最終話 おわりがすたーと
「」が日本語。『』が異世界語です。
一年近く行方不明……とはならず。
私と空風コトリが戻って来たのは、あの日。
異世界へ飛んだ日のまさにその時間帯だった。原理はわからない。時間軸とかそういうのが違うのか、龍の力なのか。
恰好だけは、異世界仕様だったため、下校する生徒にジロジロ見られた。
私も、空風コトリも、逃げるようにそれぞれ家に帰って、言葉を交わさなかった。
気持ちが追い付かず。兎に角一人になりたくて。
「あんた……何その恰好。コスプレ?」
ものすごく久しぶりにお母さんに会っても、感動しそこねた。
「まあ……そう」
会話はこれだけ。
早々に自室へ帰り、背負っていたリュックを降ろした。
中身は、リリョスさんの家で入れたものがそのまま。絵本。ハミグの絵。ガラス瓶。
「なんで?」
何もなかったみたいにあっさり帰って来た。
けれど、ここにある。貰ったものも。気持ちも……目を閉じたら浮かんでくる。
みんなの顔。景色。
リリョスさん。
わけがわからなすぎて涙も出ない。
帰って来れて嬉しいはずが、胸の奥が重い。
何時間考え込んでいたのか。
「晩御飯食べないのーー」
下から、お母さんが呼ぶ声がした。きっといつも通りに、なんら変わりなく。
こっちが私の当たり前で。あれは……異常だった。
もう二度と家に帰れないのではないかと、怖くなる日々が終わった。
「冷めるよーー」
「はーーい」
私は、無理矢理返事をした。
そして
次の日は普通に学校へも行った。
休んでいるのではないかと思ったけれど、空風コトリの姿もあった。
私も、空風コトリも、ポツンと教室で一人、大人しくしていた。
その次の日も。その次の日も。普通に登校して授業を受けて家へ帰った。
帰る家がある。家族が居る。
嵐が起きたりしないし、大きな龍が暴れたりもしない。
それなのに、日に日に不安が増していく。異世界に来たばかりの頃と同じように。
あっちは大丈夫だろうか。
気になって仕方がないのに、何が起きたのか、空風コトリに確かめることが、出来なかった。
何のこと? 夢の話?
とでも言われたら、本当にどうすればいいのかわからなくなってしまう。
なんだか、また……別の知らない世界に来たような気分だ。
なかったことみたいに進んでいく時計を見るたび、焦りが生まれる。
もやもやしながら、一人で下校して、部屋でじっとガラス瓶を見つめる時間が増えていく。
何もする気が起きない。
これじゃ……駄目だよね。
私は、ロップに貰った薄桃色の玉飾りがついた髪ゴムを、瓶から取り出した。
明日コレ付けていこうかな。
そう考えただけで、ちょっと元気が出て、ちょっと寂しかった。
次の日、髪の毛をくくって髪ゴムで留め、登校した。
教室のドア開けて、最初に目が合った女子に
「おはようー」
笑顔を作って声をかけた。
ロップに貰った髪ゴムのことを考えながらだと、なんだか出来そうな気がして、やってみた。
ものすごくドキドキした。
返事なんて返ってこなくていい。今日の私は、ちょっと元気ってだけだ。ロップのおかげで……
「おはよ……」
と思ってやったので、返って来た挨拶に驚いた。
さすがにそこから、流れるように話をする技術もなく、挨拶だけで終わったけれど。
その瞬間。
ちょっとだけ、ここが私の世界になりかけたのがわかった。
窓際の自分の席に座り、ほっと息を吐く。
このまま馴染めるのかもしれない。毎日少しづつ。そんなに無理しなくても。ほんの一瞬でも勇気を出せば。
例え誰とも仲良くなれなくても、私は私がここに居ることを許せる気がする。
チャイムの音。椅子を引く音。
起立。礼。着席。
朝の気だるげな日常の音に
カランっ
目の覚めるような音が混じった。
机の横にかけておいたカバンに足が当たって、鳴ったようだ。
カバンの中に手を伸ばすと、冷たく固い瓶が手に当たった。
私、コレ入れたっけ。
横倒しになって、蓋が取れている。
ゴソゴソと散らばった中身を拾い上げようと丸いものを探した。
最初に手に取ったのは飴玉だ。
私はそれをまじまじと見つめて机に置き、またカバンに手を突っ込んだ。
次に拾えたのは、瑠璃色の綺麗なガラス玉。
コロっと机の上に置くと、光に透けて綺麗だ。
もう一つがなかなか見つからない。
ガサガサとカバンを引っ掻き回していると、ようやく丸いものをつかんだ。
ギュっと握って取り出し、開いた瞬間。
そっ
白い女性の手が、赤く丸い石の上に重ねられた。
繋がってる。今も。
異世界語でそう聞こえた。
顔を上げると、目の前にはクラスメイトの背中しかなくて。
私は、ドクドク激しい鼓動を押さえて、赤い石を見た。
繋がってる。
そう想っていいのなら……。
好き。
まだ好きです。
例え幻だとしても。夢だとしても。消えない。この想いは……消えない。
そう伝えたい。
お母さんのこともお父さんのことも弟のことも大好きだし。離れたくない。
でも……。
それでも。
なんとかして生きていこうって頑張れた場所。ずっとずっと傍に居たいって思う人に…………。
私は、バっと席を立った。
いつの間にか授業が始まっていて、先生が驚いた顔をしたけど、関係ない。
一直線に空風コトリの席へ向かい。
「おいっどうした森野夜!」
机の上に飴を置いた。
空風コトリが、え? っという顔で私を見上げた。
「話しかけてくれてありがとう。向き合おうとしなくてごめん。でももう行くから……これ、誰かにあげて」
私はそれだけを伝えて、教室を脱出。廊下を全力疾走した。後ろから先生が叫んでいるけど無視。
階段を駆け下り、目的の教室を開け放つ。
「ちょっなんだ?」
授業していた先生が、面食らった顔で歩いてきたけど、すり抜けた。
「うわっ何? ねーちゃんっ」
驚いて立ち上がった弟の手に、瑠璃色のガラス玉を押し込んだ。
弟は、首を傾げながらガラス玉を見て、私を見た。
「私旅に出るけど。心配しないでね。元気でねってお母さんとお父さんに言っといて」
本当はもっと言いたいことがあったけど、なぜか急がなければいけない気がして。
三人が心配しすぎないよう。明るく言った。
「はぁ?」
「じゃっ」
眉間に皺を寄せる弟に軽く手を振り、またも先生の横をすり抜けて教室を脱出。
急いで玄関ホールに行き、靴を履き替える。
覚悟はした。
けどここからどうすればいいのか……わかるようで、あと少しわからない。
私は、握っていた赤い石を、見つめた。
また声が聞こえるかも。
ひたすら、穴が開くほど見つめながら校庭へ出た。
「森野夜!! お前何やってんだ!」
ヤバイ。後ろから先生が追い付いてきた。
「フクちゃん!!」
二階の窓から声がする。空風コトリが顔を出して、何やら言っているけど、声が小さすぎて聞こえない。
「ねーちゃん何やってんだよ!!」
一階の窓からも。弟が迷惑そうな顔で、窓枠を乗り越えようとしている。
私はギュっと石を握りしめ、後ろを見ながら走り出した。
「うわっ」
早速何かにつまづいた。
一歩二歩っ。なんとか踏ん張ろうとして余計体勢を崩し。
「おうわっ!!」
パシっ
白い手。
教室で見た白い手に捕まれ、引っ張られた。
見上げると、長い白髪の、真っ白な鱗の翼を持つ美女が居て、彼女は左手で私の手を握り、右手に……見覚えのある、龍の手。
『フクっ!!』
『リリョスさん!!』
私は、突然現れたリリョスさんの腕に、何の迷いもなく飛び込んだ。
途端に、後ろから追いかけてくる足音が小さくなっていき。
見ると、驚いた顔の先生と、頭を抱えている弟。泣いている空風コトリの姿が……スゥーっと薄らいで消えていった。
ばいばい
別れの言葉と共に、悲しい気持ちが去来した。
けれど、戻ろうとは思わなかった。
きっとどこに居ても、生きている限り私は居場所を探して、ありとあらゆる場所を転々とすることになる。
だったら、なるべく自分で選びたい。今こそそうしたい。
『フク……いいのか? 呼んでる……』
私は、リリョスさんを見上げて、頷いた。
『いいの』
『本当に?』
もう一度頷いた。
するとリリョスさんは、私を強く抱きしめ、私の頭に頬や唇を押し当て。背を掻き抱き。体の熱をすべて奪い取ろうとするかのような、深い抱擁をした。
ね? 待っててよかったでしょ?
また声。
白い女の人の声に、視線を動かした。
見られてて恥ずかしいっていうのと、誰だろうっていうので、リリョスさんの背中をポンポン叩く。
『どうした?』
ちょっとだけ体を離して貰えたので、指を差した。
リリョスさんは、女の人の方を見て、すぐに私を見た。
『白い女の人。居る』
もう一度指差したけど、リリョスさんは、首を傾げるだけで、見えていないようだった。
早く戻らないと、危ない。
女の人がチョイチョイっと手で合図してきた。
私は頷いて、リリョスさんに伝えた。
『早く戻る。って白い女の人言った』
戻る?
そこでようやく気付いた。
ここどこ? 地球でも異世界でもない。何もない空間に、三人で浮いている。
『白い……女の人…………』
魂はお互いを意識出来ない。早く戻りなさい。
ザザっ
リリョスさんからノイズのような音が聞こえた。
彼の胸に耳を押し付けると、鼓動が……遠い。
早くっ
女の人が私たちを押した。
あっ
女の人が、遠のいて行く。
ものすごい勢いで、離れていく。
『かあさん!!』
リリョスさんが呼んだ。
女の人が、嬉しそうに微笑み、頷くのが見えた。
ドサっ!!
『っはぁっはぁっっゲホっケホっ』
固くて暖かい。何かの上。激しく咳き込む誰かの上に落ちた。
体を起こそうとしたけれど、動けず。
首だけを動かす。
薄暗い部屋の中、赤い瞳と目が合った。
『っ……夢?』
リリョスさんは、全力疾走でもしたような荒い息遣いで、グイっと私の体を持ち上げた。
寝転がったまま、腕だけで高い高いされている。
ここは……リリョスさんの邸の私が使っていたベッドだ。
ということは、異世界に戻って来たってこと……。
私は、高い高いされたまま、リリョスさんの顔に手を伸ばした。
あれからどれくらい経ったのか、少し痩せたように見える。
赤い瞳がじっと私を見ている。熱に浮かされたような顔で、息を整えようと、何度も呼吸を繰り返す姿はなんというか……なんというかだ。
私を連れてくるのに、疲れたのかな。大丈夫かな。
今話しかけていいのかな。
「あ…………」
あれ……なんか。緊張する。勢いで押し掛けたけど。いや、連れて来てもらったけど。
彼に手を伸ばしたまま固まっていると。
『どうした?』
愛おしくてたまらないというような、甘い甘い声に、背筋がゾクっとした。
私は、ドギマギしながらも正直に。
『触ってよいです?』
謎の質問をしてしまった。
リリョスさんは、ソっと私の体を自分の体の上に降ろして、私の手を取り。
チュっ
手のひらにキスなのか何なのか。唇を付けて。
『どこでも好きなだけ。何時間でもどうぞ』
体を起こして、私の首筋に顔を近づけた。
『みっ!?』
耳たぶに柔らかい感触。
『俺もいい?』
私は絶叫した。
地球にも届くような絶叫だったと思う。
嫌だったんじゃない。決してそうじゃない。あまりにもあれで、頭がパーンとして、なんだか近場に置いてあったビール瓶みたいなのをひっつかんで。
ゴンっ
力いっぱいではないけれど、彼のデコを殴ってしまった。中に残っていた液体がドバっとこぼれて、辺り一体酒臭くなった。
「わっ大丈夫ですか!? ごめんなさい!!」
私は慌てて彼の顔を両手で挟み、握っていた赤い玉をベッドに落とした。
『…………』
リリョスさんは、それを拾い上げ、感触を確かめるように指で触って、私を見た。
さっきと違う、まっすぐな瞳で。
『夢じゃ……ない?』
「えっ? あったぶん現実ですよ」
『ここに居るのか?』
「居ます居ますっ。原理はわからないけど」
リリョスさんの表情が、固まった。
焦った顔のまま。口を半開きのまま。瞬きすらせず。
時間が止まったのかと思うほど、動かなくて。
私は、そっと顔を近づけ、赤くなった彼の額に、唇を寄せた。
触れるだけのキスを。
ドキドキしながら、顔を離すと。
リリョスさんの赤い瞳から、一滴。涙がこぼれ落ちた。
私は、彼の目じりを親指で拭って。
『ただいま』
にっこり挨拶をした。
もうどこにも行かない。これからは何度でもこういうから。だから泣かないで。
たくさんの想いを込めて。
リリョスさんは、涙を零しながら、子供みたいに無邪気に笑った。
『おかえりフクっ』
これから、何があろうと、どこへ追いやられようと、何とかしてここへ戻ってくる。
私は、生まれて初めての強い気持ちに少し戸惑いながらも、ジーンと染みわたるような熱に押されて、泣き続ける彼を抱きしめた。
いたらぬところだらけですが、書いてよかったです。読んでくださった方。感想下さった方。評価してくださった方。ありがとうございました。
また、何か書いた際にでも、チラ見してくださると嬉しいです。




