[2-7] 探り合い
「じゃあせっかく交渉が成立したところで、サービスとしてガエラとの闘いに役に立つ話をしようか」
余程嬉しかったのか、ギルスの声は上機嫌である。
「どんな話だ?」
オリバーが先を促す。
「これから戦うことになるガエラって死霊術師だろう? 実は僕も少しは死霊術の知識があるんだ」
その言葉にヴァネッサは目を細めるが、言葉で返事をしたのはオリバーだった。
「本当か?」
「ああ。その前に確認だけど、昨晩戦闘してる炎が見えたから、墓地に行ったら結構な数のグールの死体が転がってたけど、あれは君たちがやったって事でいいのかい?」
オリバーは一旦リリアとヴァネッサを見るが、二人とも軽くうなずき肯定の意思表示をしたため隠すことなく話すことにした。
「ああ、ガエラと戦闘になった。ガエラがグールを作ったみたいだったが、何か墓地に仕掛けをしてたみたいでほとんど無詠唱で結構な数のグールが地面から這い出てきたよ」
「なるほど。予想はしていたけど、元々墓地に有った死体をグールにしたって事か。それなら大した相手じゃないね」
「どういう事だ?」
死霊術の知識が無いオリバーにとってはあの術は脅威に感じていたが、ギルスの口ぶりアからはガエラの死霊術は脅威にはならないと言っているように聞こえる。
「死霊術っていってもいくつか種類があってね、ガエラが使ってるのはまだ初歩の範囲だよ」
「初歩?」
「墓地で死体を起こすっていう現象は、死体に霊魂を埋め込む事で起きる現象だ。これは死体に疑似霊魂を埋め込む方法で、死霊術の中で一番簡単なやり方だ」
「疑似霊魂って本物じゃないのか?」
「そうだよ。あくまで偽物。本物の霊魂は本人が死んだときに成仏して消えてしまうからね。強い恨みや未練があって現世に留まる事もあるけど、そういうのはごく一部。でも死体を起こすためには霊魂がいるから偽物の霊魂を生成して埋め込む。これで死体は動くようになるけど、魂が偽物だから、記憶がなかったり、知能が低下してたり色々生前と異なる点ができてしまうけどね」
言われてみれば墓地で戦ったグールというのは見た目もそうだが行動は単調であり、あれが生前の人物と同じと言われても信じる者は居ない。グールも元は生きた人間とはいえ、グールと生きた人間とでは明らかに別の物であった。
「簡単な方法って事は難しい方法があるのか?」
「あるよ。難しい方法になると魂を入れ物なしで実体化させるっていうのがある。分かりやすく言えば幽霊かな。別の発展形として物に魂を入れ込むっていうのがある」
「物に魂を入れる?」
魔術に縁のないオリバーにとっては想像しがたい説明であった。
「例えば人間の魂は人間の体にしか宿らない。でも人間の体は死後朽ちる。放っておけば骸骨になる。そして死霊術の一つに骸骨に魂を入れ込むというのがある。スケルトンとかよく言われるアンデットの一種って言えば分かりやすいかな」
「骸骨は人間の体とは違う別の物扱いでも、魂を入れてるって事か?」
「その通り。生きてる人間の体から骸骨が出来るけど、生きてる人間の体と骸骨はもう別の物体だ。でも魂を入れる事ができる。これを発展させると骸骨以外の物体にも魂を入れる事ができるんだよ」
「他にも何か発展形があるのか?」
普段聞きなれない知識に好奇心が湧き、オリバーはつい質問をしてしまう。
「他には何も死体が無い場所でグールを呼び出すっていう方法もあるけど、これはもう死霊術というよりも死霊術と召喚魔術の組み合わせだね。予め作っておいたグールを別次元に保管しておいて、召喚魔術で呼び出すって方法だからね」
「ガエラにもそれが出来るって事か?」
昨日の戦いで事前に用意されたグールが襲ってきたのも脅威ではあったが、それは物理的に用意された物であり有限である。もしも召喚魔術で呼び出せるとなった場合はいくら追加でグールを出されるか分からなくなり、その脅威は格段に上昇する。
「それは分からないよ。今聞いた話だと、ガエラは簡単な死霊術が使えるみたいだけど、その先の上級魔術が使えるかどうかは判断できないね」
「ずいぶん詳しいな」
「伊達に長生きしてないよ」
年齢は三百を超えているとなると知識量も相当なのだろう。オリバーはそう納得したがヴァネッサはそうではなかった。
「長生きは理由になってないよ」
「どういう意味だい?」
ギルスの表情が若干強張った。図星だったのかもしれない。
「エルフは自然との調和を第一に考える種族でしょ。死霊術なんて自然の理を冒涜するような術に関する知識に詳しいなんて変だよ」
「あー、君エルフについて詳しいねぇ」
その言葉はギルス自身がまだ裏に何かあると認めている。だがヴァネッサの指摘でこれ以上隠すのは諦めているようであった。
「そもそも普通のエルフは里から出ないはずだし、エルフなのに里から出て人間と接触を図るって時点で結構な訳ありだよね」
ヴァネッサの言葉通り、エルフと言えば森の中に里を作り、エルフのみで生活する事で知られている。中には他種族を自然を破壊する種族として忌み嫌う者も多いという話もある。そのエルフが人間を探して人間の村まで来るというのは普通では考えられない。
「訳アリなのは君たちも同じだと思うけど、そこまでエルフの事情を知ってるなら、丁度いい機会だから僕の事情を話しておこうか」
ギルスが大げさに両手を上げて降参の姿勢を示した。
「話せるの?」
「里から出るエルフはよほどの変わり者か、追放されたかのどちらかだ。そして僕は追放された方なんだよ」
「何をしたの?」
「最初に会った時に、空間移動魔術が使えるって言っただろう? 空間移動魔術は、自然の摂理に反するって事でエルフの中では禁忌になってるんだよ。それを僕はフィアンセと研究してた。だから二人揃って追放されたのさ」
「それだけ?」
「それだけだよ」
ヴァネッサの疑いの目を隠そうとしない態度をギルスは飄々と受け流そうとするが、それでもヴァネッサは質問を続けた。
「二人揃って追放されたなら、フィアンセは今どこにいるの?」
「言っただろう。病気なんだ。人探しの旅に連れて歩くなんて出来ないよ」
「つまり、フィアンセの居場所は答えられないって事だね」
露骨に答えを避けたギルスの答えに、ヴァネッサはさらに不信感を持ったようだ。
「君達はまだ僕に協力してくれると決まったわけじゃないだろう? 詳細を教えるのはガエラを倒して協力が確定してからだよ」
先ほどの話ではガエラを倒すのが協力する条件であり、現時点でオリバー達がギルスに協力すると確定した訳ではない。
「本当かな?」
ヴァネッサはそれでも疑いの目を向けていた。オリバーとリリアには分かった。いつものふざけた子供っぽい言い方とは違うと。
「ところでこの後どうやってガエラを倒すつもりだい? 昨日は逃げられたみたいだけど今どこにいるか分かっているのかい?」
追及を避けるためか、ギルスは露骨に話題をそらした。
「もう分かってるよ。まだこの町にいる」
話を進めるためか、ヴァネッサはあっさりと話題転換にのった。これ以上ギルスの正体について追及する気はないようだ。
「へえ、手が早いね。」
ギルスは意外そうに目を見開いた。
「昨日の戦闘のせいで騎士団が動いてるから数日待とうかと思ったけど、あなたが何企んでるか分からないし、明日にでも倒しに行こうか」
「信用無いなあ」
ギルスは言葉とは裏腹に、顔の表情はむしろ面白がっているように見える。
ヴァネッサが答えを催促するかのようにオリバーに視線を向ける。
「俺は明日でも構わないがリリアもそれでいいか?」
「ええ構わないけど、今日の内にガエラの隠れ家の場所に行くって話はどうするの?」
ギルスと遭遇した影響で今日はまだ達成できていなかった当初の目的をリリアが指摘する。
「そうだね、どうせ一緒に行くならもう隠してもしょうがないし、このエルフも一緒に連れて今から行こうか」
「一応さっき、名前はギルスだって名乗ったよね?」
このエルフ呼びされたのが気になったのかギルスが再度自分の名前を名乗る。
「名前を覚えるが苦手なだけだよ」
結局魔剣の訓練はほとんどできないまま、そのままガエラの隠れ家へと四人で移動することになった。
●
「あれがガエラのいる家だよ」
ヴァネッサは三人をつれて街はずれまでやってくると、人気のない一軒家を指さした。今いる位置からだとかなり距離はあるが、いくつかの窓から中は見える。その範囲では人が住んでいるようには見えない。
そうなると一つ単純な疑問がオリバーの中に湧いた。
「家の中のどこにいるかまでは分かるか?」
「ううん、家に入ったのを見ただけ」
「使い魔を使って家の中の様子を探るのは?」
墓地にすら罠を仕掛けるような相手だ。根城となるとどのような仕掛けをしてあるか分からない。下調べもなしに家の中に入るのは危険すぎるだろう。
「死霊術師って言っても魔術師のはしくれだし、呪術的な罠が仕掛けてあるかもしれない。いくら使い魔でも相手に気取られるかもしれないから、まだそこまではやってないよ。その気になれば窓から侵入させて偵察させるぐらいはできるけど、下手に刺激して町から逃げられるかもしれないよ」
罠の有無を探るのも重要ではあるが、逃げられてしまうとまた探すところから始めないといけない、それは面倒になるため避けたいというのも一理あった。
「罠があるかもしれないなら、不用心に踏み込む方が危ないんじゃないのか?」
「それは私も同意見。だから明日踏み込む直前に使い魔を侵入させて罠が無いか見てから私たちが突入する流れが良いと思う。」
事前に突入する準備をしておけば、万一ガエラが根城を捨てて逃げ出しても捕まえる事は難しくないだろう。
「突入方法はどうする? 四人で一か所から入るか?」
「安全そうな場所を見つけたらその場所から四人で入るのが一番だと思う。正面玄関からは入れれば一番いいけど多分罠があると思う。一応入りやすそうな一階の窓のある場所から調べるけど、最悪二階の窓から入る事になるかもしれない。」
分散して突入するのであれば、分散した数だけ安全な侵入口を確保することになる。どこに罠があるか分からないのであれば、安全な侵入口を見つけて、そこに戦力を集中させた方が良いという考え方だ。
「使い魔を使って中の安全を確かめるっていうのは君が一人でやるのかい?」
ここに至ってギルスが口を開いた。
「あたしにしか出来ないからね。一人でやるよ。それとも、あなたは使い魔を使えるの?」
「いいや、出来ない。君に任せよう。というか君はシスターなのに使い魔が使えるのかい?」
「そうよ」
明日行動を共にするとなったからには、使い魔を使って偵察をする事を隠しとおすのは無理だろう。ヴァネッサは使い魔を使える事をギルスに隠さずに伝えた。
「あー、君達二人やっぱり驚かないって事は知ってたんだよね」
エルフの常識としても、シスターが使い魔を使役するというのはおかしいらしい。オリバーもヴァネッサの正体を知らなければそう思っていただろうが、ヴァネッサの正体を知っている今となっては、いかにも吸血鬼らしいスキルぐらいにしか思っていない。
「知ってるから、揺さぶりをかけてるなら無駄だよ」
ヴァネッサがギルスを冷たくあしらう。今の段階で自分が吸血鬼である事を明かすつもりは無いようだ。
「なあ、そこまで決まってるなら、今夜でも良いんじゃないのか?」
そう言ったのはオリバーだった。
「昨日墓地であれだけ騒ぎを起こしたんだから、連日は騎士団がすぐに飛んでくると思うよ」
だがヴァネッサは騎士団を警戒する事を優先しているようだ。
「明日も今夜もそれほど変わらなくないか?」
騎士団を警戒するというのは正論だが、明日と今夜ではさほど違いは無い気がした。
「グールを含む不死者全般は昼より夜の方が力が増すんだよ。この前痛い目を見たでしょ。それでもやる?」
明日が良いと提案したヴァネッサが、夜を避ける理由を話した。
昨晩の戦闘でオリバーはミスをした側になる。フォローに回ったヴァネッサからそこまで言われてしまうと無理強いはできなかった。
「分かった。それなら明日にしよう。今日と同じぐらいの時間に宿を出るのでいいか?」
夜の方が力を増すというのはヴァネッサも例外ではないのだが、ギルスにはまだヴァネッサの正体を言っていないため、その点には触れなかった。
「そうだね。集合場所はこの場所でいい?」
ヴァネッサの確認に三人は各々賛成の回答を示す。
「じゃあ今日はいったん宿屋に戻るでいい?」
「君達は同じ宿だろうけど、僕は別の宿にもう予約してあるから、ここからは別行動って事でいいかな? 明日は時間通りにこの場所に戻るからさ」
「俺は構わないが、ヴァネッサ、それでいいか?」
オリバーとしては一日目を離すぐらい良いだろうと考えているが、念のため最もギルスを疑っているヴァネッサの意思を確認する。
「そうだね、いきなり裏切るとは思えないし、良いんじゃない」
案の定その返事はそっけなかった。
●
「今日は手掛かりなしか」
騎士団の詰め所の自室に戻ったミランダは、ため息交じりに独り言をつぶやいた。
昨日墓場での騒ぎがあり、ガエラに近づけたと思っていたが、ガエラの捜索は暗礁に乗り上げてしまった。
検問を敷くという手もあるが、今は魔物の活動が活発になっており、騎士団も魔物への対応に人を裂かれている。賞金首一人が現れたから検問を敷くといっても、魔物への対処が優先されると言われて認められないのは予想が付いていた。
ミランダが今この任務に就いているのもあの戦闘で行方不明者が出たというのが大きい。あの戦闘で行方不明者が出なければ、行方不明者捜索を目的とした事実上の賞金首討伐任務などあり得なかっただろう。
騎士団にも面子がある。いくら魔物の対処で人手が足りないとはいっても、行方不明者を出した賞金首を野放しにする事は出来ない。可能であれば冒険者よりも先に騎士団の手で討伐するのが望ましい。
昨日墓場にあれほど大量のグールの死体が見つかったのだ。少なくとも昨日の時点ではあの賞金首はこの村にはいたのだろう。そして討伐報告がギルドになかったという事は生きている可能性が高い。
グールと戦った何者かがいるのは間違いない。その者がガエラと対峙し、ガエラに逃げられたというのであれば、再びガエラと戦うのは時間の問題だろう。
「それもガエラがこの村にいる前提か」
彼女自身一度もガエラを見ていない。すべては状況から来る推測だ。それでも彼女は騎士としてガエラを探さなければならない。騎士団の一員として、仲間を失った一人の騎士として。
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ギルスが予約を取っていたのはオリバー達が宿をとっていた場所とは村の反対側に位置する場所にある。オリバー達と別れたギルスは早々に宿に戻っていた。
「ああ、ご予約済のお客様ですね。予約は今晩までとなっておりますが明日の朝チェックアウトでよろしいですか?」
ギルスが宿屋に戻るといつもと同じ老人が店番をしており、ギルスを出迎えた。
「うん、今日まででいいよ。もう用事は片付いたからね」
その顔は喜色満面であった。
「お客さん、何かいい事でもあったんですか?」
店番をしている老人からすれば昨日とは明らかに彼の表情が変わっているのが気になり、世間話ついでにその理由を尋ねてきた。
「ああ、ようやく長年の目標が叶いそうだ」
ギルスの上機嫌は変わらない。だが事の詳細を店主に語る事はなかった。
次話は5/13に投稿予定です。




