第31話 託された氷雪の導きと、増えた仲間?
「九十九の腑抜けより絶対に早く倒すのじゃっ!!」
クラマは幼い声を響かせると、背後でしなやかにたなびく三本の尾のうちの一本を、大きく頭上へと振り上げた。
その尾が真っ赤な灼光を放ち、周囲の冷え切った空気が一瞬にして爆ぜるような熱量を帯びる。
「『轟炎』っ!!」
クラマが口を大きく開いた瞬間――。
ゴォォォォッ!!
灼熱の炎の奔流が、真っ直ぐに解き放たれた。
うねる火蛇のような炎は濃密な白霧を文字通り蒸発させ、逃げ惑う霧の妖魔を容赦なく呑み込んでいく。
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
妖魔の悲鳴が上がり、炎の熱から逃れようと必死に後退を始める。
「ふふ、今度は僕の出番だね」
水弧が楽しそうに揺れ、空気中の水分を爆発的な勢いで凝縮させ霧はさらに過密になり、妖魔の周囲を冷酷に縛り付けていく。
「さあ、動きが鈍くなったよ」
「よくやったぞ水弧!」
妖魔の足取りが重くなった隙を逃さず、クラマの二本目の尾がより一層激しく、紅蓮に輝いた。
「逃がさぬと言ったはずじゃ! 『炎柱円舞』っ!!」
ドォォォン!!
妖魔を取り囲むように、幾重もの巨大な炎の壁が天地を繋いで立ち上がった。
「ぐぉぉぉぉっ!?」
完全に退路を断たれた妖魔が、炎の檻の中で赤黒い瞳を激しく動かし錯乱する。
「これでトドメだよ」水弧がクラマに囁く。「周りの水分を限界まで高めたから、雷撃の威力が何倍にも跳ね上がるよ」
「くくっ……でかしたのじゃ!」
クラマの口元が凶暴に吊り上がる。そして、帯電し始めた三本目の尾が狂暴な紫電を散らし始めた。
「落ちよ……『轟雷』っ!!」
次の瞬間――。
ズガァァァァンッ!!!!
天を裂いて落とされた極大の落雷が、炎の檻ごと妖魔を直撃した。
熱風と電撃の衝撃波が吹き荒れ、視界を塞いでいた濃霧を一瞬にして完全に吹き飛ばす。
後に残されたのは――影すら留めずに消滅した妖魔の痕跡だけだった。
「……む」
クラマが周囲を見回す。そこには、炎の余波で激しく燃え上がる木々の姿があった。
「……ちと、派手にやりすぎたじゃろか?」
「もぉぉぉ……っ!」
水弧が心底呆れたように大きな溜息をつく。
「相変わらず雑なんだから……。僕がいないと、やっぱり駄目だねクラマは」
水弧が両手を広げると、空からしとしとと優しい霧雨が降り注ぎ、燃え盛っていた木々の火を一瞬で鎮火していった。
「……ふん」
クラマは腕を組み、ぷいと横を向いて得意げに小さな胸を張った。
「どんなもんじゃ!」
一方、その直前――九十九もまた、鋭い爪を持つ異形の妖魔と激しく交戦していた。
「ギャアアアッ!!」
妖魔が肉薄し、黒く光る長爪を容赦なく振り下ろす。
九十九が黒刀を構え、迎撃の体勢をとったその瞬間――。
両手の甲に刻まれた呪いの痣が、ずるりと蠢いた。
『ダメだ九十九!』黒刀からコンの切羽詰まった声が響く。『その力を解放するな! 豪鬼に飲み込まれるぞ!』
痣は脈打ちながら腕を駆け上がり、どす黒い怨念の妖気が九十九の全身を覆っていく。腕の皮膚が変質し、鬼の腕へと成り代わろうとする凶兆。
しかし――九十九の瞳に、焦りはなかった。
「……大丈夫だ」
九十九は静かに、けれど強く呟いた。
胸元で確かにある、冷たくも温かい青いペンダントの存在。九十九は呼吸を整え、自らの純粋な精神力を腕へと集中させた。
「……これ以上は、上がらせないっ!!」
九十九の澄んだ妖力が、うねる黒痣を力強く押し返していく。
腕の肘の上まで浸食しようとしていた黒い痣が、まるで目に見えない壁に阻まれたようにピタリと停止した。
『……っ!?』
コンが驚愕の声を漏らす。
『お前……豪鬼の呪いの力を、己の意志で制御しているのか……!?』
「ああ」
九十九は吐息を漏らし、小さく笑った。
「……睦月のおかげだよ」
脳裏に過る、氷雪を纏いながら優しく微笑んでいた睦月の面影。
『九十九……心を落ち着かせて…妖力を巡らせて…』
「睦月が……最期に、妖力を制御する術を教えてくれたんだ」
九十九は黒刀の柄を強く握り直した。その瞳に迷いは一切ない。
「だから……俺はもう、この力に呑まれはしない……っ!!」
迫る妖魔の凄まじい爪撃。
九十九は身を沈めて間一髪で紙一重にかわすと、下から黒刀をすくい上げた。
ガキィィンッ!!
爪を鋭く弾き返し、その反動のまま身体を半回転させる。
「はぁぁぁっ!!」
ザシュッ!!
旋風のような一閃が、妖魔の胸元を深く、正確に切り裂いた。
「ギャァァァッ!?」
妖魔が悲鳴を上げて後退する。だが――切り裂かれた傷口は肉芽を蠢かせ、みるみるうちに再生を始めていく。
(……なんだ、こいつ……!?)
九十九は目を細める。
(カインと同じ超再生……!? いや、待てよ……)
妖魔は嘲笑うように口元を歪めると、再び弾丸のような速度で襲いかかってきた。
右、左、上からの追撃。
九十九は冷徹に相手の動きを見極めていく。交差する刃。
そして、踏み込む。
「そこだっ!!」
ザンッ!!
九十九の一閃が、妖魔の右腕を肩口から完全に切り離した。
「ギャァァァァッ!?」
地面にポトリと落ちた妖魔の右腕。九十九はそれを見つめた。
切断面からは、幾ら待っても新たな腕が再生してくる気配がない。
「……そういうことか」
九十九はフッと息を漏らした。
「身体から完全に『切り離された部位』までは再生できないんだな」
カインほどの完全無欠な再生能力ではない。弱点を見切った九十九は、再び黒刀を上段に構え直した。
「だったら――これで終わりだっ!!」
残り一本となった爪を振り上げる妖魔。その一撃が届くより速く、九十九は地を蹴って跳躍した。
頭上をとられ、目を見開く妖魔。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
渾身の力で黒刀を振り下ろす。
ズバァァッ!!
紫電のような一閃が、妖魔の身体を脳天から股下まで真っ二つに叩き割った。
「ギ……ッ」
二つに裂けた妖魔は崩れ落ちると、再生することなく黒い煙となって風に消え去っていった。
「……よしっ!」
九十九は大きく息を吐き、顔を上げた。
「どうだっ!!」
そう叫びながらクラマの方へ振り返ると、ちょうど同じタイミングで爆煙が晴れ、クラマの目の前から妖魔の姿が消え去ったところだった。
「……くっくっくっ」
クラマは勝ち誇ったように腰に手を当て、フハハと笑った。
「わらわの勝ちじゃな!」
「はぁ!?」九十九は目を丸くした。「どう見たって俺の方が早かったろっ!?」
「わらわじゃ!」
「俺だ!」
「わらわじゃと言っておる!」
「絶対俺の方が先だった!」
二人は額がくっつきそうな距離で激しく睨み合った。
ピリピリとした沈黙が流れる。
そして――。
「……ぷっ」
九十九の口から、堪えきれない笑いが漏れ出た。
「ははははっ!」
「ふふっ……あははははっ!」
クラマもつられるように笑い出し、二人の笑い声が神隠しの森に明るく響き渡った。
しばらく大笑いした後、九十九は表情を和らげ、クラマに向き直った。
「……なあ、クラマ」
「なんじゃ?」
九十九は深々と頭を下げた。
「……ごめん。……お前に酷いことを言った」
クラマは何も答えなかった。ただ、九十九の肩越し――その背後をじっと見つめている。
「……クラマ?」
九十九が不思議そうに振り返る。
そこには、呆れた顔の葉月と、腕を組んで冷ややかな視線を送る聖良が立っていた。
クラマは二人をじーっと見つめ――。
「……」
ゆっくりと九十九へ視線を戻した。
「そんなことより」
クラマは眉をひそめ、不機嫌そうに言った。
「――あやつらは誰じゃ?」
「え?」
九十九が固まる。葉月と聖良も思わず顔を見合わせた。
「……あー」
九十九は頭を抱えた。
「そういえば……お前にはまだ紹介してなかったな……」
クラマの狐耳がピクピクと跳ね上がり、赤黒い瞳が嫉妬と疑念で鋭く細められた。
「九十九……」
「な、なんだよ……?」
「まさかとは思うが――」
クラマは短く小さな指で、二人の少女をビシッと指差した。
「わらわがおらん間に、また女を増やしたのではあるまいなっ!?」
「ち、ちがうってぇぇぇっ!!」
すっかり毒気の抜けた森の中に、九十九の絶叫が情けなくこだましていた。




