表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/52

[2-8] 前哨戦

 ギルスと別れた三人は昨日と同じ宿に戻ってきていた。昨日と別の宿を取るのも考えたが、連日宿を変えて泊まるというのは騎士団に気が付かれると、逆に怪しまれる危険があるため同じ宿に泊まる方が良いだろうということになったからだ。

 夕食を済ませた後、ヴァネッサが話があるというので昨日と同じく、オリバーの部屋に集まっていた。

「話ってギルスの事か?」

 三人がそれぞれ椅子やベッドに座ったところで、オリバーが話を切り出した。明日の段取りは既に決まっているし、ヴァネッサは日中ギルスの事を随分疑っていたので、話題にするとしたらギルスだろうと思ったのだ。

「そうだよ。にーさんは怪しいと思わないの?」

「エルフは珍しいけど、疑ってはいないさ」

「あの依頼については何も思わないの?」

「魔術師の協力がいるってだけだろ? どこか不審な点があるのか?」

「どうして私達の所に直接来たの? 魔術師でよければギルドで募集を掛ける方が一般的でしょ?」

 確かにギルドでは魔物の討伐依頼以外にも人手が必要な作業の依頼もある。条件を付けることも出来るので魔術師の協力が要るならばギルドを使うという手もある。

「エルフなら、ギルドの仕組みについて知らないんじゃないのか?」

「人間社会で人探しをするなら、ギルドの存在ぐらい知ってないとおかしいよ」

 確かにギルドは大規模な組織であり、人間であれば知らぬ物は居ない。たとえ人間社会に馴染みのないエルフであっても、人探しをしようとしたらギルドの存在に気が付かないというのは考えにくい。むしろ最初に利用する手段ではないだろうか。ではあえて利用しない理由があったという事だろうか。

「報酬を出せなかったとか」

 ギルスが提示した報酬は金額ではなく魔術であった。通常ギルドで報酬として提示されるのは現金である。入手が難しい貴金属や、高性能な武具が提示される事もあるが、それはごく一部の例外である。

「普通に宿に泊まってたんだから、それは考えにくいよ」

 宿に泊まるのであれば宿泊費を取られる。ギルスは今日も宿に泊まると言っていた。それを払っているというのであれば金銭に困っているというのは考えにくい。

「宿屋に泊まる程度の現金は持ってるとしても、依頼の報酬に出す金額が高額過ぎて出せなかったんじゃないのか?」

「依頼内容は『魔術を使う』ってだけでしょ。そんなに高額な報酬が必要になるとは思えないよ」

 ギルスの背景にはなにか隠されているような印象をオリバーも持っていたが、依頼の内容を端的に言うのであれば今ヴァネッサが言った通りだ。単純な言葉にかみ砕いてしまうと、それほど高額な報酬が必要になる依頼とは思えなくなる。

 それにも関わらずわざわざオリバー達のところにまでやってきた理由。その一つの可能性、恐らくはヴァネッサが予想しているであろう事柄に思い当たった。

「違法行為をしようとしているって事か?」

ギルドは私設の組織であるが、国の中で運営するためには国の法律を守る事が要求さえる。国が危険とみなした人物に、国が賞金を懸けるのは許容されても、個人的な殺人依頼は認められないというのは良い例だろう。

 あくまで依頼内容は合法的な内容に限られる。裏を返せばギルドに持っていけない依頼というのは、そうでない違法な内容となる。

「そう考えると、私たちのところに依頼を持ってきたのも筋が通るよ。だってにーさんはお尋ね者だもんね」

 違法な依頼であれば、お尋ね者に依頼をすれば騎士団に密告される可能性も低い。違法な行為を行う者同士で協力しようという事だ。

 ギルスについては今日あったばかりで、彼が語った事は全て自己申告であり証明できる事と言えば空間転移の魔術が使える事ぐらいだ。その空間転移の魔術もフィアンセがいなければ不完全なものであり、さらにフィアンセの居場所を明かさないなど怪しい点もある。

 だが、オリバーに悪魔憑き疑惑がかけられた時の裁判の記憶が蘇る。

 ー証明できるのか?

 ー証拠はあるのか?

 当事者でない裁判官達から向けられたその疑問にオリバーは答えられなかった。オリバーは今同じことをギルスにしようとしている。

ギルスは証明できないが信じてほしいと言っている。その姿かあの時の自分に重なってしまう。

「お尋ね者に持ってくる依頼なんて碌な内容じゃないよ」

 ヴァネッサが言っている事も間違いではないのだろう。

「それでも約束は約束だ。ガエラを討伐したらギルスに協力する。リリアもそれでいいだろ?」

「私は問題ないわよ」

 協力するとはいえ魔術を使うことになるのはリリアである。そのリリアが承諾しているのであれば、ヴァネッサ一人が反対したところでこの約束が覆る事はないだろう。それでもヴァネッサはギルスを怪しいと思っている理由を説明した。

「私たちが自分と違う宿に泊まってるっていうことも知ってたみたいだけど、ひょっとしたらこの宿に泊まってるってところまで突き止めてるのかも。」

「それは疑い過ぎじゃないのか? 単純に自分の宿屋で見かけなかったから別の宿だって推測しただけかもしれない」

「向こうから会いに来たみたいだし、そこは疑ってもいい点だと思うよ」

 今朝ギルスに会った際には確かにこちらを探しに来たといった様子ではあった。だが宿屋まで突き止められているかどうかはオリバーにとっては疑問ではあったし、ヴァネッサは少し用心深すぎるような気もしてきた。

 そこでオリバーは前から思っていた疑問を、良い機会だと思い確かめることにした。

「随分とギルスの事を疑っているみたいだけど、俺とリリアは信用できるのか?」

 オリバーはギルド魔女の館に保護されている状態であり、リリアはそのギルドメンバーの一員であるためオリバーと行動を共にするというのは分かる。しかしヴァネッサがオリバーについてきた理由については、オリバーは知らなかった。

「信用してないよ。利用してるだけ。」

 それは本心なのか、それとも話したくないという意思表示なのか。いずれにせよオリバーはこれまで何度もヴァネッサに助けられているというのは事実だ。これ以上追及したところで情報を引き出すのは無理だろう。

 オリバーとしてはヴァネッサの事は仲間だと思っているし、これ以上無理に答えを聞き出そうとして、今の関係を壊す事は避けたかった。

「そういえば、今日は血の補充はいいのか?」

 露骨な話題転換ではあったが、今日はヴァネッサが使い魔で騎士団が宿屋に接近してきたことを察知してくれたおかげで接触をさけられた、使い魔を使役するとその分血が居るという話は聞いていたし、明日はまたガエラとの戦闘になる。補充が必要なら今のうちに済ませた方が良いだろう。

「そうだね、じゃあもらっておこうかな」

 血を貰うために療用と称して持ち歩いているダガーをヴァネッサが取り出す。

「話が終わったらなら、私は先に部屋に戻るわね」

 それを見たリリアが先に部屋を出て行った。リリアが部屋を出て行ったのを見届けてからヴァネッサが小声で尋ねて来る

「ねえ、最近リリアには精気吸わせてるの?」

「いや、してない」

 ヴァネッサが血を必要とするのは吸血鬼のスキルとして使い魔を使役するのに血を必要とするからだ。リリアもサキュバスとしてのスキルを使用すれば精気を必要とするのかもしれないが、オリバーの知る限り、そのスキルは「再生」と「スキル共有」の二つだ。そしてその二つを最近使っていないため、必要ないのだろうと考えていた。

「だよね…」

 それなのにヴァネッサの視線はまるでオリバーの返事を非難するかのような目であった。

「いや、リリアってスキル使ってないよな?」

 まるで自分が間違ったことを言ったかのような反応であっため、思わず不安になって事実関係を確かめる。

「昨日の訓練で何やったか忘れた?」

 そう言われて思い出す。確か魔剣の訓練をした時に魔力操作の補助をしてもらった。その直前に本人がスキルを使うと言っていたような気がする。

「あれって共有スキルだったのか?」

再生と共有を同時に使われたのが最初にリリアがスキルを使った状況であり、その印象が強かったために、あの訓練で共有スキルを使われたという認識があまりなかった。直後に起きたヴァネッサからの悪戯の印象が強すぎたというものあるが。

「そうだよ。あの程度なら、しばらくは問題無いと思うけどね。でもあたしにだけじゃなくて、ねーさんにもにーさんから言ってあげないと不公平だと思うよ」

「それはヴァネッサは使い魔を使った分消耗するって先に聞いてたからで、ヴァネッサを贔屓してるつもりはなかったんだけどな」

「ねーさんはそう思ってないんじゃない? さっきの部屋を出ていくタイミングとか」

 ヴァネッサが血を吸うと言った直後にリリアは部屋を出て行った。あれは何かしら思うところがあったという事なのだろうか。

「まあ、確かにあのタイミングで部屋を出ていくのは不自然だよな」

 オリバーもあのリリアの行動については少なからず違和感があった。

「あたしもねーさんの前で、あの申し出受けたのは不用心だったかもしれないけどさ」

「今から行った方がいいか?」

「それは逆効果じゃないかな」

 今リリアが不機嫌そうなのはオリバーも察してはいたが、いつまでもこのままという訳にもいかないだろう。だがそれを解決するには一つの方法がある。

「もしかして俺以外から精気を吸いに行ってるとか?」

 ヴァネッサが露骨に眉をひそめた。

「それ、冗談でもねーさんの前で言ったらダメだよ」

「そうなのか?」

 思い付きではあったがオリバーとしてはあり得るのではないかと考えていた。

「ねーさんは、にーさん以外とそういう事するの嫌がると思う」

 ヴァネッサの言っている事が本当であれば、さらに疑問が湧いて来る。

「サキュバスなんだろ? 俺と会う前に誰からも吸ってないって事か? それで餓死しないのか?」

「あのさ、ねーさんからにーさんと会う前の事聞いてないの?」

 オリバーはヴァネッサよりも先にリリアと会っているし、常に三人一緒に行動しているという訳ではない。

「聞いてないな」

自分がいない間に二人で過去の話を聞いているのかもしれないというヴァネッサの考えは即座に否定された。

「そうだよね。聞いてたらあんな事言わないよね。ま、いいや。この話はおしまい。腕出して」

 ヴァネッサが右手にもったままになっていたダガーをアピールしたことで、オリバーは先ほどの話を思い出す。

「ああ」

 話が大分逸れてしまったが、ヴァネッサには今日の分の血を分けるという話だった。オリバーは左腕の袖を捲ってヴァネッサに見せた。

「じゃあ今日の分貰うね」

「麻酔とかないのか?」

 騎士というのは職務の都合上怪我は付き物であったが、体に刃物を入れられるのに慣れている騎士はいないだろう。

「麻酔をするっていう手もあるけど、面倒くさいんだよね」

「できるのか?」

「加減を間違えると全身麻痺しちゃうよ。一時的だけど」

「ならこのままでいい」

 冗談か本気かはわからないが、全身麻痺するくらいならこのまま少しの痛みに耐えたほうがマシである。

「じゃあこのままで」

 ヴァネッサは左手でオリバーの左腕を抑えなが、素早くダガーで傷口を作り、そこから流れ出る血を舐めるように吸った。その間オリバーもヴァネッサも無言であり、オリバーからすれば少し手持無沙汰のため、ヴァネッサの顔を見ながらつい先ほどの質問を考え直してしまう。

 あのヴァネッサの口ぶりはリリアの過去を知っているように聞こえた。今のタイミングで聞いた方が良いのだろうか。だが話題を変えたという事は話したくないという遠回しな意思表示だろう。そこをもう一度追及すべきかどうか。

 そんな事を考えている内に、血を吸い終わったヴァネッサが傷口から口を離す。そして右手に持っていたダガーを仕舞って、右手の人差し指で傷口をゆっくりと、先ほどまで傷があったのが嘘のように、跡形もなく消えていた。

「ごちそうさま」

傷口を治したヴァネッサが目線を上げると、考え事をしていたオリバーと目線が合う。

「痛かった?」

「いや、そうじゃなくてさっきの話を思い出しててさ」

「私から言うことじゃ無いと思うから」

やはり話したくないという事だろうか。だが隠されれば逆に知りたくなるのが人の性である。リリアの過去を話したくないというのであれば別の聞き方がある。

話を切り上げようとしたのか、ヴァネッサがオリバーの腕から手を離したと同時、引き止めるようにオリバーは右手でヴァネッサの左腕を掴んでこう言った。

「じゃあ、これだけ答えてくれ。あの教会でリリアと会う前に面識があったのか?」

 オリバーが最初にヴァネッサと会ったのはこの村の教会である。そしてその時オリバーとリリアは行動を共にしていたため、リリアもあの教会でヴァネッサと会ったのだ。あの時点でリリアとヴァネッサは初対面だと思っていたが、まさか違っているということなのだろうか。

 ヴァネッサは少し考えた後、リリアの過去に触れない範囲で答えようとしたのか、ゆっくりと口を開いた。

「あのさ、さっきの質問なんだけど、私が付いてきた理由、半分はにーさんだけど、もう半分はねーさんなんだよね」

 直接の答えにはなっていなかった。だがそれは少なくとも教会で会う前から、ヴァネッサはリリアの事を知っていたという事だ。ますます疑問は深まる。

次の質問をしようとしたオリバーの心を見透かしたように、ヴァネッサはオリバーの唇に縦に人差し指を当てる、いつの間にか彼女の瞳は赤く爛々と輝いていた。オリバーの視線は吸い寄せられるように彼女の瞳にくぎ付けになる。

「ダメだよ。これ以上は」

 幼い外見に似つかわしくない色香に満ちた声と仕草で命令されて、逆らえる男はいないだろう。それがスキルによるものなのか、純粋なカリスマによるものなのかはオリバーには分からないが、彼女は本当に吸血鬼なのだと改めてオリバーは思い知る。

「手、離して」

 オリバーはヴァネッサの迫力に呑まれて腕をつかんだまま固まっていた事をお思い出し、手を離す。

 ヴァネッサはそれを見るといつもの子供のような笑顔に戻り、二コライから距離をとった。

「本人が話さないって事は知られたくないって事でしょ。それを私から話したらねーさんがどう思うか分かるよね? にーさんってお尋ね者でしょ? リリアから見放されたら大変な事になるよね」

 オリバーは今ギルド魔女の館に保護されていると言ってもいい。アンから魔剣を託された以上は、ギルドメンバーであるリリアとの関係が悪くなったからといって、即ギルドから追い出されるという事はないだろう。それでも保護を受けている立場であるからには、ギルドメンバーとのトラブルは避けるべきだ。

「詮索するならそこは覚悟しといてね。あたしはにーさん以外から血を吸った事はいくらでもあるからね。じゃあお休み」

 そう言い残してヴァネッサはオリバーの部屋を出た。


 ●


 かつて魔族というのは魔界だけで生活していた。そして魔族には様々な種族が存在していたが、同一種族で団結し、他種族と殺し合いをするような関係であった。理由は他種族を自らの養分として食べるため。それが人間の世界が住む世界を見つけ、人間を代わりの食糧とする事で魔族同士の争いは沈静化した。

 そういった過去がある以上、魔族というのは同一種族は仲間、他種族は敵と認識する傾向がある。よって同一種族であれば情報共有がなされる事はあっても他種族に対してまでは情報を教えないという事は多々ある。

 それでも隠蔽には限度があり、大きな事件が起きれば噂となって他種族にまで伝わってしまう。

 ヴァネッサが知っていたのはあくまで噂程度ではあったが、魔界で流れていた噂と、こちらで流れている悪魔憑きの噂。その噂の出所が同じ魔族によるものではないかというのはあくまでヴァネッサの推測であった。本人に直接聞けるような噂ではないため、本人に確認してはいないものの、リリアのこれまでの言動から、それは確信へと変っていた。

「いくら何でも私からあの話をするのはマズイよね」

 廊下に出て一人になったところで、誰にも聞こえないような小声でヴァネッサは呟いていた。

 誰にでも触れられたくない過去ぐらいあるだろうし、それを告げ口するような真似をされたら良い顔はしないだろう。ましてやヴァネッサの予想が正しければリリアにとってオリバーは特別な存在になっている。

 さらに、オリバーはリリアの事を命の恩人だと思っているというのもある意味問題であった。それは今のオリバーからすれば間違いではないのだろう。だがそうでなくなってしまう日が来るかもしれない。

 例えばヴァネッサがあの話をしてしまった場合、例えばリリアがもう一度あの噂の再現をしてしまった場合。

もしそうなったら、どうなるか見てみたいという好奇心と、止めた方が良いという良心とがせめぎあっている。だが墓地で自分が取った行動を鑑みれば良心の方が勝っているのだろう。

「でもちょっと言い過ぎたかな?」

 吸血鬼である以上、定期的に血を摂取する必要がある。オリバーから血を提供してもらうというのは便利ではあるものの、代えの利かない存在という訳ではない。

 オリバーは魔剣を託されているが、それはサキュバス側の事情でありヴァネッサとしては、あくまで血を提供してくれる人間でしかない。

 そうであるならば仮にオリバーが死ぬなり離反するなりしたところで別の人間を探せば良いだけの話だ。オリバーに会う前はずっとそうしてきたのだ。今更躊躇うことは無い。違うとしたら血の提供者本人にヴァネッサ自身が吸血鬼だと教えているか否かぐらいだろう。

「あのままだと根掘り葉掘り色々聞いてきそうだったし仕方ないよね」

 ああするしかなかった。そう言い聞かせて気持ちを切り替えて自分の部屋に戻る。だがそこには不機嫌なリリアが居る。もう寝ていてくれれば助かるのだが、恐らくそれはないだろう。今日はこのまま何事もなく寝れるかどうか、不安を残しつつヴァネッサは自分の部屋の扉を開けた。


 ●


 今にして思えば、あの最初の吸精行為は、スキルを使って飢餓状態になっていたため、躊躇っている余裕などなかった。本能に従い体が勝手に動いたと言ってもいいだろう。

 では飢餓状態になっていないにも関わらず、もう一度精気を要求したらオリバーはどう思うのだろうか。少なくともリリア自身には自分から言い出す事に抵抗を感じており、あの一件以来、その行為には及んでいない。

 それについて現時点では困っている訳ではないが、いつまでも保留にしておくわけにはいかない。ヴァネッサが血を分けてもらっているのであれば、あのタイミングで自分も便乗して精気を分けてもらえば良かったのではないか。

 事前に使い魔を出している分消耗するからその分血を分けるという話があったという理屈は分かっていた。だがそれでもオリバーからヴァネッサにだけ提案があったというのは容認できなかったし、そういう状況でリリアだけ自分から言い出すというのは、さらに出来ない相談だった。

「私も共有スキル使ったの覚えてないのかな」

 ヴァネッサの使い魔によって、ガエラが墓地に来たのを突き止め、逃げかえった隠れ家を特定し、宿屋に近づいてきた騎士団を察知して接触を避けるという3つの手柄があったのに比べたら、共有スキルを一度使って、魔剣の訓練の補助をしたことなど霞んでしまうのかもしれないが、それでも使った事は事実である。

「一度ぐらい言ってくれてもいいと思うけど」

 まだ飢餓状態になっているわけではないが、今の状況が続くとそれは時間の問題だ。それは分かっているのだが自分から言い出すというのは、何となく気が引ける。

 いっそオリバーがまた再生スキルを使わざるを得ない大怪我をすればまたあの時のように流れで吸精行為が出来るのではないか。

「何考えてるのよ」

 あまりにも危険な考えを自分の声で打ち消す。それはいくら何でもリスクが高すぎるという物だ。この前は上手くいったが、またやったら上手くいくとは限らない。

 では、もしも、次にオリバーが大怪我をしたら見殺しにするのかといえばそれは無理だろう。はやりこの前の様に再生スキルを使う事になる覚悟はしておいた方がいいかもしれない。

 そんな考え事をしていると、部屋の扉音を立てて開いた。

「まだ起きてたんだ」

ヴァネッサが部屋に戻ってきた。自分はどれだけ考え事をしていたのだろうか。長かった気もするし、短かった気もする。

「吸血は済んだの?」

 答えを聞いたからと言って、自分が今からオリバーのところに行って吸精行為をするつもりはない。それなのにわざわざ聞いてしまったのははやり意識してしまっているからなのだろう。

「済んだよ」

 そっけない返事だった。ヴァネッサからすれば日常の作業の一つに過ぎないのだろう。それを今はとても妬ましく感じてしまっている。

「使い魔を使うスキルってそんなに消耗するの?」

 なんとなく間が悪い気がして話を続けてしまった。

「出してる使い魔の数が多いから、その分消耗するよ。ガエラの隠れ家に二匹と、この宿屋に一匹の三匹出してるからね」

「そうよね」

「明日は戦いになるんだし、今日はもう寝ない?」

ヴァネッサが寝間着に着替えながら背中越しに聞いて来る。

ヴァネッサが悪い事をした訳ではない。それでもヴァネッサだけが吸血をしてきたという事実は、自分を八つ当たりに駆り立てるには十分であった。そうならないために、会話を終わらせる糸口を探し始めていた自分にとって、それは好都合な質問だった。

「そうね。そうしましょうか」

ぎこちなさを残しながら、その日二人は眠りについた。


 ●


 翌朝オリバー、リリア、ヴァネッサの三人は宿屋のロビーで集まり、ギルスとの合流地点へと向かった。

「やあ、僕の方が来るのが早かったね」

 先日合流地点に指定したガエラの隠れ家が見える丘の上には、既にギルスの姿があった。オリバー達よりも先に来ていたのだろう。

「じゃあさっそく使い魔で中の様子を探るね」

「そこは『待った?』の一言ぐらい言って欲しいねえ」

「集中するから話しかけないでね」

 ギルスの軽口を全く相手にせずヴァネッサはガエラの隠れ家を見つめる。

「なあ、少年。あのおチビちゃんは、どうやって使い魔を操ってるか知ってるかい?」

ヴァネッサに気を使ったのか、それとも聞かれたらマズイ事を言うつもりなのか。ギルスが小声でオリバーに話しかけてきた。

「いや、知らない」

 宿屋で騎士団の接近を察知した時も特に何かをしたようには見えなかったが、いつの間にか使い魔から情報を得ていた。消耗が激しいから常時視覚共有はしないと言っていた気がするが、具体的にどのようにして使い魔と連絡を取っているかについては、オリバーは聞いていない。

「そうか、ところで君は『話かけないで』と言われたら、言われた通りに大人しくしているのかい?」

「あんた…」

 ギルスの考えは最後まで言われなくても察したが、オリバーとしてはとても賛同できるものではない。

「いや、僕は嫌われてるみたいだから、やるなら君の仕事じゃないかな」

 オリバーの心情が正しく伝わらなかったのか、ギルスはとても良い笑顔でオリバーに仕事を任せようとする。

「そういう態度だから嫌われるんじゃないのか?」

「だから嫌われてる僕じゃなくて、君がやればいいんじゃないか」

 オリバーとしてはお断りしたつもりだったのだが、ギルスは気を変える気は無いようだ。仕方なくオリバーははっきりと断る事にする。

「そういう意味じゃ無くて、やめておけって意味だよ。俺はやらないぞ」

「あれ? 軽い冗談を言ったり出来ないような仲なのかい?」

 そう言われて、昨夜の台詞を思い出す。

『あたしはにーさん以外から血を吸った事はいくらでもあるからね』

 彼女は吸血鬼であるため、血を吸わなければ生きていけない。そして恐らくは見た目通りの年齢ではない。当然オリバーと出会う前にも誰かから血を吸っていたのは分かってはいるが、あの言い方だとまるで『代わりはいくらでもいる』と言われたような気がして少なからずショックを受けたのは確かだ。

 それを思い出していたオリバーの表情からギルスは何かを察したようだ。

「あ、図星だった? だったら大人しく待ってようか」

 それは言葉通りの意味か、それともオリバーを煽るつもりだったのかは分からないが、後者だとしたらギルスの思惑通りに事が運ぼうとしていた。

「ちょっとアンタ達なにコソコソやってるのよ」

 オリバーとギルスが小声で話しているのが目に留まったのかリリアが話に入ってきた。

「いやあ、あのおチビちゃんが偵察してる間暇じゃないか。それに『声を掛けるな』って言われたら声を掛けたくなるだろ?」

「ならないわよ」

 リリアもまた呆れたような表情でギルスの考えを否定した。

「やっぱり君達仲悪いのかい?」

 ギルスに言われてリリアもまた昨夜の事を思い出していた。少なからずリリア自身はヴァネッサに黒い感情を持っていた事は確かだ。

 そしてギルスはそれを思い出しているリリアの表情を見て、先ほどのオリバーに対してと同様に、またしても何かを察した。

「あれ? 君達って本当に仲悪いのかい? 昨日はそんな感じには見えなかったけど。もしかして昨日の間に何かあったのかい?」

 リリアとオリバー二人そろって昨日のリリアとの会話が気がかりになっていたのは確かであったが、それを言う事はヴァネッサが吸血鬼である事をバラすのと同義であるためとてもギルスに話せる事ではない。

「そんな事は無いわよ。大体この前の訓練だって…」

 図星を指されたリリアは、咄嗟にヴァネッサの正体に触れずにギルスを否定しようとするが、その先は言わなかった。しかしリリアはオリバーに視線を向け、次いで魔剣に視線を向けていたためオリバーもリリアが先日の訓練の事を言おうとしていると察した。

「この前?」

「あなたに言う事じゃなかったわ」

 リリアはヴァネッサがギルスを警戒している事を思い出し、ヴァネッサが主体となる話は言わない事にした。それに魔剣についてもギルスに話すかどうかは微妙な内容ではある。戦闘になってしまえばあの力を見る事になるかもしれないが、今わざわざ話す内容ではない。

「いやいや、そこまで言われたら気になるじゃないか。どうせ待ってる間暇なんだから話してくれてもいいだろう? あのおチビちゃんに関わる話かい?」

 オリバーもまたリリアがあの話を言わなかった理由を察した。同時に今ギルスにあの話をすると面倒な事になりそうだったので教えたくないという考えもあった。よって少々強引だが話題を戻すことにした。

「俺がヴァネッサに話しかければいいんだな?」

 なにより先ほどのリリアの視線で魔剣の訓練であった一件を思い出した。つまり、ヴァネッサからオリバーに一度悪戯を仕掛けてきている。あの分を今やり返したところでお相子になるだけだ。今こそ仮を返す良い機会ではないだろうかという考えがオリバーの頭の中に浮かんでいた。

「お、やる気なった?」

 余程嬉しかったのか、ギルスは目を輝かせている。

「私は止めたからね」

 一方リリアは口ではそうは言っているが、力づくで引き止める気はなく、どちらかと言えば期待しているように見えるのはオリバーの気のせいであろうか。

 オリバー達には背を向ける格好でガエラの隠れ家を向いているヴァネッサ。その背後からオリバーが忍び寄った。


 ●


 そんな会話がされているとは知らず、ヴァネッサは使い魔を操作することに専念していた。普段は使い魔本体に体の操作を任せており、定期的に連絡を入れてもらっているだけだが、特定の操作をするとなるとヴァネッサ自身が使い魔の体を操作する事になる。

 使い魔の体を操作するというのは、使い魔の体に自分の意識を憑依させる状態になるため、自分自身の体が無防備になってしまうが、今はオリバー達がそばにいるため、少しの間であれば大丈夫だろうと考えていた。

 今は日中という事もあり、一度に操作できるのは一体の使い魔が限度であるため、一体のみの操作に専念している。

 ざっと外から見たが開いている窓は無かった。正面の入り口には、予想通り魔力の反応があったためそこは避けて、一階の入り口近くの窓に使い魔の蝙蝠を取りつかせる。中をのぞいてみると雑多に机や椅子といった普通の家具が置かれており、中に人は見えない。これだけ見ると空き家の様であった、

 蝙蝠の使い魔は主に偵察を行うのが主体であり、戦闘能力は期待できないのだが、偵察に使う可能性のある能力は持たせている。窓ガラスを破るような能力は、その一つだ。

これのスキルを極めれば、普通の戦闘に使用できるような攻撃力を持たせる事も可能ではあるが、スキルを使用している以上、本人の消耗も大きくなる。使い魔に攻撃力を持たせるために、使役者本人が消耗してしまうのであれば、本人が攻撃した方が良いか、もしくは戦闘用の使い魔を用意した方が良いという結論になるため、蝙蝠の使い魔としては偵察時に障害物を排除する程度の攻撃力を持たせるに留まるのが一般的であった。

蝙蝠の両翼の先から生えている爪にスキルを使って一時的に攻撃力を高める。次に左翼の先から生えている爪で窓を刺し貫き、内部に入った先端を曲げてひっかけた、さらに自重を掛けながら、左爪で刺した場所を中心として円を描くように右の爪で切れ目を入れていく。円が完成したところで、自重で切り取られた円上の窓の破片が屋敷の内側にずれ込むが、右手の爪で支えてそれを拾い上げて屋敷の外に投げ捨てた。外は芝生になっていたため窓の破片を落としても大した音はしなかった。

窓に空いた穴から使い魔を侵入させて、一度床に降りてから部屋の中を見渡すが異変は無い。室内で飛ぶことも可能だが、羽音で侵入を悟られるのを避けるため、ここからは這うようにして室内を移動する。蝙蝠とは言っても爪を立てればある程度の壁は登る事は可能である。部屋に一つだけある扉をよじ登ってノブに取り付き、扉を開けて廊下の様子を見るが、そこもまた無人だった。どうやらこの部屋にはトラップは無いようだ。これならばこの部屋の窓から侵入しても大丈夫だろう。

一度侵入した窓に戻り、内カギを開錠する。後は外からでも窓は開けられるため、体の操作を再び使い魔に任せることにする。

偵察が終わった事を告げるため、振り返るとそこにはオリバーがいた、

「あっ」

 声を出したのはオリバーの方だ。

 オリバーはヴァネッサが振り向いたのを見て驚いたようだ。そもそもオリバーが立っている位置が近すぎる。まるでヴァネッサに何かをしようとしているように見えるし、何よりオリバーの右手が握りこぶしを作って人差し指だけ伸びた状態になっているのは一体何意味しているかは、言われなくても想像が付く。大方この前の訓練の意趣返しというところだろう。

 だがそれは今言うべき事ではない。これから四人でガエラと一戦交えるのだ。その前に余計な波風を立てると戦闘に悪影響が出るかもしれない。幸いにも彼女はオリバーに対して定期的に主導権を握る事が出来るイベントを発生させる事ができる。その時が来たら追及すればよい。

「どうかした?」

 だからわざと気づかないフリをした。

「いや、何も」

 オリバーの目線が不自然に泳ぐ、後ろめたい事があるのがバレバレであるが、今は気づかないフリをすると決め込んだため、余計な詮索はしない。

「一階の窓を開けたから、そこから入るよ」

「いやあ、さすが。仕事が早いね」

 ギルスが白々しくヴァネッサの事を褒めたたえる。横でリリアの顔が若干苦笑いをしているのを見るに、あの二人がオリバーを焚きつけたのだろう。

「窓の場所まで行くから付いてきて」

 それでもヴァネッサは、あえてそれらに気づかないフリをして、ガエラを倒すことを優先した。


次話は5/20に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ