[2-6] 接触
翌朝、三人はオリバーの部屋に集まっていた。集まった理由は一つであり、それをオリバーが口にする。
「ガエラの捜索について、今後の方針を決めようか。」
昨日は予想通り墓地には現れたが、一度戦闘になった以上、またのこのこと墓地に来るとは考えにくい。使い魔で墓地を見張っていても成果は出ないのではないかとオリバーは考えていた。既にこの村から脱出されていた場合、捜索には時間がかかるだろうと懸念していたオリバーに対してヴァネッサから全く予想していなかった回答が返ってくる
「ガエラの居場所なら分かってるよ」
「何で居場所が分かったんだ?」
居場所が分からなかったからこそ張り込みをしていたというのに、昨日の今日で居場所が分かったというのはオリバーを驚かせるのには十分な話であったが、一日で状況が変わった理由は単純明快であった。
「使い魔に後を追わせたから」
「そういう事か」
見張りとして蝙蝠を墓地に張り込ませていたのが功を制した。戦闘後に逃走したガエラをそのまま尾行させて居場所を突き止めたのだ。
「まだこの村にいる。隠れ家があるみたい」
「まだ近くにいるって事か。それなら逃げる前に倒しに行った方が良いかもしれないな」
ガエラも騒ぎを起こした以上、この村に留まっていては危険な事ぐらい分かっているだろう。この村から移動するのは時間の問題だとオリバーは考えていた。それならば居場所が分かっている今なら捕縛する好機だという認識だ。
「昨日の今日だし、警戒してると思うけどそれでも踏み込む? 昨夜もあの墓地には事前に仕込みがしてあったみたいだし、寝泊まりする拠点ならあの墓地以上の仕掛けをしてると思うよ」
一方でヴァネッサの考えは違うようであった。今は向こうも警戒しているため、乗り込むのは危険だという考えだ。
「居場所が分からなくなる前に捕まえた方がいいんじゃないか?」
「それなら使い魔に見張らせてれば、見失う事は無いと思う。それに昨日の騒ぎで騎士団が色々動いてるから、見つかると面倒だよ」
「騎士団か…」
彼は騎士団から追われる身であり、顔も割れている。極力騎士団との接触は避けた方が良い。
騎士団という問題にぶつかり黙り込んだオリバーに対して。リリアが口を開く。
「オリバーに戦わせて魔剣に慣れてもらう目的もあるから、オリバー抜きで倒しにいってもしょうがないし、しばらく大人しくしておく?」
ガエラの討伐はアンからの指示ではあるが、以前と異なり制限時間は付けられていない。ほとぼりが冷めるまで待つというのも一つの手である。
「しばらくってどれぐらいだ?」
「二日ぐらいは」
「二日の根拠は?」
「何となくよ。でもあんまり時間をかけるとリーダーから何か言われるかもしれないわよ」
予想はしていたが大味な回答である。
「アンからは期限は言われてなかったと思うけど」
あの場に同伴していたヴァネッサも期限については言われていないという認識であった。
「あの時は言われなかったけど、それはこの村にガエラがいるか分からなかったからで、居場所が分かったなら早く捕まえてこいっていうと思うわよ」
リリアの言う事も一理ある。働かざる者食うべからずという方針で仕事を割り振ったアンであれば、賞金首の居場所が分かったなら直ぐに倒して来いと言いそうな気がする。
「一旦出よう」
「どうして? まだ方針が決まってないわよ」
「騎士団がこっちに来る。多分宿泊施設に昨日墓地で戦った冒険者がいないか調べてるんだと思う。鉢合わせしたら面倒だよ」
「何で分かるのよ?」
リリアが口にした疑問は、オリバーも同時に思っていた事であった。
「ガエラの居場所が分かったから、使い魔の内一匹を宿屋の見張りに回しただけだよ。だから早く」
宿から出るという行動は騎士団を避けるという点では正解であったが、ヴァネッサは気が付いていなかった。自分が用心のため宿屋の周りを使い魔で監視をしているのと同様に、騎士団の動きを監視している人物がいる事に。
●
自分であればまずは宿屋に冒険者が怪しい冒険者が宿泊しているか調べるところから始める。
そう考えた彼は先んじて村の中の宿屋の場所は昨日の内に調べていた。だが恐らく彼が情報提供を求めた所で、身元の怪しい彼に対して店主が協力してくれるかどうかは疑問であった。よって宿泊施設の場所を調べるだけに留まり、後は騎士団の後をつけて様子をみる事にした。
幸いにも昨日遭遇した女騎士の後をつけて、昨日の騒ぎの捜索を行っていると思われる騎士団の駐屯場所は確認できた。
騎士団とはいえ人間である。流石に夜遅くに大規模な捜査を行うとは考えられなかったため、昨夜は駐屯場所を確認次第、速やかに宿に戻り朝から駐屯場所を張り込み騎士団の動向を伺っていた。
昨晩顔を見られているため直に後を付けるのではなく、遠くから望遠鏡で駐屯場所を監視するという形式ではあったが、一人で長時間の監視を行うというのはなかなか体力のいる作業であった。その分十分な収穫があった。
彼の予想通り朝早くから駐屯場所に動きがあった。昨夜彼が見た女騎士が数人の部下と思われる騎士を連れて出立した。その動きを見ていたところ彼の予想通り村の中に点在する宿屋を順番に回っている。
「また外れかな」
朝から四件目となる宿屋の調査が終わったのか騎士団が宿屋から出てきた。入った時とさほど様子が変わらない事から手掛かりは無かったのだろう。
「次で五件目だけど…ん?」
立地場所から考えて次に訪れるであろう宿屋に、望遠鏡を向けて入り口をみると三人の冒険者らしき集団が入り口から出てきた。一人は男、二人は女。二人の女の内一人は背の高さから言って子供と言っても良さそうだ。
何より彼の目を引いたのは残る一人の女の方は魔術師が良く持っている両手杖を持っているという事だ。
「これは期待してもいいのかな?」
悪魔憑きの方が男であり、逃走の手助けをした魔術師は女だと言われている。もう一人の少女が何者かは分からないが、他に仲間がいたとしても不思議はない。
「このタイミングで宿屋から出て来るのも気になるね」
数刻もすれば騎士団があの宿屋を訪れるだろう。まさか騎士団の接近を察知して宿屋から出てきたというのだろうか。
「仮にここで見失っても、あの宿屋で待ってれば会えそうだし、まずは話を聞きに行ってみようか」
今は何よりもあの冒険者達に、騎士団よりも先に接触する事を考えるべきだろう。彼は持っていた地図を畳んで服の中にしまい込んだ。
●
出る前に行先を聞こうかと思ったが。急いでいる様子だったので先ずは宿屋から出る事を優先した。
「どこへ向かってるんだ?」
ヴァネッサの提案に従い三人は宿屋を出たは良いが、オリバーにしてみれば特に行く当てがなかった。ヴァネッサは一人先導するように先頭を歩きオリバーとリリアはその後を付いていくような状態になっていたため、オリバーは行先をヴァネッサに尋ねた。
「一度ガエラの隠れ家に行く。まだ中には入らないけど場所を教えるのも兼ねて」
「この町の中だったっけ?」
「そうだよ。大して時間は掛からない。終わったら昨日みたいに訓練をしに行けばいいし」
確かに下手に町の中にいるよりも町の外で訓練をしている方が騎士団を避けるには有効だろう。
「ああ、いたいた。探したよ」
不意に、道の前からやってきた帽子を被った男が三人に話しかけてきた。身なりからすると騎士ではなく冒険者といったところか。
「知り合い?」
先頭にいたヴァネッサが、振り返りながらリリアとオリバーに尋ねるが二人とも首を振った。
「君たちは昨日墓地でグールと戦った冒険者で合ってるかな?」
三人とは初対面となるその男は気さくに話しかけて来る。だがお尋ね者であるオリバーがいる以上は、気さくに答えるという訳にはいかなかった。
「どうしてそう思うんだ?」
いくら相手が騎士ではないとはいえ、ここで素直に本当の事を言うのは得策ではないと思い、オリバーは探りを入れる事にした。
「昨日僕が宿泊している宿から墓地で炎魔術を使ったようは光が見えたんだよね。そこの彼女は魔術師だろう?」
「魔術師ってだけで用があるのか?」
魔術師はそれほど珍しくない。わざわざリリアを探しに来るというのは他に理由があるはずである。もしかすると魔族絡みの話かと予想を始めたオリバーであったが、次の言葉はオリバー達を空気を一変させるのに十分な者だった。
「あの魔術は、王都で悪魔憑きを逃がした魔術にそっくりだ」
それはつまり自分達が騎士団に追われているというのを分かっていると言っているのと同じである。状況証拠でしかないが、その予想は当たっており、大声を出されて騎士団を呼ばれたら面倒になる。
ヴァネッサが左手で持っていた杖に右手を添える。その構えは普通の僧侶が回復魔術を使う時の構えではない。今が能力制限を受けない夜であったらなら、そのまま飛び出していたかもしれない。リリアもまた殺気立っているのがそばにいるオリバーには分かった。それが何を意味しているか知っているオリバーはこの場を切り抜ける方法を見つけようと思考を走らせる
向こうの事情は不明だが、ここで騒ぎを起こされ騎士団が来たらこちら側が面倒になるのは変わりはない。穏便に済ませたいところだが、こちらの素性を掴んでいる人物をこのまま野放しにするというのも座りが悪い。
「あー、君たちに恨みがある訳じゃなくてね、ちょっと頼みがあるんだよ」
三人の変化を感じ取ったのか。男は両手の掌を見せ、戦う気が無い事を示した。
「頼み?」
向こうに争うつもりがないというのであればそれに越したことは無い。オリバーは相手を警戒したまま、その目的を聞き出そうとする。
「腕のいい魔術師を探していてね、僕のために魔術を使ってほしいんだよ」
「どういう魔術だ?」
「話すと長くなるけど、ここで話してもいいかい?」
ここはまだ人通りの多い場所である。長話を始めれば、その分騎士団と遭遇する可能性が高くなる。
移動するという事は、暗にこの場に留まって騎士団に見つかりたくないというのを認めてしまう事になり、彼の予想が合っていると言っているようなものであったが背に腹は代えられなかった。
「分かった。移動しよう。二人ともそれでいいか?」
「私は構わないわよ」
リリアは相変わらず殺気立ったままの回答であったが、続くヴァネッサの言葉には含みがあった。
「じゃあ予定通り昨日の訓練場所に行こうか。あそこならそんなに人目も無いだろうし」
明らかに予定通りではないその行動は、まだこの男を信用するのは早いという意図が含まれていた。
●
ガエラの隠れ家には行かずに、村の外れにある草原に来た四人は手ごろな木片や岩の上に腰を下ろし、まずは男の話を聞く事にした。
「君達さ、お尋ね者だろう? 町の出入りに苦労してないかい?」
「それとさっきの話と、何の関係があるんだ?」
村の外れに移動した以上はもう否定しても仕方がない気もしたが、オリバーは自分がお尋ね者である事を認めるのを避けた。
「僕はね、空間移動魔術が使えるんだ。だから僕が仲間になったら町の出入りが楽になると思うよ」
それが本当であれば、とても魅力的な提案である。
「じゃあ今使って見せて」
そう言ったのはヴァネッサだった。まだ彼の事後疑っているのだろう。
「ごめん、今は使えないんだ」
「どうして?」
「その魔術は一人じゃ使えないんだ。フィアンセと二人で使う魔術だからね。だから僕のフィアンセを助ける協力してほしい」
「怪しいなー。本当は使えないんじゃないの?」
その疑問を持つのは最も意見だった。オリバーもまた同様に考えていた。
「そう言われてもこれは本当なんだよ。まあ証明する手立てがないのは確かだけど」
彼は申し訳なさそうな顔をしているが、証拠が無いというのに信じるのは難しかった。
「助けるっていうのはどういう事だ?」
再びオリバーが話題を戻した。
「病気なんだよ。とても重症だから治癒魔術では治せない。それを助けるために凄腕の魔術師を探していたんだ」
「その言い方だと、治癒魔術以外の魔術を使って病気を治すって言ってるように聞こえるけど」
ヴァネッサが疑問を指摘する。
「その通りだよ」
そしてギルスはそれをあっさりと肯定した。
「そんな事が出来るの?」
ヴァネッサは意外そうな顔をして聞き返す。
「上手くいけばね。でも一発勝負なんだ。失敗すれば彼女は死ぬ。だから成功率を上げるために協力者を探していたんだ」
直接傷を治す治癒魔術以外にも解毒や麻痺解除といった所謂状態異常を治す魔術もあるがそれらも治癒魔術に大別される。治癒魔術以外を使って病気を治すというのは、にわかには信じがたい話だ。
詳細な事情を確かめたいところではあるが、まず最初に聞く事があった。
「どうして私を選んだの?」
それは選ばれたリリア本人からの質問であった。
「処刑場から悪魔憑きをさらった話を聞いたからね。処刑場を飲み込むぐらいの火の玉を出したんだって? そんな事はよほどの腕前でないと出来ないよ」
リリア本人が思っている以上に、処刑場での一件は噂として広まっているようだ。顔を見られなかったのは幸いだろう。
「あの程度の魔術、大したこと無いわよ」
魔族からすればそうなのかもしれないが、だが彼はリリアが魔族である事を知らない。
もはや悪魔憑きを助けたのが自分だと認めてしまっているような発言ではあったが、彼はそれを指摘せず話を続けた。
「いやあ、実に素晴らしいよ。自らの危険を顧みず単身乗り込んで恋人を救出する勇気。恋が行動を起こすに至る最も大きな原動力である事を知っている君なら、フィアンセを助けたいという僕の気持ちを分かってくれるはずだ!」
芝居がかった口調と大袈裟な仕草。相手をおだてて機嫌を良くさせるための露骨なお世辞である事は見え透いている。だが彼は自分が重大な過ちを犯している頃に気づいていない。
「あれ?」
彼は三人が何も言い返して来なところに、違和感を持った。そして、三人が全員微妙な表情になっている事に気が付く。
「何か、気に障る事を言ってしまったかな?」
先ほどの威勢のよさがなくなり、まるで叱られた子供の様に急に申し訳なさそうな言い方になった。
「恋人じゃないわよ」
それはリリア本人の口から出た言葉。その反論は予想していなかったのか、彼はしどろもどろになりながらもこう返した。
「でも皆言ってるよ」
「誰よ、皆って」
リリアは不機嫌そうに聞き返す。
「いや、冒険者の皆が噂してたよ」
「だから誰よ。名前を言ってみなさいよ」
まるで流行りの玩具をねだる子供を叱る親のような言葉であった。
「えーっと、僕の知り合いってわけじゃないけど、酒場とか色々な場所で冒険者がこの噂をしてたけど、皆恋人だろうって言ってたよ」
リリアの態度に不穏な物を感じ取ったのか、彼の口調からは先ほどまでの勢いが完全になくなっていた。
「何で恋人って事になってるのよ」
「魔術を使った方の人物はフードを被っていて顔は分からなかったけど、声からして恐らく女性という話になっていて、女性が男性の死刑囚を逃亡させるって事は恋人だろうって皆予想してるよ」
「色々事情があるのよ」
「どんな?」
ここまで話されては事情を聴きたくなるのが普通だろう。だが今この三人が置かれている事情は、とても部外者に話せるような内容ではない。
「今日あったばかりのあなたに話す事じゃないわ」
彼は納得がいかないといった様子で考え込むが、ヴァネッサに目が留まる。そして納得したという表情でリリアに視線を戻しこう言った。
「あ、ひょっとして三角関係とか、そういう事かい?」
「そんな訳ないでしょ! そもそも恋人じゃないって言ってるのよ!」
男をヴァネッサと取りあっているという誤解は、サキュバスとしての矜持に触れたのかリリアが大声で反論した。
「わ、分かった、それなら世界の真実を教えよう。それでどうだい?」
この話題はやめた方が無難と判断したのか、彼は話題を変えようとする。
「何よそれ。 下らない事だったら承知しないわよ」
彼がリリアの機嫌を直そうと必死の形相で言った言葉は、逆効果だったようだ。傍目にも機嫌が悪くなっているのが分かるリリアであったが、彼は諦めずに話を続ける。
「人魔戦争の結末について君たちは『神の奇跡』が起きたっていってるけどあれは誤りだよ」
「その話ならもう知ってるわ。魔族が介入したんでしょ」
「あー、知ってたんだ…」
これが切り札だったのであろうか。あっさりとネタばらしをされて彼は呆然としている。
「一応聞いておくけど、どうしてそれを知ってるの?」
彼は言葉ではなく行動で示した。深く被っていた帽子を外したのだ。三人の目にとまったのは、人間と比べると美形と呼ぶにふさわしい整った顔立ちでも、ブロンドの髪でもなく、種族の証である尖った耳だった。それを見れば誰でも彼の正体は分かるだろう。
次いで彼の口から出た言葉は、三人の予想を裏切らなかった。
「僕はエルフなんだよ。名前はギルス。そして年齢は352歳だ。あの戦争を体験している。だから知っているのさ」
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魔族とは異なりこの世界の住人ではあるが、森の中にエルフだけの里を作りエルフだけで生活する事で知られている。
「エルフがどうして人間に手助けを求めるんだ?」
里を出て放浪するエルフもいるという噂は聞いた事があるが、オリバーにとってエルフを見るのはこれが初めてであった。
「それを答える前に、まず僕の依頼を受けるかどうか聞かせてもらえるかい?」
「そっちの手助けをする魔術を使う代わりに、空間移動魔術を使ってくれるっていう話か?」
「そうだね」
「それはダメだよ。本当に空間移動魔術が使えるかどうかも分からないのに。大体魔術を使うって言っても、回数なのか期間なのかも分からないよ」
ヴァネッサが割って入った。
「君達が生きている間好きなだけって事でいいよ。エルフからすれば人間の寿命なんて短い物だからね」
オリバーを人間だと思っているのだろう。それは間違いではない。だが残り二人が魔族である事に気が付いているのだろうか。ただでさえオリバーはお尋ね者だというのに、正体不明の相手に二人が魔族である事をここで明かすのもリスクが高い。
「それってずっと私達に同行するって事?」
ヴァネッサはここにいる人間はオリバーだけである事はとりあえず伏せて、そのまま話をすすめた、
「それは君たちに任せるよ。必要になったら呼ぶでも、ずっと同行するでも構わない。」
「怪しすぎるよ。私達を監視する口実じゃないの? そもそも前提として空間転移魔術が使えるかどうかの確認が取れないと交渉にならないよ」
同行するという言い方は聞こえは良い。だが別の言い方をすると常に監視を受けるという事になる。オリバーがお尋ね者である以上はヴァネッサが警戒するのは当然の反応だろう。ギルスは騎士団からのスパイという事も考えられる。
しばしの間があり、先に口を開いたのはギルスの方だった。
「分かった。じゃあ空間転移魔術を見せよう」
「できるの? さっきは無理って言ったのに」
一度無理と言った事を、やはり出来ると言われてしまうと、それはそれで不信感が募ってしまう。ギルスもそれは理解しているのか、今更出来ると言った理由を説明し始めた。
「空間転移魔術は、本来なら二人で使う魔術なんだ。二人で別々の場所に空間に穴をあけて繋げる。だから一人だと空間に穴を開ける事しかできない。でもそこまでだったら見せられるよ」
「とりあえず見てみる?」
ヴァネッサの問いかけにオリバーとリリアは無言で頷いた。
「じゃあちょっと離れててくれ」
ギルスは立ち上がり三人に背を向けて右手を握り自分の眉間に当て、呪文の詠唱を始めた。
風に乗って僅かに聞こえる詠唱は、オリバーにとっては聞いた事のない内容であった。
詠唱が終わると同時にギルスは腕を前に突き出し握りこぶしを開きその呪文を唱えた。
「開け! ワームホール」
虚空に縦に一本の光が走ったかと思うと、まるで門が開くかのように空間が観音開き状にが裂け、その中には白と黒の光が渦巻いている空間が広がっていた。
「この中に敵を放り込んで閉じれば実質即死魔術だけどね」
三人は初めて見る、その不思議な光景に気を取られ、ギルスの冗談じみた言葉に返事をする余裕は無かった。
「あ、この状態維持するの結構辛いから、もう閉じてもいいかい?」
呆然としていたせいである程度時間がたったのかもしれない。冗談抜きで辛そうにしているギルスに対してオリバーが返事をした。
「ああ、もういいぞ」
ギルスが手を下すと同時に謎の空間への繋がっていた門は閉じ元の空間に戻った。
「あー、疲れた」
そして先ほどの光景が嘘のように、元の風景にもどる。先ほど空間転移の魔術が使われていた形跡は何も残っていない。
「空間に無理やり穴を開けると、空間が元に戻ろうとする力が働くからあれ維持するだけで結構疲れるんだよね」
ギルスは息を切らしている事から、その言葉に嘘はないようだ。
「これの呪文を使えって事か?」
「いや、使うっていうか補助をしてほしいんだよ」
「補助?」
「さっきも言ったけどこの呪文は、僕と僕のフィアンセが二人で使って初めて場所と場所を繋ぐ門が開く。そして門が開いた状態を維持するのにはそれなりの魔力を使う。でも僕はその状態でさらに追加で魔術を使わないといけないんだよ。流石に門を開いた状態を維持しつつ追加の呪文を開くことは出来ないから、門を開いた状態を維持するのを他の魔術師にやってもらいたいんだ」
「その追加の呪文でフィアンセの命を救うって事か?」
「そうだね」
もう呪文をみせてしまったからか、ギルスはその質問にはあっさりと答えた。
「それは何の呪文?」
質問をするヴァネッサの視線にはまだ不信感が残っている。
「そこまではまだ教えられないな」
「やっぱり何か怪しいね」
ヴァネッサも、素直に答えるとは予想してなかったのだろう。
「僕だけ見せるのも不公平じゃないか? 少しは君たちの事情を話してくれてもよくないか?」
「私達は依頼を受ける側でしょ。変な依頼だったら断って当然。私達を選んだのはあなたの都合だし、私達の事情を説明する義理なんてないと思うけど?」
ヴァネッサの言っている事は正論なのだろう。今はあくまで依頼を受ける側だ。こちらの素性を話す必要はない。
だがまず確認しなければいけない事ある。
「そもそもリリアはさっきの魔術の補助は出来るのか?」
オリバーからすればリリアが使った魔術というのはファイアボールのみであり、他の魔術を使ったところは見たことが無い。加えて他人の魔術の補助というのがどの程度の何度かは分からないが、そんな芸当ができるのか疑問であった。
「できるわよ。あれを開けておく程度なら」
だがリリアはあっさりとその疑問を打ち消した。リリアの魔術スキルについては色々聞きたいこともあるが、ヴァネッサがギルスを警戒しているというのもあるが、余計な手の内をさらすような真似は避けた方がいいだろう。
それでも、あれほどの魔術を見せられて、追い返すというのは少し気が引けるという気持ちもオリバーの中にあった。なので少しこちらから条件を出して相手の様子を見る事にした。
「じゃあ俺達は今ガエラっていう死霊術師を追ってる。それを倒すのに協力したら、そっちに協力するって事でどうだ?」
「倒すっていうのは殺すのかい?」
「俺たちはあくまで賞金首をギルドに差し出すのが目的で、この賞金首は生死を問わない扱いだから生け捕りでも、殺してしまってもどちらでも問題はない」
元騎士であるオリバーからすると、殺しても良いとはっきり言ってしまうのはどこか抵抗があった。
「そうか。ならもしもがあっても大丈夫だね」
不敵な笑顔から出た言葉に含まれているのは自信なのか、それともただの見栄を張っただけなのか。その確認をしたのはヴァネッサだった。
「あなた戦えるの?」
「ああ、それなりにはね。僕が君たちより強いかどうかは、君たちの腕次第だけど」
露骨な挑発にヴァネッサは少し眉を顰めるが、喧嘩を買う気にはならなかったようだ。
「言っておくけど、さっきの呪文はダメだよ。あれじゃあ死体ごと消えちゃう」
いくら生死を問わずに指定されている賞金首と言えども、死体ごとけしてしまっては討伐したとはギルドからは認められない。最低でも何か倒した証がなければ賞金は支給されない決まりになっている。
「あれ以外にも使える魔術はあるよ。」
「でも今は見せられないって言うんでしょ?」
いい加減ギルスの行動が読めてきたのか、回答を先読みしたかのようなその問いに、ギルスは満足げにこう答えた。
「そうだね。でも使う時が来たら使うよ。大丈夫、ちゃんと死体は残るような殺し方のできる魔術だから。」
次話は5/6に投稿予定です。




