかった。悪魔憑きになった際に、同行していた仲間の騎士を殺害したという話はあったが、状況証拠しかなかったために、オリバーが仲間を殺したという点については、時が経てば経つほど懐疑的な考えを持つ者が増えていた。
よって姉であるミランダが相手に交戦する意思はないと言えば、それは信じるに十分な言葉であった。
「私が最初に突入する。君たちは後から入ってこの正面以外の出入り口があったら封鎖して逃げ道を塞いでくれ。私はこの正面出入口を封鎖する。突入直後は何か罠があるかもしれないから十分に警戒しろ。いいな?」
ミランダが中に聞こえないように低い声で言うと、部下の騎士たちは声を出さずに頷く事で返事をした。
視線を扉に戻したミランダが、入り口のドアノブに手を掛けて回す。そしてゆっくりと扉を開けようとするが、やはり鍵がかかっているようで、扉は動かない。だがかなり古ぼけている扉だ。押し破る事は可能だろう。
目で部下の一人に合図を送るとミランダに代わってその部下が扉のドアノブに手をかけて、ドアノブが回ったままの状態を維持する。
ミランダは少し下がって助走をつけ、肩から扉に体当たりを仕掛けると、金具が壊れる音と共に、扉がこじ開けられた。
屋敷の中に広がった視界。真っ先に目に入ったのは、最後に見てから変わらぬ姿の弟だった。次いで目に入ったのは両手に杖を持ち、オリバーと対峙しているガエラ、さらにオリバーの仲間と思われる三人の冒険者。
「全員動くな!」
五人全員に向けて警告を発する。五人全員の視線がミランダに注がれる。オリバーを含む冒険者四人が嫌なものを見る目をしているのは分かる。こちらは騎士であり向こうはお尋ね者だ。だが、ガエラは含みのある顔をしている。やはり何か仕掛けがあったのか。そう思った矢先に屋敷の床が怪しく光った。
そして入り口の左右にある床が爆発した。いや、床下からグールが続々と這い出てきたのだ。さらに悪いことにその内の一体が身に着けているのは、騎士団で使用されている鎧と同じであった。
体の大部分が腐り変わり果ててはいるが、面影が残っている。行方不明になっていた騎士団のジュバルツであった。
「ガエラ! 貴様!」
元凶を目の前にして、ミランダは思わず声を荒げていた。
相手は死霊術師だ。こうなってしまっている可能性も考えてはいた。同時にそうあって欲しくは無いとも願っていた。
いざ現実に最悪の結果を突きつけられると、憤りを感じずにはいられなかった。
「お仲間を返してやる。仲良くしたまえ。神の加護があるといいな」
捨て台詞のように言い残すと、ガエラは身を翻し地下へと降りて行った。
「待て!」
ガエラを追おうとするミランダ達に対して、元は仲間だった者を含むグールの一団が襲い掛かってくる。だが、その数は突入した騎士団の数に比べたら少数だ。この前とは違い落ち着いて対処すればどうにかなる状況だ。
ここで下手な事をしてこの前の二の舞になるわけにはいかない。
「まずはグールを片付けろ! 殺してやることがせめてもの情けだと思え! 相手は動きが鈍い! 一匹ずつ対処すれば大した相手ではない!」
グール化した騎士を見て、士気の下がった部下達にミランダが激を飛ばす。
●
ガエラは地下に逃亡し、屋敷の一階には騎士団とグールとオリバー達一行が混在している。
騎士団の立場からすれば。この場でグールを殲滅したら、次に狙われるのはお尋ね者であるオリバー自身だ。
先ほど騎士団は隊長であるミランダの指示の基グールとの闘いに専念している。こちらを攻撃するにしても、グールを倒した後になるだろう。幸いにも今オリバー達は地下道の前に位置しており、このまま騎士団に邪魔をされずにガエラを追う事もできる。
ではガエラを追うのが良いのだろうか。ガエラが地下へ逃げたのは間違いないが、この建物の地下がどうなっているかは分からない。どこか別の場所に抜け道があればいが、袋小路になっていた場合、地上に戻る際に間違いなく騎士団と再度遭遇する。そうなった場合、グールと戦闘している騎士団から逃げるように地下に進んだ自分たちを、騎士団が逃がしたりはしないだろう。
ガエラに逃げられるのも問題だが、この場で最も避けなければならないのは騎士団と正面からぶつかる事だ。
「にーさん、どうする?」
迷いが顔に出ていたのか、ヴァネッサが心配そうに話しかけて来る。
「グールを倒そう」
「いいの? 逃げるのも手だよ」
ヴァネッサもこの場でグールを倒したらどうなるかは想像が付いているのだろう。だが
それではオリバーも承知の上だった。何よりも話をしなければならない人物が騎士団の中にいる。
「僕はガエラを追ってもいいかな。人間相手にあの魔術は使えないしね。それにここでガエラに逃げられたら、協力の話は無効になるんだろう?」
ガエラを討伐か生け捕るかすれば、ギルスに協力する。ギルスとはそういう約束で同行してもらっていたのだ。ギルスがここでガエラの追撃を優先するのも無理はない。
「分かった。でも何か罠があったらすぐ戻ってきてくれ」
「そうするよ、ところで回復役の二人のどちらかは僕についてくれたりはしないのかい?」
「あたしは行かない」
ヴァネッサが少しも迷う事無く拒否した。
「怪我したら戻ってくればいいだけでしょ。私も残るわ」
リリアもまた同行を拒否していた。
「そのつもりだけど、二人とも冷たいねえ。まあいいや。行ってくるよ」
そう言って、ギルスはガエラを追って地下への階段を下って行った。
そしてオリバーは自分の意思を騎士団に伝えるかのように、大声でこう言った。
「先にグールを倒すぞ!」
次話は6/3に投稿予定です。




