82 宿舎建設
フレイヤのグダニスク改革がスタートします。
「あら、なかなかいいお城じゃない。これから1年間、ここで過ごすのね。うふふ、楽しみ…」
領城に到着したフレイヤはそんなことを言った。
空船から降りてきたフレイヤを出迎えたのは、大臣のブリスタン男爵である。
「フレイヤ皇女殿下、グダニスク領へようこそいらしっゃいました。このような辺境の地に、皇女殿下自らがおいでくださるとは望外の喜び。このブリスタン、グダニスクの大臣として、誠心誠意お仕えさせていただきます」
ブリスタンはたるんで脂ぎった顔を紅潮させながら、精いっぱいの笑顔でフレイヤに言う。
「ブリスタン男爵、丁寧な出迎え大儀である。私は、この度グダニスク領主代行として皇帝陛下より派遣されたフレイヤ・フォン・ヴィルヘルムである。よしなに頼む」
フレイヤは、普段の様子からは想像できないような厳しく威厳ある皇女の顔でブリスタンに対応する。
「では、長旅でお疲れでしょうから、細かいことは明日にして、皇女様の居室にご案内いたします」
ブリスタンは、脂汗をかきながらフレイヤを促した。
フレイヤ用に準備した居室は、皇国の皇女を迎えるにふさわしい豪華な部屋だ。15日間という短い準備期間だったが、資金を潤沢に使い飾り立てた。幸い、領城は無駄に大きく、使える部屋がたくさんあった。
「長旅などしておらぬぞ。皇都からここまで、空船ならたったの2時間だ」
フレイヤはすげなく答える。
「なんと、たったの2時間で・・・」
皇都からこの領城のある首都コロンバンまで、陸路を通れば馬車を使って10日はかかる。皇都とコロンバンの間を隔てる山を越えなければならないために、厳しい山越えのルートとなるのだ。
ブリスタンの、10日かかるという感覚が普通なのだ。
しかも、到着するのは15日後と言われたことで、ブリスタンも部下達も、てっきりそれだけの時間をかけてやってくると思ってしまったのだ。実際は、皇女が来るとなると準備が大変だろうということで、グダニスク側に猶予を与えただけであった。
「私の居室への案内は後でよい。ただ、いくらかの私物を持ってきたので部屋に入れたい、私の従者を案内して、私物の搬入の案内をしてくれ」
「わかりました皇女殿下、おい、お前たち従者の皆さんのご案内をしろ」
ブリスタンが、集まっていた配下の男に指示をする。
指示された配下の男とその部下たちは、フレイヤの従者たちと去っていった。
「ブリスタン男爵殿、私の部下たちを城に住まわせたいのだが、何人ぐらいなら入れられる?」
フレイヤがブリスタンに問いかける。ブリスタンに目配せされた秘書らしき女が、フレイヤの質問に答える。
「高貴なる皇女殿下に、私が直接お答えしてもよろしいでしょうか?」
「許す。そのような気遣いは私には不要だ」
そう、フレイヤは格式や伝統などのまどろっこしいことが大嫌いなのだ。
即断即決、即行動、それがフレイヤのパーソナリティだった。
「では、失礼いたします。 領城には個室の空きが30室、中部屋、大部屋の空きが15室ございます。 ですから最大で、100名ほどの受け入れが可能です」
「そうか、では、連れてきた300名の内200名ほどあぶれてしまうな・・・」
「この城周辺に、いくつかの宿がございます。多少分散する形になりますが、そちらを使えば100名ほど宿泊することができます」
「うむ、よい調査ができているな。私は有能な者は好きだぞ」
「ハッ、ありがたき幸せにございます」
質問に答えた女がフレイヤの前で跪く。
「では、100名は近隣の宿屋で暮らすとして、残りの100人分は城の傍に宿舎を建てようと思う。宿舎を建ててもよい空き地や広場はあるか?」
「それは、1年間だけ使用する仮宿舎と考えてよろしいですか?」
女がフレイヤに聞く。
「むろんだ。私の領主代行の期限は今のところ1年間だからな」
今のところ・・・という一言に多少引っかかったが、女は仮宿舎を建てる場所の候補をすぐに提案した。
「城の中庭ではいかがでしょう。」
「城の中庭に、そんな広い場所があるのか?」
「はい、領・・・カメダイン様の趣味であるマレットボールの球戯場があります。かなりの広さがあるうえに平らに整地されているので、宿舎を建てるのに最適かと思われます」
「その場所には、宿舎を建ててもよいのか? 城の運営に支障は出ないか?」
「はい、もともと年に数回しか使わない場所ですし、カメダイン様が使用しないならば、他に使う人はおりません」
なんと、城にはカメダイン専用のマレットボール場があるらしい。
カメダインは、領民たちからは見えないその場所で、集めた美女たちとキャッキャうふふしながらマレットボールをプレーするのが楽しみの一つであったのだ。秘書の女はその様子を見ながら、いつも苦々しい思いを抱いていたのだ。
「その場所に案内しなさい」
「え?皇女殿下が直接ごらんになるのですか?」
「そうだ、私がこの目で直接確認する。 行くぞ、今すぐにだ」
フレイヤにきっぱりと言われた秘書風の女はアルベルタ。実際に大臣ブリスタンの秘書であった。
アルベルタは、フレイヤ一行を引き連れて城の中にあるマレットボール場に向かった。
そこは、きれいに整地された芝生の広場であった。そのところどころには、豪華な東屋や休憩所が設けられている。
「ほう、これはいい場所だな。カズヤ殿、ここに頼みます」
フレイヤ皇女が、傍を兵士たちと歩いていた青年に声をかける。
その青年は、ひょろっと背が高く落ち着いた雰囲気を持った若者だが、さして取り柄があるようには見えなかった。
護衛の騎士のように装備を整えているわけでもなく、ラフな格好で役人らしくもない。
ベージュのズボンに、白のシャツという、ごくごく普通の青年だった。
「では、フレイヤ様、ここに置くのは何番の宿舎ですか?」
カズヤとかいう若者が、フレイヤに気安く声を掛ける。アルベルタは会話の意味が分からなかった。
「カズヤ殿、私のことはフレイヤとお呼びください。様はいりません。 姉さまのことをパルメって呼んでいるんですから…」
「そう? うん、わかった、じゃあフレイヤも俺に向かってそんな丁寧なしゃべり方をしないでよ」
「あら、そう、じゃあカズヤ様、そうするわ」
「様もいらないよ」
何なのだ?この男?
皇女殿下に対してずいぶん馴れ馴れしく親しげだ。 皇女殿下を呼び捨てにするとは信じられない暴挙ではないのか? ん?まてよ、もしやこの男も皇族??
アルベルタは、この得体のしれない男への警戒心を最大に引き上げた。
「う~ん、じゃあカズヤ、ここは3番!南向きで!」
フレイヤがカズヤに向かって謎だらけの指示を出す。
「わかった。ここに南向きで3番ね。今から出すからみんなどいて!」
カズヤの指示で、その場にいた者たちが大きく下がる。
「3番は~、よっと!」
カズヤはアイテムボックスから3番に指定されていた屋敷を出す。
「ズズ~~~~ン!」
地響きを立てて、何もない空間から大きな屋敷が芝生の上に現れた。
「なっ!?何が起こった!?」
アルベルタをはじめ、大臣のブリスタンたちは突然の屋敷出現に声も出ないほど驚かされた。
「カズヤ、この屋敷少し西向きね。もう少し南向きに動かしてくれないかしら」
フレイヤ皇女は、そんな有り得ない出来事に動じる様子もなく、追加でありえない指示を出す。
「オッケー、念動力!」
地面に設置された巨大な3階建ての屋敷が宙に浮く。宙に浮いた屋敷は、南向きに少し回転して止まった。
そして、屋敷は音もなく地面に下ろされ、動かなくなった。
「フレイヤ、こんな感じでどう?」
「いいわね。ありがとうカズヤ。 次行くわよ! 次は、ここに1番!」
カズヤとフレイヤは、そんなやり取りをしながら大小10件ほどの屋敷をマレットボール場に次々と設置していった。
これは、カズヤのアイテムボックスの有効利用である。
カズヤのアイテムボックスは無限の広さを持ちどんなものでも収納できる。フライヤと共に赴いた従者や専門家や兵士たちが、グダニスクで1年間暮らすための屋敷が足りなくなることは目に見えていたので、皇都から居住用の建物をいくつもアイテムボックスに入れて持ってきていたのだ。
「カズヤ殿は魔法使いだったのか・・・? それにしてもなんと非常識な力なのだ・・・。 ん?カズヤ?・・・カズヤ・サクラザカ、エルフの里を救い天樹の空島の主にして空船船長の!?」
グダニスクの地でも、やはりカズヤは有名だったようである。
「宿舎の設置は完了した、各自、リーダーの指示に従って入居準備をせよ。その後のことは追って指示する!」
フレイヤの傍に控えていた筆頭秘書官リリーが指示を出す。
その迷いのない指示の様子に、ここまでの信じられないような出来事は、最初から計画されていたものだったということをグダニスクの役人たちは思い知らされる。
アルベルタは、どんよりと淀んで腐りかけていたこのグダニスクに、変革の風が吹き始めたことを感じていた。




