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第8話、お買い物④

 折りたたみ傘をユキと一緒に選んで買った後だった。


 購入したのは黒くて落ち着いたデザインのもので、撥水力も良くて超頑丈、そして軽くてコンパクトという触れ込みの傘だった。3000円近くして他のものよりずっと高かったので、高校生活の中で突然の雨の日にはこれのお世話になろうと思う。


 それから次にユキの冬服を買いに行こうと歩き始めたのだが、広場のエレベーターに乗り込む途中でユキが立ち止まった。


「晴くん、ごめんなさい。ここでちょっと待っていてもらえませんか?」

「ああ、いいよ。何か買い忘れたものが?」


「いえ……すぐ戻って来ますので」

「分かった。じゃあ俺はそこで座ってるからさ」

「はい、ありがとうございます。すぐに行ってきますね」


 ユキは小走りで駆けていく。その姿を見送った後、近くにあったベンチに腰を下ろしてスマホを開く。メモしておいた必要な日用品などを確認しながら、背もたれに寄りかかった時だった。


「あら、雛倉くんじゃない? 奇遇ね、こんな所で」


 その声の方を見上げると女性二人が俺ににこりと微笑みかけていた。

 真っ直ぐに伸ばした金髪碧眼の美少女、それと眼鏡をかけてハンチングハットを被った茶髪の女性が並んで立っている。


 顔を合わせた瞬間、一瞬誰だと首を傾げてしまう。外国人のような端正な顔立ちの少女で、見覚えはあるのだがどうにも思い出せなくて戸惑っていると――ぱっと頭の中に思い浮かんだ一人の女性と目の前に立つ金髪美少女の姿が重なった。


 ベンチから立ち上がって二人に近づく。


「せ、生徒会長?」

「もしかしていつもと髪型が違うから気付かなかったかしら?」


 生徒会長は学校に居る時はいつもポニーテールにしていたし、副会長も帽子を被っていた事もあって気付くのが遅れてしまった。


 それにしても、こうして見ると本当にモデルのように美しい。学校でも目立つ存在だったが、その容姿が相まって街中ですれ違ったりすれば振り返ってしまうような存在感がある。


「生徒会長、学校の外だと髪を下ろしているんですね」

「そうよ。本当はこっちが普段の格好なんだけど、生徒会のお仕事をしていると時々邪魔になっちゃうのよね」


「二人で今日は買い物に?」

「副会長がね、映画が見たいって言っていて。ここ映画館もあるでしょ? それで上映時間がまだ先だから暇つぶしも兼ねてお洋服とか見て回ろうかなって思って。雛倉くんは一人?」

「いや、俺の方は――」


 ――ユキと一緒に買い物に来ているとそれを伝えようと思った、その時だった。


「あ、あの……っ!」


 ぎゅっと腕を掴まれる感覚があって俺は驚いた。

 隣を見るとユキが息を切らしながら立っていて、俺の腕に抱き着いていたのだ。かなり急いで走ってきたのだろう、彼女は息を切らしながら額には汗も浮かんでいる。


 突然現れたユキを見て、二人はぽかんとした表情を浮かべていた。


「あの……この人は、あたしの大切な人なので……だから、その……ナンパしちゃうのは、だめ……です!」


 そう言うとユキは頬を赤く染め視線を下に向ける。

 その様子はどう見てもナンパを止めに入った恋人のようにしか見えなかった。


 生徒会長と副会長は何が起こったのかを把握したようで小さく咳払いをして口を開いた。


「ユキさん、大丈夫だから。私達、雛倉くんを何処かに連れて行こうと思ったわけじゃなくて、偶然ここで会っただけなの」

「え……あれ、せ、生徒会長と副会長……!?」


 ユキは顔を上げて二人を見る。


 それから少し間を置いて、俺と話していたのが生徒会長と副会長だという事に気が付いて、みるみる内に彼女の顔は真っ赤になっていった。


 遠くから見て、二人が知り合いだという事にユキは気付けなかったのだろう。


 俺が女性に囲まれている様子を見て大急ぎで走ってきたに違いない。彼女の瞳には知らない女性から俺がナンパを受けているとそんな光景に見えたのだ。けれど実際は偶然会った生徒会長と副会長と軽く話をしていただけで、何も心配するような事は起きていない。


 これはユキに恥ずかしい思いをさせちゃったかな、と思いながら俺は生徒会長の方に目を向けた。


 生徒会長は相変わらず余裕な感じで、俺に向けてウィンクして『場を収めてあげる』と言いたげな様子でユキへと声をかける。


「ユキさん、心配させちゃったわね。確かに学校とは格好が違うから勘違いしちゃうのも仕方ないわ」


 副会長もうんうんと頷き微笑んでいる。

 その一方でユキはまだ赤いまま、俺から離れ一歩前に出て深々と頭を下げた。


「いえ……お話の最中だったのに邪魔してしまって、ごめんなさい」

「邪魔しちゃったのは私達の方。気にしなくて良いの。だからそんな顔しないで、ね?」


 ううう、と震えながら頷くユキ。

 ただこれは不幸中の幸いとも言えるかもしれない。


 これが理解のある生徒会長と副会長ではなくて、学校のクラスメイトだったりしたら大騒ぎになっていただろう。この話が男子に広がってしまったら嫉妬で怒り狂って大変な目にあう可能性だってあった。

 

 それから生徒会長は副会長の方へ振り返り何かを言うと、副会長はこくりと大きく首肯する。


「さっきのは誰にも言わないし安心して。副会長もほら、無口な性格だから大丈夫よ」

「お気遣い本当にありがとうございます……」

 

 その言葉にユキはほっと胸を撫で下ろし、それからくるりとこちらに振り向くと、ユキは申し訳なさそうな顔で見上げてきた。


「晴くんにも、急に飛びついちゃってごめんなさい……びっくりさせちゃいましたよね?」

「大丈夫だ。確かにびっくりはしたけどさ、俺を心配してくれてたのは伝わってきたし」


 まさかユキがここまで焦るとは思わなかった。それにしてもこんな風に走って来てくれるなんて、よっぽど心配してくれていたのだろう。


 俺は苦笑しつつ、ぽんっとユキの頭に手を乗せる。朝、俺の髪をセットしてくれていた時に話していた事が現実になってしまったと不安に思ったに違いない。俺が頭を撫でるとユキの硬い表情は徐々に綻んでいった。


「それじゃあ雛倉くん、ユキさん。そろそろ映画の上映時間が近付いてきたから、私達は行くわね。良いもの見せてくれてありがとう、それじゃ」


 にこりと微笑む生徒会長と副会長は手を振りながら颯爽と歩き去っていく。


 その背中を見送っていると、ユキは小さく呟いた。


「さっきは本当にごめんなさい……」

「謝る必要はないから。それよりもさ、買い物の続き行こう」


 しゅんとしている彼女に、俺は気にする必要はないと再び頭を優しく撫でる。するとユキは気持ち良さそうに目を細め、俺の手を取ってぎゅっと握ってきた。


 ちょっとしたアクシデントだったけど、こうして慌てる姿のユキは珍しい。

 それに俺を大切に思っての事なのだ。そんな一途で素直な可愛らしいユキを誰が責められようか。


 俺はふっと笑って、ユキと共に冬服を買いにお店の中へと入っていくのであった。

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